第25話 …何これ。

 〇高橋佐和子


 …何これ。

 何これ何これ何これ。

 何これーーーーーー!!


 あたし、ステージ上にいる見た事ある人達が、らしくない(面識は浅いけど、あたしの印象では絶対らしくない)衣装を着てるの観た途端…


 や・ば・い。


 本気でそう思った。


 だって…

 ドストライクーーーーー!!

 全員がゴシックファッションなんだけど、もう…もう!!

 男性陣が全員王子様とか騎士に見えちゃうよーーーー!!


 文豪なんて、絶対こういうのより着物でしょ!!って思うのに…

 何これ!!

 ほんっと、何これ!!って!!

 カッコ良過ぎるーーー!!


 聖子さんだって、もう…美し過ぎ!!

 ベースもファッションの一部みたいに見えちゃう!!

 やだー!!ほんっと、これだけでも超プレミアム!!


 って事で、あたし…邑兄弟の存在、ぶっ飛んでしまった。

 もう、前の方で盛り上がってる人達と一緒に騒ぎたくなって、前へ前へと出てしまった。


 でもって…

 天使に至っては…

 襟元のフリルが違和感なさ過ぎ!!

 でも、可愛い系でも笑えないのは、似合い過ぎてるから!!


 それに…

 これまた…

 何これ!!

 天使、鍵盤って、そんなに激しく弾くものなの!?


 そう思ってると…

 あの…あの、ふわっとした…猫パンチの…

 カスタネット予想なんてされてた知花さんが…


「えっ…」


 ど…とーしたの…知花さん…

 ………別人!!

 メイクとかじゃない。

 もう…顔付きが!!

 衣装は、カッコいいみんなのとは少し違って可愛い系だけど…

 だからこそ。の、ギャップ!?

 思わず知花さんに釘付けになってると…


 ……!!!!!!


 突然のシャウトに、あたしの周りの人達は待ってましたと言わんばかりに盛り上がって大声援…!!

 あたしは…ひ…膝がふっふふ震えて…


「佐…ちゃ…だ……ぶ…!?」


 腰が抜けるか、膝から崩れ落ちるかって思ってる所に…腕を取られて振り返ると、剛彦さんがいた。


「あっ…あ、どどどどうも…」


 思ったより爆音だからか、剛彦さんの声は途切れ途切れにしか聞こえなくて。

 だけど、あたしの腕を取って助けてくれてる風の剛彦さんも、実はあたしの腕にすがってるんじゃ?って思ってしまった。


 気が付いたら、左側に真珠美ちゃんも来てて。

 赤い頬をして、目をキラキラさせてる。


「真珠美ちゃん!!すごいね!!」


 あたしが大声でそう言うと。


「うん!!すごい!!みんな…すごくカッコいい!!」


 そう言った真珠美ちゃんの笑顔は、すごく…すごく可愛くて。

 あー…なんかもう、それ見たらあたし…


「サイコー!!」


 真珠美ちゃんの肩を抱き寄せて。

 なんで流れてるのか分かんない涙を拭いながら、一緒に拳を振り上げた。




 〇神 千里


「ごめんね、千里さん。」


「いいっすよ。ここからだと、全体も見えるし。」


 本当なら、客席の最前で…なんて思ってたが。

 俺はモニタールームにいる。

 と言うのも…

 一人でのんびりするはずだったばーさんが、高熱を出した。


 ばーさんはおとなしくしてるからいいと言ったが、誓が付き添って病院に行って、今日は大事を取って入院する事に。

 誓もばーさんが落ち着いたら来るとは言っていたが…間に合うかどうかは分からない。


 聖と華月は目下で繰り広げられてるライヴには全く興味を示さず、持って来た積み木と絵本で事足りている。

 …おとなしい二人だ。



「かーしゃん!!おひめしゃまみたいよ!?とーしゃんみて!!」


 かたや…華音と咲華は、小さなモニターに映る知花を見て騒いだり、ガラス越しに客席とステージを見下ろして。


「みんなかーしゃんみてゆ!!」


 大興奮。


「……」


 ふと、義母さんを見ると…これまた、少し興奮気味。

 口には出さないが、あきらかにウズウズしてる。



 知花達のライヴが始まる前に、高原さんが挨拶をした。

 その時…義母さんは、子供達を見てた。

 …こんな時ぐらい、高原さんを見ても俺は誰にも言いやしないのに。


 そう思いながら、俺がガラス越しに高原さんを見てると。


「…本当、立派。すごいね。」


 背後で…誰に向かって言ってるのか分からないが、義母さんがそうつぶやいた。



「とーしゃ~ん!!しゃく、あしょこいきたい~!!」


 咲華がそう言って、ステージを指差して俺の足に飛びついた。


「だーめーだ。ここなら来てもいいって、『なつ』が言ってくれたから来れたんだぞ?」


「なちゅ、よんできて!!なちゅに、あしょこちゅえてってもやうー!!」


「ダメだ。ここでいい子して応援しろ。」


「ああ~ん!!」


 咲華がここまで駄々をこねるのも珍しい。

 と思いながら、俺は咲華を抱き上げて。


「あそこはな、特別な者しか立てないんだ。」


 ステージを見下ろして言う。


「…とくべちゅ?」


「そ。母さんは特別なんだ。だから、ここから応援しよう。俺だってここで我慢してるんだぜ?」


「…とーしゃん、がまんしてゆの?」


「してるさー。」


 我慢してるさ。

 本当に…

 …色んな意味で。


 …知花の今日の衣装…

 衣装だから…仕方ないが…

 最前の奴からは、結構な所まで見えちまうんじゃねーか!?

 知花は『タイツ穿くから分かんないよ』って笑ったが…

 あの赤いスカートは…随分丈が短いぞ…!!


 それに…あいつ、普段あまり身体のラインが分かるような服を着ねーからな…

 この衣装…胸も腰もピッタリ過ぎて…

 俺の知花の身体が…みんなにバレる…


「…泣きたいぜ…」


「とーしゃん!?どちたの!?」


 俺の一言に、咲華が真顔で大騒ぎし始めて、何とかそれに救われた。

 …ここにいて正解だな。

 客席にいたら、間違いなく知花を連れて帰ってる。



「…華音はいい子にしてるな。」


 ガラスにへばり付いてステージを見下ろしてる華音に言うと。


「……」


 夢中になってるのか、無言。

 ただ、目はキラキラしたままだ。

 つい、義母さんと顔を見合わせて笑う。


 それから、時々知花がモニタールームを指差す仕草があって。

 それを見るたびに、咲華のテンションがおかしくなって困った。

 しまいには…


「かーしゃんしゅきー!!だいしゅきー!!かーしゃんにあいだいど~…」


 興奮して叫びながら、感極まって泣くと言う…

 興奮し過ぎて疲れたんだろうな。


「おまえはもう寝ろ…」


 苦笑いしながら咲華を抱き上げて、モニタールームの端に移動する。

 こんなに興奮してても、咲華は安定のおやすみ三秒。

 背中をポンポンとしてると、すぐに眠った。


 聖と華月も若干眠そうに、積み木のそばで横になっている。

 ソファーにブランケットを敷いて咲華を横にして、その隣に聖を寝かせて…まだもう少しな華月を抱いて、華音の隣にしゃがみこんだ。


「…母さん、すげーな。」


 華音の耳のそばで囁くと。

 華音は俺を見て。


「とーしゃんも、しゅげーよ。」


 笑った。


「……嬉しいが、大ばーの前で言うなよ?その言葉使いは叱られ……」


 ふと…華音の向こう側で椅子に座ってる義母を見ると…


「…義母さん?」


「……」


 声をかけたが、返事はない。

 義母さんは…ステージを見つめたまま…

 呆然とした様子で…泣いていた。




 〇桐生院知花


『Thanks for coming!!』


 二曲歌い終わった所でそう叫ぶと、客席からは唸るような歓声が上がった。

 …鳥肌立っちゃう。


 MCの苦手なあたしが視線で合図すると、陸ちゃんがコーラスマイクの前に立って。


『初めましての方もそうじゃない方もようこそ!!SHE'S-HE'Sです!!』


 そう言って右手を突き上げた。


 あたしはドラムセットの前に立って、光史を振り返りながらドリンクを一口。

 光史は目が合うと、少し眉を上げて口元を緩ませた。


 …ふふっ。

 楽しいね。

 あたしも少しだけ笑顔で応える。



『高原さんも言ってたけど、本当なら昨日はビートランドは遊んでいい日だった…にも関わらず、俺達のためにこんなにカッコいいステージを用意してくれたスタッフ全員に感謝!!』


 陸ちゃんの言葉を、光史がバスドラとシンバルで盛り上げる。


『それに、明日仕事になんのか?ってほどガッツリ騒いでくれてるその辺の面々…ほんと明日大丈夫かよ。』


 あはははって大きな笑いが起きて、あたし達も笑顔になった。

 客席の後ろの方は、身体を揺らして観てくれてる人達だけど…

 前の方の人達は…本当に、身体が心配になるぐらいの盛り上がり方。

 その間にギターのチューニングを済ませてたセンが、顔を上げた瞬間…


「早乙女さん素敵過ぎー!!」


 客席から、黄色い声援が…


 その言葉に驚いたのはセン本人で、目を真ん丸にして口にしてたピックをポロリと落としてしまって。

 その様子に客席だけじゃなく、ステージにいるあたし達も笑ってしまった。


『そういう免疫ねーから、刺激は軽めのやつでお願いします。て言うか、俺は!?』


 陸ちゃんがチューニングしながら、マイクに向かって言った。


「二階堂君もカッコいい!!」


『ならいい。』


『ちょっと、これ何のライヴよ。』


『聖子もカッコいいぜ。』


『あたしはいいから。』


「聖子ちゃん、宝塚みたいよー!!」


 客席から聖子に声が上がると、聖子は首を振って笑ったけど…まこちゃんが『すみれの花咲く頃』を弾いて、盛り上がった。

 もう…ほんと、いつものスタジオみたいで。

 楽しくて…楽しくて……


 だけど、切なくなった。



『じゃ、そろそろ演ろうぜ。ライヴ慣れしてねーからMCが下手って丸分かりだ。』


『間違いないわね。』


 陸ちゃんと聖子の言葉の掛け合いに。


「あはは!!もっと喋れー!!」


 客席から、アンコールがかかる。


『あ?歌聴きたくねーのかよ。』


 陸ちゃんが客席に耳を傾けると…


「聴きたいー!!」


 その客席からの声と同時に…光史がハイハットでカウントを取って…

 SHE'S-HE'Sの中で、一、二を争う激しくて速い曲。


 イントロでセンと陸ちゃんがステージギリギリまで前に出て、頭を振る。

 それに客席も応えて…明日本当に大丈夫かな?

 マイクをギュッと握りしめて…あたしは歌い始めた。


 陸ちゃんとセンの背中を見てると、この二人って本当…すごいなって思う。

 目を合わせただけで、お互いが何を考えてるのか分かるのかなって。

 前に出るのも同時。

 交差してステージを歩き始めるのも同時。

 全然タイプの違う二人なのに…同一人物か双子?って思っちゃうよ。

 そして、二人のギターソロも…本当、すごい。

 ギターマガジンの取材の時、インタビュアーから『ギターキッズからの質問なんですが…』って言葉が何度も出る。

 それほど多くのギタリストを目指す人達から支持を受けてるし、色んな人に刺激を与えてる。


 右を向くと聖子がいて…

 プレイスタイルは地味かもしれないけど、その正確さと力強さ。

 本当…驚いちゃう。

 あたしのためにベースを弾き始めてくれた聖子。

 あたしが夢を捨てそうになった時も…見捨てずにいてくれた。

 …あたし、一生聖子とはバンドメンバーであり、親友でいたい。


 そして…振り向くと光史がいる。

 たぶん、このバンドで一番早く評価されたのは…光史だ。

 Deep Redのマノンの息子なのに、ドラマーなのか!?って、アメリカの事務所では笑われてたけっけ。


 耳とリズム感のいいまこちゃんにダメ出しされたってボヤく日もあるけど、それは本当に…微々たる事で。

 まこちゃんも、光史なら出来ると思って言ってるだけ。

 普通の人には聞き取れないほどの、細かいズレをまこちゃんに言われ続けた事で、光史は驚くほど…

 リズムマシーンのようなリズムキープが出来る。

 それに、力強いドラミング。

 あたし、何度光史の音で泣きそうになった事か。

 この迫力。

 あたしが一番求めてる音だ。って音を叩いてくれる。

 なくてはならない存在だよ…本当に。


 今日の主役と言ってもいいまこちゃんは…

 陰になり日向になり、いつもみんなを支えてくれる。

 可愛くて女の子みたいって社員さん達にからかわれる事もあるけど…

 本当は、すごく頼もしくて男らしいまこちゃん。

 鍵盤だって…もう右に出る人なんていないよ。

 あのナオトさんでさえ…きっと、まこちゃんの事は脅威のはず。


 …だから。

 こんなメンバーと一緒やっていられる間は。

 あたし、絶対…自分に負けない。


 あたしの歌は攻撃的だ…って、昔、高原さんに言われた。

 …悩んだ。

 実際、あたしの歌を聴いて歌うのが嫌になった…ってバンドをやめた人もいるって聞いた。


 …だけど、これがあたし。

 これが…SHE'S-HE'Sで歌うあたし。

 誰がなんて言おうと…

 あたしは、攻撃的であり、だけど…

 誰かを包む歌うを…歌うようになりたい…。


 みんなと…進化し続けていきたい。

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