第7話【花吹雪国:慧眼の証明③】

 失礼千万なあずま殿を誅せんと、剣を構えるりねん。

 そんな彼女に対して、なんだか嫌そうな顔をするあずま殿。


「えー、女子相手と戦ってもな。戦士とは思えないほど髪長いし奇麗だし……」


 そうか、こんな気を使わない人でも、一応女性相手なら気を遣うのね。……ここでごねられても話が進まないし、支援をいれときましょうか。


「あずま殿、りねんの髪が長いのは、私の侍女として活動することもあるからです。それに、こう見えてもこの若い年で、剣術の免許皆伝を頂いています。その剣の腕は、王の座に籍を置く私より上ですよ」


 王の座を持つより上。この言葉、この大陸の者にとっては、重い印象を与える言葉だ。王の座に籍を置くだけで、全ての人々から尊敬の念を抱かれるといって過言ではない。それより上だというのだから、普通なら「それほどとは」と皆が感心を抱くはずでした。

 例外を除いては。


「いやー、姫さんより上って言われてもな。あれから調べたけど、女性の武術試験、男の基準からしたらお遊戯みたいなもんだぜ」


 この人、いい加減失礼すぎる。


「つべこべ言わず、りねんと手合わせしてください! 怒りますよ!」


「もう、怒ってんじゃん。……まあいいや。そこまで言われたら、やるしかないね」


 そんなやり取りの末、やっとりねんと相対したあずま殿だけど、それでもどこか踏ん切りがついていない。


「……えーと、殿下。ちなみにどこまでやればいい? 本気の斬り合い? それとも、適当に打ち合って指導対局みたいに負けた方がいいのか?」


 やっぱり訂正。この人は、人に気を遣うというのがやはり苦手みたい。


「あずま殿……、当然のことながら、嫁入り前のりねんに傷一つもつけることは許しません。髪の毛一本でも断ち切ったなら、切腹してもらいますからね。貴方は、りねんの剣を打ち落とすなりなんなりして、勝ってみせてください」


「了解。じゃあ、やろうか」


 両者の間は、10尺(3m)以上。あずま殿が剣を抜き、間合いを詰めてからが勝負となるはず。

 そして、試合開始の合図となるように、あずま殿が太刀に手をかけた。

 カン! と、いう乾いた音が鳴り響く。

 気が付けば、りねんの手にあったはずの剣がなく、代わりにあずま殿の手には、いつの間にやら太刀が抜き握られていた。

 そして、誰もいない離れた場所にポツンと落ちていたのは、りねんの愛刀です。


「これでいいか?」


「……!」


 この結果に、私は驚愕し……いえ、私含めこの場にいた全ての者が驚愕していることでしょう。

 動きが速すぎて、誰もあずま殿が剣をいつ抜いたのかさえわからなかったのだ。いえ、動きが速いだけでは説明のつかない、初動の無さ。

 その剣技、神業としか言いようがありません。

 流石は、大陸の英雄。幼いころから読んでいる、彼の英雄譚以上の実力です。

 そして、私は一歩出て、皆にこの事実を知らしめなければならない。


「勝負有り、ですね。皆さん、これであずま殿の実力が、お分かりになったでしょう? 彼は、指南役に足る実力者であると証明してみせました。これ以後、彼の指南に異議を申す事は許しません」


 私の言葉に、この場にいる兵たちは、ピリッとした空気に包まれた。私の言うことが、この実演を通してよく理解できた証拠です。

 よかった。


「あっ、ただ、彼に私へ敬語を使うよう進言することは、お許ししますよ。逆に、推奨するぐらいです」


 この冗談に、どっと笑い声をあげる兵達。そのやり取りを見て、やれやれと半笑いを浮かべ指導へ向かうあずま殿をしり目に、私は立ちすくむりねんへと向かう。


「ごめんなさい、りねん。損な役回りをさせて」


 私の声掛けで、先ほどの衝撃から気を取り直したのか、彼女は笑顔で私へ振り向いてくれた。


「いえ、事前の手はず通りにいって良かったです。さすが、姫様です。浮足立っていた兵たちの気持ちを、一新させることができましたね」


 そう、これら一連の、彼女の勝負の申し込みから、兵たちの試合観戦まで、全ては事前に私が仕込んだことだった。

 巨額の報酬に見合わないあずま殿の活躍、それへ声こそ上げないが反感を持つ者たち。そこから発生する彼のありもしない悪評、それによって悪印象を抱くばかりの兵や民。そこから返ってくるのは、彼を雇うことを判断した私への評判です。

 だから、この悪循環をどうにかしたいと思った私は、りねんへこの勝負を提案し、兵たちにはそれをみて彼の実力を判断させました。

 結果、私の思惑通りことが進んだと言えます。巨額の投資を回収するというのは、副次的な効果でしかない。狙いの本丸は、指南を通して、あずま殿と兵たちとの間で信頼関係を築き、彼の悪評を改善していくことでした。

 その兵たちは、彼への悪評がきっぱりと無くなり、今のように素直に指導を受ける態勢ができました。狙い通り、上々の結果といえます。


「ええ、これもりねんの演技が上手かったからですよ。……ところで、彼の技量は貴女からみてどうでしたか? 私には、ただ凄いという感想しか出てこなかったのですが?」


 この国で剣聖と名高い朝咲殿を父に持ち、その父から手ほどきを受けた彼女なら、より正確なあずま殿の実力がわかるかもしれない。


「殿下、私にも彼の実力の正確なところはわかりかねます。あずま殿と対峙した瞬間から、私では勝てないとわかるほど、実力の差がありましたから」


「そうなの……」


「ただ、これだけは言えます。あずま殿は、この国の誰よりも強いと。剣聖といわれる、父上よりも上だと。……以前、姫様が言っておられた、彼に万の兵の活躍ができるかはわかりかねますが、万の兵をもってしても彼を討ち取ることはできないでしょう」


 彼女がそこまでいうとは、どうやら私の判断に誤りはなかったみたい。これで、かれの悪評もなりを潜め、平穏が訪れることでしょう。


「しかし、彼がこの場を離れるときにぼそりと言った言葉が、少しきになりますね」


「えっ?」


「あずま殿は最後に、『ここの兵は、ゆるすぎだな。修羅場を見せる必要がある』と、言っていました」


 ……確かに、私の判断に誤りはなかったみたいなのですが、りねんの言葉を聞いて、彼を中心としたひと騒動が、まだ終わりをみせてないという予感を覚えるのでした。

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