第12話【花吹雪国:実地訓練④】
私の合図で始まった戦。
初手は、弓兵による射撃でした。
動きの鈍った侵害者相手なので、矢は射的の的のごとく命中していく。しかし、どうも敵の表層に刺さるばかりで(もしくは弾かれる)、効いているふうではない。
「りねん、弓は効いている感じではありませんね。これなら、鉄砲か大砲を持ってくればよかったでしょうか?」
「どうでしょう? 鉄砲や大砲がないのは、あずま殿の無駄でもったいないという判断でしたので、あってもおそらくは当たらないか、効かないものと思われます」
なるほど、鉄砲や大砲はお金がかかりますからね。ただでさえ予算が少ないこの状況ですから、節約していただけるのは助かります。
「姫さん、どうやら弓は効き目が薄いみたいだが、次の手はどうする?」
離れた場所にいるのに、あずま殿の声はよく届くことで。
まあ、それは置いておくとしまして、次の一手ですか……。
弱っているとはいえ、あれだけの巨体です。兵達をむやみに近づけさせて大けがなんてことは避けたいのですが、それでは決定打に欠けたままです。
となると、現状の装備では出来ることは限られています。
「歩兵と騎兵を進め、長巻(ながまき:大型の刀)や金属性の掛矢(かけや:戦鎚)で攻撃します」
この判断、正解でしょうか? というか、離れていますけど、私の声が聞こえるのでしょうか?
「へー、いい判断だ」
やった! どうやら、正解のようですね。
「じゃあ、その案に沿って、俺が具体的な指示をだそう……。侍大将(指揮官)より伝令! 騎馬武者並びに歩兵は進軍し、敵と2丈間の位置を保持しろ! 近づいたなら、長巻及び、掛矢を持つ手練れ10名による攻撃を行う! 攻撃の手順は、次となる! まず、その他の兵が侵害者の気を逸らすことに腐心しろ! 隙ができたなら、手練れは順次、攻撃を行え! 以上! では、組頭の指示に従い、かかれ!」
あずま殿の指示に従い、兵達が次々と進軍していく。
弱っている侵害者を取り囲むのは容易で、攻撃の準備はすぐにできた。
さあ、ここから本格的な攻撃の開始だ。
歩兵が侵害者へ投石や威嚇して気を引いている間に、騎兵が下りて得物を構え……。
「おいおい、精鋭の中の手練れなのに、騎乗して得物を扱えるやついないのか? 侵害者相手だと、馬の速度を生かした機動性と攻撃力が有効なんだがな。それとも歩兵に馬が当たらないように気を付けてのことか? 姫さん、その辺どうなんだ?」
通常、大型の掛矢や長巻は歩兵が地上で使う武器で、馬上で使うようなものではない。騎馬武者も、突撃するさいは地上に降りて歩兵と戦う場合が多い。それでも確かに、それらを馬上で使う例もあるのだけれど、それを行うとなるとかなりの技量と筋力が必要となる。
花春州の兵に、それができる者がいるかというと……。
「それは、両方の理由で出来ないと判断して、下馬したのだと思います」
「……そうか。春花州の兵の中で業が使えるのは、りねんだけだとは把握していた。ただ、武芸の技量がこれだと、こいつを始末するのには少し時間がかかるかもな」
そう心配するあずま殿の懸念は、おそらく当たるのでしょう。
なぜなら、兵達の攻撃が襲撃者に対して、決定的な負傷を与えているようには見えないから。
まず、長巻や掛矢による攻撃が芯をとらえられていないようで、敵の表層で滑り弾かれてばかりだ。
ついで、攻撃の速度が遅いのか、それとも隙をつけてないのか、攻撃役が侵害者の反撃をもらいそうになる度に、あずま殿が水の業で守る羽目になっている。
これでは、遅々として作戦が進まないのは明白です。
「りねん。これは、当初の予想とは違い、なんだか長期戦になりそうですね」
「そうですね……。あずま殿の考えでは、もともとはもっと大型の予定でしから、長期戦になるのは、予定通りといえば予定通りなのではないですか?」
まあ確かに、りねんの言う通りなのですが……。このあり様では、あずま殿の落胆は計り知れないですね。
「……りねんなら、あの侵害者をすぐに退治できませんか? できるのなら、兵達のお手伝いをしてほしいのですが?」
私のこの問に、りねんは難しい顔をして返事を返してきた。
「確かに、あれほど弱っていれば、私でしたら一刻もかけず退治できるでしょう。しかし、申し訳ありません。今、私は姫様の護衛の任を命じられていますので、そのご命令は承りかねます」
……ああ、やってしまった。私ってば、初めての戦場で浮つきすぎでしょ!
「そうですね、すみません。私が、考えなしに命令を出してしまいました」
「いえ、私も出すぎたことを言いました。ただ、落胆されないでください。誰でも初陣というのは、間違いをおかすものです。それに、姫様が心配されずとも、あずま殿がいます。必要となれば、彼が決着をつけるでしょう」
りねんが、そんなことを言った瞬間。侵害者が、閃光を放った。それは、バチバチという大きな音で、四方八方に雷を放ったものだと把握できた。
あれほどの雷をまとも食らえば、人間など一たまりもない。ただ、おそらくは侵害者が決しの思いで放ったそれも、全てあずま殿が防いでいた。
ここまでくると、彼の万能ぶりに現実感が追い付いてこなくなってくる。
なんなんだ、この人は。本当にお話然とした人だな。
「皆の者、下がれ!」
なんて私が現実逃避をしていると、響き渡るあずま殿の怒号。そして、彼は弓を引き絞った。
「姫さん、いいか、よく見ておけよ。これが、たゆまぬ訓練を重ねた弓の業だ」
彼の言葉は、おそらく私だけに届き。
放たれた矢は、通常の弓では考えられないほど早く侵害者へ到達し、その胴体へ大きな穴と衝撃をもたらしていた。
……信じられないことに、彼のたった一矢で致命傷だ。
「そして、これが剣術の業」
馬にて突撃をかけたあずま殿は、1丈にもなる大長巻を振るい、見えないほどの高速斬撃で、その刀身以上の切り口をもって、侵害者をバラバラにしてしまった。
「——これは、驚きました。私など、挑戦することもできない遥か高みにおられるとは思っていましたが、これほどの業を見せてもまだ、その頂きを拝むことさえできないとは……」
りねんが驚くのは無理もない。私だって、兵達だって開いた口が塞がらないのだ。
「兵よ、聞け!」
あずま殿が怒号を発する背景では、白い煙が上がっていた。これは、あずま殿が水の業によって、死骸からでる毒気を浄化しているからだろう。
なんて、手抜かりのない人だろうか。
「この戦いにおいて、初陣であるにも関わらず姫の指示に問題は無かった!」
……それは、言い過ぎです。私の指示なんて、彼とのやり取りを聞いた者全てが、具体的な指示は全てあずま殿がやっていたとわかる程度の、あやふやなモノでしかない。
「しかし、諸君らが侵害者を討伐することはできなかった! その原因がどこにあるか、わかるか!」
この言葉に、動揺する兵達。
「みなまで言うことはしない! が、俺はこれより、諸君らの指南を預かりし者として、訓練内容を一から考え直すつもりだ! 諸君らも、心しておけ!」
こうして、兵達がおおいに動揺する最中、演習は終わりを迎えた。
「おや、姫様。今、ポツリと来ましたよ。雲行きも怪しいですし、一雨来る前に演習が終わってよかったですね」
その結末は、兵達の心情に、この空のようにどんよりとしたものを、立ち込めさせたことでしょう。けれどそれとは逆に、私たちの未来は、能天気なりねんの発言のように、明るい方へ向かっている、そんな気がしたのでした。
どうやら、雷雨と共にある英雄あずま殿、その彼が嵐とともに現れた時、何れ訪れるのは透き通るような晴れ間のようです。
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