第5話 ドールには心が宿ります

 突然の宣言に、私は驚く他ありませんでした。

『バトル部門』は、戦うために作られたドールを審査する部門です。

 多くのドールは一般生活の中で役立てるためにカスタマイズしますが、戦闘用の通称『バトルドール』は違います。

 魔物を退治するために剣などの武器を携帯させたり、武術や魔術を覚えさせたりして、魔物退治やダンジョン探索に連れていくためのドールです。そもそもの製作コンセプトが異なるのです。そしてもちろん、私のニナはバトルドールではありません。


「あの、ボ、ボーマンさんっ? 待ってください、私のドールは――」

「僕に意見するということは、よほど自信のあるドールなのだろう? ならば是非君のドールのポテンシャルを見てみたいものだな。今や伝説となった『翠緑の錬金術師ユーリシア・パルルミッタ』が初めて生み出したドール『エリス』のように、さぞ素晴らしいものなのだろうな!」

「ボーマンさん、わたしはっ」

「特別にこの僕が相手をしてやる。『ルックス部門』の審査が終わり次第、コロシアム会場へ来なさい」

「え、あのっ、ボーマンさんっ!」


 私のことは無視して大股で歩いていってしまうボーマンさん。部下の方たちが慌てた様子でついていき、何かを話しては「うるさい!」と怒られてしまっていました。


 私は……呆然と立ち尽くしてしまいます……。


 ルチアさんが立ち上がり、慌てた様子で私の元へやってきました。


「パ、パ、パルルミッタさん……っ? あの、な、なに、が……」


 動揺した様子のルチアさんに、同じく動揺している私はこう答えました。


「……ボーマンさんと、『バトル部門』のエキシビジョン戦をすることになってしまいました……」


 すると。

 ルチアさんは、目を点にしたまま尻もちをついてしまったのです――。



 ――なぜこうなってしまったのかを改めて思い出した私は、コロシアム会場で『ニナ』と向き合いながら、なんとか試合を止められないものかと考えました。けれどボーマンさんはやる気のようですし、熱気に包まれた会場の雰囲気も、もはや止めようがないように思えました。


「――ょっと! ちょっとユフィールさん!?」

「――あっ、エリーさん」


 聞こえた声の方に振り返ると、見知った顔がありました。

 客席の最前列。来賓用のVIP席でエリーさんが私を手招きして呼んでいました。


 エリーさんの元へ向かうと、彼女は客席から身を乗り出し、目をつり上げながら言いました。


「あなたという人は! ちょっと目を離した隙に何をやっているんですの!? よりにもよって王国一の人形工房『ボーマンカンパニー』の若社長を怒らせるなんて、『魔導人形技師ドールマイスター』を目指す者のすることですか! もうこの街でやっていけませんわよ!? いいからさっさと謝ってしまいなさい!」

「ご、ごめんなさいエリーさん。私もなぜこうなってしまったのかよくわからなくって……ただ……」

「ただなんです!?」

「ルックス審査のときに、ボーマンさんが私の同級生のドールを壊してしまったんです。それでボーマンさんを引き止めて、『どうかドールを大切にしてください。あなたのドールも泣いています』と、そう言っただけなのですけれど……」

「はいっ?」


 私の発言に青い目をパチパチとさせるエリーさん。


 それから、エリーさんが突然私の両肩をガッと掴みました。そして悪い顔を見せます。


「――前言撤回。ぶちのめしてやりましょう」

「えっ?」

「そもそもあの男は前々から気に入らなかったのです。大工房の御曹司として生まれ、何の苦労も知らずに育ち、易々とカンパニーの社長に成った。そのくせドールへの愛情が足りず部下をこき使ってばかり! さぁユフィールさん、ニナさんと共にあの男をギッタンギッタンに叩きのめしてやりなさい!」

「エ、エリーさん? そんなこと出来ませんよ~! そもそもニナはまだ完成していなくって……戦いなんてとても」

「十年以上も作り続けてきた我が子のような存在を守りたいお気持ちはわかります。けれど調整まで完璧に済んでいるのですから、あとは起動させるだけなのでしょう? なぜニナさんが未だに起動しないのかは謎ですが、ぶっつけ本番でこそ、ニナさんも応えてくださるかもしれませんわよ」

「で、でも……」

「あなたがこの街に来たのは、ニナさんを完成させるためでしょう。良い機会になるかもしれません。親離れ……ということではありませんけれど、ニナさんを、信じてみても良いのではありませんか。〝ドールには心が宿る〟。ユーリシア様もそう仰っていたでしょう」

「ニナを……信じる……」

「さ、もう試合が始まりそうです。必ず勝ちなさいませ。見ていますからね!」


 エリーさんはそれだけ言って、私の頭にポンと軽く触れました。


 ――『ニナ』を信じる。


 そうしたい気持ちはあります。というより、もちろん信じています!


 私は、ニナの身体の隅々まで状態を把握しています。

 毎日一緒にごはんを食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にベッドに入ります。十年間ずっとそうしてきました。ずっと一緒にいました。素体も各パーツもしっかりメンテナンスし続けて、あらゆる手を尽くしてきて、精一杯の愛情を注いで、それでもニナは起動しおきなかった。どのパーツにも問題はないはずです。それでも、ニナは動いてくれませんでした。きっと私が未熟だから。マイスターとして力が足りなかったから。何かを見落としているのです。


 ――“ドールには心が宿る”


 私のお祖母ちゃんがよく言っていた言葉です。だから私も、ドールには人と同じように心があるのだと信じています。ニナにもきっと、心があります。


 教えてほしいのです。

 ニナが何を求めているのか。私に、どうしてほしいのか。


 ニナは何も言わず、私の前に立っています。



「ニナ……私、どうすればいいのかな?」

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