第16話【花吹雪国:姫の里帰り(旅路編)③】
桜乃里と春花州を結ぶ道にある村のうち、比較的大きめのこの村は、それら二点の都市を往来する旅人で賑わう、平穏そのものの長閑な村のはずでした。
今日のこの日、武装した山賊に襲われるまでは。
「これは、思っていたより大事ですね!」
右後ろを並走するりねんの言う通り、これは大事になっています。
遠目ながら見えるのは、火を付けられた家屋、逃げ惑う人々。そして、それを追う狼藉者、百数名。その狼藉者は、奉公人並みの装備をしており、馬に乗る者までいる始末。
山賊は、思っていたより大がかりな組織みたいです。
「あずま殿、どうされますか?」
「りねん、俺たちの任務は姫の警衛だ。何よりも優先されるべきは、うまら殿下の安全である。よって、このような有事に遭遇しようとも、場を離れ、姫の身の安全を図ることが最善だ」
それは、確かにそうなのですが、この場を放っておくのも将軍家として、するべきことではないように思えます。
「ただ、俺ならあの程度の連中、姫を守りながら討伐することもできる。まあ、愚策だがな」
そして、彼は振り向き、全てを見通すような炯眼で私を見つめてくるのだ。
「さて、どうするお姫さま?」
そう、この場でその判断を下す立場にあるのは、私だ。
最善の策をとるのなら、私の判断はいらない。警衛の主担当はあずま殿なのだから、それに従うだけでいい。
ただ、愚策を採用するのなら、その最善策を覆す意思決定が必要なのだ。
なら、私が言う言葉は決まっている。
「ならば、その愚策とやらで行きましょう。私の安全と町の安寧、二兎を追う者は一兎をも得ずといいますが、両取り出来れば愚策が最善の策へ様変わります」
私のその返答に、にやりと笑う彼。
その顔に、不覚にもドキリとしてしまいます。
まったく、村を見捨てるつもりなら、最初っから迂回する道をとっていたでしょうに。
「なら、しっかりと摑まっとけよ、お姫さま。りねんは安全を確認しつつ、無理なくついてこい」
「えっ? 飛ばすのですか?」
「承知しました」
彼は、私の質問に答えることなく、右足で軽く曇天丸の胴体を叩くのでした。
すると、馬は力感なく少しだけ歩みを強め──!
「キャァァァアーー!」
怖い怖い! 速い速い! 揺れる揺れる!
こ、この馬。全然飛ばしている風でもないのに、速すぎます!
「おいおい、口は閉じとけよ。舌噛むぞ。悲鳴も山賊どもに聞かれて見つかる……そっちは問題ないか。注目浴びた方がいいくらいだな」
こ、この人。この状況で余裕すぎます!
「村の入り口よりだいぶ前、木の上に弓持ちがいるな」
私には、どこにその敵がいるのかわからないのですが、いるというのでしたら哨戒役でしょう。
「仕留めるぞ」
彼はそう言うと、小袋から礫を取り出し……。
「ぎゃ!」
「がっ!」
「ごっ!」
1町(約110m)くらい離れた場所で、短い悲鳴とひっしゃげた人のようなものが落ちた。
どうやら、あずま殿は私が見えない速度で礫を投げ、哨戒を倒したようです。
「連中、組織だった動きをしている。規模がデカい山賊かもしれないな」
この村は、割と大きめな村です。そこを襲うとなれば、山賊もある程度大きな規模の組織というのも確かに考えられることです。
「や、厄介そう、でしゅか?」
くっ、屈辱です! 揺れて、上手くしゃべれません。
「いや、山賊ども自体は大したことなさそうなんだが、組織化されているとなるとな……。きな臭くないといいけど」
どういうことでしょうか? 詳しく聞きたいのですが、しゃべれません!
「まあいい。適当に、指揮している奴だけ捕らえて、あとは殲滅だ」
彼の、そんなゾッとするような冷たい宣言の後、50名近くいた山賊は、立ちどころに討伐されることとなるのでした。
瞬く間に殲滅された山賊たちは、あずま殿が作った水球に顔だけだした状態で捕らえた1人だけになりました。
「よし、あらかた片付いたな。あと、残ったのはお前だけだ」
「ヒッ!」
馬から降りたあずま殿が一睨みすると、山賊は怯え竦めた。
「それじゃ、俺がこいつの尋問をするぞ?」
と、あずま殿は許可を取ってきましたが、それどころではない私は、答えることができません。
全く、察して頂きたいものです。
「うん? どうした、お姫さん? その上で一人だと怖いか? じゃあ、降ろしてやるから失礼するぜ」
えっ? ま、待ってください!
「ま、待って——うっ!」
△◎□××○□××※※※!!
………………。
……。
さ、最悪です。
「はっはっは! 気分が悪いなら、そう言えよ。いやー、あぶないあぶない。危うく俺に、高貴なる吐しゃ物がかかるところだったな。くっくっく」
ふ、不覚です。こんなところをお見せすることになるとは!
「き、気分が悪くて、そんなこと言えるわけないじゃないですか!」
「悪い悪い。次からは、気分がわるくならないように乗るよ。それで、尋問いいか?」
「もう、お好きになさってください」
私は、それどころではありませんので!
「それじゃ、許可を頂いたところで、早速始めるとするか」
「ま、待ってくれ! お、俺が悪かったから、許してくれ。知っていることは洗いざらいしゃべるから!」
あずま殿が、そんなことを言って下手人に近づくと、悪人はそんなことを言って命乞いをしてきた。
「何、言っていやがる。当然、知っていることは全て吐いて貰うが──」
『吐いて貰う』のところで顔をこちらに向けてきて、ちらっと私を見てくるあずま殿。
い、嫌みったらしい人ですね! もう!
「山賊行為は、重罪! さらに、放火も働いたとなれば、死罪は免れない! 町人による私刑さえ、黙認される行いだ!」
離れたところにいた私さえ、心臓が止まるかと思った彼の突然の激怒。寸前までの、私との和やかなやり取りからのそれは、本当に心臓へ悪いですし、それにさらされた罪人は、怯え涙を流しだす始末です。
「ま、まってくれよぉ。俺が悪かったから、やり直す機会をくれぇ。心を入れ替えて、この間違いは取り返すからよぉ」
そんな、情けない命乞いを聞いた彼は、さらにひどく激昂したようです。
「この期に及んで、己の『罪』を『間違い』と取り違うとはな! 犯罪と間違いは、完全に別物だ! そんなことも分からないお前には、心を入れ替えることなんて無理だろうよ! そもそもだ! 人生において、取り返せないこと、償えないことだってある! お前の罪は、それだ!」
「まっ、まって——ぐがぁ!」
さらに言葉を重ねようとした罪人へ、あずま殿は顔へ水をまとわせ、黙らせたのだ。
罪人は、数瞬の間、水にもがき苦しむと、くてっとしてしまった。
「殺められたのですか?」
「いや、気絶させただけだ。こいつにはまだ、聞くことがあるからな」
まあ、そうなのでしょうけど、先ほどの激怒ぶりだと殺してしまったのかと思いましたよ。
そんなことをしていると、何処かへ行っていたりねんが、お二人ほど連れて戻ってきました。
「あずま殿。ご所望されていた庄屋と、ご一緒にいた桜乃里の旗本の方もお連れしてきました」
「ああ、ご苦労さん。で、ええっと。そっちの若いのが……」
「あずま殿、そちらが庄屋で」
20代後半くらいの男性が、ぺこりと頭を下げて挨拶をしてきた。その姿はどこかおっかなびっくりです。
「そして、そちらの方が、旗本の左衛尉門殿です」
「これはこれは、それがし、子十人(親衛隊的な組織)組頭を担っております。仮名(けみょう:通称のこと)の草一郎でお呼びください。あずま殿の武神の如き武功は、かねがね聞き及んでおります」
30代くらいの、たくましい人が旗本の方ですか。あずま殿より身長も高く体の厚みもあり、一見すれば彼が頭を下げるような立場に見えないのが、なんだか面白ですね。
「これはこれは、ご丁寧にどうも。えーと、それで草一郎殿は、なぜここに? 姫さんがここに泊まる予定だったからか?」
「その通りです。姫様のご滞在を領主に伝え、準備を整えに私と奉公人で参りました」
将軍及び嫡子の護衛が、子十人の主な任務ですから、彼がここへ来るのも当然かもしれません。
「なるほど、よくわかった。でだ、俺はこれからこの山賊一味を指揮していた奴の尋問を執り行おうつもりだ。姫さんの許可は得ているけど、何か意見があればどうぞ」
「いえ、姫様のお許しがあるのでしたら、それがしは何も」
「てまえも、ございません」
そんなこんなで、背中をりねんにさすられ、無様な姿をさらした私を置いて、あずま殿は彼らと罪人を連れていくのでした。
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