第二話 訪れたチャンス2

 「一緒に、働いてくれないか」。


 僕は、あまりにうれしくて、間髪を入れずにうなずいた。


 それに、もしここで考えてしまったら、楽な方に逃げてしまうかもしれない。

 自分に、言い訳する時間を与えたくなかった。


 「すばらしい。だけど、私たちの仕事内容を聞かなくてもいいのかい?」

 「どんな仕事だろうと、働かないよりはよっぽどましだと思って。……もしかして、法律を破ったり暴走族と戦ったりなんていう仕事じゃないですよね?」


 その人は思わずといった風に噴き出した。


 「そんなわけないよ。私の勤め先は国。国家公務員だ」

 「公務員!?」


 就職先は公務員。安定した収入と、安定した生活。僕なんかが就いていい職ではない。

 だけど、勧誘されたのは僕だ。やらせてもらう。


 僕の顔を見て、その人は苦笑した。


 「よし、じゃあ仕事内容を先に言っておこうか」

 「はい!」


 国家の予算算出だろうか。

 魔王様の側仕えだろうか。

 それとも、議会の記録係だろうか。


 「実はな、私の所属する省はつい先日発足したんだ。名を、『災害対策省』という」

 「災害対策省……ですか」


 聞いたことがない。テレビは見ないし、優に半年は外に出ていないから当たり前と言えば当たり前だ。


 「具体的には、魔界に発生する災害を未然に防ぐか、起きてしまったものを鎮めることを専門としている」

 「へえ! すごいですね!」

 「ああ。近年、災害発生件数が著しく増加している。国軍だけでは手が回らなくなってきていて、先日、ついに民間人一人に被害が出てしまった。そんなことは我が国が興って以来だ」


 たしかに、この魔界に災害というものが存在するとは知っていたけど、遭遇したことは今までで一度もない。陰で国軍が防いでくれていたのだろう。


 そこで僕ははっとした。

 医者の言葉が思い出される。


 「そういえば、僕の病気って……」

 「ああ。近年の災害件数の増加と密接に関係していると言われている――が、私に言わせればそんなものは何の証拠もない、ただのうわさだ」


 少し強い口調でそう言ったその人は踵を返した。


 「よし、君のお母さんに話に行こう」


 そして、僕を置いて一階に下りていく。テレビを消そうと思ったが、誤解されるのも嫌なのでそのままにした。


 『YOU LOSE』の文字が、いつの間にか画面いっぱいに広がっている。

 確実にトップランカーから落ちただろう。

 だけど、僕の背中を後押ししてくれたようで、そのことが少しうれしかった。


 一階に下りると、母親が青い顔で椅子に座り、顔を覆っていた。


 「お母さん。終わりましたよ」


 その人が声をかけると、母親は弾かれたように立ち上がり、僕に駆け寄った。


 「ヤスノリ!」

 「母さん。僕はそこに就職したい。迷惑をかけたくないし、病気を治したいんだ」

 「ダメ!」


 僕を抱きしめて、すすり泣く。


 「ヤスノリ。今のままでいいから、そんな危ないとこには行かないで。就職するならもっと安全なところに行って!」

 「母さん……」


 ちょっと困惑した。いつも僕に就職して欲しがっていたのは母さんなのに。


 「でも、この機会は逃せないんだ。僕は臆病だから、自分からは動かないだろうし。向こうから勧誘に来てくれるなんて、こんなにありがたいことはもう二度とないはずだ」


 僕は、僕を認めてくれた人と一緒に働きたい。

 もう、心は決まっていた。


 「でも! 災害対策なんて!」

 「お母さん。失礼ですが、災害をご存じなのですか?」


 その人が割って入る。

 その質問に、しゃくりあげながら母親は答えた。


 「私の夫は国軍で、災害を鎮圧するときに死んだんです!」


 その人はもちろん驚いた顔をしたし、僕もびっくりした。


 生まれた時から、僕には父親がいなかった。母親に理由を聞いても、教えてくれなかった。


 「そう、ですか……。申し訳ございません」

 「いいえ。でも、私の家族をこれ以上奪わないでください!」

 「母さん」


 僕はお母さんを力いっぱい抱きしめた。


 「僕は、行きたい」


 母親の動きが止まった。

 静かな部屋に、しゃっくりの音だけが響く。


 「ヤ、ヤスノリ……」

 「僕を必要としてくれる人がこの世界にいたんだ。僕は、この病気を治したい。このまま生きても、後悔するだけだ」

 「私からもお願をさせていただきます」


 その人は直立し、きれいに腰を折った。

 まるで軍人のような、堂に入ったお辞儀だった。


 「私どもの仕事は災害防止、災害鎮圧を指揮するだけでございます。ヤスノリ君を危険な目に遭わせません。どうか、お願いします!」


 僕も母親から離れて、慌ててお辞儀をした。


 しばらくして、母親が口を開いた。


 「わかり、ました……」

 「本当ですか!」

 「ありがとう、母さん!」

 「ただし!」


 喜色を顔に浮かべた僕たちに、母さんは泣きながらくぎを刺す。


 「どうか、気を付けて、ヤスノリ。あなたも、ヤスノリをよろしくお願いします」


 そうして母さんが、僕たちに深々と頭を下げた。


 僕は病を抱えながらも、就職することになった。

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