第22話 「最終リハはどうだった?ナオトからは緊張感漂い過ぎだって聞いたが。」

 〇高原夏希


「最終リハはどうだった?ナオトからは緊張感漂い過ぎだって聞いたが。」


 俺がそう言うと、知花ちはなは首をすくめて苦笑いをした。


「そう…ですね。力入りすぎちゃったのかも…」


「まあ、仕方ない。ロクフェス以来だからな。」


 美味い料理をいただいて、桐生院家の子供達の可愛い様子も見れて…

 恐ろしく幸せな時間を過ごさせてもらっている俺は、ビールを注ぎに来てくれた知花に今日の様子を問いかけた。


 今日はSHE'S-HE'Sのリハがあったが、俺は周子しゅうこの所に行っていた。

 体調が良くないと聞いて駆け付けたが…


「会いたかったの…」


 周子にそう言われた。


 …実は、明日のSHE'S-HE'Sのセットリストの中に…周子の曲が一曲ある。

 本当はそれを伝えたい気もしたが、やめた。

 今は落ち着いているが…またいつ、さくらを思い出させるワードで過敏になるか分からない。

 出来れば、周子の心を乱したくない。

 ひとみとの溝が深まるばかりだ…。



 予定より長く周子の所にいた。

 リハを見ておきたかったが…本番を楽しみにする事にして、現場はナオトに任せた。

 マノンは…まあ、るーちゃんのデートからこっち、少しは元気だが。

 まこのためのライヴと言うのが気に入らないのか、全く会話に入って来ない。

 …やれやれ。



「なちゅ、あした、しゃくもかーしゃんのおうた、いってもいい?」


 咲華さくかが、俺と知花の間に割り込むようにして入って来た。


「あ…すみません。ダメって言ってるのに…」


 知花は困った顔をしたが、俺は咲華を膝に抱えると。


「連れて来ていいぞ。モニタールームなら耳も平気だろう。」


 知花と千里に言った。


「って…千里は客席で見るよな。」


「出来れば最前でかぶりつきで。」


「もうっ、それはやめて~…」


 以前は知花の歌を聴く事もためらったと言っていたのに…今ではまるでファン第一号と言わんばかりの千里。

 千里は知花の歌を高く評価し、SHE'S-HE'Sのサウンドとその楽曲も、世界一だと言う。



「貴司は来ないのか?」


 右隣にいる貴司に問いかけると。


「残念ながら私は明日からニューヨークなんですよ。」


 貴司は首をガックリさせて言った。


「僕がモニタールームに一緒に行こうか。」


 誓がそう言うと…


「じゃ、あたしと誓で子供達全員引き連れて行こうか。」


 …キッチンから、さくらの声がした。


「だから義母さん、ほんの数時間だけど、たまには一人でのんびりして?」


「え?さくら、そんな気を遣わなくていいのに。」


 突然の提案に、貴司の母親は驚いたようにキッチンを振り返る。


「ううん。オシャレして出かけるのもいいし、ゆっくり温泉に入るのもいいし、好きなように時間使ってよ。」


「そうだよ、おばあちゃま。僕と母さんでしっかり面倒見るから。」


「…まあ…どうしましょう…」


 俺は…その会話を黙って聞いて。

 さくらが…ビートランドに来る。

 そう思っただけで、少し鼓動が速まった。


 …バカだな。

 俺が歌うわけじゃない。

 だが…俺の城を…俺が育てた社員たちを、さくらに見せたい気はした。



 楽しい宴はテーブルの上の品が変わっても続いた。

 俺は明日のライヴの映像編集を、また貴司の会社と共同でやらせて欲しいと頼んだ。


「陸君。明日は何としても頑張るんだぞ。」


 貴司が上機嫌な様子でそう言うと。


「う…何気にプレッシャー…」


 陸が胸を押さえて言った。


「貴重なライヴに行けないのは残念だが…みんな、私の分も楽しんでおいで。」


 貴司がそう言うと、少しだけビールを飲んで酔っ払ったのか、誓が斜めになりながら手を上げて応えた。



「ノン君、サクちゃん、お風呂入ろー。」


 麗が二人を呼びに来て。

 入れ替わりに、聖は歩いて、華月は知花が抱えて帰って来た。


「麗、サンキュー。」


 千里が礼を言うと。


「久しぶりだから楽しくて。」


 麗は満面の笑み。


「千里、華月お願い。」


「おう。」


 千里が知花から華月を抱きとめて、『きれーきれーなったなー』なんて言ってるのを見て…笑う。

 神 千里も、子供の前では普通の父親だ。


「……」


 ふいに…聖が俺の膝に来て。

 つい、無言で見つめてしまった。


「頭を拭いてやって下さい。」


 貴司がそう言って、俺にタオルを渡す。


「あ…あーこういうの慣れないからな。大丈夫かな。」


 ゆっくりと、聖の髪の毛をタオルで拭くと。


「もっとガシガシやっちゃって平気ですよ。」


 千里からのアドバイス。

 見てみると、千里が華月の頭をガシガシと拭いて…


「…華月、白目むいてるぞ?」


「気持ちいいらしいっすよ。」


「そんな顔で?」


「こいつ、誰に似たんすかね。変なんすよね。」


 千里の言葉に、知花は『自分じゃない』と言わんばかりに首を振った。


 …知花の小さい頃は…どんな子だったんだろう。

 ふと、そんな事を考えて…小さく笑った。

 ここに来ると…夢を見過ぎる。


 ガシガシと聖の頭を拭いて、時々笑顔になってくれるのが嬉しくて…

 両手で頬を押さえて親指でその感触を味わうと。


「きゃはっ。」


 聖は…笑いながら俺に抱きついた。


「……」


 ダメだ。


「さ…パパにバトンタッチだ。」


 聖を抱えて貴司に手渡すと。


「ちょっと風に当たって来る。」


 俺は大部屋を出た。



 本当は帰りたい衝動に駆られたが…おかしく思われるのはまずい。

 貴司の満足いくまで一緒に飲んで…貴司が酔いつぶれる頃に帰る。

 これが、俺の役目。


 広縁で少しだけ風を入れながら空を見上げる。

 輝く星をそこに見ながら…

 俺は、今見た夢を掻き消そうとした。




 〇朝霧鈴亜


『今日…会えなくてごめん。』


 電話の向こう。

 まこちゃんは、少し疲れた声。


「ううん。大丈夫。それより、明日の準備が大変なんじゃ?」


『いや…もう自分が出来る事をやるだけだから。』


「…緊張しちゃう…よね…?」


『…んー…でも、頑張るよ。』



 クリスマスイヴ。

 本当は会う約束だったんだけど…お昼に電話があって。


『ごめん鈴亜。今日キャンセルさせてもらっていい?』


 冬休みで家に居たあたしは、まこちゃんにリクエストされた手作りクッキーをラッピングして、約束の時間まで何をしていよう…って、ワクワクしてるとこだった。


 今までのあたしだったら…絶対会いたい!!会わなきゃ意味がない!!なんて我儘言ってたかもしれない。

 だけど…もとはと言えば、あたしの浮ついた気持ちのせいで…の、明日のライヴ。

 今日、最終リハから帰って来たお兄ちゃんは…グッタリしてた。

 瑠歌るかちゃんと黙ってその様子を見てたんだけど…


 どうも…

 緊張し過ぎて力が入り過ぎた…って。



「あたしね、今日音楽屋に行ったの。」


『…一人で?』


「うん。瑠歌ちゃん誘おうかなって思ったけど、寒かったし…それでね、キーボードマガジン買って帰った。」


 SHE'S-HE'Sは顔出しはないものの…最近雑誌によく載ってる。

 インタビュー記事が。


 その中に、鍵盤を弾くまこちゃんの手が載ってたり…

 取材受けてる時の、背中が載ってたり…

 名前も出さないバンドだから、まこちゃんはKy-Mって表記されてる。

 しなやかに鍵盤に落とした指は、男の人にしては細くて。

 もしかしたら、女の子だって思ってる人もいてもおかしくはないかもしれない。


 だけど…あたし、今までは『まこちゃんと付き合ってる』って事に舞い上がって、まるでファンみたいな気持ちで聴いてたCDを。

 一度別れた時から…気持ちを入れ替えて聴いた。


 あたしの大好きな人。

 あたしの大事な人。

 その人が、生涯の仕事として選んでしてる事。

 ただ好きって気持ちだけでやってるんじゃない。

 そんな…軽い事じゃない。


 お兄ちゃんから、ヘッドフォンを借りて…何度も何度も聴いた。

 まこちゃんのキーボードは…きれいだけど…それだけじゃない。

 音楽をしてないあたしにも、それは伝わるほど…

 優しかったり強かったり…時には攻撃的だったりする。



「明日…楽しみにしてるね。」


 あたしがそう言うと、電話の向こう…まこちゃんは少し黙った後。


『うん。ありがと。元気出た。』


 そう言ってくれた。



 本当は…あたしが震えるほど、緊張してる。

 だけど…信じるしかないから。


 まこちゃん。

 頑張ってね。




 〇朝霧真音


「ただいまー…」


 クリスマスイヴやし、鈴亜はまことデートなんかなー…思うたら、うちに帰るの億劫やったけど…


「おかえりー。遅いよ、父さん。」


「…お…おう。すまん…」


 鈴亜は、家におった。


「おかえりなさい。」


「ただいま。これ、頼まれとったやつ。」


 るーに頼まれたケーキは、並ばんと買えへんやつで。

 これは…何かの罰ゲームなんか!?思いながら、寒空の下、俺は一時間並んだ。

 まあ、迷惑かけとるしな。

 ずっとフヌケで。

 並ぶぐらい、したるわ。


「わっ、ありがと。寒かったでしょ。先にお風呂入る?」


「…いや、一緒に食うわ。」


「じゃあ光史こうし呼んで。」


「おう。」


 キッチンでは、鈴亜と瑠歌がるーからケーキの箱を渡されて、中を見てキャアキャア言うた。

 うむ。

 買うて来た甲斐があるで。



「光史ー。飯ー。」


 二階に上がって部屋の前でノックしながら言うたが…


「……」


 返事無し。


「開けるで。」


 寝てるんか?思うてドア開けると…

 光史はヘッドフォンをして、筋トレ中。


「……」


 俺は無言で光史の耳からそれを取った。


「うおっ…なんだ。親父か。ビックリした。」


 光史は必要以上に驚いて、腹筋をやめて首にタオルをかけた。


「…もう明日の事やん。今晩筋トレ頑張ったかて、変わらへんって。」


「分かってるよ。でも、何か力になる事をしておきたいっつーか…」


「……」


「高原さんから聞いてるんだろ?明日のライヴの趣旨。」


「…ああ。」


 ざっくり言うと…まこのためのライヴやな…。

 それが俺としては…何でやねん思うが。


「ぶっちゃけ…うちのバンドは知花とまこで持ってるようなもんだからな…」


 光史は意外な事を言うた。


「ちゃうやん。おまえのドラムも陸と千寿のギターも、聖子のベースも、どれもえらい評価されてるやんか。」


「それは、外の評価だろ?俺が言ってるのは…中の事だよ。」


「…中の事?」


「本来はドラムの俺がリードして作ってくもんだけど…恐ろしく耳とリズム感のいいあの二人には、何やってもかなわねー。」


「……」


 俺は光史の隣にしゃがみこんだまま、その話を聞いた。


「親父も分かるだろ?歳とか性別とか関係ない。俺はあの二人を尊敬してやまないし、誇りにも思う。そして…離されるもんかっていつだって奮い立たされてる。」


「……」


「俺が高く評価されてるとしたら、あいつらのおかげなんだ。」


 俺は小さく溜息をついて立ち上がって。


「…ま、明日のためにも今は飯を食う事やな。」


 光史の頭をグリグリして言うた。


「シャワーしてく。」


「行水で頼むで。」


 光史の部屋を出て、階段を下りながら考える。


 光史は…あの件(わたるが産まれた日に俺が里中助けよって遅くなった件)があって以来、あんま俺に熱い所を見せる事はなかった。

 まあ、あのバンドの中でもクールなポジションにおる思うけど。

 そんな光史が、まこを尊敬して…離されんとこ思うとるとか…意外やった。


 確かに、まこの腕は確かや。

 耳もリズム感も、知花同様ズバ抜けてええ。

 世界のDeep Redのナオトを、あっちゅう間に超えたなとも思う。


 ただ…

 それとこれとはちゃうんやな…


 鍵盤奏者としては、認める。

 が。

 鈴亜の結婚相手として…俺は誰が相手やったとしても、こうやって駄々こねたんやろけど。

 まこやから…言うのもある。


 なんのこたあない…

 …嫉妬や。

 あいつの…才能に対する、嫉妬や。


 それは…

 俺が生まれて初めて、この歳になって…

 誰かに対して抱いたもんや。



 明日は…そのまこの才能を。

 俺が納得出来るレベルのもんを見せてくれたら…

 …そん時は…


 もう、認めるしかあらへんな。




 〇島沢真斗


「おはよ。まこちゃん、今日のライヴ頑張ってね!!」


「楽しみ過ぎて眠れなかったー!!」


「どの曲やるの?も~告知されてから毎日予習したわよ!!」


「七生ブランドの衣装らしいわね。それもすっごく楽しみ!!」


「あ…ど…どうも…」


 クリスマス。

 ライヴ当日。

 事務所に入ると、ロビーでいきなり囲まれた。


 一人は…佐伯さんだけど…

 他の人は誰か分からないー…


「お姉さま方、ライヴ前にうちのまこを食わないで下さいよー。」


 後ろから声がして振り向くと、陸ちゃんがニヤニヤしながら立ってた。


「まっ、食べてなんかないわよー。食べたいけど。」


「こいつ、見た目ほど美味くないと思うけど。」


「見た目だけで十分美味しいわあ♡」


「はいはい…」


「じゃ、頑張ってね♡まこちゃん♡」


「まこだけ…」


「あ、ついでに二階堂君も。」


「ついでにって。」


「ふふっ。みんな頑張ってー。」


 手を振りながら去って行くお姉さん達に。


「どーもー。」


 陸ちゃんも手を振り返した。

 僕は、そのやりとりを…ずっと無言で見てた。

 陸ちゃん…さすがだなあ。



「眠れたか?」


 陸ちゃんが、首を傾げて言う。


「…うーん…何となくって感じ?陸ちゃんは?」


「俺は飲み過ぎて桐生院で爆睡。神さんに蹴飛ばされて起きた。」


「ははっ。貴重な目覚めだね。」


「まあ、そう言われたらそうか。」


 陸ちゃんとエスカレーターに乗って、二階に上がると。


「…おう。」


 エレベーターの前に…朝霧さん。

 いつも避けられてるから、ちょっとバツが悪いけど…僕は思い切って朝霧さんの横に並んで。


「あの」


 決意を言おうとすると…


「今日は、見してもらうで。」


 遮られた。


「…え?」


「おまえの全て出しきれや。」


「……」


 朝霧さんは…いつも笑ってるイメージの人だけど…真顔。


 挑まれてる。

 そう思った僕は…


「はい。全力を尽くします。」


 朝霧さんの目を見て、答えた。


「…楽しみにしとるわ。」


 そう言ってエレベーターに乗った朝霧さんにお辞儀してると。


「…ひゃー…あんな朝霧さん、初めて見た…」


 エレベーターの扉が閉まったと同時に、陸ちゃんが言った。


「ごめん…こっち乗る勇気なかった…」


 僕がエレベーターを指差して言うと。


「俺にもない。こっち来るからいいさ。」


 陸ちゃんは三つあるエレベーターの真ん中を指差した。


 …今日僕は…邑さんだけじゃなく。

 朝霧さんにも…評価されるんだ。



 不思議と、さっきまでの緊張感が嘘みたいに消えた。


 今僕の中に湧いてるのは…

 …溢れんばかりの…


 ワクワク感だ。

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