第10話【花吹雪国:実地訓練②】

 不安で胸いっぱいの初陣が、まもなく始まろうとしています。


 ここまで来たら、覚悟を決めるしかないのですが、やっぱり不安です。


「あずま殿、姫様はこれまで指揮を執った経験はない。だから、いきなりそういわれても、難しいところがあると思うのだが」


 右となりで騎乗するりねんも、私と同じようなことを思ったようで、擁護してくれます。

 そんな彼女もあずま殿と同様に、黒を基調とした具足が様になっていて、女性ながらかっこいいです。


「だからこそ、だ。これも経験。どうせ、これから必要となることなんだから、さっさと初陣を済ませて、慣れておいた方がいい」


 その言葉に、私は少しだけ、ドキリとした。

 かの鳴上国王は、これからの時代をなんといっていただろうか?

 これからは、『人の世・人間同士の闘争だ。面白い時代がやってくるぞ』と、言っていたはずだ。


「……わかりました。確かに、これも必要な経験です。指揮官らしく、凛々しくしておきましょう」


ここには、100名程度(完全な後方要員除く)の侍と武家奉公人に数々の装備。あと、なぜか大量に用意された、飲料水に適さない水がある。

正直なところ、右も左もわからない私が、これらを使って侵害者の討伐を指揮することはできないでしょう。

だからこそ、今日ここで、彼から学ぶ必要がある。私は、戦う決意を今、したのだ。


「ああ、精々下々の者へ、その可愛らしい威風を示してくれ。ついでに、そろそろ出てきそうな侵害者へもな」


 そういう、あずま殿が見た先の空は、どんよりとした感じをさせていて、少し緊張してきてしまう。それはりねんも同じらしく、私と同様に緊張した面持ちだ。

そのことは、周りを見渡していた彼も気づいたようで、少し緊張気味のりねんに目がとまっている。


「あと、りねんは一応、実践経験があったよな?」


「ええ。といっても、山賊狩りと侵害者狩りの両方を合わせても、3回ほどしかありませんよ」


「そんなもんか。……なら、いつも通り、お前は姫さんの護衛を頼む」


「承知しました」


 ふーん、このやりとり、両者の間にはまだ硬さがあるけど、良好な信頼関係を築けていっているのを感じる。へー、仲がいいのね。


「——おい、姫さん。聞いているのか?」


「……何でしょうか?」


 どうやら、私がよけいな考えごとをしている間に、彼から話しかけられていたようだ。なんの話でしょうか?


「おいおい、演習とはいえ戦場なんだから、ぼうっとするなよ。……で、姫さんは『業(わざ)』が使えるのかって話だ」


「『業(わざ)』ですか……」


 業(わざ)について、私の印象は、摩訶不思議な現象を引き起こす御業というものだ。己が生命力を使い、手足を使わずに物を操り、火や雷を生み出すということができるという。


「私も王の座の一人、もちろん業は使えます。……できるのは、身体強化だけですけど」


「……それは、使えているうちに入らないんだけどな。まあ、王の座の試験に受かるならそれでも十分か。それじゃついでに、業の授業ともいきますか」


 そして、彼はまるで教師のように、身振り手振りをして説明を始めた。


「業っていうのは、生命力を糧とし物理現象を超越した結果を為す術を言う。その術の結果を導くものは、因縁(よえん)と呼ばれる業を発生させるに足る己の生き様であり、因縁は確かな己が活動をもって会得することができる。……神童の姫さんなら、こんなこと説明するまでもないか?」


 確かに、彼が説明したことは、私も把握していることではあった。『業』は摩訶不思議な現象を引き起こす術で、『因縁』は、業を発生させる術式となる。そう、わかってはいるけど、それは表面上のことだといって良い。


「貴方が諳んじたことは、当然ながら私も知ってはいます。業を使えるようになるためには、瞑想による思索をもって、この世の真理を理解する必要があります。そして、その為には、多くの知識と卓越した演算能力が必要なことも承知しています。ただ、それらをもって私も業を使えるようになりましたが、真理を理解したとは言えず、身体を強化することしかできてはいません」


「それは当然のことだ。真理を理解できている奴なんていない。姫さんは、指南書通り考えすぎだし、難しくも考えすぎだ。いいか、指南書は正しいことだけを伝えようとするあまり、具体性が薄れることがある。この場合、出来た過程と結果だけ把握してればいい」


「はあ……」


 と、言われても、今の私では、どうやって業を仕えているのかもわかっていないのが現状なのだけれども。


「まあいい。俺が実演してみせるから、それを見ていてくれ」


 彼が、そんな風に偉そうなことを言った。

 それと同時くらいに、不穏であった空から、聞いたことがないような音が鳴り響いたのだ。

 その音を例えるなら、何か取返しのつかないものが割れたような、そんな音だった。

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