第12話

 二人は同時に駆け出す。先制攻撃を仕掛けたのは親父だった。強烈な右ストレートが、大魔王の顔面目掛けて突っ込んでいく。

 拳が当たる寸前、大魔王の姿が消えた。気付いた時大魔王は親父の真横に移動しており、親父の頬に右ストレートを打ち込んでいた。親父の吹っ飛ぶ速度より更に速く移動し後ろに回り込んだ大魔王は、脇腹に追撃の蹴りを入れる。年寄りとは思えないほどの機敏な動きで、大魔王は親父を滅多打ちにする。あんなに優しい目をしているのに、その攻撃には容赦が無い。親父はどうにか反撃を繰り出すも、その拳は一発も入らない。

 実力の差は、見て明らかだった。親父が勝てる要素は万に一つも無い。だがそれでも、親父は諦めずに立ち向かう。

「俺の息子を、魔界に連れて行かせなどさせない!」

 親父は上空の大魔王に向けてアッパーを放つが、大魔王はその手首を掴んで地面に投げ返す。

「負けるものかーっ!」

 ここまで来れば、最早ただの身の程知らずで命知らず。それでも尚戦い続けるのは、ヒーローであるが故か。

「直正……貴様は知っているか」

 二人の戦いを見守る俺に、たかしは突然話しかけてくる。

「ヒーローの力の源とは愛だ。かつて日本最強のヒーローと呼ばれた最強マンは、最愛の妻を失ったことによって大幅な弱体化を余儀なくされた。それでも尚ヒーロー活動を続けられたのは、息子である貴様がいたからだ」

『だから何だってんだよ。そんなこと言われたって……』

 そうこうしている間にも、親父の傷はみるみるうちに増えていく。

「直正……こんな時に何だが、私の話を聞いてくれ……」

 息も絶え絶えになりながら、親父は戦闘中に俺に話しかけてくる。

「天使と悪魔とヒーロー……特殊な遺伝子を三つも持って生まれてきたお前は、自分の強すぎる力に悩むことになるかもしれない。自分の血を恨むことになるかもしれない。和美がお前を授かった時から、私はずっとそれが心配だった。だからこそお前には、たとえどんな生まれであっても歪むことなく真っ直ぐ正しく生きてくれることを願って……直正と名付けた」

 親父が突然語り出す、俺の名前の由来。

『何だよこんな時に突然! そんなこと言ってられる場合じゃないだろ!』

「……だからこそ私はその父親として、そしてヒーローとして、真っ直ぐ正しい生き様を見せねばならん! だから私は戦うのだ! 喰らえ必殺、最強ビーム!」

 戦いよりもこっちにエネルギー使ってるんじゃないかというくらいの大声で啖呵を切り、十字に重ねた腕から渾身のビームを発射する。だがそれに羽を盾のようにして阻まれ、羽が僅かに焦げ付く程度のダメージしか与えられない。

「ほう、初めてわしに一撃入れたな。それに敬意を表し、わしも少し本気を出すとしよう」

 大魔王は右手を天に掲げる。それを隙だとばかりに親父は攻撃を仕掛けるが、大魔王の前面に出現した魔法陣がバリアとなり弾き返された。大魔王の右手を黒い闇が覆い、その闇が晴れると同時に手の中に禍々しい剣が出現する。

「見るがよい、これぞ魔界の王家に伝わる伝説の魔剣、超強いブレードだ!」

『何だよそのバカみたいな名前は! お前ら定期的にギャグを挟まないと死ぬ病気なのか!?』

 外野の俺がついツッコんでしまうクソネーミング再び。さっきまでの空気が一瞬にして吹っ飛んだ。

 こんな馬鹿げた名前が似合うとはとても思えないどす黒い刃のその剣は、まるで親父の首を狙っているかの如き威圧感を放つ。

「そんなものを出したところで、この私が臆するとでも思ったか! 修羅場なら何度も乗り越えている……正義は必ず勝つのだ!」

 親父の突撃は容易くかわされ、反撃の刃を容易く喰らう。大魔王は親父の身を何度も薄く切り、その度に少量の血が宙に舞う。あえて手加減をしてあげているのか、じわじわと少しずつ甚振るつもりなのか。

 たかし曰くかつては本当に最強だったそうだが、今の親父の戦い方はとてもそうとは思えない。無謀な突撃を繰り返し、傷ばかりが増えてゆく。

「今の最強マンの強さは、平凡なヒーローと同程度。廃業になるほど弱くはないが、エース級になれるほど強くもない。だが親父さんは、今でも最強だった頃と同じ戦い方をしている。ちょっとやそっとでは傷一つ付かない頑丈な体を頼りに正面衝突を繰り返す戦法は、最強だった頃ならば確かに有効だった。だが耐久力の落ちた今それをやっても自殺行為でしかないのだ。我輩は何度もそれを変えるよう勧告したが、親父さんはそれが自分のスタイルだと言い張って何も改善しようとしなかった。だからあの人は負けてばかりなのだ。ましてやあのような明確に格上の相手ではな」

 俺の考えを読んでいるかのように、たかしが説明した。

「既にヒーロー界の老害と化している最強マンを少しでもマシにするのが、我輩の装備開発の理念だった。だが天才の我輩といえど限界はある。どんなにスーツの防御力を上げても、親父さん自身が無謀な戦い方を改めねば修理回数が増えるだけなのだ」

 たかしの言う通り親父は馬鹿みたいに突っ込んでは返り討ちに遭うのを繰り返しており、先程修理したばかりのスーツは早くもズタズタに切り裂かれていた。

 親父の稚拙な戦い方と違って、大魔王の剣術は巧みである。剣に関してはド素人の俺ですらわかる、あの芸術的なまでの動き。徒手空拳で戦っていた時も強かったが、魔剣を手にしてからの大魔王は更に凄まじい強さを発揮している。

「う、うおおおお!!」

 無様な姿を晒しても構わず、血反吐を吐きながらも戦い続ける親父。もうやめてくれ。俺は心の中でそう思った。憎くてたまらなかった父。だがそれがこうして目の前で嬲られているのを見ると、不思議なことに怒りと悲しみが湧いてくる。これが肉親への情なのか。

『どいてろ親父!』

 いてもたってもいられなくなった俺はたかしの腕の中から飛び出し、断罪の剣で魔剣超強いブレードを受け止めた。

『ここからは俺がやる! 親父は下がってろ!』

「す、すまん直正……」

 俺に言われて、手負いの親父は素直に下がる。

「直正……お前はそんなに王位を継ぐのが嫌か」

『当たり前だ! そんな平気で人を攫いに来るような物騒な世界で暮らすのは御免だ!』

 差別主義の蔓延した天界にしてもそうだが、他所の世界はどうしてこう物騒なのか。比較的平和なこの世界に生まれたことは幸せだったのだろう。

「だったら無理矢理にでも連れて帰る。今の魔界にはお前の存在が必要不可欠なのだ」

 大魔王は魔剣を振りかざし俺を威嚇。気迫に圧されそうになった俺だが、全身に気合を入れて何とか気を立て直す。

「行くぞ直正!」

 大魔王の操る魔剣が、俺に迫る。避けたつもりでいた俺だったが、その斬撃は確実に俺の肌を掠めていた。

 この男はとてつもなく強い。実の孫が相手であるが故か親父と戦っていた時より手加減しているように感じたが、それでもその強さは俺の全身にピリピリと伝わってくる。

 敵の二撃目は、避けずに断罪の剣で防ぐ。俺の体が、不思議と相手の動きについていく。防戦一方ではあるが、親父と違って確かに攻撃を防げている。

「わしの魔界剣術についてくるとは……流石は我が孫といったところか。やはりお前は大魔王に相応しい」

『だから大魔王なんかにはならないっつってんだろ! 言うこと聞かないなら無理矢理連れてくのが魔界のやり方なのか!? 連れて帰るどころか、今まで来た悪魔達はどいつもこいつも俺を殺そうとしてたようにしか思えなかったぞ! それも綾香や関係無い人達まで巻き込んで!』

「それはお前が抵抗したからだ、直正。お前が素直に従っていれば、我らの使者は地上の者に危害を加えることはなかった」

『嘘つけよ! 最初に会った悪魔は、何も言わず攻撃してきたぞ!』

 剣と剣をぶつけ合いながら、俺と大魔王は言葉を交わす。俺が大魔王の発言の矛盾を指摘したところで、大魔王はとても不思議そうな顔をした。

「どういうことだ? わしの聞いていた話と違うが」

 どういうことだと言いたいのは俺も同じだった。

 と、その時だった。高志田家の扉が開き、綾香が外に出てきた。

「ねえお兄ちゃん、もしかして、なおくんが来てるの?」

 大魔王が直正と呼ぶ声を聞いて、俺が帰国したと思って出てきたのだ。

「あっ、いや、それはだな……」

 相変わらず誤魔化しが下手なたかしは、挙動不審に目を右往左往させながら必死に言い訳を考えている様子だ。

「直正様ならここにいるではありませんか」

 そこで口を開いたのは、クサイウンであった。クサイウンは俺を指差し、綾香を見て言う。

「え、その子はバブちゃん……えっ?」

「彼が鈴木直正様ご本人ですよ。どういうわけか赤ん坊の姿になっていますがね」

『おい何バラしてんだてめえ!』

 俺達がこれまで綾香に隠し通してきたことを、いとも簡単にバラすクサイウン。まさかの事態に、俺は目玉が飛び出るかと思った。

「え? バブちゃんがなおくん……? え?」

 クサイウンの言っていることが理解できていないかのようで、困惑する綾香。

「わしの送った使者が直正を殺そうとしていたとはどういうことだクサイウン」

 こっちはこっちでとんでもないことになっているのに、あっちはあっちで修羅場である。戦闘は一旦中断される。

「あーあ、バラされちゃいましたか。これだから陛下を連れて行きたくなかったんですがねえ。直正様の言う通りですよ。使者には私が直正様を殺せと命令しました。ちなみに陛下の選んだ使者は全て私が処刑し、実際に地上に向かったのはいずれも私の腹心です」

 主君に問い詰められ、己の悪事を白状するクサイウン。だがその表情と口調に反省は一切無く、むしろ開き直ったようであった。

「何故そんなことを!?」

「困るんですよ、直正様に生きててもらっちゃ。王家の跡取りがいない以上、陛下が亡くなれば魔界のトップはこの私になる。だからカズミエルも殺したんです」

「何だと!?」

 クサイウンがお袋を殺した。まさかの事実に、俺も親父も大魔王も驚いた。

「娘は天界の者に殺されたと聞いていたが、それも嘘だったというのか!?」

「ええそうです。これで私の天下だとばかり思っていたのですが、まさかカズミエルに息子がいたとは……死んでもその存在を隠し通した彼女の執念には恐れ入りましたよ」

「おのれ……おのれクサイウン!!!」

 激昂した親父が、ボロボロのスーツのままクサイウンに突撃する。だがバリアに弾き返され、頭から地面に叩きつけられた。

「直正様の存在を知った時、私は陛下に知られる前に秘密裏に抹殺するつもりでいましたが、裏切った腹心が陛下に直正様の存在を教えてしまいましてね。勿論そいつは処刑しましたが。知られてしまった以上は仕方が無いので、直正様を魔界に連れて帰るという名目の下刺客を送り抹殺することとしたのですよ」

「クサイウン……それを白状した以上、貴様がどうなるかはわかっているな」

 大魔王は全身にどす黒いオーラを纏わせて怒りに震えている。クサイウンはこれほどの威圧感を全身に受けていながら、しれっとした表情で不敵に立っている。

「ええ勿論わかっていますとも。新たな大魔王になるんですよね」

 この期に及んで尚も開き直るクサイウン。どこまで自信に満ちているんだこの男は。

 そこで俺ははっと気がつく。お袋の死の真相がわかって色々とやらなきゃならないこともあるが、まずはその前に綾香である。このお袋の仇のクソ野郎……クソみたいな名前をした文字通りのクソ野郎のせいで、俺の正体が綾香にバレてしまった。

 綾香は未だに動揺しており、状況を掴めていない様子だった。

「聞いてくれ綾香、あいつの言っていることは本当だ。スーパーベイビーバブちゃんの正体は、我輩の親友である鈴木直正なのだ」

 クサイウンの開き直りに感化されたのか、たかしは綾香に真実を話す。

「直正がアメリカの病院にいるというのは嘘だ。今まで騙しててすまなかった。詳しいことは後で話すが、とにかくバブちゃんは我輩の改造で赤子になった直正なんだ」

「そ、そんなこと言われても……」

 右を見れば壮絶な裏切り劇を展開する悪魔二人の下で親父が白目を向いており、左を見ればたかしの説明を聞いて綾香がショックを受けている。はたして俺は一体どこから触れればいいのか。頭がこんがらがってきた。

「では陛下、死んで頂きましょう。本当は自然に亡くなるまで待つつもりでしたが……知られてしまった以上は致し方ありませんね。天使に誑かされ王の役目を忘れた無能に代わり、このクサイウンが新たな大魔王になりましょう!」

 クサイウンは両掌から闇のエネルギー弾を連射する。大魔王はそれを魔剣で斬り、纏めて消滅させた。

「ほう……私のジェノサイドぶっ殺す弾を全て防ぐとは……流石ですね」

 攻撃を防がれたにも関わらず、クサイウンは余裕の態度を崩さない。技名に関しては絶対にツッコまんぞ。

「ですが私のジェノサイドぶっ殺す弾はただの攻撃技ではありません……触れた者の力を吸い取る技なのですよ」

 それを聞いた途端、大魔王は急に力が抜けたようにふらふらと下降を始めた。

「ククク……こうも簡単に王族の魔力が手に入るとは。やはり貴方は大魔王家始まって以来のド無能ですね。これで私は更に強くなりました。最早貴方など敵ではありません。孫諸共消し去ってくれましょう」

 そう言ってクサイウンは右手を掲げ、頭上に巨大な魔力弾を作り出した。あの大きさは不味い。こいつは俺と大魔王のみならず、綾香とたかしとついでに親父も纏めて消すつもりだ。

「させん!」

 魔剣を構えて切りかかる大魔王だったが、クサイウンは左手から先程の吸収魔法弾を複数作り出し、自身の周囲に漂わせた。大魔王の手が止まる。

「下手に攻撃をすれば私の力はますます高まり、魔力弾の威力も上がりますよ。下手をすればこの辺り一帯が更地になるかもしれません」

 大魔王を見下し、脅しをかけるように言うクサイウン。だがそこに大魔王は、吸収魔力弾の隙間を縫うような連続突きを浴びせる。それを受けたクサイウンは吐血。

「ぐうっ……まだそんな力が残っていましたか。やはり王族の魔力は計り知れませんね……ですがこれならどうでしょう」

 クサイウンはそう言うと、体の向きを変え俺を見た。

「まずは孫の方から、始末すると致しますか!」

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