第31話夜は祭りをやってました

 部屋で休んでいると、気づけば夜になってきた。

 どうやらいつの間にか寝入っていたようである。

 石のベッドは案外心地よく、ひんやりとした冷たさと程よい硬さでウトウトしてしまったのだ。

 意外にクセになるかも、このベッド。

 見ればクロも雪だるまもすぅすぅと寝息を立てている。


「ん……? 何か音が聞こえるな」


 下の方が何だか騒がしい。

 窓から顔を出し覗いてみると、夜の街には明かりが煌々と照らされ、多くの人々で賑わっていた。

 昼間よりも多いくらいだ。

 賑やかな音楽に乗って踊っている人もいるようだ。

 祭りか何かだろうか。


「んにゃあ……どうしたにゃ? ユキタカ」


 クロが大あくびをしながら首を持ち上げた。


「あぁ、下で祭りをやってるみたいだからな。見に行こうかと思ってな。クロも行くか?」

「にゃ! 行くにゃ! 雪だるまも早く起きるにゃ!」


 祭りと聞いてテンションが上がったのか、クロは雪だるまを揺さぶり起こす。


「むむ……おはようなのだ」

「下でお祭りをやってるにゃ! みんな踊ってるにゃ! 行くにゃ!」

「おぉ、それはいい。是非行くのだ」


 というわけで、俺たちは下へと降りる。

 帰りはエレベーターは使わなかった。

 昇りはまだしも、降りは怖すぎる

 自慢じゃないが俺は小さい頃、フリーフォールで泣いた事がある。


「エレベーター使いたかったにゃあ」

「勘弁してくれ」


 クロは乗りたそうだったが、俺が階段で降りると諦めてついてきた。


 ホテルから外に出ると、ドン! ドン! ドン! と太鼓の音が聞こえてくる。

 美しい笛の音と人々の喧騒が混じり、さわがしくも心が躍る音楽となって俺の耳を通り抜けていく。

 人々はラフな格好に着替え、食べ物を手に楽しげに歩き、そこら中にあるお立ち台の上では踊っている人たちもいる。

 まさに祭りだ。なんかワクワクしてきたな。


「おや、旅人さんじゃあないか」


 いきなり声をかけられ振り返ると、派手な格好をして顔にペイントを入れたリザードマンがいた。


「はは、この格好じゃわからないかい? 昼間に入り口のところで少し話しただろ?」

「……あぁ、思い出しました」


 あの時の人か。

 ペイントをしていなくてもわからなかっただろうけどな。

 悪いが俺からするとリザードマンはみんな同じに見える。

 もちろんそんな事は言わないが。


「これってお祭りなんですか?」

「あぁ、と言っても毎日やっているんだけどね。夜になったらこうして集まり、歌って踊って騒いで、また明日への活力にするのさ」


 毎日こんなことをしてたら逆に疲れそうだが……凄まじい体力である。

 火山と祭りの街とは聞いていたが、本当に毎日やっているとはな。


「それに三日後に炎舞祭があるからね。あぁ炎舞祭ってのはこの国で一番大きな祭りでね。踊り手たちが一堂に集まって競い合い、国一番の踊り手を決めるんだ。今行われているのは前夜祭。いわば予選だね。ここで選ばれる為に皆、張り切ってるのさ。ちなみに私たちも出場するんだよ」


 よく見れば踊っているリザードマンたちは十人くらいで一つのチームになっているようだ。

 こうして踊っている人たちの中から優秀なチームが選出され、炎舞祭とやらに出場できるのだろう。

 三日後か、余裕があったら見に行ってみよう。


「色々教えていただき、ありがとうございました。それでは頑張って下さい」

「あぁ、よかったら応援しておくれ! おっと、そろそろ戻らないとね! じゃあ楽しんで!」


 そう言って、リザードマンは踊りの輪に戻っていく。

 気さくでいい人だったな。

 俺たちはしばし、リザードマンたちの踊りに見惚れていた。

 毎日踊っているだけあってテクニックもさることながら、圧倒的な迫力を感じる。

 これだけでも結構すごいのに、更に他の集落からも踊り手たちが集まってくるのか。


「火の国一番の祭りか。いいタイミングで来たのかもな」

「にゃ! 楽しみにゃあ!」

「相当の修行を積んだ見事な踊りなのだ」


 どのチームも全身を使った激しい踊りで、見ていて飽きない。

 飛んだり跳ねたり回ったり、かと思えばゆっくりと、次第に激しく舞い続ける。

 曲調がクライマックスになったところで、リザードマンたちは手のひらから炎を生み出し、それを纏うように回転した。

 ごう! とステージに炎が踊り、踊り手を彩る。


「なぁあれ魔法だよな!」

「そだにゃあ」

「へぇ、よく見りゃどのチームも使ってるじゃないか」


 あっちもこっちも、どうやら踊りに魔法を取り入れているようだ。


「なぁクロ、この世界では魔法を使える人って珍しくないのか?」

「あれくらい簡単な魔法ならちょっと練習すれば誰でも使えるにゃ。練習しても魔法を使えないユキタカの方が珍しいにゃ」

「うぐ……」


 そう、俺には魔法は使えない。

 この世界に来た時、俺はマーリンに魔法を教えてもらおうとしたが、どうにも要領が悪く憶えられなかったのだ。


「ユキタカ殿は魔法が使えないのだ?」

「まぁな。非常に残念な事だが」


 オタクな現代日本人としては一度は魔法を使ってみたい。

 この旅で才能が開花したりしないものだろうか、なんて今でも思っている。

 だから時々当時教わった事を思い出しては試しているが……やはり無理なのだ。


「魔法は先天的な才能だけで決まるものではないのだ。後天的に魔法を憶えることもあるらしいから、気落ちすることはないのだ」

「……ありがとう雪だるま、お前いいやつだな」


 俺は感謝の言葉と共に雪だるまの頭を撫でる。

 雪だるまはひんやりとして、気持ちよかった。

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