第3話【花吹雪国:大陸の英雄と花吹雪国の小お姫さま③】

 契約が終わり、居るのか居ないのかわからないほど存在感を薄くしていた私の家臣団と、公方様(桜花大君のこと)の直参と共に帰路についている途中、彼らから質問が上がった。


「質問をいくつか、よろしいでしょうか? うまら姫御子さま」


 馬車の中、最初に質問をしてきたのは、私の正面に座っている桜花大君の直参で、私のお目付け役としてきた黒目黒髪の勘定奉行の岩野 皐月だ。


「許可します。質問はなんでしょうか?」


「それでは僭越ながら、先ほどの契約についてですが、一個人の人間に対して、いささか大きすぎる金額だと私には思えました。つきまして、姫様があずま殿をそれほどまでに評価している点は、どのようなところなのか、ご教示お願いできますでしょうか?」


 彼女の壮年でふくよかな姿に相応しい穏やかな声色でされた質問は、その役職に相応しいなかなかに辛辣なものだ。

 彼女の質問を言い換えれば、「私には、彼を雇うことがお金の無駄遣いにしか見えません」と、言われているに等しい。

 さすがは、財政を担う勘定奉行。その厳しい質問に、私の臣下たちは、眉をひそめているぞ。


「それは、単純な話です。あずま殿へお支払する報酬は、税で7割程度引かれるということと、お任せする侵害者討伐の実益が、その残りの額を差し引いても十分にあるということです」


 報酬はこちらから払うのだから、正確に徴収できる。そして、彼の侵害者討伐数は、他の守護者と比較して、群を抜いている。しかも、危険な案件も確実にこなし、周辺への被害報告もすくない。かなり有能な、……いや、大陸で有数の人物です。


「左様でございますか。では、姫様は彼が万の兵士に匹敵するとお考えなのですね。殿下がそこまでおっしゃるのですから、何か確固たる根拠がお有りになるのでしょう」


 彼に支払う額では、万の兵士を維持することはできない。彼女もそれはわかっているだろうに、無駄に敷居を高くする。

 こいつ、ムカつく。


「当然です。ただ、それも単純な話になるのですが、彼の討伐実績の偏りを国ごとに見て、彼の本拠地を我が国とした場合、どの程度まで軍事費が浮くか簡単に試算しただけです。その結果、彼が万の兵士に勝るかはわかりませんが、侵害者討伐においては、万の兵士を雇い入れるより安くあげることができるとわかりました」


 彼も人間だ。活動範囲は、本拠とする地域に偏りがちです。

 そして、侵害者の討伐は、守護者の働きだけでは足らず、国の兵士が担う分もかなりある。特に、守護者は危険で高難易度の依頼は避けがちで、大体が国の兵士へお鉢が回ることになる。

 それを彼に担ってもらえれば、人的被害を抑え、軍備を浮かせることができます。


「さすがは、神童と名高い姫様です。この短期間でそれだけの情報をお集めできるのは、齢10で『王の座』の籍に入れた貴女様だけでしょう」


 資料にスラスラと目を通した彼女の、褒めたたえているのか、嫌みを言っているのわからない言葉に、私はただ笑みで返すだけで精一杯でした。

 そんな、どこかとげとげしいやり取りがあったせいでしょう。馬車の中は気まずさを含んだ静けさが支配していた。

 こんな空気、私としては好きではないのでどうにかしたいところです。そして、こんな時にいつも活躍してくれるのは、私の側用人(補佐側近)兼護衛役でもある、となりに座る朝咲 りねんです。


「姫様。私からも質問をよろしいでしょうか?」


 空気を読むということをしない彼女は、そのせいで怒られることもしばしばあるのだけれども、こういうときには助かります。


「ええ、かまいませんよ」


 空気を変えてくれるのなら、願ったり叶ったりです。


「交渉のあと、あずま殿と二人っきりになる時間がお有りでしたが、その際、どのようなお話をなされたのでしょうか? 護衛としては、人となりを把握できていない方と二人っきりになるのは好ましく思わないのですが、契約にかかわることでしょうか? 差し出がましいとは思いますが、少し気になりまして」


 なるほど。彼女は、本当に空気を読まないな!

身内の範疇に入るとはいえ、勘定奉行のようなどちらかといえば部外者がいるなかで、主人たる私にお説教をはじめようということらしい。まったく何を考えているのやら。

 まあ、それは置いといて、あの時あったやり取りはこうです。




 二つの書面に私とあずま殿が署名し、契約が結ばれ、契約書の片方ずつをそれぞれが受け取り、あとは帰るだけとなった矢先のことだ。

 英雄たる彼が、どうも私個人と話しをしたそうな素振りを見せ始めました。

 さて、どうしましょうか? 内心、あったばかりの男性と二人っきりになるのは抵抗がありますが、これから私の家臣同然になる人物です。

 少しは、腹を割って話しをすることも必要かもしれません。


「では皆さん、先に出て、帰宅の準備をお願いいたします。私は準備の間、あずま殿へ別れの挨拶を済ませておきますので」

 そんなことを言って、人払いを済ませると、彼は待っていましたとばかりに話しかけてきた。

「全く、空気の読める殿下で助かるよ。……俺から話があるのは、わかっているだろ? なら、いくつか質問してもかまわないよな?」


「ええ、かまいませんよ。貴方とため口で話せるのも、次会うときまでになりますから、気軽に質問できる今のうちに聞いてくださってかまいません」


 本当なら、契約が済んだ今から敬語を使ってほしいところだけど、今は大目にみてあげましょう。


「まあ、次会ったとき、敬語を使うかは置いといて」


 それは、置いてはいけない話かな!


「俺が、どうしても気になっていた聞きたいことってのは、姫さんみたいな幼い娘が、こんな契約の話を担っているのが納得できなくてね。そのことについて、少し聞いておきたいんだが……」


 彼は私のような幼子が、このような大役を担ったことへ疑問をぶつけてきた。

 そのことに関して、彼が最初から疑問に思っていたのはよくわかっていましたし、皆がいる場で、私への批判になりかねないことを言わなかったのもわかります。

 けど、それへの返答は、それほど複雑なものではなく、単純な話です。

 それは……。


「それは、私が貴方と同じように、『王の座』に籍を置いているからです」


 『王の座』は、座の中でも特に入るのが最も難しいといわれています。その理由は、『王の座』に籍を置く為の試験の難易度が、びっくりするくらい高いからです。

 曰く、『王の座足る者、書物庫たれ、一騎当千たれ、練達の士たれ』ということです。

 その試験は、誰でも受験でき、籍入りできたものがこの大陸では王になれる権利を与えられます。

 籍入りをするには、多大な費用をかけ教育するしかなく、実質は王侯貴族かその関係者しか取得できない。そして、それだけの費用をかけても実際に取得できるのは、専門の教育を受けたものの中でもごく一部となります。

 それほど難易度の高い試験に、私は10になったばかりのころ、合格することができました。


「なっ、本当か? 教育を受けた王侯貴族でも全くダメな奴が大半で、籍入りできても平均30歳超えだぞ? 武術に関する実技試験だってあるのに、どうやって合格できたんだ?」


 だから、その事実にこの無礼な人が、こんな風に無様に驚くのも当然です。ふふ、全く、彼が驚いてくれるとなんだか面白く感じます。


「ええ、私は嘘など申し上げませんよ。武術などの身体能力に関する実技は、男性より女性の基準の方が遥かに低く、私のようなものでも受かることができます」


「……そういえば、聞いたことがある。わずか10歳で『王の座』に籍を置くことができた神童がいると。その人物が、うまら殿下ってことか。なるほど、殿下の兄君が言っていた通り、天才だったわけだ」


 そう、この話を聞けば誰もが私のことを天才だという。

 ただ、私自身はそうは思っていません。私は私自身のことを、環境が特殊だったため早熟に育っただけの秀才で、天才といわれる方々とは違うと思っています。

 本当の天才と呼ばれる人を知っている私だから、そう言えるのです。


「それなら、その年で領地運営や、こんな契約を任せられたのも納得だよ。並みの貴族より優秀だって、保証があるんだからな」


「お褒めに預かり光栄です」


 正直、無駄に褒められるのは精神衛生上(特に彼からは)よろしくありません。話題を変えましょう。


「それで、次の質問はなにかありますか? 無いのでしたら、これで退出させていただきますけど?」


「俺からは無いけど……」


「けど?」


「殿下から、俺へ聞きたいこととかないのかよ?」


 まさか、そんな返しが来るとは思っていませんでした。なんだか婚活でもしているかのような会話で、少し面白い。


「あら、それなら、貴方の好みの女性像でも聞けばいいのでしょうか?」


「ハハっ、そんなおませな話じゃねえよ」


 ムカっ! この期に及んでまだ子ども扱いとは、少し頭にきますね。


「……俺は、戦死した殿下の兄君と共に、外界へ遠征をしている。そのことで、何か聞きたいことがあるんじゃないかと思っていたんだけど、的外れだったかな?」


 そんな、つまらないことを、彼は聞いてきた。

 なんだ。会談の最初から、チラチラと私を気にする素振りを見せていたけど、そんなことが気になっていたのですか。

 なるほど、そう考えると、たった10歳の私へ会ってくださった理由がわかりました。

 苦楽を共にした仲間の遺族ともなれば、乗り気になれない会談でも、会ってみようとなる。それが、幼い子供ともなれば、なおさらでしょうね。


「そうですね。兄上様の勇猛なる戦いは、すでに大君や御台所(将軍妃の別称)から聞き及んでいますので」


 正直なところ、私は死んでしまわれた兄上様が好きではなかった。だから、兄上様が異界で戦死されたと聞かされても、時がたった今でも感慨というものは湧いてこない。


「……そうか、やっぱりあいつのことは、そんな好きじゃなかったか? 殿下のその金髪碧眼を、揶揄われていたんだろ? その特徴は、多種多様な人種がいる多島海の『春夏(はるか)国』や東の『赤月(あかつき)国』では見ることができるけど、こっちは俺と同じ黒目黒髪ばかりだからな」


 彼の黒い炯眼(けいがん)に、ドキリとしました。

当たりだ。私は、この公方様(くぼうさま:大将軍の別称)にも、御台所にも、兄上にも国の多くの人々にもないこの特徴のせいで、民から、兄上から、家臣から、御台所から、そして、おそらく公方様からも疎まれています。

だから、この手の話題は好きじゃありません。なので、適当に誤魔化そうとも思ったけど、彼のすべてを見通すような黒い目が、それを許してくれそうもない。


「けどな……」


「貴方は今、私の触れられたくない部分に触れようとしています。そのような行いは、出会って間もない貴方がするには、少し失礼なことだと思いませんか?」


 なら、明確に拒絶するしかないじゃないですか。


「……だな。俺が悪かった」


 よって、この話はこれでおしまい。


「申し訳ございません。私も少し言いすぎました」


「いや、そんなことはないさ。俺が少し不用意だった。こんな別れになって申し訳ない。けど、次会うときは笑顔で迎えてくれるか?」


 そんなことを言って、あずま殿は意気消沈した顔で、片手を差し出してきました。救国の英雄で一騎当千の……いや、万の兵にすらまさる彼がそんな顔をすると、面白く感じます。


「クス……。ええ、もちろん。貴方のことは、心からお待ちしております」


 返事として、私が笑顔と握手で答えると、彼も笑顔で返してくれるのでした。

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