第14話

「待たせたな、諸君」

 何やらサイバーチックなスーツに身を包み、たかしが部屋に入ってきた。

『お前……何だその格好は!?』

「我輩の開発した防護スーツだ。安全のため着ておいた」

『準備ってそれかよ』

「いや、これはついでだ。我輩が本当に持ってきたかったものは別にある。こっちに来てくれ」

 たかしに案内されて外に出た俺達は、車庫の前に来る。車庫の中に立っていたのは、いつぞやのパワードスーツであった。前回よりもゴテゴテしくパーツが追加されており、トリコロールのカラーリングも相まってますます玩具感が増したように感じる。

「我輩の開発した試作型パワードスーツ・改だ」

「いつの間に……」

 驚いている大魔王。

「我が家の車庫は地下通路で我輩の研究所と繋がっている。このパワードスーツはオートパイロットでここまで移動させたのだ」

「ほう……地上の兵器とは何とも不思議な形をしているものだな」

「兵器などという物騒な呼び方をされるのは心外だな。正義のスーパーロボットと呼んで貰いたいものだ」

 何言ってんだこいつと、俺はたかしを冷めた目で見る。

 パワードスーツのハッチが開くと、操縦席の後ろにもう一つ座席が付いていた。前回の時は確かこんなもの付いてなかったと記憶しているが。

「今回の改修にあたり、我輩はコックピットに後部座席を設置した。このパワードスーツが実用化された際には、様々な用途で役に立つことだろう。今回はこの席に、大魔王に座ってもらう。直正はその膝の上だ」

『大魔王の膝の上!?』

「後部座席は一つしかないのだ。これ以上付ければコックピット内が狭くなりすぎてしまうからな。我輩含めて三人で乗って行くにはそれしかないだろう。貴様が赤子だったお蔭でできることだな」

 確かにそうするしかなさそうなので、俺は渋々それを了承した。

 たかしが操縦席に、大魔王が後部座席に、そして俺は大魔王の膝の上に腰掛ける。ハッチを閉じる前に、親父が俺に話しかけてきた。

「直正、絶対に綾香ちゃんを助け出すんだぞ。私も大魔王も大切な人を失っている……その悲しみをお前は味わうべきじゃない」

『わかってるよ』

 ハッチが閉じられると、コックピット内の壁が透明になったように周囲の景色が表示される。

『うおっ!? 何だこれ!?』

「視界を広くするため、コックピットの壁には三百六十度モニターを設置したのだ」

 こいつの技術力は一体どうなっているのか。俺は開いた口が塞がらなかった。

 親父がパワードスーツの進路を確保するためその場を退くと、パワードスーツは二本の足に取り付けられたローラーで走行を始める。暫く助走をつけたところで背中のバーナーを吹かし、空中へと飛び上がった。

『こ、これ空も飛べるのか!?』

「今回の改修で付けた新機能だ。どうせ改修するならいっそのことコスト度外視で理想を追求しようと思ってな。やはり妥協して作った粗悪品では人の命は守れんのだ」

 ロボットが空を飛んでいる光景に、街の人達は何を思うだろうか。宇宙人もとい悪魔が度々現れるこの街のことだから、今更大して驚きもしないかもしれないが。

「……まさか、こんな形で孫を抱っこしてやれる日が来るとはな」

 俺を膝に乗せながら、大魔王は言う。

『お前を祖父だと認めるつもりはないからな』

「そんなこと言って、本当は認めてるんだろう? ツンデレさんで可愛い孫め。わしのことはおじいちゃんと呼んでくれて構わないんだぞ」

『クソジジイ!!!』

 大魔王の威厳もクソもないデレデレした表情で俺を撫でてくることに、俺は嫌がって体をじたばたさせる。

「それで大魔王、貴様はまだ直正を連れて行くつもりでいるのか? 大魔王家の血筋を消し去りたがっている者が幾らいるかわからん魔界に」

「……やめておいた方がよいかもしれんな。最早世襲王政にも限界が来ているのかもしれん。いっそここらで共和制に改め、わしはこの地上で隠居でもするべきか」

「ほう、ならば貴様はクサイウンに政権を譲り渡すつもりか?」

「いや、それは無い。仮に奴が政治家としてわしより遥かに有能だったとしても、直正の大切な人に危害を加えるような者は処刑しかない」

「それを聞いて安心した。もし貴様が首を縦に振っていたならばクサイウン共々我輩が処刑していたことだろう」

 相変わらずさらっと恐ろしいことを言う奴だ。しかし魔界の跡取り問題がこうもあっさり解決してしまうとは。大魔王をこれほどにまで堪えさせたのはクサイウンの裏切りか、或いは孫の拒絶か。

「そろそろ着くぞ。戦いに向けて気を引き締めておけ」

 たかしが言う。真正面に学校が近づいていた。俺は言われた通り気を引き締める。

 校庭に着陸しパワードスーツから降りると、丁度約束の時間になっていた。

「約束通り来たようですね」

 クサイウンは校庭の中央に立ち、その横に綾香が倒れている。

「まずは妹を返してもらおうか」

「いいえ、陛下と直正の命を差し出すが先です」

 強く出たたかしだったが、クサイウンには一蹴される。

「そうですね、二人とも剣を持っているようですし、その剣でお互いを貫き合って死んで頂きましょうか」

 クサイウンは残酷に笑う。俺達は動かず、判断をたかしに任せる。

「流石にそれは残酷すぎるのではないか。もっと他の方法はあるだろう。我輩は言われた通り二人をここに連れてきたのだ、頼むから妹を返してくれないか」

 たかしは強気の態度から一転して下手になり、俺達を売るような素振りを見せる。

「ほう、妹のためにお友達を売りますか。貴方も人のことを言えないくらい残酷ではありませんか。ではそうですね、貴方がそこの兵器で二人を殺してくれても構いませんよ。そうすれば妹は助かるのですから」

「……我輩が二人を殺せば本当に妹は助かるのだな?」

「ええ、勿論です。私はテロリストではありませんから、不必要に人を殺すつもりはありません。目的の二人さえ死ねば、人質は解放することを約束致しましょう」

「それなら安心だ」

『お、おいたかし……!』

 たかしはパワードスーツに乗り込み、パワードスーツの右腕をバズーカに変形させる。

「直正、大魔王、貴様らには死んでもらう。これも綾香のためだ、恨むなよ」

 俺達二人に向けて、躊躇無くバズーカを発射。爆炎に呑まれ、俺達の体は四散した。

「ハハハハハ! 妹のために親友を手にかけるとは、美しい兄妹愛ですねえ!」

 校庭が砂煙に包まれる中、顎が外れそうなくらい口を開けご満悦で高笑いするクサイウン。口に砂が入らないのだろうか。

「二人は殺した。約束通り妹は返してもらう」

「ええ、勿論約束は守りますとも。これで私が新たな大魔王に……」

 そう言って綾香の方に目を向けたクサイウンは、一転してぎょっと目を見開く。

「ば、馬鹿な!? 人質が消えた!?」

 綾香の姿は、いつの間にかクサイウンの側から消えていた。パワードスーツの足下から煙が一瞬で晴れ、俺と綾香と大魔王が無傷の状態で姿を現す。

「な、何ですかこれは!? どういうことです!?」

「バズーカも爆炎も砂煙も、全て立体映像だ。今の日本で本物のバズーカなど撃てるわけがなかろう。貴様がこちらに気を取られている隙に、偽りの砂煙に紛らせて直正を綾香の救出に向かわせたということだ」

 この作戦は移動中にたかしから聞かされたものだ。たかしは立体映像投射装置も開発していたようで、今回の一件で役立つかと思い急ピッチでパワードスーツに搭載したとのことだった。

「私を騙したのですね……卑怯な……」

「貴様に卑怯と言われる筋合いはないな」

 自分が使った手と似たような手を自分が喰らい、クサイウンは悔しそうに拳を振るわせる。

『綾香、大丈夫か? 綾香!』

 俺が綾香に何度か声をかけると、綾香の体はピクリと動き少しずつ目を開く。

「あれ……バブちゃん……?」

『綾香、気が付いたんだな!』

「そうか、よかった」

 綾香が目覚めたことで、俺に続いてたかしも喜びの声を上げる。

 混乱している様子の綾香だったが、少ししてからはっとした表情に変わった。気絶するに至った経緯のことを思い出した様子だった。

「そうだ……バブちゃんがなおくんだったんだ……」

 さて、俺はどう弁明すべきか。いや、そもそもこの体では綾香に言葉を伝えることができずどうしようもないのだ。たかしに頼んだらまたこじらせそうだし、何もかも詰んでる感しかない。

「おのれ人間どもめ……四人纏めて消し去ってくれる!」

 とか何とかやってる内にクサイウンがブチ切れ、黒い魔力弾を周囲に展開し始めた。

「我輩が時間を稼ぐ。その隙に貴様は綾香の乳を吸え」

 パワードスーツに付いたスピーカーから、たかしが言う。いつぞやと全く同じ展開だ。

「わしも援護しよう。手負いでも多少は役立つはずだ」

 大魔王が言う。

 たかしは俺達の前に立った後、クサイウンの方へと走り出した。クサイウンの放った魔力弾はパワードスーツに命中するものの、ダメージを受けている形跡はない。

「どうだ、これぞ我輩の開発したネオアルティメット最強合金によって格段に強化された装甲だ! さあ、いくらでも撃ってくるがいい!」

 合金の名前はともかくとして、たかしの試作型パワードスーツが前回とは桁違いに強くなっていることは見て明らかだった。この短期間でここまでのパワーアップを果たすとは、天才に不可能はないという言葉にも真実味が帯びてくる。

「そして貴様の吸収魔力弾は悪魔同士での戦闘を想定したもの。我輩のパワーを吸収することは不可能なのだ!」

 大魔王が魔剣から飛ばす斬撃に援護されながら、たかしはクサイウンに接近。鉄の拳……もといネオアルティメット最強合金の拳がクサイウンの顔面にぶち当たった。吹っ飛ばされたクサイウンは顔面へこませながら校舎の壁に磔にされる。バズーカなんか付いてなくても十分兵器だこれ。というか学校壊す気かお前。

 と、たかしの方ばかり注目している場合じゃない。果たして綾香は、今の俺をどう思っているのか。

「バブちゃん、本当になおくんなの?」

 綾香は俺に目を合わせ尋ねる。俺は黙って頷いた。

「そっか。似てるとは思ってたけど、本当になおくんなんだね。どうして赤ちゃんなのかはわからないけど……お兄ちゃんならそういうことやりかねないか」

 実の妹からもそういう扱いなのか、たかし。

「なおくんはずっと、私達を守ってくれてたんだね。ありがとうなおくん」

 綾香はそう言って、そっと俺を抱きしめる。

 礼を言いたいのはこちらも同じだ。綾香がいてくれたから、俺は戦い続けられたようなものだ。誰かを守りたいという思いがこれほど強いものだとは、俺自身思ってもいなかった。

 しんみりした空気になっていると、突如たかしのパワードスーツが吹き飛ばされこちらに向かってきた。たかしはジェットを噴かせて軌道を変え、俺達への衝突を避ける。

『大丈夫か、たかし!?』

「無論だ。我輩のパワードスーツのコックピットは、パイロットが受ける衝撃が最小限になるようにできている」

 先程まで押していたたかしを一体どんな攻撃で吹き飛ばしたのかと、俺はクサイウンに視線を向ける。だがそこにいたのは、先程までのクサイウンとは全く違うものであった。

 たかしのパワードスーツをゆうに超える体躯。全身を覆ったトゲトゲしい装甲。感情を読み取れない昆虫のような顔。クサイウンは、戦闘形態に変貌していたのだ。

「ククク……誇り高き貴族が、本来ならば不要な戦闘形態になることがどういう意味かわかっているか? たとえ醜い姿を晒しても、成し遂げねばならんことがあるということだーっ!」

 粗暴な口調になり、大魔王を抹殺せんと口からビームを発射するクサイウン。こいつ本人の話によれば、悪魔の貴族は人間に似た通常形態でも戦闘形態の平民より強い力を持つ。それが戦闘形態になったならば、その強さは計り知れない。

 このままでは大魔王が危ない。だが今の俺の力ではどうにもならない。早く綾香の乳を吸わなくては本当の力が出せないが、今の俺は正体がバレた身。こんな状態で乳を吸うことなんてとてもできない。

 たかしのパワードスーツは走り出し、大魔王の前に出る。両腕をクロスさせてクサイウンのビームを防ぎ、吹き飛ばされまいと力強く踏ん張る。

 たかしと大魔王は見るからに劣勢。俺の加勢が無ければ勝てそうにない。ここで俺はどうするべきか。

 綾香の乳を吸わずにパワーアップする方法に、心当たりはある。今日、綾香が攫われる前ののことだ。大魔王を庇おうとした際に俺は急に力が湧き立ち、綾香の乳を吸った時と同等の力が出たのだ。その理由は俺と大魔王との間に孫と祖父としての親愛が生まれたからか、或いは俺が大魔王にお袋の面影を感じたからか。詳しいことはわからないが、パワーアップの条件は乳を吸うということだけではないことは確かだ。

「直正何をしているーっ!」

 たかしが叫んだ。早くしなければ。

『綾香……俺はお前が好きだ』

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