第2話【花吹雪国:大陸の英雄と花吹雪国の小お姫さま②】
「と、言うことで、今は自由の身というわけだ。小さいお姫さま」
そんな失礼な物言いで、事の顛末を私に説明してくださったのが、外界遠征を成功させた人類の英雄、あずま殿、その人です。
「なるほど、よーくわかりました。あなたの幼稚な精神性と、それから導きだされたお粗末な事の顛末は、十分に」
「うわ、グサッときた。それは本当のことだけどさ、そこ突かれるとホント痛い。しかも君みたいな、小さい子に言われると」
この人、本当に失礼!
「その小さい子に、雇われようというのが貴方よ。敬意を持たれては、如何かしら?」
「おいおい、まだ、雇われるとは決まってないぜ。それに、雇われるのは花吹雪国で、雇い主は大将軍である花咲大君(たいくん:外交上、花吹雪国の大将軍の別称)その人だろ。残念だろうけど、小さい小さいうまら殿下の家臣になるわけじゃない」
確かに、雇い主は花咲 桜花大将軍になります。でもこの人、失礼なうえに細かいことにもネチネチとうるさい。さぞや女性にはモテないことでしょう。
私が読んだ彼の冒険物語だと、活躍のたびに女性からモテモテだったけれど、ずいぶんと誇張されたものです。
「そうですね。けど、誰よりも早く大君に掛け合い、貴方を雇うことへの提案をし、交渉すら請け負ったのは私、うまらです。いうなれば、この世で貴方の価値をもっともわかっているのは、私ということです。そんな私からいい条件を引き出すためにも、少しは気を使われてはどうですか?」
そう、彼が出奔してまだ1週間しかたっていないのに、この交渉の場を持てた。この事実に、正直言えば自画自賛が己の中で絶えません。大絶賛ものです。
「へえ、じゃあまず、俺につけた値段てやつを聞くとするか。これは交渉なんだろ? 条件の提示を聞こうじゃないか」
彼は、からかうような顔で、そんなことを聞いてきた。
おそらくは内心、幼い私のことを侮っているのでしょうけれど、そのなめ切った考えを私の提示する条件でつぶしてやって、驚愕の表情へ変えさせてやることを考えると、嘲りの感情が今からでも湧き上がってきそうです。
「まず、報酬からお話しましょうか。貴方への報酬は、私が大君より賜った御料(将軍家の直轄地)の年貢から、1割差し上げましょう」
「1割だって! ……ちなみに、その御料の名は?」
「その領地の名は、春花(はるはな)州です」
「……おいおい、デカい州じゃないか。年貢でいったら、1割でも並みの諸侯が得る年貢より多くなるだろ。多分」
報酬の額を聞いた彼の表情は、先ほどの半笑いとは打って変わって、驚きそのものに変わっています。
ふふ、いい気味です。
「ええ、その認識でまちがいありません。まあ、当然。それに見合う条件を付けさせてもらうことになりますが……」
「ああ、あらかじめ言っとくけど、俺は家臣になる気はないぞ。いうまでもないと思うけど、当然ながら兵部省……はこっちだとなんていうのか忘れたが、武官にもにつかない」
そんなことは、百も承知です。
だてに、彼の英雄譚や瓦版、冒険物語を幼いころ(今も幼いですが)から読み漁ってはいません。彼の志向は把握済みです。……こんなに、失礼な人だと思ってはいませんでしたが。
「ええ、当然、そのように承知していますし、そんなこと、させる気もありません」
「はあ? なら、なんでそんなにデカい額の報酬を払う必要がある」
ふふ、気になっています気になっています。そんな困惑の表情、すごく見たかったのです。あんなに失礼な態度をとる人ですから、そのくらいの表情はさせないと、私の気が収まりませんよ。
すごくいい気味なのですが、それを見ているだけじゃ交渉が進みませんね。
「当然、それに見合う条件を付けるからです。その条件とは、まず①、春花州へ住み花吹雪国へ半年以上滞在すること。②、花吹雪国の侵害者を無償かつ進んで討伐すること。③、兵への訓練の施しを快く引き受けること。以上」
私が条件を言い終わると、彼は色々と思案しているような、難しい表情で少し沈黙を保った後、重たげに口を開きました。
「……まあ、住むなら侵害者は全部狩るぐらいのつもりでいくから、問題ないけど……」
「全てを狩る必要はありません。当面は、国からの依頼を優先して頂ければ結構です」
「……無償でってことは、座(ギルド)を通さないってことか? 武官でもない俺がそれじゃ、少し問題がありそうだけどな」
確認する気はありませんが、彼がここでいう座というのは、守護者を取りまとめその籍や報酬などを管理する組合、守護の座のはずです。
このほかにも、工業の座や、森林の座、学術の座なんてものがありますけど、どれも国を越えてつながった、表立っては敵に回したくない大陸全土的な組織です。
だから、この交渉をするにあたり、それへの返答も考えてきました。
「いえ、守護の座とは今まで通り連携をとってください。籍を外す必要もありません。ただ、貴方への報酬は花吹雪国から十分になされていると説明しておきますので、国内の討伐に関しては、座からの支払いがないだけです」
「すでに、座へは交渉済みか。……それなら俺は、これまでと変わらず守護者でもいいってことだろ? なら、他の国で出現した侵害者もこれまで通り狩るし、奴らが作る迷宮も攻略しに行くぜ」
侵害者と呼ばれる化け物は、突発的に表れることもありますが、多くは迷宮を作りそこからやってきます。
だから、迷宮を攻略することは、人類全体の課題です。
当然、その攻略の第一人者である彼には、頑張ってもらわなければならない案件となります。
「ええ、かまいません。ただ先ほども言いましたが、国には最低半年は滞在してもらわなければなりません。それが満たされなければ、その足りない日数に応じて報酬を減額していきます」
「……こんな無茶な契約、本当に大君が許可しているのか?」
そんな風に彼が私を訝しく思うのは、理解できます。私のような小娘が、こんな大きな案件を担っているとは思えないのも当然です。
でも、事実は事実なのだ。
「ええ、もちろん。この二つの契約書を見ていただければ、納得していただけるかと思います」
私が見せた契約書には、先ほど言った条件そのままの文面とともに、桜花大君の判子と直筆署名がある。これが、揺るがない証拠となります。
「すまん。どうやら、本当のようだな」
こうして、全ての質問が終えたところで、彼はため息を一つついて、私を見つめてきた。
「正直なところ、俺が欲しいのは身分の保証と、入国の許可だけだ。だから、そんなにデカい報酬はいらないし、本心としてはそんな縛りもして欲しいくはない。そんな縛りがなくても、この国には条件と同じくらいの貢献ができるつもりなんだけどな」
守護者という人たちは、束縛されることを嫌う者、言わば社会のはみ出し者が多いという。
侵害者を討伐するにしても、普通に考えれば、補償と一定の収入が約束された兵士なりなんなりに就いたほうがいいと考えるはずです。
それを避けて守護者なんて危ない仕事に就くのだから、社会のはみ出し者が集まるのも当然かもしれない。
けれど、私の返答はそんな彼の気質を無視するもので、個の考えなんて無視した国の考え(全体の考え)だ。
「それは、できかねます。北西の国、鳴上国から貴方を引き抜く危険性を考えると、この条件でないと我が国へ所属することは許可できないというのが、私の考えです」
以上が花吹雪国の考え、というか、私の考えです。
彼のことについて、陛下は高く評価されていたが、引き入れることについてはそれほどお気にされていなかった。つまり、この契約内容全般、許可を取ってあるとはいえ、私の独断となる。
だから、この契約内容に不安がないかといえば嘘になるけど、花吹雪国の利益をより多く確保するという考えのもと、彼と契約を結ぶのなら、これが最善の条件だと思う。
これより条件が厳しくても、彼は契約を結ばないだろう。逆に緩ければ、国としての利益は極端に減ってくる。
そう、だから、この常識外れの好待遇と受け取られる条件で、いいはず。
彼も、乗ってくれるはずです。
「ふーん、『私の考えです』か……。まあ、いいよ。これよりいい契約を結べることもないだろうしな」
「それでは!」
「ああ、契約成立だ」
やった!
その快諾への返答として、満面の笑みを作って見せた私とは対照的に、彼はずっと変わらない渋い表情のままだった。
まったく、最後にして始まりなのに、相変わらず失礼なひとです。
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