第11話

『なるほど、貴様の正体が敵にバレた可能性がある、か』

 綾香の家に戻った後、俺は今回の件をたかしに話した。丁度昼食時ということもあって研究所には行かず食卓で話をしているため、たかしは念話で俺に言葉を伝えている。

『バレた原因に心当たりはあるのか?』

『いや……わからん』

『直正の居場所が敵に知られてしまった以上、攻撃の手はより激しくなる可能性があるな』

『懸念はそれだな』

 俺達が話していたところで、一人の男が扉を開けて部屋に踏み込んできた。

「よう、な……バブちゃん」

 ロリコン犯罪者クソオヤジである。また直正と言いかけていた。

「そろそろ昼飯時だと思ってな、綾香ちゃんの手料理食べに来たぞー」

 さも当然のように飯を貪りに来るこの男。スーツを直している間は特にする仕事も無いので、無職同然にぶらぶらしている。

「こんにちは、おじさん」

 台所にいた綾香が一度こちらに来て、丁寧に挨拶をする。

「何か、いいことでもありましたか?」

 親父の嬉しそうな表情を見て、綾香が尋ねた。

「実はさっきパチンコで大勝してきてなー、はっはっは」

 平日の朝から何をやっているんだこの男は。少しは見直したかと思ったらこれである。

「一応なりにもアメリカで活躍するメジャーヒーローがパチンコとは……日本の恥だな」

『もっと言ってやれ、たかし』

「いやー、せっかく日本に帰ってきたんだから久々にやりたくなっちゃってねー」

 ヘラヘラと笑う人間の屑。こんな奴を夫に持ったお袋は俺が思っていた以上に苦労していたのだろう。

「綾香ちゃん、私の分も作ってあるかな?」

「えーと、一人あたりの分量は少し減りますけど、それでいいのでしたら」

「ああ、構わないよ」

 親父がそう言うと綾香は台所に戻り、三人分の料理を運んできた。

 綾香は自分も席につき、手を合わせる。

「いただきます」

 俺の昼食は、勿論ミルクである。

「バブちゃん、ミルク美味しい?」

 自分で哺乳瓶を持ってミルクを飲む俺を見ながら、綾香が言った。

「綾香、バブちゃんが来てからもうすぐ一月経つが、母親をやるのにも随分と慣れてきたようだな」

「えへへ……最初は戸惑ったけど、赤ちゃんのお世話ってこんなに楽しいものだったんだって今は思ってる」

「だがな綾香ちゃん、バブちゃんは特別な赤ちゃんなんだ。普通の赤ちゃんとは全然違う。将来直正の子を産んだ時に同じ感覚でやろうとしても、きっと上手くはいかないだろう。これは子育て経験者からのアドバイスだ」

『だからお前に育てられた覚えは無えっつってんだろクソオヤジ! つかしれっと変な事言ってんじゃねえ!』

 この男はすぐ失言かますから困る。これで本当にアメリカでやっていけているのだろうか。

「なっ、なおくんの子供なんて……そんな……もし本当にそうなったら嬉しいなって、思ってはいますけど……」

 綾香は縮こまり、もじもじしながら言う。うん、これはとりあえず聞かなかったことにしよう。変な気を起こしてはいけない。クソオヤジとたかしが俺の顔を見てニヤニヤしている。持っている哺乳瓶を顔面にぶつけたくなった。

『ところで親父さん』

『何だ、博士』

 ここでたかしと親父は会話方法を念話に切り替え、綾香に聞こえないようにして話を始める。内容は俺の正体が悪魔にバレた可能性の件についてである。

『そうか……それは不味いことになったな』

『それで我輩は一つ仮説を立てたのだが……三日前にこの家を襲った悪魔がいただろう』

『ああ、私と直正が初めての親子共闘をした敵だな』

『その戦いに親父さんが関与したことで、バブちゃんと最強マンに何かしらの繋がりがあることが魔界に知られてしまったのではないだろうか。最強マンが和美さんの夫であることは既に魔界に知られていたはず。となるとバブちゃんが和美さんの息子、即ち鈴木直正であることに結びつくのは自然な流れだ』

『なるほど確かに』

『要するにこのアホオヤジが出張ったせいでバレたと?』

『少なくとも我輩はそう考えている』

 たかしの仮説を聞いて、親父は顔が青ざめていた。

『まったく余計なことしやがって。本当に疫病神だな』

『あくまでこれは仮説だ。親父さんのせいと決まったわけではない』

「さっきからどうしたの、二人とも黙っちゃって」

 たかしと親父がずっと声を出さず念話で話していたため、綾香が不思議に思い声をかけてきた。

「いや、すまんな。新しい発明のアイデアを考えていたのだ」

「私は今度の競馬の予想を立てていた」

『たかしはともかく親父はもう少しマシな誤魔化しをしろよ。つかパチンコだけじゃなく競馬もやってたのかよ』

 まったく典型的なダメ中年で見ていて頭が痛くなる。

「いやー、綾香ちゃんのご飯は美味しいなあ。いいお嫁さんになるよ、直正が羨ましいなあまったく」

『おい聞いてんのか』

 昼食を終えて片付けを始めたところで、インターホンが鳴った。綾香は応対に出る。

「はーい……って、え? きゃあああああ!」

 突然響き渡る綾香の悲鳴。俺を抱えたたかしと親父は、慌てて玄関へと走った。

 外に立っていたのは、二人の男。片方は白髪の老紳士。もう一人は四十代ほどである。そして二人とも、背に蝙蝠のような大きな翼を付けていた。

「お初にお目にかかります。我々は魔界からやってきた悪魔です」

 中年の方の男は、そう自己紹介した。

「悪魔だと!? 悪魔とは巨大な怪物ではないのか? 貴様らの見た目は羽以外我々人間と変わらぬように見えるが」

 たかしが俺の言いたいことを大体言ってくれた。

「これまで地上に来た悪魔達のそれは戦闘形態です。これが我々の本当の姿」

『そうだったのか!? 親父は知ってたのか!?』

『いや……私も知らなかった。和美はそんなこと一度も言わなかったぞ』

 以前から悪魔と関わっていた親父ですら知らなかった、悪魔の本当の姿。それを明かしてまで、悪魔はこの家にやってきた。果たして何が目的なのか。

「あなた方と話がしたい。お家に入れて貰えますか?」

「そんなことできるわけがなかろう。貴様らも同族がどんなことをしたかは知っているはずだ」

「……これまでの非礼は詫びよう」

 老紳士の方が、初めて口を開いた。

「強行手段に出たことは申し訳ないと思っている。だが我々はこれ以上危害を加えるつもりはない。どうか信じては頂けないだろうか」

 老紳士はそう言った後、俺と目線を合わせた。

 一瞬、老紳士が微笑んだような気がした。なんと優しい目をしているのだろう。俺はその目にどこか懐かしさを覚えた。これがあのワルワル星人と呼ばれていた凶悪な怪物と同族だとは、とても思えない。

『……家に上げてやらないか。俺はこの爺さんを、信じていいと思う』

『直正!? ……わかった。根拠はわからんが、貴様がそう言うのならば信じてみよう』

 たかしはそう言った後、二人にスリッパを出した。二人の悪魔は、家に足を踏み入れる。

「随分と狭い家ですね。翼は収納した方が宜しいかと」

「そうだな」

 二人の翼はすっと消える。こうなっては、人間と全く見分けがつかない。

 二人の悪魔を客間に案内し、たかしと親父、二人の悪魔は机を囲んでソファーに腰掛ける。俺はたかしの膝の上だ。

「すまんが綾香、お前は自分の部屋にいてくれないか。これは大人の話なのでな」

 悪魔達にお茶を出しに来た綾香に、たかしが言った。

「う、うん」

 綾香は悪魔達に一礼した後、客間を出て行く。綾香が行ったのを確認した後、悪魔達は話し始めた。

「自己紹介がまだでしたね。まずこちらの方は、魔界を治める君主。ワルワル大魔王陛下にございます」

 中年の方に言われて、老紳士は頷く。

『わっ、ワルワル!?』

「ワルワル星人とは我輩が適当に付けた名前のはずだが?」

「奇妙な偶然もあったものですね。ワルワルとは魔界の言語で『最も偉大な王』を意味しています」

 本当に奇妙な偶然である。ワルワル大魔王。いかにもワルワル星人の親玉感のあるこのネーミング。

「そして私は、魔界の宰相クサイウン侯爵と申します」

 中年の方の名前を聞いた途端、俺は思わず吹きそうになった。クサイウン……侯爵。名前と爵位を続けて呼んだら恐ろしいことになる。小学生レベルのギャグかこれは。ワルワル大魔王といい、魔界のネーミングはたかしと同レベルか。中学生が考えたみたいな天界のネーミングも酷かったが、こちらはそれと逆のベクトルで酷い。

 名前はふざけているが、普通に考えてとんでもない状況である。魔界の王様自らやってくるほどの話。今魔界で一体何が起きているのか。

「それでは単刀直入にお話致しましょう。鈴木直正様、貴方は大魔王陛下のお孫様に当たります」

『な……!』

 突然明かされた衝撃の事実。確かに俺は悪魔の血を引いているが、よりにもよって大魔王とは。

「そして現在、魔界には王位を継ぐ者がおりません。ここまで言えばお察しできるでしょう」

「まさか……直正に魔界の王位を継げと言うのか!?」

「その通りでございます。陛下は直正様の母君に当たる天使の娘が忘れられず、どうしても他の女と子を成すことができないとのことでしてね、最早直正様に王位を継いで頂くしかないのですよ」

『ば、馬鹿言うな! 俺に王様なんか務まるわけないだろ!』

「別に構いませんよ。地上生まれの高校生に政治面での期待など最初からしていませんから。貴方はお飾りの大魔王として玉座に座ってさえいればよいのです。政治は宰相たるこの私にお任せください」

 クサイウンは答える。ここで俺は、はっと気がついた。

『あんた……俺の言葉がわかるのか!?』

「魔界の王族貴族たる我々にとっては造作もないことです。我々に聞こえないように念話で相談しようとしても無意味ですので、あしからず」

 クサイウンは俺の質問に答えつつ、俺達に釘を刺した。

『普通の悪魔はわからないってことだよな? ならどうして俺が直正だって気付いた?』

「貴方と最強マンに何かしらの繋がりがあることは、地上に送った使者からの映像で判明していましたからね。とすれば貴方が直正様であると考えるのが自然でしょう」

 たかしの推理は的中していた。結局親父が原因であった。

「直正は私の息子だ。魔界に連れて行くなど許さん」

 親父が立ち上がる。責任を感じているのか、その拳は若干震えていた。

「ヒーロー最強マン……我が娘の夫か」

「お初にお目にかかります、お義父さん」

「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合は無い!」

 先程まで静かだった大魔王が、突然声を荒げる。

「わしの娘が選んだ男だ、せめてまともな男であることを願っていたが……一目見れば判る。この男は禄でもない男だ」

 流石は一国の君主。とても人を見る目があると、俺は感服した。

「わしは娘と顔を合わせたことがない……できることならば生きている内に一目会いたかった……だが今やそれも叶わん」

 大魔王は親父に向かって凄みを効かせながら、悲しそうな声で言う。

「直正君……一目見て確信したよ。君には我が妻シルフィの面影がある。あんな父親の血を引いてしまったことだけが惜しい点だ」

 大魔王は再び、俺に目線を合わせて言う。そうだ、この目だ。この人の目は、お袋と同じだ。お袋の父親で、俺の祖父。それが今ここで、俺に話しかけている。

「とにかく、直正をやるわけにはいかん。力ずくでもお前達を追い返す。事と場合によっては、魔界は王と宰相を同時に失うと思え」

 そう言う親父の腰には、いつの間にか変身ベルトが巻かれていた。

『親父、スーツは修理中じゃ……』

「スーツの修理ならば昨晩の時点で完了させておいた」

 たかしが言う。ということは、このクソオヤジは仕事道具が直ったのにも関わらず仕事に戻らずギャンブルに興じていたということである。

「表へ出ろ。かつて日本最強のヒーローと呼ばれた男の力、見せてやろう」

「構わんよ。娘の純潔を奪った下劣な男の顔、是非とも殴りたいと思っていたところだ」

 大魔王が戦闘に合意したことで、二人は表に出る。

「戦闘形態とやらにはならなくていいのか?」

「あれは魔力の低い平民が少しでも力を高めるためになるもの。元より高い魔力を持って生まれてくる王族や貴族は、あのような姿にならずとも戦闘形態の平民より遥かに強いのだ」

「舐めた真似をしてくれる。ならばこちらは逆に全力全開、全身全霊を以って相手をしよう。最強……チェンジ!」

 親父は変身ポーズをとり、最強マンに変身。修理したてのスーツは日の光を浴びてキラキラ輝いている。大魔王は先程まで収納していた翼を展開、威嚇目的か大きく伸ばして羽ばたかせた。

 二人は互いに見合い、身構える。緊張が高まる中、クサイウンが開始の合図を出した。

「では……始め!」

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