第47話魚市場に行きました

 その日はホテルに帰り、疲れていたのでそのまま眠った。

 ハンモックで寝るのは最初は落ち着かなかったが、慣れるとユラユラと夢見心地のようで朝までぐっすりであった。


 翌日、陽の光で目が醒めた俺は起き上がり大きく伸びをして起き上がる。


「ふぁぁ……よく寝たぁ……おーい、起きろクロ」

「んにゃ……」


 腹に乗っていたクロをゆすって起こす。

 クロは大あくびをしながら尻尾をピンと立て、身体を伸ばした。


「くぁぁぁ……んにゅう。ユキタカおはよだにゃ」

「おはようクロ。お、雪だるまも起きたか?」


 部屋の隅で佇んでいた雪だるまがくるりとこちらに身体を向ける。


「おはようなのだ。二人とも早いのだ」


 ちなみに雪だるまは立ったまま寝るので、最初は寝ているかどうか全くわからなかった。

 最近は少しわかるようになったけどな。


「とりあえず飯食って海行こうぜ」

「賛成にゃ」


 窓から外を見れば、朝早いからかまだ海水浴客がいない。

 気兼ねなく遊べるチャンスである。

 とりあえず鞄から取り出した塩むすびをクロと雪だるまに渡し、自分も食べる。

 うん、やっぱり朝はご飯でしょ。

 エネルギー補給を終えた俺は早速ホテルを出て海へ向かう。

 と、海岸の向こうで以前に見た老人を見つけた。


「昨日のじいさんにゃ。何してるにゃ?」


 魚釣りの時の老人が、船のそばで何かをやっている。

 気になった俺は近づいて声をかけた。


「おはようございます。先日はどうも」

「おお、昨日の兄ちゃんかい。ヒラメは美味かったかい?」

「はは……」


 いや、食ってないけどね。逃がしたともいえず愛想笑いを返す。


「ところで今何してたんですか?」

「漁さね。今から引き上げるところだが、見ていくかい?」


 そう言って手にした網をぐいと引く。

 網は海の中に繋がっていた。

 おっ、底引き網漁ってやつか。子供の頃に少しだけやった覚えがある。

 小魚やカニが獲れて、とても面白かったっけ。


「是非とも!」


 二つ返事で応えると、老人はにやりと笑って俺に網を渡してきた。


「じゃあ手伝ってくんな。ワシは向こうから引っ張るからよ、兄ちゃんは合図をしたらこいつを思いっきり引いてくれ」

「わかりました。二人とも、網を持ってくれ」

「わかったにゃ!」

「承知なのだ」


 老人は船から網を取ると、力強く握り締めた。


「それじゃあ行くぜ。……よいっしょお!」


 掛け声に合わせ、言われた通り引っ張る。

 うお、めちゃくちゃ重いぞこれ。


「んにゃあ! にゃあ!」

「ぬぐぐ……お、重いのだ……」


 クロと雪だるまと共に、一生懸命引いていく。

 ざり、ざりと砂が擦れる音が聞こえ、少しずつ網が上がっていく。

 と、水面で何かが跳ねた。

 太陽の光に反射してキラリと光るのは、魚だ。

 網を引き上げるに連れ、ぴちゃん! ぴちぴち! と水面を跳ねる魚が多くなっていく。


「大漁にゃあ!」


 クロが目を輝かせ、ぴょんと飛び上がる。


「おうい、あんたも手伝ってくれ!」

「はーい!」


 老人は手網を取り、魚を掬って木箱の中に入れていく。

 俺もまた、渡された手網で同じように魚を掬うのだった。


「ふぅ、今日の仕事も終わったのう」


 まさに大漁、魚は箱一杯になっていた。

 これから荷車を押して売りに行くとの事だ。


「もしかして余った小魚は昨日みたいに水槽に入れるんですか?」

「ついでに晩酌のつまみにな」


 老人は手で酌をするポーズを取ると、悪戯っぽく笑う。

 もしや昨日の釣れなかった残りも……多分そうなんだろうなぁ。


「それじゃあ兄ちゃん、手伝ってくれてありがとな!」

「あ、ちょっと待ってください!」


 荷車を引いて行こうとする老人を呼び止める。


「市場に売りに行くんですよね、俺もついて行っていいですか?」

「ん、そりゃ構わないよ」

「ありがとうございます」


 老人から快諾を貰う。

 市場って一度見てみたかったんだよな。

 テレビで時々見たが、競りとか呼び込みとかすごく活気があって面白そうだったし。

 老人がゆっくりゆっくり荷車を押しているのを見て、俺は後ろにつく。


「手伝いますよ」

「おう、すまないねぇ」


 力を込めて押すと、先刻の倍ほどの速度で進んでいく。


「ユキタカはお人好しにゃ」

「時間の節約だよ。俺も一緒に押した方が早く着くだろ。場所を教えてもらうんだし、このくらいわけないさ」

「全く以って人が良いのだ」


 うんうんと頷くクロと雪だるま。

 ……また何か勘違いしているな。俺はただその方が効率的だと思っただけなんだが。

 ともあれ荷車を押し続ける事しばし、向う先で騒がしい声が聞こえてきた。


「着いたぞ兄ちゃん。あれが市場だよ」


 老人の指差す先には巨大な建物が見える。

 魚市場と大きく書かれた看板には魚の骨が飾られており、年季の入った大きな屋根の下では屈強な男たちが声を荒らげていた。

 たくさんの客でにぎわい、皆とても楽しそうだ。

 まさにイメージ通りの見事な市場だな。テンション上がって来たぜ。

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