第8話【鳴上国:嵐の前の下調べ】

 外界遠征が成功した後、朝政の場で話題として殊更に上るのが隣国の戦力であろう。


「して、近隣国の動きついて、兵部省から上がっている報告を述べよ」


 余のこの問いかけに、相も変わらず整った面で答えるのは、兵部卿(兵部省長官)を兼任する左大臣だ。


「それでは上様様、報告を申し上げいたします。まずは変化の少ない順に、星海国からとなりますが、王の座に籍を置く者や大きな兵の増員などはみられません」


 北に位置する星海国。ここは、王者の国だ。他国が王の座に籍を置く者の数、十を満たない状況の中で、二百名を超える王者(王の座に籍を置く者)がいる。

 政治はその王者たちによって議会制で行われ、学術、工業力、技術力、兵力、全てにおいて、他の国をしのぐといわれている、か。

 ……ふん、王者の数だけみてもそれは確かだといえるが、気にするような国ではない。


「星海国は、基本的に不干渉政策を掲げる国だ。奴らが他国に干渉するのは、侵害者の案件のみ。あってないも同然の国だ。そこに動きがないのなら、気にする必要もない」


「さようでございますか。では、次に月夜見中立国です。かの国は、各座の本拠がございますが、遠征の成功以後、侵害者の発生が減るとともに座の活動も盛んになっております」


 東に位置する月夜見中立国は、王の座長を担う月夜見と呼ばれる集団によって運営される国だ。中立を謳い、中立性の高い集団が寄り集まって国を形成している。その主足るものが、世間に職の数ほどある座だが、それらはまだ気にするほどの存在ではない。


「利益を追い求める各座が、侵害者の減少に伴って活発になるのはよい。それより気になるのは、国の代表者たる月夜見衆だ。奴らに何か動きは見られないのか?」


「いえ、とくにはございません。いつも通り、王の座と侵害者に関する情報を発するのみでございます」


 国力は低くとも、各国に対して強い発言力を有するこの国だが、その発言力を生かして動くのは、星海国と同じで侵害者についてのみだ。

 それが、遠征の成功以後も変わらないというのなら、特に問題はないだろう。


「ならよい。では最後に、最重要視される花吹雪国について申せ」


 当面、近隣において敵国となりうるのは、この国を置いてほかにない。


「……花吹雪国ですが、今現在、人間同士の戦争をにらんでの兵力の増強や城の改築などは行われていません」


 南東に位置する花吹雪国は、大陸一の肥沃な土地と温暖な気候により、その国名通りの花が咲き乱れる穏やかな国だ。

 国民はその恩恵にあずかり競争意識というものが薄く、争いごとには向いていない。それは兵も同様で、大陸一の弱兵などという汚名が轟いている。


「また、以前より王並びに王妃(御台所のこと)の間で火種となっておりました、うまら姫御子の容姿についてですが、お二方の亀裂は修復することは無く、より一層深いものとなっているとのことです」


「……ふん」


 現大君と御台所はもちろん、国民の7割以上が黒髪黒目である花吹雪国にあって、うまら姫御子の金髪碧眼という発現し辛い容姿は、王妃に対して不義の疑いをかける材料となっている。

 王妃はその疑惑を否定しているが、それを信じるものはいないのが現状だ。


「最後に、あずま殿の動向です。侵害者を討伐しているのは相も変わらずなのですが、最近は花春州の兵に訓練をつけているようです」


 あのあずまが、弱兵に訓練だと?


「はっはっは! それは奴の苦労がしのばれるな! 同じ武家社会でも、強兵と名高い春夏国とは違い、弱兵と有名な花吹雪国の中でも、特に弱兵として名を轟かせる花春州の兵を指南しているというのだから、いくら奴とて骨が折れることであろう! これならば、諸侯並みの報酬も納得がいくというものだ!」


 余の高笑いに、左大臣は呆れたという顔をしているが、構うものか。これほどに面白話は、なかなかにない。


「陛下、高笑いの中、失礼いたしますが、報告を続けさせていただきます。次に報告いたしますのは、遠方の国になります、北から東まわりに冬の不知陽国、砂漠の赤月国、多島海の春夏国……」


 余が笑う中、冷静な左大臣の報告は着々と続けられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る