第24話 「へー…なんか…大袈裟だな、ほんと。」

 〇高橋佐和子


「へー…なんか…大袈裟だな、ほんと。」


 将彦まさひこ君がそう言って、会場の入り口を見渡した。


 今日のライヴはビートランドの中にある小さなホールであるみたいで…

 あたしは今日もむら兄弟とつるんで、ここに来てしまった。


 あたし達は一般の招待客だからか、まずはエスカレーターの手前にある受付で招待状の提示をと言われて。

 それぞれがバッグやポケットから招待状を出して見せた。

 それに書いてある名前と、控えてある名前を照合できたのか。


「上で持ち物チェックを受けて下さい。」


 受付のスタッフの人にそう言われた。


「…めんどくせーなあ…」


 邑さんはそうボヤいたけど。


「まあまあヨシ兄。それだけのライヴって事なんだから。従おうよ。」


 何か…こう楽しんでる風な将彦君が、ポケットに手を入れて軽やかにエスカレーターに乗った。



 エスカレーターで二階に上がると、そこにまた受付があった。


「持ち物チェックです。ご協力お願いいたします。」


 すごく丁寧に、しかもすごく美人なお姉さん達にそう言われて。

 エスカレーターでは不機嫌そうだった邑さんも…さすがに鼻の下をのばして上着を開いたりポケットを探ってもらったりした。


 バッグを持ってるのは、あたしと真珠美ますみちゃんだけ。

 まあ、誓約書にもあったからカメラはもちろん持って来てないし…録音機器なんてのも持ってない。

 邑さん達も面倒な事は嫌だからか、特に問題もなくその受付もクリア出来た。


「ありがとうございました。では、そちらのエレベーターで七階にお上がり下さい。」


 美人なお姉さん達に笑顔で見送られて、あたし達は誰もいないエレベーターの前に並んだ。


「それにしても…他に客はいねーのか?俺達だけじゃん。」


 邑さんが周りを見渡した。

 確かに…いつも人がたくさんいるロビーも、今日は閑散としてた。


「社員さんもお客さんになるって言ってたから、仕事終わりでもうみんな会場なのかな。」


 剛彦たけひこさんがそう言うと。


「客のほとんどが社員って、なんだかねー。」


 将彦君は相変わらず楽しんでる風に笑った。


 んー…何だろなあ。

 邑兄弟と散々天使のバンドを笑い者にはしてしまったけど…

 あたし、実はここに来る前から緊張してるし…後悔もしてる。

 て言うのも…


 鈴亜に、F'sのCDを買った報告の電話をしたら…


『F'sのCDのそばに、まこちゃん達のバンドのCDもあるんだよ。』


 って…


「えっ!?あの人達ってCD出してるの!?」


『うん…実は…すごく売れてるバンドなんだ。』


「え…えー…?ちょっとビックリ…」


『言わなくてごめんね…』


「いや、まあそりゃ色々あるだろうからいいけどさ…」


『あたしもね?まこちゃんがキーボード弾いてる所を生で観るのは、今回が初めてなの。』


「え?そうなの?」


『うん。メディアに顔出さないバンドだから…だから本当は楽しみでもあるの。まこちゃんが侮辱されたのは悔しいけど…ライヴが観れるのは、ちょっと邑さんに感謝かなあ…』



 そんな会話をして…

 そう言えば聖子さんが『海外向けのバンドなの』って言ってたのを思い出した。

 メディアに顔を出さない海外向けのバンドねえ…って考えた所で、音楽に詳しいわけでもないあたしに分かるはずもなく。


 だけど今朝、邑さんちに行く前に音楽屋に立ち寄って。


「すいません、メディアに顔を出さない人気者のバンドって分かりますか?」


 分かんないよねえ?こんな事だけじゃ。なんて思いながら店員さんに問いかけると。


「ああ、SHE'S-HE'Sですね。こちらになります。」


 男の店員さん、あっさり…あたしをそのCDの前に連れて行ってくれた。


 確かに…鈴亜の言った通り、F'sの近くにあった。

 CDジャケットは真っ白で、右下に見落としちゃいそうなほど小さく『SHE'S-HE'S』ってシルバーの文字。

 それを見付けただけで…ドキドキしたんだけど…


「…このバンド、売れてますか?」


 店員さんに聞くと。


「売れてますよ。」


 即答。


「本当に、メディアに顔出さないバンド?」


「そうですね。雑誌にインタビュー記事は出ますけど顔出しはないし、コンサートも開催されてないんですよ。もったいない。」


「……」


 試聴コーナーに置いてなかったから聴けなかったけど、F'sを買ったばかりだから今月はもうお財布が厳しい。

 結局あたしは天使のバンドが売れてるって事を知っただけ…だけど、笑い者にした事を後悔した。


 だから…

 せめて、あたしよりもっともっと後悔させちゃえ。と思って…

 邑兄弟には何も言わずにいる。


 それより…どうしよう。

 あたし…


 足の震えが止まんないよ…!!



 〇むら 真珠美ますみ


 エレベーターに乗って七階に上がると、入り口付近は少し混雑してた。

 あたしは今日、ヨシ兄が好きだった女の子…

 島沢さんの彼女…

 の…友達の佐和ちゃん(佐和さんって呼んだら、佐和ちゃんでいいって言われた)に。

 服を選んでもらったり…髪型も少し変えてもらったりした。


 本当は、オシャレして来るのは抵抗があったけど…


「こういう時に特にオシャレしなくて、いつするの!?」


 って、佐和ちゃんに言われて…

 …そっか。って、あたしの部屋で、数少ない服を並べて選んでもらった。

 メガネも…


「この前ピンクっぽいのしてたじゃない。あれがいいよ。」


 そう言った佐和ちゃんに、あたしは正直に…島沢さんにもらったから、何だか…って話した。


「そっかあ…真珠美ちゃん、天使に片想いなんだね…」


 佐和ちゃんは、なかぜ島沢さんを『天使』って呼ぶ。

 …まあ…似合うよね…


「でもさあ?それはそれ、これはこれ。せっかくプレゼントしてもらった上に、自分のポイントが上がるアイテムなら、どんどん身に着けなくちゃ。」


 佐和ちゃんは…すごくサバサバしてる。

 あたしは『自分のポイントが上がるアイテム』って言葉に何度か瞬きをして。


「…可愛く見えるって事?」


 問いかけた。


「可愛く見える?何言ってんの!!真珠美ちゃん可愛いんだってば!!もっと自信持って~!!」


 …佐和ちゃん…

 ヨシ兄、佐和ちゃんと付き合えばいいのに…

 って、ちょっと思った。


 だって、ヨシ兄が好きな女の子…

 悔しいけど、島沢さんとお似合いだよ。

 天使同士って感じで…



「どうしよ~。あたし泣いちゃうかも…」


「あたしも。告知があってからの一週間は、いつもの倍以上に仕事頑張って曲を聴きこんだわよ。」


「セットリスト何だろう~!!楽しみ!!」


「ロクフェスの映像でしか見た事ないもんなあ…あの、何人かを廃人に追い込んだ実力を目の前で見るとか…」


「今日のライヴでまた何人か音楽やめねーかな。」


 ……何だか…

 周りから聞こえてくる言葉が…

 大絶賛…ぽい…


 そう思って顔を上げると、ヨシ兄は少し眉間にしわを寄せてて。

 タケ兄は少し緊張してる顔になってて。

 マサ兄は…有名人がいないか、キョロキョロしてた。



「…佐和ちゃん。」


 あたしは佐和ちゃんの手を取って。


「もしかして…島沢さんのバンド、有名なのかな…」


 小さな声で問いかけた。

 すると…


「ま…真珠美ちゃん…じじ実は…ね…」


 佐和ちゃん、急に顔色が悪くなって…


「…佐和ちゃん?大丈夫?」


「大丈夫…ちょちょっと…緊張してきちゃって…」


「……」


 そう言われると…あたしも緊張して来た…

 周りの人達が少しずつ会場に入って、それを見たヨシ兄が。


「入るぞ。」


 あたし達に手招きした。


 恐る恐る中に入ると…すごく多くの人が、幕の下りたステージにかぶりついてるみたいにしてた。


「わあ…」


 初めての雰囲気に、つい声が出た。

 なんて言うんだろ…

 ざわざわしてるんだけど、耳障りじゃない。

 今から始まる何かに期待した声があちこちから聞こえて、そのワクワク感が伝わって…あたしまでドキドキして来た。


 そのまま10分ぐらい待ってると…


『社員のみんな、そしてその身内、数人の招待客のみなさん。超プレミアムライヴにようこそ。』


 幕の前に、すらっとしたおじさんが現れた。




 〇むら 慶彦よしひこ


 弟達と真珠美と佐和を引き連れてやって来たシークレットライヴ。

 最初は来る気はなかったが…観て損はない。と…鈴亜のお兄さんにも言われたし。

 それに、あの緊張感のないバンドメンバー達が、どの担当なのかを予測した正解も確かめたいし。


 まあ…笑い者にしてやるよ。

 って…昨日までは思ってたんだが…


 夕べ、寝る前になって突然色んな事が頭をよぎった。


 自信に満ち溢れた目の神 千里が絶賛する男…

 俺が認めた女、鈴亜の愛してる男…

 世界に出た鍵盤奏者を父親に持つ男…


 …もしかして…あいつ…

 とてつもなく、出来る奴なんじゃねーか…?


 そう思うと、なかなか寝付けなかった。


 もし出来る奴だとしても、それがどーした。

 鍵盤奏者なんて、男らしさのみじんも感じられねーのは変わりないだろ。って言い聞かせた。


 …くそっ。

 こんなにあいつを意識するなんて…情けねーぞ!!俺!!



 色んなチェックを受けて会場入りした。

 周りからは…ちょっと俺には嫌な情報ばかりが耳に入って来る。

 …とにかく…すこぶる評価が高い。

 ここにいる客が社員ばかりだとしても…

 その、音楽に携わっている社員が絶賛して、目を輝かせてその登場を待っている。


 …嘘だろ?

 あの、女みたいな男のバンドだぜ?

 赤毛の、ふわっとした猫パンチ女がいるバンドだぜ?

 おまえいつの時代の人間だよって感じの文豪がいるバンドだぜ?


 少しイラつき始めたその時…


『社員のみんな、そしてその身内、数人の招待客のみなさん。超プレミアムライヴにようこそ。』


 幕の前に、外人ぽい男が現れた。


「高原さーん!!」


「会長ー!!」


 客席から、多くの声援や口笛が鳴り響く。


 …会長?


『毎年イヴは遊んでいい日にしてるが、今年はそれを返上してまで頑張ってくれたスタッフに感謝する。』


 その言葉に、大きな拍手とスタッフへの感謝の声が飛び交った。

 …身内ネタとかすんなよな…

 わかんねーよ…


『こんな事めったにないからな。社員はもちろん、身内にも今日はサプライズなライヴになったと思う。存分に楽しめ。』


 そう言い残して、『会長』とやらはステージから下がって行った。


 会場の照明が全部落ちて…一瞬静かになったが…


「あ…始まる…」


 誰かの声と共に、ピアノが聞こえ始めた。

 うっすらと幕の向こうから影が見えて…

 それは、たぶん…あいつだと分かった。


「これ…あいつが弾いてんのか…?」


 将彦が目を丸くしたまま、誰にともなく言った。

 …CDが流れてるのかと思うぐらいだ…

 俺は…自分の足元が震えてる事に気付いた。

 な…なんだ…これ…


 ピアノがしばらく続いた後、ギターの音が聞こえて…続いてドラムとベースが入って…

 腹に響くような揃った音に、足の裏に力が入った。

 そして…カウントを取る男の声とシンバルの音が聞こえて…

 ステージの端から出た爆発音に似たような物と共に、幕が落ちた。


「はっ…」


 あまりの迫力に、つい声が出た。

 それは俺だけじゃなかったようで…剛彦も将彦も、真珠美も佐和も…棒立ちだ。

 前の方ではたぶん社員なんだろうけど…

 それでも…熱狂的なファンと思わずにいられない輩が、拳を振り上げている。


 幕が落ちて、見えた面々は…


「や…やだ!!カッコいい!!」


 佐和が大声を出して、前に向かって行った。

 メンバーは…全員が黒を基調とした衣装で。

 どことなく、昔の外国の貴族っつーか騎士っつーか…

 それより…

 ギターは鈴亜のお兄さんじゃなく…ハーフと文豪だ。

 そして、ベースが佐和が絶賛してた聖子って女で…

 鈴亜のお兄さんはドラム…

 キーボードはあいつで…


 て事は…



 最後にステージに出て来たのは、猫パンチの女だった。


 そして、猫パンチ女は…


「………やば…。」


 将彦が隣で俺に寄りかかった。


「…腰…抜けそ…」


 そう言った将彦に、つい…


「…俺も…」


 言ってしまった。


 猫パンチ女はとんでもないシャウトを決めて…




 俺達の瞬きを止めた。

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