第11話【花吹雪国:実地訓練③】

 その不穏な空から生み出されるように墜落してきたのは、大きな黒色の、何足の足があるかわからない、そんな化け物だった。


 体高1丈半(約4.5m)、体長2丈以上といった巨体を持つ侵害者は、赤い霧を体から漂わせている。

 それが地面に落ちると、その大質量を明らかとする、『ズドン』という大地を揺らす激音を響き渡させた。


「あれが侵害者——!」


 知識としては知っていても実物を見るのは初めてで、その体躯は想像より大きく、想像よりも禍々しい姿をしていた。

 そんな化け物をみて、私は不覚にも、恐怖と逃げたいという弱気が頭にあふれだしたのだ。


 これではいけない。仮にも、私はこの場の大将だ。その私が動揺すれば、兵達にも悪影響を与えるはずだ。ここは、強い気持ちで——。


「おいおい、デカいと聞いていた割には、大したことない奴が現れたな。全く、月夜見衆の予想はいつも大袈裟だ」


 そんな考えは、彼のそんな気の抜けた言葉で、霧散するのだった。


「大した事がない、ですか……」


「ああ、あれならその辺の守護者でも6人もいれば、なんなく仕留められる。……いや、逃げられる可能性を考慮すれば、10人はいた方がいいか」


 その程度の相手に、我々は100名以上いる。過剰戦力もいいところね。


「と言っても、何の対策もしてない部隊だと、全滅することもあるのが侵害者だ。ちょっくら、俺が先制攻撃してやろう。姫さん、これを持っていてくれ」


 と、言って、彼は被っていた兜を取って私に渡してきた。

「……これは?」


 受け取った兜は、私のものよりも遥かに重く、頑丈だ。


「うーんとだな……、あれだ。姫さんが被っている兜が侵害者用じゃないのが気になって、用心の為に渡したんだよ」


 ……今更、そんなことを気遣うの?


「あっ、コラ! 姫様を、兜置き代わりに使おうとするな。不敬が過ぎる」


 りねんの指摘に、バレたか! みたいな顔を作ったのはあずま殿だ。おそらく、思いのほか侵害者が弱そうなので、鬱陶しい兜を外したのだろう。

 ……この人、本当に失礼!


「まあまあ、業の指南をするのに邪魔だから外したんだ。簡便してくれ」


 なんて疑わしい言い訳かしら、全くもう。


「いや、姫様の側用人として、そんなことでは誤魔化さ——」


「いやいや、言い争っている暇はないぞ。そんなことをやっていると、奉公人の連中が死んでしまう」


 なんてことを言いながら、彼はここから離れ、颯爽と侵害者の元へ逃げていった。

 本当、仕方がない人ね。


「それより、姫さんは俺が使う業、どんなものか知っているか?」


 戦場でもよく響く、彼の柔和な顔に似合わない大きな声だ。


「私が聞き及んだところでは、なんでも雷や嵐を操る業を使うとか!」


 私も負けじと、彼に張り合って大きな声で応えてみたけど、遠く及ばない弱弱しい声になってしまった。


「まあ、だいたい当たっている。……俺の生まれは、年中嵐にまみえる雷火地域だ。そこに現れる侵害者どもは、嵐に苦戦していたのを子供の頃から見ていた。だから、嵐に強い興味を抱き、嵐から発生する雨や風や雷をつぶさに観察し、それらについて思索していた」


 彼が右手を横に広げそれからさらに上げると、驚くことに、用意していた大量の水が浮遊した。


「業とは、己が生き様の因果より生じるもので、結実に至った行いのことをいう。身体強化といった普段から行っている行動への強化は、業が使える者なら誰でも使える。よって、自己以外のものに業を使おうと思えば、それだけの知識と道理を知り、因果を生じさせる必要がある」


 そして、その右手を前へ振り下ろすと、その大量の水が侵害者へ殺到した。


「侵害者の体液は、主成分を赤煙硝酸とする。その為、体からは毒気、つまりは二酸化窒素を主成分とする赤色の気体が漏れ出ることになる」


 殺到した水が侵害者の体に取り巻くとその赤い気体は消え去り、体内へ入っていけば侵害者は苦しみだし、発熱したように白い蒸気を出し始めた。


「だから、守護者は、奴らが出すその毒気に対処できる者がなる。俺の場合は、このように水を使う場合が多い。二酸化窒素を吸収させ、体液である赤煙硝酸と混合させる。……水は侵害者にとって猛毒だ。そして、外からの熱に強い奴らでも、内部から発生する反応熱には弱い」


 先ほどまで荒々しかった侵害者は、あずま殿の業によって、今では弱弱しく動くことしかできない。


「兵達よ、聞け! 難敵である侵害者も、対処法さえ知っていれば恐れるに足りない! 見よ! 我が業によって、毒気は取り除かれ、強固であった体表も今や風化した岩肌のように脆い! 今こそ、あの難敵を屠る絶好の機会!」


 そんな兵達を鼓舞する演説の後、あずま殿は私へ目配せをしてくる。

 ……ああ、そうだ。兵へ、号令を出すのは私の役目だった。


「皆の者、かかれ!」


 その私の号令を合図に、兵達は一斉に侵害者へ襲いかかって行く。


 そう、私の合図で、戦いの火ぶたが切られたのでした。

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