第18話 「ただい…」

 〇二階堂 陸


「ただい…」


 センと二人でギターマガジンの取材を終えて帰ると、麗はテーブルに突っ伏して寝てた。

 ついたままのテレビからは、ノン君とサクちゃん…そして、桐生院家の様子…


 …麗は俺には寂しいとは言わない。

 だが、寂しいんだろうなとは思う。

 分かってる。

 俺も、もっと早く帰ろうとすれば帰れる。

 でも…麗にも慣れてもらわなきゃ困る。

 俺の仕事は、ギターを弾くだけじゃない。

 急な打ち合わせや取材が入る事も多々ある。



「…麗、風邪ひくぞ。」


 頭を撫でてそう言うと。


「ん……あっ…おかえりなさい…」


 麗は驚いたように起きて、ついたままのテレビに気付いて慌ててそれを消した。


「どうして消すんだよ。ついてていいのに。」


「…ごめんなさい…」


「なんで謝んだよ。」


「……」


 結婚して七ヶ月。

 麗は…笑顔が減った。


 二階堂の本家に子守のバイトに行く事もあるが…

 織から『麗ちゃん、元気がないけどどうしたの?』と連絡が入る。

 寂しいんだろうなと思って、桐生院に行く事を勧めると、喜んでいくわりに…帰ると溜息ばかり。


 …分かってはいたけど、難しい女だぜ…

 ったく。



「クリスマスにライヴする事になった。」


 荷物を置いてそう言うと。


「え…クリスマスに…?」


 麗は少し困った顔をした。


「あー…安心しろ。25日だから。」


 24日は…桐生院家では大イベントがある。

 知花と華月ちゃんと聖君の誕生日会。

 高原さんも分かってたから、25日にしたんだと思うしな。


「来るだろ?」


 当然来ると思って問いかけると。


「…行かない。」


 麗は暗い声で答えた。


「なんで。」


「…賑やかな所に行ったら、帰るのが寂しくなるから。」


「……」


 俺は麗の後に回り込むと、麗を抱えるようにして座って。


「他には?何か溜め込んでる事があんだろ?喋れよ。」


 耳元でそう言った。


「べ…別に…何も…」


「嘘つけ。おまえ、最近全然笑わねーよな。つまんなさそーな顔してさ。」


「…悪かったわね。暗い女で。」


「だーかーらー。そんな事言ってんじゃなくて。」


 麗の腰を持ち上げて、無理矢理向かい合わせる。


「何か不満があんだろ?言えよ。」


 両手で頬を包んで問いかけると、麗は困ったような恥ずかしそうな顔をして…


「…あたし…」


 うつむいた。


「あたし?」


「…赤ちゃんが欲しくて…」


「……」


「なのに…なかなか出来ないから…だから…どっちの本家に行くのも…辛くて…」


「……」


「…その…瑠歌さんとか世貴子さんに会うと…嫉妬しちゃって…」


「……」


「…醜いなあ…って…」


「……」


 ギュッ。


「り…陸さん…?」


 力いっぱい、麗を抱きしめた。

 何だよ…

 そんなの、もっと早く俺に言えよ。


 俺は…結婚したら自然とその内出来るもんだ…なんて、すげー気楽に構えてたから…


「悪かった。俺もその気になって、ちゃんとする。」


 麗の目を見てそう言うと、麗は真っ赤になって。


「ちゃ…ちゃんとするって…」


 しどろもどろに言った。


「タバコもビールも控えて、少しだけ健康体になって挑む。」


「…少しだけって…何よ…もう…」


 麗は俺の肩に頭を乗せて。


「…ごめん…陸さん…」


 また、謝った。


「だから、なんで謝んだよ。もっとイチャついてくれって素直に言えば良かったのに。」


「…バカ。」


「だから、ライヴ来るよな?」


「…どうしよ…」


「カッコいいとこ見せてやるから。」


「…ほんと?」


「ああ。もー、イチャつきたくて仕方なくなるぜ?」


「ふふっ…じゃ、行こうかな…」


 ほんっと…

 めんどくさい女。


 だけど…


「…陸さん。」


「ん?」


「ありがと…」



 可愛いんだよな。



 麗を、笑顔にしてやりたい。

 …よし。

 頑張るぞ。

 ライヴも…

 子作りも!!




 〇浅香聖子


「ライヴするんだってな。」


 ルームを出た所で、京介に鉢合わせた。

 って言うか…


「何。待ち伏せ?」


 あたしが目を細めて言うと。


「…まだ怒ってんのかよ…」


 京介は壁にもたれ掛ってた身体を真っ直ぐにして。


「…悪かったよ。」


 首を傾げて言った。


「心がこもってない。」


「……」


 あたしの言葉に、京介は少し拗ねたような唇をしたけど…

 あたしの前まで来て。


「…ごめん。」


 頭を下げた。



 あたしと京介は…とにかくよくケンカをする。

 なんでこんな事で?って言うぐらいの事で。

 自分でも…出来ればケンカなんてしたくないんだけど…


 今回のケンカは…子作りについての事だった。


 京介が。


「バンドなんか後回しで考えろよ。」


 そう言ったのが許せなくて。


「バンドなんか!?バンドなんかって何!?じゃあ、あんたが代わりにバンド休んで産んでよ!!」


 …つまんないよね。

 上手くやり過ごせばいいのに。


 夫婦になったと言うのに、あたしは未だに京介を掴みきれてない。

 京介を一番よく分かってると思われるのは…

 東 圭司。

 F'sのメンバーで…だけどすごく変わり者。

 以前はあたしにしつこく言い寄ってたけど、イトコの瞳さんと結婚した。

 なぜかあの人だけは…


『あれっ、京介今日機嫌いいねー。』


『何か悲しい事でもあったのー?』


『お腹すいてるんでしょー。』


 ……なんで分かるの!?

 あたしでも分かんないのに!!


 結成して二年以上経つのに、京介は今も東さん以外のF'sのメンバーに人見知りしてる。

 神さんだって同じ歳なのに、二人きりになると呼吸が止まるなんて言うし。

 …どれだけよ。



 で。

 なんで…そんな掴みきれてない男と結婚なんてしたの。

 って…

 みんな思うよね。

 …うん。

 あたしも…思う。


 だからなのかな…

 いまいち、子供って言われても…踏ん切りがつかない。



「もうあがりか?」


「…うん。」


「…飲みに行くか?」


「…うん。」


「ん。」


 手を差し出される。

 超人見知りで、ヤキモチ妬きで、恥ずかしがり屋で、短気で、なのに涙もろい京介。


「……」


 差し出された手を握り返す事なく、歩き始める。



「…ねえ。」


「…ん。」


「あたしのどこがいいの?」


 京介の前を歩きながら、問いかける。


「……」


「あたし達、ケンカばっかり。」


「……」


「ほんとはケンカなんてしたくないのに…」


 小さく溜息をつくと、後ろから…


「えっ…」


 京介が、あたしを抱きしめた。


「うっ…嘘でしょ!!人がいるってば!!」


「知ってる。」


「やっ…やめてよ!!」


「やめねー。」


「も…」


 あたしは暴れるのをやめて、大きく溜息をついた。

 周りからはニヤニヤして見られたけど、軽く睨むとそれは散らばった。


「…ごめん。」


 耳元で、京介の声。


「…ごめんって思うなら、これやめて。」


「子供…いなくてもいいから。」


「……」


「ちょっと…周りがみんな続いてるからさ…羨ましかったっつーか…でも俺、おまえのベース好きだから。」


「……」


 京介は…一人っ子。

 そして…ご両親は、もう他界されてる。

 面倒を見てくれてた祖父母も、京介が18の時に亡くなって…

 それからは…

 天涯孤独。


 何の不自由もなく贅沢な暮らしをさせてもらって来たあたしは、京介とは価値観も全然違う。

 きっと…色々無理もしてくれてるんだよね…

 なのにあたし、怒ってばっか…



「…その話は今度にして…とりあえず、佐助に行こっか。」


 あたしが京介の腕を持って言うと、やっと抱きしめてる腕を離してくれた。


「…あたしも、ごめん。」


「……」


 京介の手を取って歩き始めると、下を向いたまま…あきらかに嬉しそうな京介。


 ああ…

 京介にこんな顔させられるの、きっとあたししかいないよ。

 …もっと、歩み寄らなきゃ。


「次のオフ、どこか行こうよ。」


「珍しいな。」


「温泉行きたい。」


「帰りに隣の湯に行くか?」


「そんなとこヤダ。」



 ごめん、京介。

 もう少し…待って。

 もう少し…


 あたしの気持ちが…


 ちゃんと、あんたに…落ち着くまで。





 〇桐生院知花


「ライヴ?」


「うん。クリスマスに。」


 あたしがカレンダーを見ると、みんなも一斉にカレンダーを見た。


「まあ、それじゃあ忙しいんじゃないのかい?」


 おばあちゃまが口元に手を当てて言ったけど…


「あっ、大丈夫。お誕生日会はちゃんとするよー?」


 おばあちゃまの足元で、心配そうに見てた華音と咲華に言うと。


「おたんようびかい!!しゅるよー!!」


 二人はバンザイをして飛び跳ねた。



 12月24日は、あたしと華月と聖の誕生日。

 クリスマスイヴって事もあって…桐生院家は全員が大張り切り。

 去年は出産で病院にいたから何もなかったけど…

 一昨年は母さんがうちに来て、初めてのあたしの誕生日会で…

 …高原さんも来て…

 だから、来週の誕生日会にも…きっと、父さんは高原さんも呼んでるはず。



「かーしゃん、おうたうたうの?」


『ライヴ』って言葉に反応したのか、咲華があたしのスカートを持ったまま言った。


「そう。母さん、お歌、歌うの。」


 しゃがんで咲華の目線になって言うと。


「しゃく、かーしゃんの、おうたしゅきー。」


 そう言って、咲華は…


「……」


 そばにいた千里が、開いてた新聞を置いて振り返った。

 咲華が…たどたどしくではあるけど、SHE'S-HE'Sの英語の歌詞を…歌ってる。


「咲華…上手。母さんビックリ。」


 あたしが驚いた顔で言うと。


「ろんもうたえゆよー。」


 そう言って…華音も同じように歌い始めた。


「…どうしよう…感動なんだけど…」


 あたしが千里を見て言うと。


「…父さんの歌は歌わないのか?」


 千里は新聞をたたんで、這うようにして二人の前まで来た。


「うたえゆよ!!」


「おお…歌ってみてくれ。」


 すると、二人は…


「ぷっ…」


「ぷはっ…」


 キッチンにいた母さんと、テレビの前にいた誓が吹き出した。

 千里にリクエストされた華音と咲華は、すごく…だみ声…のつもりなのか、顎を引いて頑張って頑張って、自身の一番低い声…


「も…ものまね?二人とも…上手よ~…」


 あたしが二人を抱きしめて言うと。

 千里は床に突っ伏して。


「…俺の歌って、こいつらに評価低っ…」


 うなだれた。


 あたしも千里もハードロックだから…家でCDを流す事はほとんどないんだけど。

 たまに母さんが洗濯物を干しながら流してたり、二人を事務所に連れて行ってる時に流れてるのを聴いて『知ってるー!!』って騒いだり…

 二人とも、耳も記憶力もいいんだなあ…って。

 二人の能力を我が子とは思えない能力だと思った。


 …残念ながら、絵心はないんだけど…



「知花。」


 床に突っ伏したままの千里の背中に、咲華と華音が乗る。


「ん?」


「ライヴ、楽しみだな。」


「……」


 そう言ってくれてる顔が見たくて、横に回ると。


「…あいててて…華音、もう少し右に…あ、そこそこ…」


 千里は、子供達に踏まれて痛いけど気持ち良さそうな顔してた。



 SHE'S-HE'Sがメディアに出ないキッカケは…あたしが襲われた事があったから。

 …今回のライヴは、まこちゃんのために推してくれた企画だけど…

 千里、きっと…みんなの気持ちも考えてくれたんだよね?



「ここも?」


 子供達につられて千里の腰の上に座ると。


「…仰向けになってから乗ってくれ。」


 千里は、ニヤニヤしながらそう言った。


 ……バカっ!!

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