第2話 ともあれ…

 〇島沢真斗


 ともあれ…


「おまえ、いくら言いにくいっつっても、朝霧は一番近くにいる身内だろ?ちゃんと打ち明けとけよ。」


 っていう、神さんの助言で。

 僕は光史君に打ち明ける事にした。



「…光史君。」


 まだ、光史君と僕以外来てないルーム。

 僕は、恐る恐る光史君に話しかける。


「あ?」


 光史君はシンバルを磨いてて、さりげなく上げた顔は…

 見慣れてるとは言え、やっぱカッコいいなあって思った。

 毎日光史君を見てる鈴亜は、僕なんかでいいのかな?



「えーと…実は…」


「何だ。」


「…あの、僕…」


「うん。」


「……」


「早く言え。」


 温厚な光史君の言葉に、トゲが有り過ぎる!!

 しかもイライラしてる!!

 これって…


「…もしかして、知ってる?」


 僕の問いかけに、光史君はシンバルを拭く手を止めて。


「何を。」


 僕を直視した。


 …う…この様子…

 やっぱり…


「…知ってるんだね。言えなくてごめんなさい…」


 うなだれながらそう言うと。


「ったく…コソコソコソコソ…」


 光史君はまたシンバルを拭き始めた。


「で?おまえ、鈴亜と結婚する気とかあるのか?」


 光史君の言葉に、少し食いしばって目を見開いてしまった。

 だって…今打ち明けたのに、いきなり!?


「あ…う…うん。僕は…あるけど…」


「あいつも結婚願望に火着いてるから、今ならスムーズに話進むんじゃないかな。」


「え?」


 確かに…

 光史君の結婚式の時。

 鈴亜は、『結婚って…憧れる』って。

 僕の腕の中で…言ったんだ。


 あの時の鈴亜…格別に可愛かったな…



「誕生日、期待してるんじゃねーかな。」


 若干言い方はぶっきらぼうだけど…

 光史君、アドバイスくれてる…?


「そっかな…でも、まだ高校生だし…」


 一応遠慮してそう言ってみると。


「でも、俺の式の時に早く結婚したいって言ってたぜ?」


 光史君は、シンバルに目を落としたまま…気になる事を言った。


「憧れる…とは言ってたけど…」


「もー、大声で言ってたぜ?早く結婚したい‼︎って。」


「…本当?」


「ああ。あと、瑠歌に衣装選びは何枚着れるのかとか、着替える時って何人部屋にいるのかとか。色々聞いてたみたいだし。」


 ゴクン。


 つい、生唾飲んでしまった。

 それって…

 僕以上に…具体的な事に興味持ってるよね。



「…ちょっと勇気出してみよっかな…」


「まこが義弟か…ま、全然知らない嫌な奴が弟になるより、断然いいけどな。」


「よ…よろしくお願いします…」


「泣かせるなよ?」


「最大限の努力は…」



 光史君の、少し冷ややかではあるけど…後押しもあって。

 僕は、鈴亜の誕生日にプロポーズを…するはずだったんだけど。


『学校の友達がね、パーティーしてくれるって…高校最後の誕生日だし、いい?』


 誕生日前夜。

 鈴亜は、そう電話をして来て、少しだけ僕をガッカリさせた。



 * * *


 友達とパーティーなんて、当然だ。

 ガッカリする僕の器が小さすぎる。

 必死でそう言い聞かせて、改めて…翌日のデートに挑んだ。


 …けど。


「…具合でも悪い?」


 鈴亜の顔を覗き込む。

 今日はずっと、うわの空だ。


「えっ?うっううん。全然。」


 そう言った鈴亜の笑顔は…いつも通り可愛くて。

 僕は、ドキドキしながら…プレゼントを手に確かめた。


 うわの空だと思ってたけど…

 もしかしたら、鈴亜は僕のプロポーズを薄々気付いてて…緊張してるのかな?



「18歳、おめでとう。」


 一歩距離を縮めて言うと。


「ありがとう。」


 鈴亜は、いつもの笑顔で答えてくれた。



 今日は、光史君の助けもあって…夜のデート。

 だけど、20時には送って行かなきゃ…

 いきなり光史君に迷惑かけられないし…



「鈴亜、進路、どうなった?」


 結婚願望が本当なら…進路、決めてないかもって光史君に言われた。

 このあいだからよく聞くから、しつこいって思われるかも…なんて思いながら、僕は鈴亜に問いかけた。


「まだ決めてないよ?」


 よし!!

 僕はポケットから指輪のケースを取り出して。


「これ、プレゼント。」


 神さんのお兄さんのお店で、悩みに悩んで買った…ダイアモンド。

 鈴亜の目の前で、ケースを開いた。


「…まこちゃん…」


 鈴亜は驚いた顔。


「結婚しよう。」


「……」


「…鈴亜?」


 喜んでくれるはず。

 そう思ってた僕の気持ちとは裏腹に…鈴亜は茫然としてる感じ…


「あ…あの…」


「?」


「まだ…早くない?」


 …あれ?


「…鈴亜、早く結婚したいって言ってただろ?」


「そ…そうだけど…その…」


「…イヤ?」


「イヤじゃない。そうじゃなくて…その…」


「何。」


「ほら、まだ若いんだし、そんなに早く青春を終えることもないかな、なんて。」


「……」


 一瞬、目の前が真っ暗になって、頭の中が真っ白になった…って言うより。

 僕自身が、透明になった気がした。


 青春を終えることもないかな…か。

 僕と結婚する事は、青春を終える事…

 そっか…

 いつの間にか、鈴亜の中では、結婚ってそういう事になってたんだ。



「ごめんね…せっかく、言ってくれたのに…」


「…いいんだ。」


 手にした指輪が空しく思えた。

 …そりゃそうか…

 僕が高校三年の時、結婚願望なんてなかったもんね。

 鈴亜だって、光史君の結婚を目の当たりにして…ちょっと火が着いただけだったのかも。



「じゃ、これは保留。」


 指輪をケースにおさめて、ポケットに入れた。

 自分の考えのあさはかさに、泣きたくなったけど…



 本当に泣きたくなるような出来事は、この後…立て続けに起きるんだ。



 * * *



「まこちゃん、誕生日おめでと~!!」


 ルームに入ると同時に、クラッカーが鳴り響いて。

 僕は目を丸くしてルームを見渡した。


「あ…そっか…」


 今日、僕…誕生日か。


 誕生日…だけど。

 鈴亜からは、今週は忙しいって言われた。


「あれっ?もう嬉しくない?」


 聖子に顔を覗き込まれて。


「え?ううん。そんな事ないよー。嬉しい。ありがと。」


 慌てて…笑顔になる。


 ああ、ダメだ。

 自分の気持ちに振り回されて、僕自身がダメになるなんて…ダメだよ。


 いつも思うけど、SHE'S-HE'Sのみんなは温かい。

 今年も、みんなからプレゼントをもらって、スタジオに入る前にケーキを食べた。

 今日は夕方、僕だけキーボードマガジンの取材があるから、一人だけ居残り。

 陸ちゃんからは、飲みに行こうって誘われたけど…

 何も知らない光史君が…


「誕生日に野郎が誘ってどーすんだよ。」


 って…。

 気を利かせてくれたんだよね…?

 でもごめん、光史君。

 今日僕は…鈴亜とは約束してないんだよ…って、言えなかった…。


 取材の前に、少し気分転換がしたくて。

 少しだけ外を歩いて来ようかな…ってロビーに降りると…


「島沢君。」


「え?」


 僕の事を『島沢君』って呼ぶ人は…あまりいない。

 誰?と思って振り返ると。


「映像班の、佐伯です。」


 見覚えのない…女の人。


「はあ…何か?」


 キョトンとしたまま問いかけると。


「今日、お誕生日でしょ?」


「え?」


「おめでとう。これ、ほんの気持ち。」


「…え?」


「じゃ。」


「……」


 ほんの気持ち。と言って手渡されたのは…空色の紙袋。

 ちょっとビックリして…その場に立ちすくんでると。


「まこちゃん。」


 今度は、インフォメーションの女の人に声をかけられた。


「あ…はい。」


「今日、誕生日よね?おめでと。」


「え?あ…ありがとうございます。」


「ふふっ。いつも可愛い。これ、良かったら食べてね。」


「え?」


 そう言って、その人は僕にピンク色の小さな紙袋を手渡した。


「あ…あ、どうも…」


「じゃあね。」


「……」


 どうしたんだろ…

 今までプレゼントなんて、もらった事ないのに…


「あ、まこちゃーん。」


 どこからか知花の声がして、キョロキョロしてると。


「良かった。会えなかったら困る所だった。」


 そう言いながら、知花が医務室の方から走って来た。


「医務室にいたの?具合でも悪い?」


 知花の顔色を見て言うと。


「ううん。呼び出されてたの。」


「え?誰に?」


「広報のお姉さん達。」


「…広報のお姉さん達?」


「はい、これ。」


 そう言って、知花が僕に差し出したのは…


「誕生日おめでとうって。」


 色んな箱が入った紙袋…


「…僕に?」


「うん…って、今ももらってたの?まこちゃん、モテモテじゃない。」


 知花は僕が手にした紙袋を見て言った。


「悪いけど…好きな子以外からもらっても…」


 ちょっと溜息が混じったかも。


 僕の言葉を聞いた知花は。


「そうだね。でもみんな、きっとまこちゃんのために必死で選んだはずだから…それはありがたくもらっちゃおうよ。」


 そう言った。

 そう言われると…指輪を選んだ時の自分を思い出して…

 知花に言われた通り、ありがたくいただく事にした。



 夜は、母さんに『祝ってくれる彼女いないの?』なんて、嫌味を言われながらも…ご馳走で祝ってもらって。

 そして…


 一番『おめでとう』って言って欲しかった鈴亜からは…


 電話さえなかった。

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