第4話【花吹雪国:大陸の英雄と花吹雪国の小お姫さま④】

 あの帰宅準備の合間に、彼とはそんなやり取りがありました。まあ、こんな内容、彼女たちに話すわけにはいかないし、ぼかして伝えましょうか。


「そうですね、契約のことについて少し、内密の話をしました。私も二人っきりになることへ少し抵抗があったのですが、彼からそれとなく他の者を外して話したいという示唆があったので、仕方なくです」


 私のその返答に、口を挟みたそうにしたのは、勘定奉行です。まあ、監視をしに来たものとしては気になるでしょうから、横から割って入るのを許可してあげようじゃありませんか。


「姫様、横から失礼いたします。では、その内容はお聞きしないほうがよろしいのでしょうか?」


「ええ、私的なことも含みますので、ご遠慮いだきたいと思います。ただ、ご心配をかけないよう言っておきますが、書面に書かれている契約内容以外のことを、彼と結んだというわけではなりません。まあ、いうならば、契約事項で内面にかかわることへの確認ですね」


 誰のことで、どんな内容だったかは詳しく言及しません。こうすれば、嘘を言ったわけではないし、勘定奉行が心配していますでしょう、契約の内容への返答にもなります。


 そんな私の答えに、彼女は完全には納得した分けではないという素振りをみせたのですが、結局折れることになるのは、勘定奉行です。


「承知いたしました。それでしたら、私としても問題ないと愚考する次第です」


 はあ。とりあえずは、これでひと段落といったところでしょうか。




【鳴上国:鳴上国のカミナリ】


 鳴上国の国民の間で、近頃流行っている迷信があると、臣下から聞き及んだ。なんでも、稲光が多発すると、その原因は王である余が、四十にもなって怒り狂っているからだなどというものだ。

 なら、その話が迷信でないとしたら、今頃は王都の上空で、万雷が鳴り響いているのだろう。


「でだ、雷火生まれのあずまは、如何に?」


 政務の最高意思決定機関の場である大極殿、そこで行われる朝政(あさまつりごと:早朝に行われる政務)に出席できる文官というのは、太政官(最高国家機関)かある程度高位のものとなる。

 なのに、だ。余の問いに対して、その文官が震えることでしか応えることができず、ただ下を向くばかりだ。

 ふん、凡庸な官僚というのは、こうだから困る。責任感や気概というものが薄く、上のものから責められれば、それが過ぎ去るのを待つことしかできない。

 それが、余の不評を買うことになると、わからないわけでもあるまいに。


「ふん! もうよい、下がれ」


 一礼をして下がる壮年の文官の代わりに出てきたのは、左大臣(太政官の長官)である渡辺 光であった。

 ひと昔前まで綺麗な茶色であった髪は、今では白一色となっている。ただ、それほどまでに齢を重ねているのに、その面から垣間見えるのは、若かりし頃の眉目秀麗な顔だ。その美形ぶりは、今でも世間を騒がせる他の容姿端麗な若者より上だといえるほどだ。


「これはこれは、王が怒りをあらわにされては、忠臣といえども委縮し、言葉を発することも出来なくなると存じ上げます」


「何を言う、こうなったのは左大臣の教育が悪いからだ。怒りを発露していようとも、言葉として発してもいないのに委縮するような軟弱者を、官僚とするしかない太政官に問題があるのだ」


 余のこの言葉に虚を突かれたのか、少しの間が開いた後に、左大臣は嫌味の無い爽やかな笑いを見せた。


「なるほど、これは一本とられましたな。今後はあのような失態がないよう、下の者どもには教育を致します」


「ふん、そんな小さきことより、余は先ほどの答えを待っているのだがな」


 余のその言葉を受け、左大臣は手に持つ報告書から内容を確認・咀嚼し、いつものように要点のみを告げてきた。


「兵部省(軍部)からの報告では、あずま殿は花吹雪国の者となり、そこで以前と同じように守護者として働くつもりのようです」


 花吹雪国。この鳴上国に隣接し、敵対する可能性の最も高い国だ。

 およそ、あずまが出奔する先としては、最悪の部類に入る。

 が、


「守護者として、か。家臣として取り立てられたわけではないのだな?」


 重要なのは、この点だ。


「花吹雪国より東は、武家社会でこちらとは国の仕組みも違えば同じような機関でも名前が異なる。『勘違いだった』などということはないであろうな?」


 花吹雪国やそれより東の春夏(はるか)国は、大名や武士といった独特の文化で成り立つ国だ。こちらのように、兵部省などといった組織名も無い。情報を得にくい他国のことゆえ、勘違いだったということもありえる。


「確かなことでございます。花吹雪国のうまら第一姫御子は、諸侯並みの報酬をもって引き抜いたようですが、与えられた地位と権利は民と大差ありません。さらに、本人が兵力として加担するつもりはないと吹聴して回っていますので、信頼性の高い情報かと存じ上げます」


 なるほど、なれば奴は相変わらずの守護者なのだな。


「ふん、奴を向かい入れたこと、流石は神童と誉れ高い姫御子と言いたいところだが、今の奴に諸侯並みの価値はないであろうな。遠征が成功する以前であれば、それだけの価値はあったろう。しかし、時世時節は人の世よ。侵害者の侵入が衰えてくるこれからでは、守護者としての活躍も以前ほどにはない」


 この言葉に、左大臣は懐疑的なようだ。このような時は、余の許しを得るでもなく口を挿み、あまつさえ異論を唱えてくるのが、この男である。


「どうでありましょうか? いざとなれば、兵力として活躍することも無きにしも非ずと、愚考いたしますが?」


 他の者なら叱責ものの、この異論。ただ、左大臣の心配もわかるが……。


「貴様も奴のことは知っておろう? あれだけの頑固者、その程度のことで考えを翻したりはせぬ。奴は、これからも以前と同じように、侵害者がでればどこへでも駆け付け、ただ討伐していくだけの、浅慮者よ」


 余のこの言葉に、左大臣は何も答えることもなく、頭を下げるだけであった。


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