第48話海鮮焼きを食べました

「ここがザパンの魚市場だよ。それじゃあ案内も終わった事だし、兄ちゃんたちとはここでお別れだな。いろいろ手伝ってくれてありがとよ。また機会があれば会おうぜ」

「はい、こちらこそお世話になりました」


 俺は老人に頭を下げ、別れを告げた。

 さて、改めて市場へ行くとするか。

 市場の敷地はかなり広く、入口は二つ見える。

 一つは老人が向かった奥側。荷車や店の人たちが行き来しており、いかにも業者用だった。

 もう一つは表側。買い物客たちが向かっている。

 恐らく一般人はこっちから入るんだな。

 俺はワクワクしながら門をくぐり、中へ入る。

 通路の両側に店がずらっと並び、大小様々な魚が陳列されていた。


「いらっしゃい! 兄ちゃん魚見て行かないかい!? 新鮮だよ!」

「うちが一番安いよ! 今なら安くしとくよ!」


 入るなり両側にある店主から声をかけられる。

 おおっ、すごい熱気だ。

 魚は当然新鮮でピカピカ光っており、見るからに活きがいいものばかりだ。

 まだ生きているのも沢山いる。


「うにゃあ! すごいにゃ! お魚の天国にゃ!」


 クロは目を輝かせながら、ふんふんと興奮した様子で鼻を鳴らしている。


「こらこら、売り物に触るんじゃないぞ」

「さ、触らないにゃ! 本当にゃ!」


 ならなんで動揺しているんですかねぇ……

 不安を感じた俺はひょいっとクロを抱きかかえる。


「ユキタカ、ボクは触らないって言ってるにゃ!」

「いらぬ疑いをかけられたくはないだろ。いいからじっとしていろ」


 もし触ったら余計なトラブルを起こしてしまうからな。

 こうしておけば、いちゃもんを付けられることもないだろう。

 クロを気にせずゆっくり見れるしな。……どれどれ、へぇー。色んな魚が並んでいるな。

 刀のように美しいサンマ、見事な紅色のタイ、巨大なマンボウまでいる。


「ユキタカ殿、この大きな貝は何なのだ?」

「あぁ、こりゃホンビノス貝だな」


 ――別名白ハマグリ。形はハマグリと似ているが、それよりも少し大きく、旨味も濃いらしい。

 日本では外来種で邪魔者扱いされていた歴史もあるらしいが、近年では美味いから普通に食べられるようになったとか。

 こういうエピソードを聞くと日本人って食べ物に関しては現金だよなと思う。

 まぁこっちの世界での事情は分からんが。


「おっ、兄ちゃんこいつに目をつけたのかい? お目が高いねぇ! 今朝取れたての新鮮な貝だよ! 一匹銅貨一枚だ。どうだい!?」


 うーむ、思い出したら食べたくなってしまった。

 実はホンビノス貝なんて一度も食べた事なかったしな。


「では三つお願いします」

「あいよ! 毎度あり! あっちには買った食材を自分たちで焼いて食べられるスペースがあるからよ、自由に使いな!」

「ありがとうございます」


 見れば確かに市場の外れでは人々が七輪のようなもので魚を焼いて食べていた。

 なるほど、ここで買ったものを海鮮バーベキューで食べられるってわけか。

 ワイワイやってて楽しそうだ。


「……となると、貝だけじゃ足りないよなぁ?」

「にゃ! いっぱい買うにゃ!」


 幸い市場には沢山の食材が溢れている。

 折角だから豪華なバーベキューにしてやるぜ。

 俺は店を回り、それに使えそうな食材を買っていく。

 イカにタコ、エビに貝……もちろん魚も忘れずに。

 大量の食材を脇に置き、一番デカい七輪の前にどかっと座って準備完了である。


「さぁて、焼くぞー」


 魔法で炭に火を付け、金網が温まってきたところにぶつ切りにしたイカ、タコを置いていく。

 脚はまだ生きており、火に炙られた脚がぐねぐねと踊ってとても美味しそうだ。

 しばらく待っていると、身が焼けて白くなる。


「ほい、焼けたぜ」


 十分焼けたイカとタコを串に刺し、二人に渡す。


「ふぎゃ! あ、熱いにゃあ……」

「自分が冷ますのだ」


 熱すぎて苦戦するクロのイカを、雪だるまが冷たい吐息をかけて冷ましてやる。

 何だか兄弟みたいでほっこりするな。


「美味しいにゃ!」

「イカの甘みが濃厚なのだ。身も締まっていて美味なのだ」


 俺もハフハフ言いながら一口。

 おおっ、こいつは美味い。タレをつけなくても十分イケるな。


「次はエビを焼くぞ」


 でっかいエビを網に乗せ、これまたそのまま焼いていく。

 透明だったエビはみるみるうちに赤くなっていき、いい匂いが漂い始めた。


「そら、二人とも」

「ありがとにゃ。あぁ殻はそのままでいいにゃ! 丸ごと食べるにゃ!」


 頭を取ろうとすると、クロはそのまま食べると言い出した。

 まぁ殻と身の間が一番美味いって言うしな。


「自分も結構なのだ」


 雪だるまにもそのまま渡す。

 二人は頭ごとバリバリ食べ始めた。

 おおっ、ワイルドだな。よし、俺も挑戦してみよう。

 十分に焼けたエビを箸で摘まむと、頭の先端を噛んでみる。

 パリパリとした食感と共に、濃厚なエビの風味と甘み、ミソの苦みが押し寄せてくる。

 なるほど、新鮮なエビってやつは殻まで美味いもんなんだな。

 思い切って口を開け、丸ごと頭を食べてみた。

 バリッバリッと豪快にかみ砕きながら、その味を堪能する――


「――ッ!?」


 していたが、思わず口の動きを止めてしまう

 クロがキョトンとした顔で俺の顔を覗き見ている。


「どうしたにゃ? ユキタカ」

「な、んでも……ない……」


 涙目で応える。まぁその、エビの殻が口の中に刺さったのだ。

 俺は注意深く殻を細かく噛みながら、ゆっくり飲み込んでいく。

 ……今度から不用意にバリバリ噛み砕くのはやめておこう。


 さて、ついに本命の出番だ。

 ホンビノス貝を金網の上に置き、火で炙っていく。

 しばらくすると少しだけ貝の口が開き、塩水が噴き出し始めた。

 だがこのまま炙り続けると貝が開く時に身が上に付いしまい、貝が倒れて折角出てきたダシが全部溢れてしまうんだよな。

 そうならない為に、ここで一回ひっくり返す。

 こうする事で貝柱の上部分が上手く取れ、身が下側に付いた状態で貝が開くのだ。

 炙っていると、貝の蓋がぴくぴくと動き始める。


「にゃ、貝が開きそうにゃ!」


 火に炙られ貝柱が弱くなっているのだ。

 もう少しで開く。かたずをのんで見守る中――ぱかっ、と身を下にした状態で綺麗に開いた。

 もちろん貝にはダシがたっぷり残っている。


「おー、にゃ!」

「見事なタイミング、上手いものなのだ」

「バイト先で練習してたからな」


 昔、学生時代に居酒屋でバイトしていた時、ハマグリの焼き方を教わったのがこんなところで役立つとはな。

 あとは貝の中に醤油を一滴垂らして、と。


「出来たぜ、食べてみな」

「美味しそうにゃ!」


 と言っても熱々である。

 俺は貝を金網から離すと、雪だるまの近くに置いた。


「雪だるま、また少しだけ冷ましてやってくれるか?」

「お安い御用なのだ」


 そう言うと雪だるまは周囲の温度を少し下げる。


「ありがとにゃ、雪だるま」


 食べられるようになり、

 俺もちょっと冷ましてもらおう。

 手で持てるくらいの温度になった貝を、口元に当て傾ける。


「おっ、いいダシ出てるなー」


 貝の旨みが凝縮した汁がとても美味い。

 一滴だけ垂らした醤油がいいアクセントになっている。

 ダシを飲み干したら今度は貝の身だ。

 プリプリこ分厚い身にかぶりつく。


「……これは美味いな!」


 噛むたびに汁が溢れ出て、口の中に旨みが広がっていく。

 肉厚も申し分なく、噛みごたえ十分だ。

 まるで貝のステーキである。


「んまいにゃ!」

「とても美味なのだ」


 二人も気に入ったようで、俺たちは海鮮バーベキューを堪能するのだった。

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