第19話 「……」

 〇島沢真斗


「……」


 僕は今…ダリアであの人を待ってる。


 …あの人。

 むら 慶彦よしひこさん。


 昨日、ライヴの事を電話で鈴亜に伝えると。


『えっ!?神さん本当に企画しちゃったの!?』


 まず、そこに驚いた。

 まあ…そうだよなあ。

 僕だってビックリした。

 まさか…僕が侮辱されたからって…

 メディアに出ない僕らのライヴが実現するなんて、思いもよらなかった。



『すごく楽しみだけど…緊張もするかも…』


「緊張?なんで?」


『だって…まこちゃんのライヴする所、初めて見るし…』


「失敗したらどうしようって?」


『う…』


「正直だなあ。」


 僕は小さく笑って言った。


「大丈夫だよ。失敗しないし、女っぽくもないから。」


『そっそんな心配してない。まこちゃんは…全然女っぽくなんかないもん。』


「…頑張るよ。」



 本当に。

 僕のために、色んな人が動いてくれるんだ。

 絶対成功させてみせる。




「…おう。」


 声が降って来て、顔を上げると邑さんがいた。


 昨日、鈴亜との電話を切った後…

 邑さんに電話した。

 真珠美ますみちゃんに聞いた番号が、こんな事にも使われるなんて…


 今日、どうしても会いたいって。

 ダリアで待ってるからって。



「わざわざすみませ…え?」


 立ち上がって挨拶をしようとすると、後ろに…


「…こんにちは…」


 真珠美ちゃんがいた。


「あ…こんにちは。」


 そして…その後ろから。


「初めまして。」


「あ…は…初めまして…」


 だ…誰!?


「あ、こいつはー…次男の剛彦。」


「は…はあ…」


「三男の将彦です。どーもっ。」


「…島沢真斗です…初めまして…」


 ど…

 どういうわけか…

 邑四兄弟…勢揃い…

 の上に…


「こんにちはー。」


「…佐和ちゃん?」


「ごめんなさい。ちょっと話が大きくなっちゃって。」


「…?」



 夕べ、僕が邑さんに電話をした頃。

 鈴亜は佐和ちゃんに電話をしたらしい。

 そして…

 邑さんは僕との電話を切った後、佐和ちゃんに電話して…


『明日あいつから呼び出されたけど行く気ねーから、おまえ行って断ってくれよ』


 って…


 だけど佐和ちゃんが。


『何言ってんの!?もしかしたらプレミアムライヴ観れるかもしれないんだから、行きましょうよー!!』


 って…

 どうも…邑さんは『プレミアム』という言葉に弱かったらしく…


『何!?それなら弟達も連れて行っていいか!?』


 って。

 誓約書の話も聞きつけていたのか…

 そんな経緯での、全員集合。

 でも、残念ながら…僕は邑さんの誓約書しか持ってない。


「…ちょっと、ヘルプを…」


 僕はお店のレジの近くにある公衆電話で、ルームに電話をかけた。

 …セン君か知花がいますように…


『もしもし。』


 知花!!


「あ、ごめん知花…何か用がある?忙しい?」


『ううん?もう帰る所。』


「じゃあさ、悪いけど…誓約書を4枚ダリアに持って来てもらえる?」


『4枚も?』


「うん…佐和ちゃんと…あの人の兄弟も来ちゃって…」


『えー、大丈夫?』


「うん、大丈夫。誓約書だけどうにか…いい?」


『分かった。じゃあ、今から出るね。』


「ありがとう。よろしく。」


 電話を切ってテーブルに戻ると…


「ふーん…俺の周りにはいないタイプだなあ。」


 ちょっとオシャレな三男坊君に…ジロジロ見られた。


「ピアニストとお聞きしましたが…」


 真面目そうな次男坊君にそう言われて。


「あ、ピアニスト…って言うか、まあ…キーボード弾いてます…」


 背筋を伸ばして答えると。


「バンドで言う、あまり使えない奴って感じだな。」


 邑さんが水を一気飲みして言った。


 …この寒い日に、水一気飲み…すごいな。

 なんて、ちょっとどうでもいい事の方に気が向いた。




「もう…邑さん、人の仕事をそういう風に言うの、カッコ悪いってば。」


 佐和ちゃんがそう言ってくれたけど、僕は全然気にもしてない。

 鍵盤の素晴らしさは、分かる人が分かればいい…けど。

 来週のライヴでは、僕は…全力でこの人の度胆を抜くつもりだ。



「コンサートとかライヴに行った経験はありますか?」


 誰にともなく聞いてみると。


「あ、自分は学祭でプロのバンドが来たのを見ました。」


 次男坊君がキッパリと言うと。


「俺は友達のライヴとか見に行ってるよ。」


 三男坊君が髪の毛をかきあげながら言って、邑さんは…


「ケンシロウの武道館コンサートは、ここ10年毎年欠かさず行ってる。」


 腕を組んで、自慢そうに言った。


 ケンシロウ…

 確か、男性ファンの多いソロシンガー。

 リーゼントにツナギといういでたちで、ギターをかきならして熱い楽曲を歌う人。

 なら爆音は大丈夫かな。


「真珠美ちゃんは?」


 佐和ちゃんが問いかけると、真珠美ちゃんはうつむいてた顔を上げて。


「…初めて。」


 小さな声で言った。


 …ちなみに…真珠美ちゃんのメガネは僕が壊してしまったメガネに戻ってて。

 前髪も下りてる。

 …嫌われちゃったかなあ。



「えー…説明させてもらいますね。」


 僕は一枚の誓約書を手に、話し始める。


「うちの事務所の会長から、12月25日にライヴをすると言い渡されました。でもそのライヴは完全シークレットライヴで…箝口令が敷かれてます。」


「カンコーレイ?」


 佐和ちゃんが首を傾げた。


「誰にも言っちゃいけないって事。」


「どうして言っちゃダメなの?」


「それはー…」


 その時…


「まこちゃん、誓約書持って来た…あ、佐和ちゃん、こんにちは。」


 知花が誓約書の入った封筒を持ってやって来た。


「あ、知花さん…こんにちは。」


 佐和ちゃんが立ち上がって、知花から封筒を取って僕に渡してくれた。


「ありがと。」


 すると、その後ろから…


「あれ、まこもいたんだ。」


 セン君が入って来た。


「あら?セン帰ったんじゃなかったの?」


「ロビーにいたら知花が面白い小走りしてたから、ついて来てみた。」


「面白い小走りって…もう!!」


 知花が赤くなって、セン君をポカポカと叩く。


「あはは。ごめんごめん。」


 …猫パンチをくらわされる竹林…って景色をイメージしちゃったよ…


「ああ、佐和ちゃんもいたんだ。あっ、これってもしかして…誓約書の集い?」


 セン君がそう言って、佐和ちゃんが苦笑いしてる。


 んー…

 知花とセン君って、冗談みたいに天然な所あるもんなあ。

 みんなは、僕と知花はバンドしてる風に見えないって言うけど…

 僕から見たら、セン君だってそうだよ。

 茶道の名家の人だからか…

 いくらSHE'S-HE'Sに入ってタバコやアルコールを覚えたとは言え、普段の立ち振る舞いはすごく丁寧と言うか物腰が柔らかいし…

 あれだけ口の悪い陸ちゃんと一緒にいるのに、言葉使いも悪くならない。

 知花とは、茶華道の話でよく盛り上がってるけど、二人のそういう会話が始まると、僕なんて正座して聞かなくちゃいけないかな?って気分になっちゃう。


 …こんなに生まれも育ちもいい二人が、ハードロックやってるなんて不思議だなあ。





「この人達も、バンドの人ですか?」


 次男坊君にそう聞かれて、僕は頷く。


「へえ~…バンドマンって言うより…」


 三男坊君は知花とセン君をジロジロ見て。


「赤毛のアンと、文学青年って感じ。」


 もう…見たまんまだよ…って言いたくなるような事を言った。

 二人はそれを誉め言葉として受け取ったようで、相変わらずの柔らかい笑顔を見せた。


 そうこうしてると…


「おう…あれ?まこ?」


 …陸ちゃんと光史君が入って来た。


「知花がセンに猫パンチしてるのが見えたから来てみたら……あー…なるほど…つーか…家族か?」


 陸ちゃんは笑いながら、セン君と知花に話しかけてたんだけど…

 僕らを見て、だんだん声が小さくなった。


「へー…勢揃い…と。」


 陸ちゃん…もしかして僕を侮辱した人『達』って思ってる?

 目が…ちょっと怖いよ…

 侮辱って言うか、認めてくれないのは一人だけなんだけど…


 昔そういう筋で頑張ってたらしい邑さんは、陸ちゃんの視線が気に入らなかったのか。


「…何だよ。ジロジロ見んなよ。」


 少し斜に構えて陸ちゃんに言った。

 だけど…


「…邑さん、あの人の隣…鈴亜のお兄さん…」


 佐和ちゃんが小声で光史君を目配せして。


「……」


 邑さんは一瞬息を飲んだ後、大きく息を吐いてテーブルにゆっくり頭を乗せた。



 誓約書は揃ったし…と思って、僕は説明を始める。


「…とにかく、シークレットライヴなので、カメラと録音機器の持ち込みは当然NGです。そして、このライヴの観客として会場にいた事自体、他言しないで下さい。」


 僕がそう言い切ると。


「えー、せっかく見に行くライヴの事話せないなら行かない方がマシじゃん。」


 三男坊君のブーイング。


「…確かにな。そんな事まで制約されるライヴなんて、楽しめない。」


 邑さんも、顔を上げて低い声で言った。


「自分は…興味あります。それほどのライヴとなれば…観る価値はありそうですから。」


 次男坊君がそう言うと…


「君は将来出世するよ。」


 陸ちゃんがそう言って、肩に手を掛けた。


「絶対見て損はない。」


 光史君がそう言うと、鈴亜のお兄さんだって聞いたからか…


「…なら、観ます。」


 邑さんが…誓約書を手にしてサインをした。



「それにしても、知花の猫パンチは通りの向こうから見ても腹筋を破壊したぜ?」


 みんながそれぞれサインしてる最中、その傍らで光史君がそう言って。


「ね…猫パンチって何よ。あたしは普通にセンに怒ってたのに…」


 知花が唇を尖らせると。


「何に怒ってたんだっけ。」


 怒られたはずのセン君がとぼけて。


「…あたしが面白い小走りしてたからついて来たって…」


 知花がますます唇を尖らせる。


「あー、確かに知花の小走りは面白い。」


 そこに光史君が参加して…


「普通に走ってるだけじゃないーっ!!」


 知花が赤くなって両手をグーにすると…


「おっ、出るか?猫パンチ。」


 三人が両手を開いて構えたもんだから…


「や…やんない…」


 知花は握りしめた両手を恥ずかしそうに胸の前に留めた。


 …ふふっ。

 ほんと、知花って三人も子供がいるように思えないなあ。


「…緊張感のないバンド…」


 三男坊君が呆れたような声でつぶやいて。

 その隣で、佐和ちゃんが『やれやれ』って風な顔をした。



 それから…

 呆気ないほどあっさりサインをした邑兄弟は。


「あはは。みんないい夢見られるぞー。」


 陸ちゃんにそう言われながら見送られて帰って行った。



「…ところで、聖子は?」


 僕が誰にともなく問いかけると。


「あ。どうしよ。置いて帰っちゃった…」


 知花が丸い目をしてそう言って。


「…あそこ…」


 セン君が指差したダリアの外を振り返ると…そこには恨めしそうな顔をした聖子がこっちを見てて。


「…こえーよ…聖子。」


 みんなで目を細めた。

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