第3話 『ごめん、まこちゃん。テスト前だから、友達と勉強することになっちゃって…』

 〇島沢真斗


『ごめん、まこちゃん。テスト前だから、友達と勉強することになっちゃって…』


『ごめんなさい!!友達とコンサートに行くことになっちゃって…』


『ごめん…クラスで日帰り旅行があって…』



 僕は自分の部屋に、決まった時間に居る事が多い。

 だから、鈴亜が電話してくる時間も、いつも同じ。

 僕は、毎日…子機を持ってうなだれた。


 最近…て言うか、鈴亜の誕生日からこっち。

 鈴亜は、ずっと僕を避けてる…気がする。


 結局、鈴亜は僕の誕生日も忘れたまま。

 それどころか…


「進学?」


「あれ?おまえ知らなかったのか?」


「…うん。」


「俺はてっきり、まこと話し合ってそうしたのかと思ってたけど。」


「……」


 光史君から、聞いた。

 鈴亜は…桜花の短大に進学する…って。



「まこ、今の内に昼飯行こうぜ。」


「あ、うん。」


 セン君と陸ちゃんに誘われて、社食じゃなくて…外に出た。


「聖子の特集読んだか?あいつ、めちゃくちゃ専門的な事ばっか喋ってるよな。」


「あはは。読んだ読んだ。玄人向きだよ。注釈ばっかついてた。」


「あっ、そうか…僕はかなり興味深く読んだけど、そうだよね。」


 三人で、一昨日発売されたベースマガジンの、聖子の特集記事の話題で盛り上がった。


 うちのバンドは、顔も名前も出してないから…

 聖子は『Ba-S』って表記される。

 でも、ベースを弾いてる手元の写真は載ったりするから、女の子だっていうのはバレてるだろうなあ。



 通りを渡って、少し歩いた所にあるうどん屋に入った。

 ここは、安くて美味しいけど、ちょっと古いお店だからなのか…お客さんは男ばかり。

 そして、それは…


 陸ちゃんが漫画を選びに席を立って。

 セン君がトイレに行ってる間の出来事だった。



「なあ、あの女とデキてんのか?」


「あの女って?」


「変わった名前の桜花の女。」


「ああ…鈴亜か。」


「……」


 その名前が聞こえた途端。

 僕は背筋が伸びた。

 さりげなく、その声がした方を見ると…どう見ても、僕とはタイプの違う…男が二人。


「もう一押しってとこかな。」


「なんだ。まだ食ってねーんだ?」


「そんな言い方すんなよ。俺、結構マジだぜ?」


「えっ。おまえが~?」


「俺だって本気になる事ぐらいあるさ。」


「ま…確かに、あれはレベル高いよな。」


「ああ…笑顔なんてたまんないぜ…」


「……」


 この…会話からして…

 鈴亜は、この男達と…会ってる。

 あと一押しって事は…本当に…あと一押しってぐらいの関係って事で…


「それにしても、週五ぐらいで会ってないか?」


「ああ…それぐらい会ってるかもな。」


「それって、もうデキてるって感じじゃね?」


「まあまあ…あいつとはゆっくり育てたいんだよ。」


むらの口から出た言葉とは思えね~。」


 邑…


 それから後の事は…よく覚えてない。

 男達がヘルメットを手にして出て行って。

 セン君と陸ちゃんが何か楽しそうに話してたのを、相槌打ってはいたけど…

 何も…

 耳には入ってなかった…。



 〇朝霧光史


「今日のまこちゃん、鬼気迫るものがあったと思わない?」


 帰り道。

 聖子にそう言われて、今日のリハを思い出す。

 確かに…昼飯を食って帰って来てから…まこの様子がおかしかった。

 いつもニコニコしてるのに、今日は沈んだ顔で鍵盤をジッと見つめてた。



 最近…鈴亜は少し派手になった。

 どう見ても…友達か男が変わったと思わされる雰囲気だ。

 誕生日も、まことデートで指輪でももらって帰って来ると思ってたのに。

 大勢でパーティーをしてもらうから遅くなる。と、両親に許可をもらってた。


 その翌日、まこがデートに誘ったと聞いて…一役買う事にした。


「俺と出かける事にするから、遅くなっていいぞ。」


 そう言うと、まこは俺に抱きついて。


「光史君!!ありがとう!!」


 珍しく…テンションの高い声で言った。



 なのに。

 あれから、まこが暗い。

 鈴亜は、派手になった。

 何がキッカケでそうなったのか知らないが…

 …鈴亜、何やらかしてんだ…?


 まこの誕生日も…鈴亜は友達と長電話してたようだし…



「…なあ、聖子。」


「ん?」


「近い内に、みんなで飲み会しないか?」


 俺の発言に、聖子は見る見る笑顔になって。


「光史がそんな事言うなんて、珍しい~!!絶対だからね!?」


 俺の腕を掴んで、念を押した。



 聞いた所で、正直に話さないだろうから。

 とことん酔わせて…吐かせるしかない。

 まこの奴、ああ見えて意外と酒が強い。

 こうなりゃ、メンバー全員で潰すしかないな。



「知花と光史は何かメンタルやられてるとプレイに響くけど、まこちゃんはグンと集中するのかなあ?迫力が増すよね。」


 聖子の何気ない言葉をグサグサと胸に刺しながら、酷く納得。

 確かに…俺と知花は落ち込むと、かなりプレイに影響が出る。

 まあ…センと陸も少なからずともそんな所はあるが…

 聖子とまこに関しては、それがない。

 反対に、聖子の言う通り…鬼気迫るものがある。


「…まこだけじゃねーよ。おまえも相当だぜ?」


「えっ?そう?」


「ああ。浅香さんとケンカしてる時なんてさ、本当は泣きそうなのに、冷静っつーか…」


 俺の言葉に、聖子は『えへへ』と小さく笑った。


「それはそれ、なんだよね。ベース弾いてたら、嫌な事忘れられるし。」


 そう言われると、俺はまだまだだな…なんて思わされた。

 でも、以前は仕事として叩いてたドラムも…今は普通に楽しく思える。

 みんなと…SHE'S-HE'Sでプレイできる幸せを、ここ最近はさらに強く感じるようになった。



「俺ら、ずっと一緒にやってこうぜ。」


「えー?どうしたの今日。」


「何となく。」


 聖子には…こんな事も、惜しみなく言える。

 物心ついた時から、ずっと一緒に居るからかな…。


「あたしには、とっておきの愛の言葉に聞こえるけど、そういうのって、ちゃんと瑠歌ちゃんにも言ってあげなさいよ?」


 聖子がそう言って、俺の背中を叩いた。


「そうだな。帰ったらイチャついて存分に言おう。」


「うわっ。ごちそーさま。」


 …さ。

 帰って鈴亜の様子も見て…

 飲み会のプランでも立てるかな。




 〇島沢真斗


 うどん屋で見かけた…鈴亜を好きだと言う『邑』という男。

 僕は、数日…暇な時間を見付けては、事務所の近くをウロウロした。

 と言うのも…

 通りの向こう。

 バイクショップがある。

 あの人達、うどん屋でヘルメット持ってたし…

 もしかしたら…そこに、居るのかも…って。


 僕がしてる事は…男らしくないのかもしれない。

 鈴亜が彼を選ぶとしたら…きっと、男らしい所を好きになったんだって思う。

 僕はバイクには乗らないし…

 彼みたいに、日に焼けたワイルドな風貌でもない。

 もしかしたら、鈴亜は…

 ピアノを弾くような男より、そういう…風を切って走るような男の方が好きだったのかもしれない…


 溜息交じりにバイクショップを眺めてると…


「……」


 来た。

 彼だ。


 僕はさりげなく通りを渡って…バイクショップの前にあるバス停で、時刻表を見るフリをした。



「よお、邑。最近一人だな。」


 ショップの店員がそう声をかけると。


「ああ…女関係は全部きれいにした。」


 邑って男は…ハツラツと、そう言った。


「え?おまえが?」


「ああ。今、本気になりそうな女がいるんだ。」


「マジかよ…」


「バイクの事、知らないなりに覚えようとしてくれるしな…可愛いんだ。」


「へえ~…おまえが本気ねえ…」


 …この会話からだと…

 今までは遊んでたけど、今回は本気…って事だ。

 うん…確かに鈴亜は…一生懸命な所があって…すごく可愛いよ。

 そりゃあ…本気になるよ。

 どんな遊び人だって。



「おまえぐらいの男なら、すぐに落とせるだろうに。」


「あー…キスはすぐだったけど、そこから先がなあ…」


「あはは。邑が手こずるなんて、よっぽどだ!!」



 ………キスは…すぐだった…


 その言葉に、眩暈がした。

 キス…したんだ…

 鈴亜…僕以外の男と…

 キス…



 その日は鈴亜と会う事になってたけど…

 すごく、気分が沈んで。

 こんな事なら、何も知らないままが良かったよ…って後悔した。

 だけど…

 そんな顔をしてるのは、僕だけじゃなかった。



「…考えごと?」


 会ったのはいいけど…鈴亜が全然喋らない。

 やっとの思いで、言葉を口にすると…


「別に。」


 鈴亜は…そっけない答え。

 …もう、気持ちは離れてるのかもしれないな…


「最近、忙しそうだね。」


 静かな口調でそう言うと。


「まあね。」


 鈴亜は髪の毛を指でもてあそびながら言った。


「結局、桜花の短大に進むんだって?」


 いつまで経っても打ち明けてくれないから…思い切って進路の事を話すと。


「…誰に聞いたの?」


 鈴亜は、少し不機嫌そうな声。


「光史君。」


「お兄ちゃんに、言ったの?」


「何。」


「あたしたちのこと。」


「ああ…言ったっていうか、ばれてた。」


「……」


 何だろう。

 鈴亜はみるみる不機嫌極まりない顔になって。


「鈴亜?」


 僕が肩に手を掛けて問いかけると。


「ごめん…何だか気分が悪い…」


 うつむいて、そう言った。



 …そっか。

 鈴亜、光史君に知られるのも嫌だったんだ。

 それぐらい…僕からは気持ちが離れてるんだ…。


「…送ってく。」


 もう、そう言うしかなくて。

 僕は、沈んだ気持ちのまま…鈴亜を車に乗せた。

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