第26話 知花…絶好調だなあ。

 〇島沢真斗


 知花…絶好調だなあ。

 4曲目を終えて、僕はその声に惚れ惚れして…つい、拍手してしまった。

 みんなそうだと思うけど…

 僕も、知花の声に惚れこんでる一人。

 僕の鍵盤で知花がバラードを歌う時なんて、もう…毎回感情移入し過ぎて泣きそうになるんだよね…


 知花はノン君とサクちゃんを産んで、グンと表現力がついた。

 拳を振り上げるような曲を歌う女の子には見えないけど、実際すごい歌を聴かせてくれるし…

 そのギャップもたまらないけど、見た目通りの優しい歌が歌えるようになったのは、強味かな。


 昔はバラードが苦手だったんだよねえ…

 いい声してるのにもったいない。って、いつも思ってた。


 5曲目は、カバー曲。

 藤堂周子さんの曲で、僕達には珍しい…ちょっとポップなナンバー。

 イントロが流れた瞬間、客席から意外そうな声が上がった。

 この曲、よく館内放送で流れてるから、社員はみんな知ってるよね。



 恋をすれば誰もが少し嘘つきになる

 泣きそうな顔してるのに平気って言ってみたり

 恋すれば誰もが少し可愛くなる

 自分らしくないって思ってもそれも自分だから

 誰かを好きになるのと同じぐらい

 自分に恋してみよう


 あなたを好きなあたしが好き

 だからもっともっとあなたを好きになる

 笑わないで聞いて

 意地悪しないで

 そんな顔しても無理

 あたしの事 好きなんでしょ



 客席から、口笛が聞こえる。

 うん…この知花、めちゃくちゃ可愛いもん。

 神さん、どこから見てるのかな。

 連れて帰りたいだろうなあ…

 今日の知花…ほんっと、すごく…

 可愛いけど、それだけじゃないって言うか…

 うん。

 カッコ良くて、強くて…可愛いのかな?



 カバー曲の後…それぞれのソロの時間が少しだけ。

 その間、みんなはステージ袖に下がって身体を休めたりドリンク飲んだり、ステージを冷かしたり。


 まずは陸ちゃんのソロから始まって、客席にいたアズさんから『教えてくれ!!』って声が上がって、大爆笑だった。


 それからセン君が加わってツインのソロ。

 陸ちゃんが途中で腕を上げながら袖に戻って来た。


「いやー…セン、キレッキレだな。」


 タオルで汗を拭きながら言う陸ちゃんに。


「おまえもだけどな。」


 光史君が、肩を抱き寄せて言った。


「マジか!!俺、キレッキレかよ!!」


「ああ。キレッキレだな。」


 ははっ。

 何だかおもしろいや。


 その後、聖子が出て行って…もう…曲でも弾かないようなスーパーテクを見せて。


『もう一回やってくれ!!』って、ベーシストの面々からアンコールいただいてたけど…


『じゃ、あたしにクリニックに来て。』


 聖子はそう言って…光史君のソロと入れ替わった。


 …光史君のドラムソロは…圧巻だった。

 あまり感情を表に出さない光史君が、二分間のドラムソロの最後に腕を突き上げたのが…すごく印象的で。

 僕は、その瞬間をずっと観ていたいって思った。


 そして…最後。

 僕のソロ。

 僕は…静かに鍵盤に指を落として…弾き始めた。



 朝霧さんと、奥さんに捧げたい。

 そう思って選んだ…



 英雄ポロネーズ。




 〇朝霧真音


 今日はSHE'S-HE'Sのライヴ。

 光史の叩く姿を生で観た事ないうちの家族は、もちろん全員集合。

 鈴亜はたぶん客席で観たいんやろな思うたが、遠慮でもしたんか…

 俺らに合わせて、モニタールームの下にあるゲストルームにおる。


 瑠歌も最初はここで観るはずやったが…一曲目の途中で。


「やっぱり無理!!あたし、客席行って来ます!!」


「妊婦なん忘れんなよ!!」


「スニーカーで来たから大丈夫!!」


 もう、誰が何言うても止められへんやろから、反対はしいひんかった。


 ゲストルームは俺らの貸切状態。

 ナオトと愛美ちゃんも来るはずやったが、ナオトは音響スタッフの隣にかじりつき。

 愛美ちゃんは…俺が鈴亜とまこの結婚にええ顔をしてないのを知ってか、耳をやられる覚悟で客席におるらしい。

 陸と千寿の嫁さんも、客席の後ろの方で見かけた。


 …で。


 さくらちゃんが、上のモニタールームに。


 子供らが一緒やから言うても、別に俺らと一緒でもええやん思うのに…

 ナッキーが、なんや変な気回したんかもしれへんな。

 …まあ、ええけど。



「…兄貴、カッコいいな。」


 ふいに渉が言うた。

 …ホンマは…渉にも音楽をして欲しい気持ちがなかったわけやない。

 光史がドラマーになって。

 渉が…ギタリストになってくれたらなあ…いう気持ちは、多少なりともあった。

 が、渉は昔から音楽は聴くだけや。

 …残念や…


「みんなカッコいいわよ。」


 るーが笑顔で言うた。


「…せやな。」


 ホンマ、その通りや思う。

 メディアに出んて決めて…ライヴももちろんない。

 PV撮影での演奏は、言うても…客がおれへんわけやし。

 ステージングにしても、客とのコールアンドレスポンスにしても…なんもかんも、こいつらは素人なわけで…

 それでも客席は完全に魅了されとる。


 社員は普段のこいつらも知っとるだけに、そのギャップにやられるんもあるが…

 うちでは所属アーティストの曲が、毎日24時間ランダムで館内放送されとる。

 ハードロックなのに耳に残る旋律。

 一旦耳に入ると足を止めてまで聴きとうなる知花の歌。

 俺は何回も何百回も聴いたはずなのに…いまだに鳥肌が立つ。


 それに…こいつら…

 ホンマ、もったいない。思わされる。

 メディアに出んのも、ライヴをせんのも。

 ホンマ…もったいない!!


 これだけステージ映えするバンド、他におるか!?



「あ…これ、アメリカにいた頃、よく流れてたわね。」


 るーが嬉しそうに言うた。


「ああ…周子さんの曲やな…」


 SHE'S-HE'Sにしては…珍しい選曲や思うた。

 アレンジはしてあるが…ポップな曲調には変わりない。

 シャウトする知花に惚れこんどるファンは少し面食らったかもしらんが…


「知花ちゃん…恋の歌が上手くなったわね…」


 るーがそう言うて…


「……」


 周りからは死角になっとるテーブルの下で、俺の手を握った。

 …ゆっくりそれを握り返す。


 恋をすれば誰もが少し嘘つきになる…か。


 周子さんは…これを書いた頃。

 どんな想いでおったんやろ。



 それから個々のソロが始まった。

 みんなさすがやなー…て言うか、陸と千寿のギターソロには、つい…ウズウズした。

 あー!!俺もライヴしたいわ!!


 ソロは聖子に、そして光史にと移り変わって。

 光史のドラムソロには、鈴亜と渉も拍手喝采。

 瑠歌はどんな事になっとるんやろって心配なった。


 そして…


「あ、まこちゃんね。」


 るーが鈴亜に言うと…鈴亜は指を組んで緊張した顔になった。

 俺はそんな様子を目を細めて見てたが…


「え。」


「あ…」


 るーと同時に…声が出た。


 まこが弾き始めたんは…英雄ポロネーズ…


 俺らの…俺と、るーの…


 始まりの曲や…。




 〇朝霧瑠音


 あたしはその時…一瞬時間があの時に戻った気がした。

 真音が…あたしのために、弾いてくれた英雄ポロネーズ。

 もちろん、今聴こえてくるそれは…真音の数倍も数百倍も上手だけど…

 それでも。


 あの日…ホテルのレストランで、突然ピアノを弾き始めた真音の姿を思い出して…


「…るー…」


 テーブルの下で、真音があたしの手を強く握った。


「…ふふっ…まこちゃん…嬉しいサプライズだわ…」


 空いてる手で、涙を拭った。



 あたしは…いつもバンドにヤキモチを妬いた。

 真音はバンドの事になると、あたしとのデートも全部キャンセル。

 本当にあたしの事好きなの?って、いつもやきもきして…

 アメリカに行くって言われた時も…待たないって、真音の夢を拒絶した。


 あたしには…受け止められなかった。

 夢に向かう真音が、あたしを置いて行ってしまう事。

 どんなにあたしが真音を好きで追いかけようとしても、あたしに見えるのはいつも背中だけ。

 どうして…立ち止まって待っててくれないの?

 どうして…振り向いて手を差し伸べてくれないの?

 …今思えば…望んでばかりで…子供過ぎた。


 待つ事も信じる事も出来なくて…

 あたしは、真音から逃げた。


 そんなあたしに…真音がプレゼントしてくれたのは…

 影ながらの努力の賜物。

 パパが言った『娘の結婚相手は、英雄ポロネーズが弾けないと認めない』を…真音はやり遂げてくれた。

 真音がピアノを弾くなんて思いもよらなかった。


 あれから一度だけ、弾いて欲しいとお願いしたけど…

 真音は。


「親父さんの前で弾いたんと、るーの前で弾いたんと…あの二回で燃え尽きてもうて頭から抜けたわ。」


 そう言って、情けない顔をした。


 真音のピアノがもう聞けないのは残念だけど…

 それでもあの夜の出来事は、鮮明に思い出せる。



「…あの夜景…きれいだった…」


 あたしがそうつぶやくと、真音は少しだけ目を閉じて。


「…せやな…」


 あたしの肩を抱き寄せた。

 そして…


「…鈴亜。」


 あたし達より前の方でステージを見てる鈴亜に。


「行って来いや。前の方で観たいんやろ?」


 真音は…優しい声で言った。


「…いいの?」


「めったにない事やからな。」


 真音の声が…優しかった。

 あたしはそれがすごく…すごく嬉しくて。


「あたし達も前に行きましょうよ。」


 真音の腕を持って立ち上がった。


「…はっ?ここで聴くんより爆音やで?」


「何年Deep Redのツアーについて回ってたと思うの?平気よ。」


 あたしがそう言うと。


「…おまえにはまいるわ…」


 真音はそう言ってあたしをギュッと抱きしめて。


「よっしゃ。行こか。」


 顔を覗き込んだ時は…



 あたしの大好きな、笑顔の真音だった…。




 〇高橋佐和子


 もう…もう!!

 ヤバいよ!!

 メンバーそれぞれのソロで、ハーフにも文豪にも…聖子さんにも鈴亜のお兄さんにも鳥肌だったけど…


 天使!!

 天使が弾いた、聴いた事のあるクラッシック…

 もう、迫力凄すぎてーーー!!

 天使がそれを弾き終わったかと思うと…すぐさま違う曲へのシフトチェンジ。

 天使のキーボードに鈴亜のお兄さんのドラムが加わって、それから順にベースとギターも加わって…


 出たー!!

 知花さん!!

 すごいハイトーンの曲ーーー!!


 あたし、汗だくになって拳を振り上げた。


 とにかく…

 知花さーん!!

 カスタネット担当の猫パンチ女だなんて思って、ごめんなさーーーーーい!!

 そう心の中で叫びながら、周りの人達に合わせて飛び跳ねたり歓声を上げたりした。


 最高だよーーー!!

 あたし、ここの社員になりたい!!

 どうしたら入社出来るのかなあ!?



「佐和ちゃん!!どうしよう!!楽し過ぎて泣けるー!!」


 あたしの隣では、真珠美ちゃんが真っ赤な頬をして、泣きながらだけど笑顔で言った。


「ほんと!!あたしもずっと鳥肌がおさまんないよー!!」


 すごくハードな曲では頭を振って。

 ちょっとポップな曲では知花さんの可愛い振付を真似たりして。

 ハードだけどテンポのいい曲は、周りの人達とノリノリで飛び跳ねた!!


「うおーーーーー!!」


 その声に驚いて隣を見ると、剛彦さんが号泣しながら叫んでて。

 その向こうでは、将彦君も汗だくになって飛び跳ねてた。

 …邑兄弟も…ノックアウトされちゃったね。


 って…


 邑さんは…と言うと…



 少しキョロキョロしてみると、あたし達より若干後ろで…たぶん邑さんも鳥肌が止められない様子。

 腕を組んでるけど、ちょっと自分を抱きしめてるみたいな感じに見えて、可愛くて笑ってしまった。


「邑さーん!!こんなとこでウズウズしないで、一緒に跳ぼうよ!!」


 あたしが迎えに行ってそう言うと。


「バッバカか!!大人はそんな事…」


 邑さん、素直じゃない!!


「ここ、大人しかいないよ!!こんなカッコいいステージで盛り上がんないなんて、絶対後悔するから!!」


 あたしはそう言って、無理矢理邑さんを前に引っ張って行った。


「……」


 邑さんは真珠美ちゃんの盛り上がってる様子を見て、少し…寂しそうに笑ったけど。


「ヨシ兄!!ヤバいよコレ!!」


 将彦君にそう言われて…一度下を見て顔を上げた時には…


「あー…そーだな。やべーな!!」


 拳を上げてた。

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