第9話【花吹雪国:実地訓練①】
私が仕掛けた策とあずま殿の精力的な侵害者狩りのおかげで、彼の悪評は消え去り、その評価はだんだんと良化していっていた。
これで一先ずは、問題が落ち着いたと思っていたのだけれど、どうやらあずま殿はそれだけでは、納得がいっていないようだ。
「殿下、どうやら近々、大物の侵害者がこの花春州で出現しそうだ」
突然、私の執務室へやってきたあずま殿は、こんなことを喚いてきた。
「……なるほど、それは重大な案件だと思いますが、なぜ出現の報告だけなのですか? 普段の貴方なら、討伐に行く話をするはずですよね? 今回も貴方ならば、特に問題もなく討伐できると思うのですが? もしくは、貴方でも手こずりそうな難敵なのですか? というか、よく出現がお分かりになりますね?」
「いや、おそらく俺一人で問題ない相手だ。それと、大規模侵攻やデカい侵害者は、月夜見の連中が空間の揺らぎを観測していて、事前にわかる」
へー、それは存じあげませんでしたね。どのように空間の揺らぎとやらを観測しているのか少し知りたくなりますが、そんな知識欲を満たすのは後に回すとして、聞くべきことを聞くとしましょうか。
「でしたら、貴方が討伐に行く旨を私にお伝えすればよろしいのでは?」
「ああ、まったくもってその通りだ。俺が討伐するんならな」
……するんならな?
「あずま殿が、討伐されないのですか?」
「うーん……、結局は俺が討伐することになるだろう。けど、その前にその侵害者で兵達の訓練をしたい。だから、姫さんの許可が欲しい」
「訓練ですか?」
「そうだ。……あいつら実践経験が乏しいだろ? 敵兵はもちろん、侵害者とも」
「ええ、長い間、他国と戦争をしたことがありませんし、国境の小競り合いでも花春州の兵が派遣されることはありません。それに、ここで出現する侵害者は守護者の方に対処をお任せしていますし、彼らがてこずるような存在も、長い間でていませんから」
私のこの返しに、彼は頭をかいて答えてきた。どんな悩みかしりませんが、深そうでお悔やみ申し上げます。なんてね。
「花春州以外で難敵が出てきた時の対処は、だいたい精鋭部隊であるりねんの親父さんのとこが始末つけているんだったよな」
この人、りねんの呼び方が呼び捨てになっている。いつの間にそんなに仲がよくなったのやら。なんだか、いやらしい。
「あと、あずま殿に討伐していただくことも、多々あったようですね」
「ああ、そうだったな。……そんなわけで、実践経験の足らないあいつらをシゴキたいんだ」
なるほど、思っていたよりも彼は、真剣に兵達へ訓練をつけてくれていたようです。私としては、兵達と交流を持ってほしくて始めたことだったけど、とんだ副次的効果があったものだ。
せっかく彼がやる気を出していることですし、これは認めるしかないでしょう。
「わかりました。そういうことでしたら、許可をだしましょう。用意できるのは、騎兵10に、歩兵90余りといったところでしょう」
「春花州ほどの規模を誇る州で、すぐに用意できる兵がたった100名弱程度なのか?」
……100名では足らないのかしら?
「精鋭を集めますが、侵害者の討伐とはいえ、演習扱いではこれが精いっぱいです。他にも仕事がありますからね。……この人数では、これから襲来するであろう侵害者を討伐するには、心もとない人数でしょうか? もし、戦時となった場合、集められる兵はおそらくこの100倍程度です。よって、無理をすればもう少し集められますけど?」
「いや、人数としては多過ぎるくらいだが、思っていたより兵数が少なくて、少し驚いただけだ。……よし、とりあえずはそれでいい。さっそく準備させるか。あと、姫さんにも出陣してもらうからな」
「えっ?」
「ええっ?」
驚くことに、馬車に揺られて私が来たのは、その大型侵害者が出現すると予想された草原だった。
それも、私が現地に着いたら、具足(甲冑)と陣羽織を着せられた上に馬にも乗せられ、まるで演習の備(そなえ:部隊)の指揮を私が執るかのような扱いを受けている。
これは、予想外だ。
「あ、あずま殿? まさか私が備の指揮を執るなんてことはありませんよね?」
私の左となりで騎乗しているあずま殿は、着せられているだけの私とは違い、使い込まれているのがよくわかる赤色を基調とした具足を着用している。これは、素直にカッコいいと思えてしまう。
「ああ、実際に指揮を執るのは俺だ。だが、格好だけでも侍大将は殿下ということでいくから、凛々しくしていろよ」
なんという無茶を言うのだ、この人は。私は備の指揮なんて執ったことはないぞ。無茶ぶりもいいところだ!
なんてことを言っても、あずま殿は聞き入れてくれないことでしょうね。
はあ、なんてことでしょうか。私の初陣は唐突で、こんな風に不安だけを色濃くさせはじまるみたい。
まったく、あずま殿の傍若無人ぶりには困ったものです。
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