第30話石のホテルに泊まりました

 屋台で腹を膨らませた俺たちは、宿を探していた。

 大通りを抜けてしばらく行った先にある渓谷群。

 どうやらこの辺りにあるそうなのだが……


「おや、旅人さんかい?」


 と言いながら、リザードマンが岩陰からにゅっと顔を出してきた。

 うおっ、びっくりした。

 リザードマンは物陰からいきなり出てくる性質でもあるのか? 心臓に悪いぜ。


「えぇと……はい、この辺りにホテルがあると聞きまして」

「そうだよぉ! この辺りにホテルがあるんだ。特にここはオススメだよ! なんと言っても岩質が最高なんだ! ここに泊まったら他のホテルじゃ寝れないよ!」


 リザードマンが聳え立つ岸壁を指差す。

 岸壁に穴が空いているだけかと思ったが、ここがホテルだったのか。

 言われてみれば外観もホテルっぽい気がしてきた。

 岩質がどうこう言われてもよくわからないが……こういうホテルばかりなら、ちょっと俺の価値観とは違いすぎて選べないな。

 これも縁だし、オススメされたところにしてみるか。


「ではここに泊まってみます」

「あいよっ! お客様一人ご案内!」


 ってあんたが店主かよ!

 そりゃオススメするわな。

 客引きに捕まった形になったが……まぁこれも縁だと思う事にするか。


 中に入ると意外とひんやりしていた。

 外はちょっと暑かったので心地よい。


「では使い魔連れでお一人様銀貨二十枚となります」

「お願いします」

「まいど! お客さん運がいいね、丁度最上階が空いてるんだよ! 眺めは最高だよ!」

「へぇ、いいですね」


 と言ってから目の前にある螺旋階段に気づく。

 階段ははるか上まで続いており、天井が見えない。

 これだけの高さを歩いて登るのはしんどそうだ。


「こっちだよ」


 と思ったら店主は階段をスルーして奥へ向かう。

 階段を昇るんじゃないのか?

 不思議に思いながら連れて行かれた先は、すごく小さな部屋だった


「ここに乗ってくんな。最上階まで一瞬だよ」


 それを見た俺はすぐにピーンと来た。

 現代日本にある高層建築物ではおなじみの、あれである。


「へぇ、エレベーターがあるのか!」

「ユキタカ、エレベーターって何にゃ?」

「これに乗れば何もしなくても勝手に上の階まで運んでくれるんだ」

「ほえー、すごいにゃー!」


 しきりに首を傾げるクロ。しかしエレベーターとは驚いたな。

 どういう原理なんだろう。

 もしかして魔法で浮く床とかだろうか。

 俺はワクワクしながら、床の上に乗る。

 乗った瞬間、俺の背筋がざわついた。――嫌な予感。


「準備はいいかい? それじゃあ行くぜ」


 そう言って店主が上空からぶら下がったロープに手をかける。

 嫌な予感が確信に変わる。


「ちょま――」

「そぉい!」


 店主が飛び上がり、全体重をかけてロープを引く。

 瞬間、俺の身体は一気に空へと跳ね上げられた。


「ぎゃあああああああっ!」


 俺の悲鳴が辺りに響き渡った。


「すごいにゃ! 本当に勝手に上の階まで着いたにゃ!」


 ……あぁ、確かに着いたよ。

 思いっきり人力だったけどな。


「お客さん!下の階に降りたい時はそこの呼び鈴を鳴らしてくんな。夜遅くじゃなけりゃすぐ行くからよ!」

「は、はーい……」


 俺は地上の店主に弱々しく返事を返す。

 ふぅ、寿命が縮んだぜ。出来れば二度と利用したくないな。


「楽しかったにゃ!ユキタカ、もっかい乗ろうにゃ!」

「……勘弁してくれ」


 俺の思いとは裏腹に、クロは喜びはしゃいでいた。


「へぇ、中も全部石で出来てるんだな」


 部屋の中の調度品は全て、椅子やテーブル、ベッドや枕まで石で出来ている。

 こんな硬いベッドで寝られるだろうか。不安だ。


 最上階の部屋は確か眺めがよく、辺りが一望できた。

 そこから透眼鏡で遠くを見ると、確かにこの国には火山が沢山あるようだ。

 ここから見えるだけでも三つ、噴煙の上がる山がある。

 それに他の集落も見つけたが、どのもここのように岩をくり抜いたような建物ばかりだった。

 しかし不思議だ。

 岩をくり抜くなんてのは半端ではない労力がかかるはずなのに、なぜこの国の人はそんな事をしているのだろうか。


「普通に木とかレンガで作った方が楽な気がするが……」


 そう呟いた瞬間である。

 どおおおおおおおん!と轟音と共に地面が揺れた。

 遠くに見える火山が噴火したのだ。


「にゃっ!?」


 クロがぴょんと飛び上がり、俺の足元に隠れる。

 本当によく噴火するんだな。なんで感心していると、天井にガン!ガン!と何かがぶつかるような音が聞こえてくる。


「何かが当たっているようなのだ。この音は……岩?」

「……あぁ、なるほどそういうことか」


 今ようやく合点がいった。

 岩をくり抜いて住居としているのは、つまり火山が噴火した際に降ってくる火山弾への対策なのだ。

 常にどこか火山が噴火している火の国では、普通に家を立てれば降ってくる火山弾ですぐに壊れてしまうだろう。

 こうした家なら頑丈なので、壊れる事もないというわけだ。


「いわばシェルターの役割をしているわけだな」

「な、なんにゃあそれは……」

「ここにいれば安全ってことさ」


 俺はビビリまくるクロを落ち着かせるべく、抱きかかえて背中を撫でてやるのだった。

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