第4話 鈴亜にあまり会う事もなく…11月になった。

 〇島沢真斗


 鈴亜にあまり会う事もなく…11月になった。

 結婚まで意識して…あんなに盛り上がってたのが嘘みたいだ。

 今となっては、あのダイアモンドも…


「……」


 もう、ハッキリした方がいいのかもしれない。

 こんな…気持ちの繋がらない関係。



「ねえねえまこちゃん、今夜空いてる?」


 ルームで一人寂しく机に突っ伏してると、いつの間にか知花が至近距離に居た。


「うわっ…気付かなかったよ。いつからいたの?」


「え?今来たけど…まこちゃん、溜息ついてたから…」


「あ…ごめん…」


 ダメだな僕。

 いつまでもこんなんじゃ…

 うん…

 やっぱりハッキリさせなくちゃ…



「えっと…今夜は特に何もないけど…」


 とりあえず、知花の問いかけに返事をすると。


「急だけど、今夜久しぶりに飲み会しないかって。」


 知花は少しだけ首をすくめて言った。


「え?知花…お酒解禁?」


 僕の問いかけに、知花は『あちゃー』みたいな顔をして。


「ううん…あたしはジュースで付き合う。」


 小さく笑った。


 陸ちゃんの結婚パーティーの時、久しぶりにお酒を飲んだ知花は…

 子供達に大人気のキャラクターのコスプレをして以来、神さんにお酒を禁止されてるらしい。

 聖子に言わせると、お祝いの場を盛り上げただけなのに、ちっさい男よね!!なんだけど…

 そりゃあ、聖子がするなら誰も何も言わないけどさ…

 知花だもん。

 衝撃過ぎて…あの時は笑えなかったよ…


 まあ、似合ってたし、今となってはアンコール!!ってみんなで笑い話にしてるけど。

 神さんとしては、あんなに肌を露出した知花を、みんなが記憶に植え付けてると思うだけで腹が立つらしい。


 あはは。

 ほんっと…神さんて、知花が大好きなんだなあ。



 そんなわけで…

 急遽、SHE'S-HE'Sの飲み会が…


「え?ルームで飲むの?」


 いつもなら、どこかのお店なのに。

 ルームで開催される事になった。



「作って来ちゃった。」


 今日ほとんど用のなかった知花は、あれから一旦帰って料理をして来たみたいで。


「おっ、美味そ。」


 重箱を一段ずつ並べると…


「運動会とか発表会を思い出すなあ。」


 ほんとに。

 そんな感じの、美味しそうな料理の数々。


「みんな、知花様に感謝して食うように。」


 手を合わせた光史君の言葉に。


「ははーっ。」


 みんなで、知花に手を合わせた。


「もうっ、やめてよ。」


 知花が笑いながら、小皿を配る。


 うーん…なんて言うんだろ。

 知花は僕と聖子と同じ歳なのに…アメリカにいた時から、みんなのお母さんみたいだった。

 落ち着いてるんだよね。

 高校時代も、一緒にお弁当食べてると、さりげなくティッシュを出してくれたり。

 僕と聖子二人の面倒を見てくれてたって感じ。


 …僕から言わせたら…

 面倒見てもらってた聖子が結婚したのは驚きだよ。

 そんな聖子は…



「さー、まこちゃん、飲んで飲んで!!」


 もう酔っ払ってて…


「もー、聞いてくれるー!?京介の奴さーあ!!」


 やたらと…愚痴った。




 〇朝霧光史


「ふう…やっと酔っ払ったわね…」


 聖子が汗を拭く素振で言った。

 ほんとこいつ…

 恐ろしい奴だ。

 浅香さんの愚痴を言いながら、まこに『聞いてる!?もっと飲んで!!』と、飲ませまくった。


 俺は『酔っ払った』まこを見下ろした後。


「さ、全部話しちまえよ。今、鈴亜と険悪なんだろ?」


 椅子を引いて、正面に座って言った。


「んー…もう…ハッキリさせなきゃ…だよねー…」


 まこは机に突っ伏して、絶望的な声。


「ハッキリ?」


「…鈴亜はー…僕より…好きな男がいるんだよー…」


「……」


 その言葉に、俺はメンバーを見渡した。

 陸とセンはマイペースに飲んで食って、満足そうに二人してギターを弾いてたが。

 手を止めて、椅子を引っ張って近くまで来た。


「それ、鈴亜ちゃんがそう言ったのか?」


 陸が問いかけると。


「んー、前にさあ…陸ちゃんとセン君と…金田かねだに行ったじゃん…」


 金田とは、通りの向こうにあるうどん屋だ。


「あの時…近くの席で…鈴亜の事話してる男がいて…」


 陸とセンは顔を見合わせて。


「…天ぷらうどんが安定の美味さだった事しか覚えてねーや…」


 小声でそう言った。


「バイク…乗ってる男で…後日…そこのバイクショップで…見かけて…」


「それで?」


 聖子が両肘をついて、まこに顔を近付けた。

 …こいつ、面白がってるな?


「鈴亜の事…本気なんだ…って…」


「でも、鈴亜がその人を好きとは限らないんじゃない?」


「…キスした…って…言ってた…」


 その言葉には、さすがに…俺も目が細くなった。


 鈴亜…何やってんだ!!


「えー、でも…それって鈴亜ちゃんが言ったの?」


 まこの隣に座った知花が、まこの背中を摩りながら言う。


「…男が言ってた…キスはすぐだったけど…それから進まない…って…」


「そんなの…もしかしたら、でまかせかもしれないし…事故みたいな物かもしれないよ?」


 知花の『事故みたいな物』に、つい笑いそうになった。

 確かに…

 俺と知花も事故みたいな物だったしな。


「…まこ、もう鈴亜の事は忘れろ。」


 俺がそう言うと、まこは突っ伏してた顔を上げて。


「…そんな簡単に…無理だよ…」


 泣きそうな顔をした。


「恋人がいるのに他の男とキスするような女、やめとけ。」


 正直、半分以上本音だ。

 鈴亜は可愛い妹だが…まこがもったいない!!


「まあまあ…キスなんて、18そこらの頃は挨拶代わりだろ?」


「陸だけだって…」


 陸とセンが笑いながら言ったが、俺は笑えない。


「まこ、プロポーズしたんじゃないのか?あれはどうだったんだ?」


 ずっと聞けずにいたが…この際だと思って問いかけると…


「…僕との結婚は…」


「……」


 みんなが黙ってまこを見守る。


「僕との結婚は……」


「早く先を言えよ。」


「光史、急かさないでよ。まこちゃん、ゆっくりでいいよ。」


 聖子が、まこの肩をポンポンとして言うと。


「…僕との結婚は…青春を…終わらせる事って…思ってるみたいで…」


「…え?」


「…まだ18なのに…青春終わらせる事もないかな…って…断られた…」


「……」


 そこで、力尽きたのか…

 まこはゴツンと大きな音を立てて、テーブルに頭を落とした。


「あっ…あー…起きたらたんこぶ出来てそう…」


 知花が痛そうな顔をして、まこの顔をゆっくり持ち上げて…タオルを敷いた。



「結婚=青春が終わる…かー…うわー…なんか胸いてーな。」


 陸の嫁さんも、俺の嫁も若い。

 確かに…そんな事を言われると、胸が痛い。

 結婚に青春を求められるのは違う気がするが…

 それを理由に断られたまこは…


「…ごめん光史。あんたには悪いけど、まこちゃんがかわいそ。」


 聖子が、まこの頭を撫でながら言った。


「別に悪かないさ…俺も今、まこに同情しまくってる。」


 残ったビールを一気に飲み干して。

 それでも…俺達にできる事なんて、何もない事を認識しただけの夜だった。




 〇島沢真斗


「あ…いたたたた…」


 もう、何がなんだか…

 夕べ、ルームで飲み会をして…

 聖子が浅香さんの愚痴を言ったのは覚えてるんだけど…

 僕、どれだけ早く酔い潰れたんだろ…


 とにかく今日は…

 頭が痛い!!



 目が覚めたら自分のベッドにいて。

 どうやって帰ったんだろう?って思いだそうとしたけど無理で。

 気持ち悪いけど、ヨロヨロしながらリビングに降りると、母さんが。


「光史君と陸ちゃんが連れて帰ってくれたわよ。」


 って…

 僕は、部屋まで運んでもらって…すぐに寝たらし…って言うか、たぶんもう寝てたんだよね…


 光史君と陸ちゃんは、ちょうど帰って来た父さんと盛り上がって。

 朝方まで、セッションしてたって聞いた。

 ああ…もったいない…

 僕も参加したかった…



「今日休みなんでしょ?もう少し寝たら?」


 母さんにそう言われたけど…

 なんて言うか…

『邑』って人の事が頭をちらついて…


 あの人、見た目判断だけど…お酒に強そうだ。

 こんな感じで、二日酔いで頭が痛くなったりしそうにないよ。

 強靭な男ってイメージ。

 まず…『僕』なんて言わないか…



「……」


 俺…


 …に…似合わないか…

 自分で思ってガッカリ。


 今まで、鈴亜の隣に居て…自分が彼女に似合わないと思った事がなかった。

 だけど…実際、どうなんだろう。

 僕は、あの『邑』って人が鈴亜の隣に居る所を…簡単に想像出来てしまう。

 それは…意外にもお似合いで…

 きゃしゃな鈴亜が、もっと可愛くてきゃしゃに見えてしまうほどの…


 …僕には、男らしいって言葉が似合わない。

 自信があるのは…耳の良さと鍵盤ぐらいだし…

 男らしさなんて…あの人の半分もないかもしれない。


 …男らしさはないけど…

 僕は、男にしては可愛い…と思う。

 それは…意識して、そうして来た…っていうのもある。


 母さんは…女の子が欲しかった。

 だけど、うちは男二人。

 三人目を、どうにか女の子に…って思ったみたいだけど…

 出来なかったみたいで。


 そんな事、僕には言わないけど…

 電話で伯父さんと話してるのを聞いた。


『女の子が欲しかったけど、ナオトさんがもう要らないって…』


 母さんに寂しい想いをさせてばかりの父さん。

 僕は…光史君の結婚式の時に、朝霧さんが家庭をないがしろにして…って映像を見た時。

 父さんも同じだよ。って思って見てた。

 あれで父さんも反省してくれたらいいのに。って。


 母さんは…僕が覚えてないって思ってると思う。

 だけど、記憶に残らないのって、何歳までなのかな。

 僕は…忘れたフリはしてるけど…


 小さな頃。

 僕は…女の子の恰好をさせられて…

 母さんからも『まこちゃん』って呼ばれてた。


 僕が女の子の恰好をしてる時、母さんは…すごく優しくて。

 普段も優しい人だけど、その時はさらに優しくて。

 それが嬉しくて、自分から喜んで女の子の恰好をしてた時期もあった。

 だけど…それに違和感を覚えてしまうと、当然子供心にも拒否反応は起きるわけで…


 最後にスカートをはいたのは、いつかな…


 あれからずっと、母さんは寂しそうで。

 だから…僕はなるべく母さんに優しくしたいって。

 …別に、僕が罪悪感なんて持たなくていいんだと思うけど…


 だけど、僕は長男だから。

 母さんを…悲しませたくないんだよ…。



「…髪の毛伸びたわね。切ったら?」


 ソファーに横になってる僕の髪の毛を触りながら、母さんが言った。


「…気に入ってるから…もう少し伸ばすよ…」


 目を閉じたまま、そう言うと。


「…女の子みたいよ?」


 母さんは遠慮がちにそう言ったけど…

 いつもより…声が明るかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る