第51話 「入学おめでとう。」

 〇桐生院知花


「入学おめでとう。」


 華音と咲華の入学式から帰ると、高原さんが来てくれてた。


「わー!!なつ!!」


 華音と咲華は飛び跳ねるようにして高原さんに抱きつくと。


「ねえ、見て見て。咲華、一年三組なの。」


「僕は六組。」


 二人はそれぞれそんな風に言って、自分の持ってる袋に入った工作道具を見せた。



 今日は…入学式だった。

 二人ともまだ少し大きめの制服を着て、胸にリボンを付けてもらって、会場に入場行進して来た時は…

 思わず涙が溢れてしまった。


 アメリカで二人を産んで…

 メンバーのみんなに助けてもらいながら、二人を育てた。

 本当に…あたしは環境に恵まれてて。

 帰国してからも…家族のみんなに支えられて…

 千里と、まさかの復縁…。

 そして、母さんが見つかって…華月と聖が産まれて…

 麗がお嫁に行って…

 もう、本当に…この七年の間に色んな事があったなあ…って…

 涙が溢れてしまった。


 辛かった事も、今となっては過去でしかなくて。

 あたしは、今がどれだけ幸せか…

 常に、その事に感謝しようと思った。


 隣に座ってた千里も…少し感極まったのか。

 あたしの手をギュッと握って。


「…大きくなったな。」


 小さくつぶやいた。



 二人を産んだ時は…まさか、こんな日が来るなんて…って。

 隣で、ちゃんと父親をしてくれてる千里が、同じように目を潤ませて。

 二人の成長を喜んでくれる日常があるなんて…

 本当…夢みたい…


 それだけでも…

 あたしは自分がどんなに幸せ者か…

 その上、顔も名前も隠したままの、バンド活動。

 歌う事も、ずっと続けていられる。



「ふっ…うちの子は可愛いな。」


 千里が耳元で言った。


「ふふ…親バカね…」


「ここにいる奴らは、みんなそうだ。」


 クラスごとに立ち上がって、退場していく時。

 咲華は堂々と、あたし達に笑顔で手を振って。


「…あいつは…ほんとに…」


 千里が笑顔で額に手を当てた。

 華音は、すごく真面目な顔で行進をして。


「さすがだな。」


 千里は、腕を組んでご満悦な様子だった。



「それでね、教室で、教科書と工作道具をもらってね?」


 今日の出来事を、夢中になって高原さんに話してる咲華。

 制服姿を見てもらいたいのか、なかなか部屋に着替えに行こうとしない。


 そんな穏やかな雰囲気の中…

 突然、千里が…


「華音、咲華、座れ。」


 ふいに、ネクタイを緩めて言った。


 その…ただならぬ声のトーンに…華音と咲華は顔を見合わせながら、ゆっくりと千里の前に座って。

 あたしも…高原さんと、おばあちゃまと…顔を見合わせる。

 その様子を察したのか、キッチンにいた母さんも…

 今日は写真係で入学式について来てくれてた父さんも、大部屋に集まった。



「…今日から、お前たちは一年生だ。」


 千里の言葉に、二人は少しだけ周りを見渡して…小さく頷いた。


「いいか。これからは…高原さんの事は『高原さん』って呼ぶんだ。もう、『なつ』って呼ぶのはおしまいだ。」


「え?」


 声を出したのは、高原さんだった。


「お…おい、千里。別に俺は構わないぞ?」


 高原さんはそう言ったけど…千里は。


「ダメです。」


 キッパリ。


「高原さんの事だけじゃない。知花のバンドメンバーを呼び捨てにするのも、もうダメだ。」


「……」


「……」


 二人は、何を言われてるのか…分かってるようで分かってないのか…

 口をポカンと開けて…手を繋いだ。


「…父さん…何か怒ってるの?」


 咲華が小さな声で言う。


「怒ってはいない。ただ、ケジメとして言ってる。」


「ケジメ…?」


「おまえらが『なつ』って呼んでる高原さんは、世界的に有名な人だ。俺も知花も尊敬する人だ。おまえらが気安く呼び捨てていいような人じゃねーんだ。」


「……」


「……」


 二人は…事の重大さに少しずつ気付いたのか…

 口をへの字にして、難しい顔になった。



「知花のバンドメンバーも、おまえらの友達じゃない。今は分からなくても、将来は人生の先輩として尊敬する日が来る。」


「千里、何もこんなめでたい日に厳しい事を言ってやらなくても…」


 高原さんが髪の毛をかきあげながら言ったけど、千里は首を横に振って。


「今日だから言うんです。難しい事かもしれませんが、当たり前の事なんで。」


 高原さんの目を見て…言った。


「呼び方が変わっても、言葉使いが変わっても、みんながおまえらを大事にしてくれる事に変わりはない。」


「…でも…」


 咲華が泣きそうな声で。


「でも…」


 何か言いたいけど、言葉に出来ない…って顔で繰り返した。


「…甘えるな。って言ってるんじゃない。むしろ、まだまだ甘えろ。だが、それは咲華の友達の『なつ』に甘えるんじゃなくて。」


 千里は咲華と華音の後に回って、二人を抱きしめると…


「俺と知花が…世界中の人が尊敬してやまない『高原さん』に甘えろ。」


 抱きしめられた二人は…何が悲しくて泣いてるのか分からないけど…

 とにかく、泣いて千里の胸にすがった。


「知花のバンドメンバーも、そうだ。あいつらは…華音と咲華を友達としてじゃなく、我が子のように思ってくれてるんだ。そんな大人達を呼び捨てにして友達みたいにするのは、もう終わりだ。」


 千里の言葉に泣いてる二人を見て、なぜか父さんが涙目になってる…

 …確かに、華音も咲華もあまり泣かない。

 いつも笑顔の二人。

 おばあちゃまも…胸の痛そうな表情。



「みんな、俺と知花みたいに…おまえらの事、ギュッとして可愛がってくれるだろ?」


 千里にそう言われて…二人は答えたいけど答えられないのか、答えたくないのか…

 とにかく…泣き続けた。




 …ずっと…どこで線引きしよう…って悩んでた。

 アメリカで…みんなが二人を可愛がってくれて…

 その延長戦上みたいな感じで、ずっと…あたしが呼ぶように、二人もみんなを呼んでた事…


 高原さんに関しては、何で二人がそう呼ぶようになったのか…分からないけど…

 あたしの…責任なのに…



「何で泣く?ずっと『なつ』って呼びたかったのか?でも、もうじいさんなんだぜ?」


 千里が二人の頭を撫でながら言うと。


「じいさんは余計だ。」


 高原さんは、千里の頬をギュッとつねって。


「…おいで。」


 華音と咲華に手を伸ばした。

 二人は泣きながら…高原さんの腕にすがると。


「…えっ…えっ…えーん…」


 声をあげて泣いた。


「酷い父さんだな…俺の楽しみまで奪いやがって…」


 高原さんは小さな声でそう言ったけど…

 千里は何も言わず、ただ…三人を見てた。


「…華音、咲華、俺は何も変わらないからな?」


 高原さんがそう言って二人の額にキスをすると…


「な…たかあらさん…咲華と華音の事…嫌いにならないでね…?」


 咲華が…涙声でそう言った。


「…なるわけないだろ?俺はずーっと、お前たちが可愛いし、ずーっと、お前たちを愛してるよ。」



 …それから…

 二人は少しだけ、千里に冷たくなった。

 口はきくけど、よそよそしくなった。



「新しい呼び方ノート作ってみる?」


 二人の千里へのよそよそしさを気にした母さんが、そう言って二人に提案したのは…入学式から三日経ってからだった。


 最初は気乗りしてなかった二人も…


「そこ、色変えたら?」


「絵も描いちゃおうか。」


「ついでに表紙もー!!」


 何だか、母さんのペースに乗せられて…


「ねえねえ、お母さん。『詩生しお君のお父さん』って呼ぶよりは、早乙女さんって呼ぶ方が正しいの?」


 丸い眼鏡のセンの絵の下に、何て書こうって…キラキラした目で聞いて来た。


「咲華、『高原さん』より、『高原のおじちゃま』って呼ぶ。だって、そうしたら、咲華お嬢様みたいじゃない?」


 少しおませさんな咲華は、光史の事も『朝霧のおじちゃま』、センの事も『早乙女のおじちゃま』って書いて。


「…でも、聖子ちゃ…聖子さんは、おばちゃまって呼んだら、まだかわいそう…」


 と、聖子の所だけ空欄にした。



「あははは!!おまえ、この絵なんだよ!!」


 二人の描いた絵を見て、千里が笑う。


「もー!!お父さんには見せないー!!」


「うそうそ。上手に描けてる。これは、あれだよな?パンダだろ?」


「早乙女のおじちゃまよー!!」


 咲華を本気で怒らせた千里は。


「咲華の仇ー!!」


 そう言って、華音に背中に乗られて。


「えいっ。」


 ついでのように、華月にも乗られて。


「あいてててててて…」


 …何だか、嬉しい悲鳴を上げてる。



 嫌われ役…買って出てくれて…ありがと。

 あたし達…本当、幸せで…愛に溢れてるね…



 出来れば…一生…

 このままでいたいなあ…って、あたし…贅沢者だね。



 どんな辛い事があっても…

「あの時は…」って、笑えるぐらい…

 最後には、みんなが幸せであれば…






 …いいね。



 36th 完

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いつか出逢ったあなた 36th ヒカリ @gogohikari

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