第13話

 俺に向けて投げられる、巨大な魔力弾。まずい、こっちにはたかしと綾香もいる。二人を巻き込むわけにはいかない。俺は断罪の剣を構え、どうにかこれを無力化しようと試みる。

 と、その時だった。突如大魔王が俺の前に立ちはだかり、魔力弾に背を向けて俺を庇った。

『大魔王!?』

「直正……お前を傷つけさせるわけにはいかない……!」

 背中を焼かれ膝をつく大魔王。その様子を見て、クサイウンはクックと小声で笑う。

「わしに孫がいると知った時……わしはとても嬉しかったんだ……一目会うことすら叶わなかった娘の忘れ形見……お前がいてくれたことで、わしの心がどれほど救われたか……」

 大魔王は優しい目で俺に語りかける。俺は今日初めて会ったこの男に、何の親愛も持てなかった。血縁者だと言われたところで、全く実感が沸かなかった。だが、今ここで初めて気付く。この人は俺の祖父なんだということに。

 先程まではピンピンしているように見えた大魔王だったが、急に両掌を地面についた。巨大魔力弾のダメージは、見た目以上に大きかったらしい。

「間抜けですねえ。やはり貴方は王の器ではない。二人纏めて消し去ってあげましょう」

 クサイウンは再び右手に巨大な魔力弾を生成する。

『させるか!』

 俺は飛び出し、断罪の剣で魔力弾を切り裂いた。真っ二つになり消滅する魔力弾。

「ほう、両親と祖父の仇討ちのつもりですか」

『そんなつもりじゃない。ただてめえにムカついただけだ』

 全身から湧き立つ怒りの感情。このゴミクソ野郎をぶっ倒したいと、心から思った。

 断罪の剣に聖なる力を纏わせ、俺はクサイウンに切りかかる。

「その程度の素人剣術、大魔王の魔力を吸収した今の私に通じるとお思いですか?」

 小馬鹿にした態度で避けるクサイウン。だが次の瞬間に胴が薄く裂け、血が滲み出た。

「!?」

 ずっと余裕ぶって得体の知れなさを放っていたクサイウンが、初めて見せる驚きの表情。

「なるほど……悪魔と天使とヒーローの血が混ざり合った力がこれほどにまで強いとは……想定外でしたよ」

 すぐに気を立て直したクサイウンは、吸収魔力弾を展開して俺に放つ。俺は断罪の剣に聖なる力を纏わせ、魔力弾を斬る。聖なる力がバリアの役割を果たし、俺の力は吸収されない。

「この術は悪魔同士の戦闘を想定したもの。聖なる力に防がれることは分かっていましたよ。貴方がその剣を手にする前のように素手で触ってくれていたらよかったんですがね」

 親父から断罪の剣を渡されたのが幸運だったようだ。俺はこの好機を逃さず畳み掛ける。俺の一撃一撃が、クサイウンの身に切り傷を入れてゆく。

「この動きは大魔王陛下の……見ただけで覚えてしまうとは、やはり大魔王家の血筋ですね。剣は素人だと舐めていましたが、こうなっては話が別ですか」

 そう言われて初めて気がつく。俺は自然と大魔王の動きを真似して戦っていたのだ。

 俺は大振りに切りつけるが、その攻撃はバリアに弾かれる。先程親父を倒した……というより自滅させたあのバリアだ。

「いくら王家の剣術といえど、このバリアはそう易々と壊せまい。戦闘形態の装甲と同じ性質を持った、聖なる力を無力化するバリアです」

『だったらこれでどうだ!』

 俺は小回りの利くこの体を活かし、バリアの張られていない背中側に回り込む。そしてクサイウンの翼の付け根目掛けて突きを繰り出した。

「させませんよ!」

 クサイウンは振り返ってバリアをこちらに向け、突きを防ぐ。俺は何度も後ろに回り込んでは攻撃を試みる。盾状のバリアが一方からの攻撃しか防げないのは明白。相手も必死になって俺の側にバリアを向けてくる辺り、この戦法は間違いなく有効だ。

「ちょこまかと鬱陶しいですねえ!」

 クサイウンは一旦バリアを解くと、今度は広範囲に向けて魔力弾を乱射し始めた。あれだけの数の魔力弾、俺一人では全てに対応できず、どうやっても街に被害が出る。

「ずあっ!!」

 と、その時、大魔王が同数の魔力弾を掌から発射し全ての魔力弾を打ち落とし消滅させた。

「まだそれだけの体力が残っていましたか。まったくしぶといですねえ」

 苛立ちを顔に顕にしたクサイウンは、声を低く呻らせながら指を鳴らす。するとその後ろに魔法陣が四つ現れ、そこから戦闘形態の悪魔が四体召喚された。

「いくら貴族の私といえど、二人の王族を一人で相手にするのは荷が重いのでね、兵を召喚させて頂きましたよ」

 四体の悪魔は、凶悪な面構えでこちらに歩みを進める。

「お前達……国を守る兵が王を裏切るつもりか!」

「我々は皆クサイウン様に忠誠を誓った者。貴様のような無能よりも、クサイウン様こそが大魔王に相応しいのだ」

 悪魔の一体が、そう言いながら大魔王に爪を向ける。というかこいつら戦闘形態のまま喋れたのか。

「死ねワルワル!」

 大魔王を突き刺そうと、悪魔の一体が爪を振り下ろす。だがその攻撃は魔剣によって受け止められた。大魔王は手負いであるにも関わらず、相手の攻撃を全く寄せ付けない。そしてそのまま魔剣の一振りで消滅させてしまった。悪魔の王族と平民の差はこれほどにも大きいのか。

 つかワルワルって大魔王の本名なのか。こんな名前にだけは生まれたくないものだ。バブちゃんも大概ではあるが。

「所詮あいつは捨て駒です。さあ、殺ってしまいなさい!」

 死んだ兵を平気で捨て駒呼ばわりしながら、クサイウンは残りの三体に命令をする。三体の悪魔は大魔王の方を向いて同時に口を開き、何かを発射しようとする。大魔王は先程の爪と同じように魔剣で受け止めようとするが、突然何かを感じたように体の動きが止まった。

 背中に痛みを感じたのだ。俺は本能でそう察した。三体の悪魔が口からビームを発射したその瞬間に、俺は大魔王の前に出る。俺は断罪の剣でビームを受け止め、無力化した。

「な、直正……」

『勘違いするな、さっきの借りを返しただけだ』

 我ながらクサい台詞だとは思ったが、ついそんな言葉が口から出てしまったのだ。本当は俺はこの老人に、血縁者としての情が湧いてしまったのかもしれない。だがそれを誰かに悟られたくなかったのだ。

「直正、来るぞ!」

 たかしが叫んだ。三体の悪魔が俺を引き付けている隙に、クサイウンはこちらに向けて小型の魔力弾を発射。俺は断罪の剣で三体を押し出し、その後飛んできた魔力弾を切り捨てた。

 先程大魔王が一撃で悪魔を屠った技の構えを、俺は真似る。断罪の剣がキラリと眩い光を放った。俺の揮った剣から光と闇の混ざり合った斬撃が迸り、三体の悪魔を纏めて消し去った。

「我が剣術に聖なる力を交えて放ったか……そしてその斬撃を出せるだけの強大な腕力はヒーローの力。三つの力をここまで使いこなせるとは流石は我が孫といったところか」

「直正だけを褒めるのは間違いだな大魔王よ。その直正が力を暴走させることなく使えるようにしたのは、地上一の天才科学者たるこのカイゾー博士だ。尤も我輩は地上のみならず天界と魔界を併せても最高の天才であると自負しているがな」

 どや顔で言うたかし。どうしてお前はいつもそんなに自信満々なんだ。何かとネガティブな俺にはとても理解できない。だからこそ、俺は俺に無いものを持つこいつに惹かれていたのかもしれないが。

 手下をあっさり倒されたクサイウンは、悔しそうな表情を見せる。

「少々貴方を侮っていたようです。ですが私の手駒はまだまだいるのですよ」

 クサイウンは更に三体、悪魔を召喚する。大魔王は顔が青ざめた。

「わしを裏切った者がまだいるというのか!? わしは……そんなにも人望が無かったというのか……わしは常に魔界の民のことを考え善政を敷いてきたつもりだったが……わしのやってきたことは間違いだったというのか……」

 裏切った者の多さに絶望し落ち込む大魔王に、たかしが歩み寄る。

「どんな聖人君子でも、くだらない理由で人から嫌われることはある。ましてやそれが一国の君主であるならばな。尤も我輩は貴様がどういう政治をしてきたのか全く知らん故、貴様が本当に無能で人望の欠片も無い可能性を完全に否定することはできんがな」

 励ましてるのか傷口に塩を塗ってるのかわからない口ぶりで、たかしは言った。

「さあ行きなさい、無能とその孫を抹殺するのです!」

 命令を受けた三体の悪魔は、俺に襲い掛かってくる。俺は断罪の剣を構えて迎え撃った。先程と同じ動きで、俺は三体の悪魔を倒す。

 やけにあっさりだ。何の捻りもなく雑魚をぶつけてきて、案の定瞬殺される。勿論俺はそれで終わるとは思っていない。これを囮にクサイウンが本命の攻撃を繰り出してくることに、全身系を研ぎ澄ませて警戒する。

「直正、こっちだ!」

 たかしが叫んだ。クサイウンが向かって行ったのは、俺の方じゃなかった!?

 俺は慌てて振り返る。だが時既に遅かった。俺が三体の悪魔に気を取られている間にクサイウンは俺の後ろへと飛び、綾香を脇に抱えて上空まで上がったのだ。

「綾香!?」

 たかしがクサイウンを見上げる。

「ククク……まんまと嵌められましたね鈴木直正。私の狙いは貴方が大層大事にしているこの娘ですよ」

 しまった、としか言い様がなかった。二度目も同じ手で来るなどと浅はかな予測を立てた俺のミスだった。

『てめえ……綾香をどうする気だ!?』

「人質ですよ。そうですね……今から一時間後に、貴方の通う学校の校庭まで来なさい。大魔王陛下と共にね。そこでこの娘と、貴方がた二人の命を交換です」

「実力では直正に勝てんと見て卑怯な手に出たか。どこまでも腐った奴だ」

 たかしがクサイウンへの嫌悪感と怒りを顕にする。妹を人質にとられたとあっては、いくら飄々としたたかしであっても感情を爆発させざるを得ないということか。

『そんな提案、受けられるわけないだろ!』

 俺が剣先を向けると、クサイウンは綾香を盾にするような構えをとる。

「私に攻撃してきたら……どうなっているかはわかりますよね?」

 こうされては俺も手が出せず、剣を降ろした。

「では待っていますよ。時間を守らなかったり、二人の内どちらか一人でも欠けていれば……人質の命はありませんよ」

 そう言ってクサイウンは闇に包まれ、綾香と共にその場から姿を消した。

 俺達は暫くその場に立ち尽くしていたが、そうしていても仕方が無いので、たかしの提案で一旦家に戻りこれからのことについて話し合うことにした。

「まずはとにかく、綾香の救出が第一だ。奴は直正と大魔王の命を綾香と引き換えだと言ったが、当然それは受け入れられない条件だ。綾香の命が懸かっている以上直正と大魔王を学校に向かわせる必要はあるが、我々が成し遂げるべきはその二人を生き残らせた上で綾香も救出することになる」

 たかしが説明する。だが俺はそう言われたところで、気が気ではない状態だった。

『俺のせいだ……俺のミスが原因で、綾香は攫われたんだ……』

「いや、私があっさりやられて気を失ったりしなければ……」

「いや、そもそもわしが無能だったのが原因なのだ……」

 俺から続くように、親父と大魔王が言う。

「貴様ら揃ってネガっていても何も始まらんだろうが」

 たかしに喝を入れられ、俺達は背筋を伸ばした。妹を攫われて一番辛いはずのたかしが、一番前を向いている。

「直正、貴様は戦いを始めて日が浅いのだ。知識も経験も少ないのだから致し方あるまい。大魔王については詳しく知らんのでノーコメントにしておくが、親父さんについては一切擁護不能だ。また馬鹿の一つ覚えで突撃してやられたのだ、いい加減反省したまえ」

 それを言われて流石に親父はションボリする。これでもまた突撃しそうなのがこのアホではあるが。

「クサイウンとの決戦には我輩も同行する。手負いの大魔王は戦力にならんし、スーツを壊された親父さんは論外だ。実質的な戦力は直正一人と見ていいだろう。ならば我輩の指揮が必要になるはずだ」

「ならば私も行こう。たとえスーツが壊れていても、多少の戦力にはなるはずだ」

「貴様は我輩の話を聞いていたのか? 邪魔にしかならんからここで留守番していろ。もう貴様は最強でも何でもないのだと何度言ったら理解できるのだ」

「ぐ……大事な時に力になれなくてすまない……私はヒーロー失格だ」

「今は体を休めておけ。ここで貴様が死ねば、貴様がこの先救うはずの人々も死ぬことになるのだ」

 足手纏いだと言いつつも、親父がヒーローであることを決して否定しないたかし。俺には親父をフォローできるような気の利いた言葉が出なかった。今朝までの俺だったなら「確かにお前はヒーロー失格だ」と積年の恨みを籠めた罵倒が口から出ていただろうが、今の俺はどうにもそんな気がしなかった。

「それでは我輩は一度研究所に戻り、決戦に向けての準備をしてくる。貴様らはここで大人しく待っていたまえ。特に大魔王、貴様にとって綾香は何の縁もない他人故、別にどうでもいいと思っているかもしれん。だがもし貴様が勝手に動き余計なことをしたせいで綾香の身に何かあれば……我輩はこの天才的頭脳をフルに回して貴様に死ぬよりも恐ろしい責め苦を味わわせてやるからな」

 一見真顔のようにも見えるが妙に恐ろしい雰囲気を漂わせる表情で、たかしは言う。

「勿論わかっているとも。君の妹を見捨てるつもりは一切無い。わしにだって情はある。悪魔という言葉の響きからはもっと邪悪で外道な印象を抱くかもしれないが――実際そういう者も多いのだが、決してそういう者しかいないわけではないのだ」

「貴様が魔界の世情をよく知った王であると信じた上で、その言葉を信じるとしよう」

 たかしはそう言い残し、自分の部屋へと向かって行った。

 残された俺達三人に、暫しの沈黙が流れる。ずっと憎んでいた父親と、今日始めて会う祖父。そんな二人と一つの部屋に入れられ、俺は一体何を話せばよいのか。たかし、早く戻ってきてくれ。

 俺が気まずい雰囲気に耐えかねている中、親父が動いた。親父は立って自分の鞄に向かうと、一枚の写真を取り出し再び戻って座った。

「和美ママぁ……辛いよぉ……」

 かと思えば、突然写真に泣き言を言い始めた。親父が取り出した写真には、お袋が写っている。

「私の失態のせいで小さな女の子を危険な目に遭わせてしまうなんて……博士にもきつく叱られちゃったし……慰めて欲しいよママぁ……おっぱい吸いたいよぉ……」

『うわキモっ!!!』

 あまりの気持ち悪さに思わず声が出た。中年男の発言とは思えないこのクソキモ台詞に、俺は背筋がぞっとして全身に鳥肌が立った。吐き気を催しさっき飲んだミルクが喉まで戻りかけていた。まるで腐乱死体でも見たかのような気分だ。俺の実の父親なんだよな、この汚物。さっき少しは見直したと思ったらすぐこれだ。

「最強マン君、もしやそれは、私の娘の写真かね」

 大魔王がお袋の写真に食いついた。

「ええ、私の妻でときにママにもなってくれる、†漆黒の堕天使カズミエル†です」

「やはりそうか。今まで顔を知らなかったが、一目見てすぐにわかったよ。我が妻シルフィととてもよく似ているな。彼女もわしがマスコミのバッシングを受けたりして落ち込んでるとママになって慰めてくれたんだ。わしよりずっと年下で親子ほども歳が離れているのに、まるで本当のママのように感じられるんだ……」

 お前もか大魔王。

「お義父さんも同じだったんですね」

「うむ、年下の女の子に母性を感じてしまうのは男のさがかもしれんな」

「母性ロリは至高、ですねお義父さん」

 そう言って二人は向き合い頷く。

『頭おかしいだろお前ら! 病院行けよ!』

「あ、そうだお義父さん、今度のお盆、一緒にお墓参りどうです?」

「是非ご一緒させてもらおう」

『おい何意気投合してんださっきまで殺し合っといて』

「母性ロリによって育まれた絆……かな」

『キモっ! ガチでキモい!』

「だが直正、お前だって綾香ちゃんにママになってもらっているじゃないか」

『馬鹿言うな! それは元の体に戻るために必要だからやってるのであってだな……』

「でも綾香ちゃんのこと好きだろ?」

『お前らみたいなロリコンと一緒にするな! 俺は決してそういうんじゃ……』

「まったくツンデレだなわしの孫は。わしを助けた時だって……」

『やめろ』

 ツンデレ呼ばわりされるのが心外だった俺は、どすの利いた声で大魔王に言う。

「もっと自分に正直になれ。お前は我々の同士だ。一緒に母性ロリの素晴らしさを語り合おうじゃないか」

 にこやかな笑顔でこちらを見てくる親父と大魔王に、俺は怒りを爆発させそうになるのを必死で抑える。

 こいつらと話してるとストレスばかり溜まる。たかし、早く戻ってきてくれ。

 そんなことを考えていると、俺の願いが通じたのか家の奥からこちらに向かう足音が聞こえてきた。

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