第23話 ルームに入ると、僕と陸ちゃんが最後だった。

 〇島沢真斗


 ルームに入ると、僕と陸ちゃんが最後だった。

 もう来てたみんなは一斉に僕らを見て。


「おはよ、陸ちゃん、まこちゃん。」


 知花と聖子が、笑顔で言ってくれた。


「おはよ。」


「お。何か吹っ切れたのか?いい顔してるな。」


 セン君がそう言って、僕の顔を覗き込む。


「んー…さっき下で朝霧さんに会ってさ。」


 僕がそう言うと、自分の足をスティックで軽く叩いてた光史君が顔を上げた。


「今日は見してもらうで。おまえの全て出しきれや。楽しみにしとるわ。って言われた。」


 少し物真似して言ってみると…


「あはは!!全然似てなーい!!」


 聖子に手を叩いて笑われた。


「あれ…うっすらぐらいは似てるかと思ったのに…」


 頭をかきながら首をすくめる。


「ま、もう出来る事やるしかねーさ。つーかさ、これってめちゃくちゃ美味しいよな。活動自体はこれからも今までと同じスタンスで、なのに結構な規模のライヴは出来るなんてさ。」


 陸ちゃんがギターを取りだしながらそう言って。


「こうなりゃ誰の何かをどうするとかじゃないよな。せっかくだから、楽しもうぜ。」


 光史君のその言葉に…何だか、みんな昨日の緊張が嘘みたいに自然な笑顔になった。


「真斗様。今日は、いい機会をありがとうございました。でもせっかくなので、わたくし、存分に遊ばせていただきます。」


 陸ちゃんがそう言って僕に手を合わせると。


「あたしもあたしも。真斗様、ありがとうございます。」


 聖子が続いた。


「も…陸ちゃんも聖子もやめてよー。」


 って言ってるそばから。


「ははー。」


 セン君と光史君と知花まで同じポーズで拝んだもんだから…


「…ほんっとに楽しまなきゃ、許さないからね。」


 僕は、みんなを前に腕組みをしてそう言った。


「ぷはっ!!よーし。んじゃ、今日もロクフェスの時にやったあれ、やるか?」


 陸ちゃんがギターを背中に回してみんなに言ったけど…


「え?何かしたっけ?」


 みんな、首を傾げた。


「何だよ~…みんなで盛り上がったじゃねーかよ。」


「あ。あれ?SHE'S-HE'S!!SHE'S-HE'S!!SHE'S-HE'S!!Yeah!!ってやつ?」


「おっ、聖子ビンゴ。」


 あー…

 そう言えばやったなあ。

 僕達みたいなペーペーの新人が、いきなり大規模なロクフェス。

 緊張してステージ裏で固まってると…


「何か声出しして気合い入れようぜ。」


 そう言ったのは…陸ちゃんだった。

 何も浮かばなかったから、とりあえずバンド名をって事になって。

 SHE'Sを聖子と知花が言って、HE'Sを男性陣が言う。

 2対4なのに、聖子と知花の声量には簡単に負けたし…気合い入れてもらえた。


 僕達は…確かにこういった経験は少ないけど。

 誰よりも、どのバンドよりも、たくさん話し合ってたくさん練習をしてきた。

 ロクフェスの時だって…緊張はしたけど…楽しかった。

 すごく。

 そして…幸せだった。


 今日もきっと、あの時みたいに。

 …いや。

 あの時以上の幸せな瞬間が、訪れるんだ。



『SHE'S-HE'Sとライヴスタッフは会議室に集合。』


 高原さんの声で館内放送があって。

 僕らは会議室に向かった。

 ライヴまで…あと三時間。



「最終チェックだ。」


 会議室で、高原さんが進行表を開いて言った。

 一斉に…紙をめくる音。

 …これだけの人が…僕らのために…

 いや、僕のために動いてくれる事になる…。


 本当に、かなりの強行スケジュール。

 大勢の人達が、無理をしてくれたと思う。


「招待客の持ち物チェックはぬかりなくやってくれ。社員に関しては信じてはいるが、レアライヴなだけに魔がさす奴がいるかもしれない。部署ごとに誓約書を全員で読ませて来い。何かあった時は連帯責任だ。ビートランドを潰すぐらいの覚悟が俺にはあるぞ。」


 その言葉に…会議室は一瞬ざわついた。

 高原さん…そこまでして、僕らのプライベートを守ろうとしてくれてるなんて…



「衣装はどうだった?」


 高原さんに言われて、僕達はみんなで顔を見合わせた。


「…らしくない感じだけど、まあ…せっかくなんで。」


 陸ちゃんが苦笑いしながら言った。


 メディアに出ない僕達には、スタイリストがいない。

 だから、本当は今回も私服だったんだけど…


「母さんがさ~…どこからか話を聞きつけて、七生ななおで新しく取り入れたゴシックファッションを宣伝してくれって…」


 聖子がそう言った一時間後には、七生からスタッフが来てテキパキと採寸して帰って…

 一昨日衣装合わせして…みんなで指差しあって爆笑した。

 これじゃビジュアル系バンドだ!!って。


 でもみんな似合うよね。って少し盛り上がった。

 …けど、アンコールはTシャツにさせて下さいってお願いした。

 そしたら、SHE'S-HE'Sのロゴ入りTシャツが届いて、みんなで大騒ぎ!!


 ビートランドに所属してる他のバンドやアーティストのみんなには、オリジナルグッズがあったりするけど。

 僕達にはこれが初めて!!

 聖子のお母さんには悪いけど、衣装よりTシャツが嬉しくて楽しみ!!

 だからその分、衣装も完璧に着こなしてギャップを楽しむぞー!!って、みんなで盛り上がった。


 …そっか。

 ある意味衣装作戦大成功だよね。

 これだけでも、僕らは気分的に普通より盛り上がってるんだから。



「よし。みんな、よく動いてくれた。」


 高原さんが会議室を見渡した。


「私達を信頼して、細かいスケジュールやプログラムを立てて下さった会長に応えられて嬉しいです。」


 スタッフのみんなは…そう言って胸を張った。


「後は…おまえらがやり遂げろ。」


 高原さんにそう言われて。


「はい。」


 僕達は全員で大きく頷いた。



 さあ…ステージが待ってる。



 大好きな仲間たちと…行こう。





 あそこへ。





 〇浅香聖子


 いよいよ、この日が来た。

 …って言っても、決まったのが先週なもんだからー…

 あっと言う間。


「満員ですよ。」


 ステージスタッフがそう言うと、誰かがあたしの後で口笛を吹いた。


「聖子…カッコいい。」


 隣にいる知花が、あたしを上から下まで見て言った。


 今日の衣装は…うちの母さんが出しゃばってしまったがための…ゴシックファッション。

 まあ、黒メインって事で…ビジュアル系のバンドに思えちゃう。

 あたし達は、ラフでこそ。みたいな所があったのになあ。

 ロクフェスでさえ、超私服だったのに。

 光史に関しては、下は海パンだったし。



「そういう知花も、これは神さん惚れ直しちゃうわ。」


 一歩間違えたらゴスロリって所だけど…

 知花は見事に中世ヨーロッパの風格。

 まあ…この風貌であの歌唱力を見せ付けちゃうんだね…って想像すると、ちょっとあたしも鳥肌かな。

 絶対カッコいいや。


「衣装って初めてだから違和感あるけど、特別って感じがして引き締まるね。」


 そう言って笑う知花は…もうどことなく戦闘モード。

 …うん。

 あたしも、スイッチの準備しなくちゃ。



 ぶっちゃけ…夕べはよく眠れなかった。

 あ…間違えるとか、そんな心配は何一つなかった。

 ライヴ自体は、楽しみなばかり。

 まあ…リハは緊張したけどね…

 だって、あたし達だけのために、スタッフが大勢動いてくれたわけだし。


 でも、リハを終えて。


『おまえらー…緊張し過ぎだろーが…』


 ナオトさんが額に手を当てて、少し困った顔してるの見た時。

 あ、なんだ。

 あたし達、全然世界のSHE'S-HE'Sなんかじゃないじゃん。

 なんて思った。


 そうだよ。

 よく考えたら…ライヴ経験なんて、国内ではゼロ!!

 これが…ファーストライヴだよ?

 て事は…緊張したって仕方ないわけで。

 でも…憧れがゼロではないライヴが出来るんだもん。

 嬉しいに決まってる!!


 あたし達は、ビートランドのSHE'S-HE'Sで。

 ライヴ経験ゼロのペーペー。

 たまたま、まこちゃんが侮辱されるという頭に来る話から、棚ボタ状態でライヴの機会を得た。


 …まこちゃんは、何がどう転がっても失敗なんてしないし、まこちゃんをバカにした奴が恥をかけって感じ。

 だから何も心配要らない。

 あたしは…あたしのベースを弾いて、楽しむだけ。


 …ただ…

 今日、あたしは…特別な気持ちでライヴに挑もうと思ってる。

 あたしの中に、見ないフリしてるまま…心の隅っこに居座り続けてる気持ちに…決別したい。

 …うん。



「聖子、円陣組むぞ。」


 光史に言われてあたしはみんなの輪の中に入る。

 全員で肩を組むと…


「…悪い。似合ってるけど笑いたくなる…ふっ…」


 光史がみんなから視線を外して笑った。


「まこは王子様だな。」


 陸ちゃんがそう言うと。


「もう、何でもいいよ…その気になってやるから。」


 まこちゃんは目を細めながらも、頼もしい笑顔。


「楽しまない手はない。」


 一番のっぽなセンが、そう言って少し前屈みになった所で…あたし達は頭がぶつかるほど距離を縮めた。


「…いくね。」


 知花がそう言って、あたしと呼吸を合わせて…


「SHE'S!!」


 そう叫ぶと。


「HE'S!!」


 男性陣が後に続いた。

 それを三度繰り返して…


「Yeah!!」


 顔を上げると同時にハイタッチを交わすと…


「…やだ…鳥肌で涙出た…」


 そばにいた映像班の女性が唇を噛みしめながら言った。


「ははっ。泣くのは早いっすよ。」


 陸ちゃんがそう言ってギターを担ぐ。

 あたしもそれに続いてベースを手にした。



 さ…


 行くよ。



 誰も口にしないのに。

 見渡すと誰かと合う目が、そう言ってた。

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