九相図1

くそうず【九相図/九想図】とは

 ・死体の変遷を九の場面にわけて描くもので、死後まもないものに始まり、次第に腐っていき血や肉と化し、獣や鳥に食い荒らされ、九つ目にはばらばらの白骨ないし埋葬された様子が描かれる。九つの死体図の前に、生前の姿を加えて十の場面を描くものもある。九相図の場面は作品ごとに異なり、九相観を説いている経典でも一定ではない。

死体の変貌の様子を見て観想することを九相観(九想観)というが、これは修行僧の悟りの妨げとなる煩悩を払い、現世の肉体を不浄なもの・無常なものと知るための修行である。

仏僧は基本的に男性であるため、九相図に描かれる死体は、彼らの煩悩の対象となる女性(特に美女)であった。







私とご主人様は、ガンジス川のほとりで、混濁した流れをじっと見つめていた。

ご主人様はここに至るまでの道中で、私に手鏡を与えてくれた。これが、私の新しい鏡となった。

ガンジス川に浮かぶ死体を指差して、私は言った。

「あの死体は、何処から来たのでしょうか」

 ご主人様は答えた。

「ガンジス川の上流からだろう。子供や妊婦、事故死や疫病によって死んだ者はヒンドゥー教に教義に則り、その身体は水に流されるからね」

「あの死体は、やがてどうなるのでしょう」

 ご主人様は言った。

「やがて腐り、朽ちて、何もかも皆水と土に還っていくだろう。聖書にもある通り、我々は塵によって生まれた。そして塵に還っていくのだ」

「私は、その過程が知りたいのです」

「何故だ?」

「死は避け得ないものだからです」

 ご主人様は顎に手をあて、考え込んだ。

「うむ、その通りだ。しかし、まじまじとその死を見つめることは難しい。死が共にあるこのバラナシですら、それはかなわん」

「なら、その様子が描かれた書物はありませんか」

「それなら……ある。仏教における九相図というものだ。人が死に、その肉を啄まれ、骨となっていく過程が描かれている」

 私は、ご主人様の語ったそれに強い関心を持った。何故ならそれは『私がやがて目指す先』の指標となり得るからだ。

「ご主人様」

「なんだい」

「私、その九相図というものを見てみたいです!」

 ご主人様は、九相図に興味を示す私を不思議そうに見つめながら、こう答えた。

「確かに、もう行き先はなかったからな。君の言う通りにしてもいい。今日から準備をはじめて、それが出来次第出発しようか」

 私はその言葉を聞いて、内心の喜びを隠せないでいた。

自然と顔がほころぶ。その表面に、微笑が浮かぶのがわかる。

「九相図はどこで見られるのでしょうか」

 ご主人様はすぐさま答えた。

「チベットさ。高い山の上にある、ブッディズムの聖地だ」

私とご主人様は数日を準備に費やした後に、バラナシを出た。

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