第21話 「俺さー、ちょっと調べてみたんだけどさ。」

 〇高橋佐和子


「俺さー、ちょっと調べてみたんだけどさ。」


 なぜかあたしは…むら家に来ている。


 あの、ビートランドの前での邑さんvs天使or神 千里から、本当…なぜか。

 真珠美ますみちゃんなり邑さんなりに呼び出されて…


「いただきまーす。」


 晩御飯をご馳走になるという展開…



「何を調べたの。」


 晩御飯の後、真珠美ちゃん以外は同じ部屋という三兄弟の意外とむさくるしくない部屋で、あたしと真珠美ちゃんを含む五人はライヴに向けての対策を練っていた。


 対策…

 それは、ライヴ参戦が初の真珠美ちゃんの耳が心配だったから。

 耳栓とかティッシュ詰めるとか…



「俺ら、あのバンドの名前も聞いてないじゃん?」


「あ、本当だ。」


「それで、今日学校のパソコンで、『しまざわまこと、ピアノ』で検索してみたんだ。」


「何か出て来たか?」


 そこは密かに邑さんも気になるのか、三男将彦まさひこ君の言葉に耳を傾けた。


「島沢尚斗って人がヒットした。」


「島沢尚斗?」


「たぶん、父親だよ。写真見たらどことなく似てたから。」


「へえ…親子で鍵盤奏者って、サラブレッドな感じ。」


 あたしがそう言うと、邑さんは小さく舌打ちをした。


「一応プリントアウトして来た。」


 そう言って、将彦君は紙をカバンから取り出したけど。


「なんて書いてあったの?」


「字が多いから読んでねーや。」


「……」


 カッコばかりか!!この男!!


 あたしは将彦君の手から紙を奪うと、声に出して読み始めた。


「何々…?えーと…島沢尚斗…Deep Redのキーボーディストとして世界に名を馳せた人物。現在はDeep Redのギタリスト、朝霧あさぎり 真音まのんと共に…」


「…朝霧?」


 あたしと邑さん、同時に言ってしまった。


「あ…鈴亜りあのお父さんだ。へー…天使のお父さんと同じバンドなんだ。」


 つい『天使』のまま呼んでしまうと、将彦君が大袈裟に笑った。



「えーと、続き…朝霧真音と共にF'sに参加。元SAYSのドラマー浅香京介、元FACEの臼井和人、元TOYSのボーカリスト神 千里とギタリスト東 圭司という豪華メンバーで全米ツアーを遂行…」


「…神 千里?」


 今度は、邑さんと真珠美ちゃんとあたし、三人同時に顔を見合わせた。


「えー!!ちょ…ちょっと!!これ…これっ、F'sってすごいバンドじゃない!!」


 あたし、立ち上がって大声で言ってしまった!!

 だって、神 千里がボーカルで、TOYSのギターだった東 圭司って、アズでしょ!?

 それに、鈴亜んちのお父さんに天使のお父さん!?

 すごいよー!!

 あとの二人は知らないけど…


「自分、SAYS知ってます。もう解散したけど、三人のバンドで結構熱くて人気ありました。」


 初めて、次男の剛彦たけひこさんが発言した。


「へ…へえええええ…すごい…どうしよ…あたしF's買いに行こう…神 千里の歌がまた聴けるなんて…」


 あたしが立ったままウットリしてると…


「でも、ライヴはそいつらのライヴじゃねーもんな。」


 邑さんが低い声で言った。


「…まあそうだけど…でも、アメリカツアーしたって書いてあるしさ…そんなすごいバンドを組んでるお父さんの血が流れてる天使の腕前、楽しみだなー。」


 あたしが少し嫌味っぽく言うと、邑さんは明らかにムッとした。


 いいのいいの。

 あたしの忠告も聞かずに、いい男になりそびれたんだから。

 もう、全然カッコ良くもないし、怖くもないよ。



「それにしても、あんなに緊張感のないバンドのライヴを他言無用って…もしかして、下手過ぎるから見なかった事にしてくれって事だったりして…くくっ。」


 将彦君がニヤニヤしながらそう言うと。


「ほんっとな…めんどくせー。何がプレミアムだよ…だいたい、あんな猫パンチ女がいるバンド、発表会レベルじゃねーのか?」


 邑さんのその言葉には…あたしも何だか…頷くと言うか…

 知花さん、何の担当だったっけ…

 いつも聞こうと思って忘れちゃう。

 トライアングルとか、タンバリンとか…って、あの雰囲気からはそれぐらいしか思い浮かばない。


「あっ、でもね。もう一人女の人がいるんだけど、その人はすっっっっっっごくカッコいいの!!」


 あたしはもう一度座ると、両手を握りしめて前のめりになって言った。


「聖子さんって言うんだけど、もう、超美人!!たぶん身長170ぐらいあるよ。それに、黒くて艶々な髪の毛で、目もキリッとしてて…も~…ほんとカッコいいの!!」


「ふーん…て事は、六人?ボーカルとギターとベースとドラムとキーボードと…」


 将彦君が指折り数えて。


「…カスタネット?」


 たぶん、最後にそう言ったのは…知花さんの事だ。


「ぷぷーっ!!それ悪いよ!!」


 悪いって思いながらも、あたし大笑いしてしまった!!

 ごめんなさいー!!知花さん!!

 あたし…天使のバンドの人達にはお世話になったと言うのに…

 どうも最近、邑家と行動を共にしてるせいか…

 …邑家寄りな気がする。


「気になるなら、鈴亜に正解聞いてみようか?」


 あたしがそう言うと、みんなは。


「いや、予想して当日正解かどうか楽しもうぜ。」


「自分はボーカルはあの人だと…」


「あたしは…ハーフっぽい人…」


 って、誰が何担当か予想が始まった。


 その結果…


 天使がキーボード。←これは確実

 ギターが鈴亜のお兄さん。←お父さんもギタリストだしね

 ここは全員一致なんだけど、他が割れた。


 ボーカルが、ハーフか文豪か聖子さん。

 ベースが聖子さんか文豪。

 ドラムがハーフか文豪。


 意外と読めないのは、文豪よね…

 あの人も、知花さんに続いてバンドマン向きじゃない。


「文豪の担当は、朗読とか。」


 将彦君がそう言って、全員で笑う。

 あ~…あたし、すごく失礼だよー!!って思いながらも…笑いが止まらない。

 そして…


「知花さんは…結局蚊帳の外…」


「神 千里が『侮辱されて悔しい』っつってたけどな。」


 邑さんの言葉に…また少し無言になった後笑ってしまった。

 あーーー!!本当にごめんなさーい!!



 だけどあたし達は後日。

 この笑い者にした人達に…



 度胆を抜かれる事になる。




 〇桐生院知花


「誕生日おめでとー!!」


 ルームに入ってすぐ、クラッカーが鳴り響いた。

 あたしは毎年『もう驚かない』って言うクセに…毎年まるで初めて祝ってもらうかの如く驚いてしまう。


「あはは!!やっぱりビックリしてるー!!もうっ、愛しい奴~!!」


 そう言って大笑いする聖子に抱きしめられて。


「知花は飲むなよ?」


 陸ちゃんがビールをみんなに回して。


「って言うか、リハ前にみんな飲まないの!!」


 聖子に叱られてる。


 …そう。

 今日は…あたしの誕生日で、クリスマスイヴで…

 明日のシークレットライヴのリハ!!


 本番さながらのやつをやれ。って高原さんに言われて…実はちょっと緊張してる。

 あたし達…よく考えたら、ライヴ経験って向こう(アメリカ)でしかないし。

 PV収録で人前で歌う事はあっても、そのだいたいは撮影班の人達だし…


 うーん…


「みんなイヴだから予定あるよね。絶対一発で決めようね。」


 みんなで乾杯した後、まこちゃんがそう言って…ちょっとみんなで顔見合わせた。


「自分が予定があるからだろ?」


 陸ちゃんがそう言ってまこちゃんの頭を抱えると。


「あいたたっ…何言ってるんだよ~。陸ちゃんだって知花んちのパーティーじゃん?」


「あ。」


 陸ちゃんは忘れてたのか…まこちゃんの頭を抱えたまま、あたしを見た。


「わー…やべ。知花、悪い。今のは見なかった事にしてくれ。」


 確か、麗がすごく楽しみにしてたのに。

 陸ちゃんたら…


「千里に報告しちゃう。」


 あたしが目を細めて言うと。


「わー!!マジそれだけは勘弁してくれー!!」


 陸ちゃんはすごい勢いで土下座をした。


「あはははは!!何か一発芸でもしてよ!!」


 聖子が手を叩いて笑ってる。


「今夜の練習だと思ってさ。やっとけやっとけ。」


 センもそう言って陸ちゃんのお腹に何か書こうと、マジック持って服を捲ってる。


「大人にも子供にもウケるには、やっぱ腹芸だな。」


 …光史も加勢して、陸ちゃんはお腹に顔を描かれる寸前…


「ひー!!やめてくれっ!!腹芸なんてやんねーよ!!」


 …みんな…なんだかテンション高い…?

 …もしかして…


「…ねえ、みんな…緊張してるのかな?」


 あたしが首を傾げて問いかけると。


「……」


 ピタッと笑いが止まった。


 陸ちゃんが千里に誘われたパーティーを忘れたり。

 みんな、やけにテンションが高かったり。

 絶対…おかしいもんね…。



「ま…まままままあ、緊張しない方がおかおおおおかしいよな…」


 センがおおげさに震えて言って、手にしたマジックは陸ちゃんのお腹に波線を引いた。


「…冗談に聞こえないからやめろよ…」


 光史がセンの肩にもたれかかる。


 …そっか。

 みんな緊張してるんだ。



「…メディアに出ないって決めて…本当にそれで良かったのかなあ…って、ずっと思ってた。」


 あたしがそう言うと、みんなは静かにあたしを見た。


「確かに、生活はすごく安全って言うか…仕事の量もツアーがない分プライベートは充実してるし…」


 好きな事が出来て、プライベートも守られてて…

 申し分ないけど、あたしはずっと…


「でも、みんな本当は…」


 あたしが言いかけると。


「みんなで決めたんだぜ?」


 光史が遮った。


「知花の事をキッカケとして出したから、どうしても後ろめたいって思ってるのかもしれないけどさ…結果みんな助かってる事の方が多いんだ。俺は今のSHE'S-HE'Sに何の不満もないし、これからもこのスタンスを変える気はないと思ってる。」


「光史…」


「俺だって、メディアに出てたらあちこち引っ張りだこ過ぎて、育児に参加出来なくなるのは困る。」


 センが笑いながらそう言った。


「こういうスタンスだからこその俺達だぜ?なんで知花が責任なんて感じるんだよ。」


「そ。陸ちゃんの言う通り。あたし達、ここまで伸び伸び出来てるのは、知花が怖い目に遭ったおかげ…あ、ごめん。なんか、襲われてありがとうみたいになっちゃった。」


「おいおい聖子ー。」


「ごめーん。」


「……」


 泣きそうになった。

 みんな…本当に優しくて…思いやりがあって…

 あたし、なんて恵まれてるんだろう。


 一度は…千里と離れたくなくて、簡単に夢を捨てかけたぐらい…薄情なあたし。


 みんなとずっとやっていきたい。

 そう思う傍らで…あの過去が、時々あたしを苦しめる。

 みんなを裏切ろうとしたあたしが…

 みんなをメディアに出させなくしたあたしが…って。



「知花?せっかくの誕生日にその顔はないよ?」


 まこちゃんが隣で顔を覗き込んだ。


「…うん。そうだね。」


 あたしは、顔を上げて笑ってみせる。


 …そうだ。

 今日はあたしの誕生日で…

 大事な華月と聖の誕生日でもあって。

 みんなと迎えられる、幸せなクリスマスイヴでもあって…

 まこちゃんがどんなに偉大なキーボーディストかを知らしめる、大事なライヴの前日でもある。


 幸せな時は…幸せな事に負い目なんて感じなくていいんだ。


 うん。

 あたしは…とんでもない幸せ者で。

 あたしは…


 幸せでいても、いいんだ。




 〇神 千里


「知花ー!!おめでとー!!」


 玄関でのその声は、大部屋まで余裕で聞こえて来た。



 …去年は二人(義母さんと知花)とも出産という偉業で。

 しかも知花は難産だったため、おめでとうも何もなかった誕生日だったが…

 今年も、義母さんの娘大好きパワーは衰えてなかった。


 知花が帰るや否や、廊下を駆けてばーさんに叱られ、玄関で知花に抱きつくという。

 俺だってやりたい。と少しは思うが、そこは長年離れてた親子と言う事で…まあ…今年も義母さんにその座を譲った。

 だが、来年はどうするか分かんねー。


 そんな義母さんについて廊下を走り、やはりばーさんに叱られた華音かのん咲華さくかも、知花の足元に抱きついて大喜び。

 そして、そんな華音と咲華につられたきよしも、間に合いはしなかったが廊下にまで出て大はしゃぎ。

 知花は、四人(義母さん含む)を身体や足にまとわりつけながら、大部屋に入って来た。


 ただ…若干一歳にしてクールなのか物ぐさなのか分からないが、華月かづきだけは大部屋に残って、なぜか俺の顔を見ていた。


「…来るか?」


 目が合ったついでに両手を出すと、華月は無言で俺の膝に来た。

 聖はもう歩いてるが、華月はまだ歩かない。

 やたらとゴロゴロと横に転がったり、仰向けで誰かを見つめて抱き上げられるのを待っている。

 …誰に似たんだ?



「あとはー?いくちゃんと、うややちゃんと、なちゅ?」


 華音が親父さんの膝に座って問いかける。


「そうだな。もうすぐじゃないかな?」


 親父さんは…すこぶる機嫌が良さそうだ。



「何か料理運ぶ?」


 着替えて来た知花がキッチンに入ると。


「主役は座っててよ~。」


 義母さんが張り切って大皿を運び始めた。


「知花、華月見ててくれ。俺が運ぶ。」


 俺が立ち上がってそう言うと。


「あら♡素敵なお婿さん♡」


 義母さんが知花を冷かした。


「まあ、千里さん。座ってていいのに。」


 ばーさんにそう言われたが。


「料理は手伝えないんで、これぐらいは。」


 俺は料理や小皿、グラスを運ぶ。

 さすがに俺が動いてるのを見てバツが悪かったのか、ちかしも無言で手伝いに来た。


「デートはしないのか?」


 隣に並んだ誓に小声で問いかけると。


「昼間にケーキ食べに行って来た。」


 誓も小声で答えた。

 …確かにこの大イベントを外す勇気は、桐生院家の人間にはないかもしれないな。


 それから間もなくして、陸と麗と高原さんが三人一緒にやって来た。


「お招きありがとう。」


 高原さんがそう言って、高そうなワインをくれて。


「遅れてすいません。」


 陸は大きな花束を差し出して…


「わあ…すごい~。豪華…」


「きゃー!!いくちゃん、おはなしゅごーい!!」


 花の家のみんなに、大喜びされた。



 総勢13人で乾杯をした。

 まだ何が何だか分かってない華月と聖も、華音と咲華につられて楽しそうだった。

 美味い飯を食って、義母さんの作ったケーキにロウソクを立てて。


「さ、ふーするんだ。ふー。」


 華月と聖にそう言ってみるものの…

 結局は、その隣でウズウズしていた華音と咲華が火を吹き消して爆笑を買った。

 親父さんも、高原さんも…笑顔だった。

 …義母さんも。



 時間が解決する想いと、そうじゃない想いがあると思う。

 行き場を失った想いは…



 どこを彷徨うのだろうか…。

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