第49話 パーティーが始まって一時間ぐらいして、ようやく…陸さんのご両親に会えた。

 〇桐生院さくら


 パーティーが始まって一時間ぐらいして、ようやく…陸さんのご両親に会えた。

 それほど、たくさんの人がいたのと…

 あたし自身、ちょっとはしゃぎ過ぎてたのかな?


 今日、聖と華月は千里さんのおじい様のおうちで、千里さんの御兄弟が集まって面倒みて下さってる。


 さっき連絡したら…


『二人とも、とってもいい子ですよ!!私達も楽しんでますから、どうかごゆっくり!!』


 って…元気良く言われてしまった。

 …お言葉に甘える母を許してね!!聖!!

 華月ちゃんも!!



「お洋服までお借りして…すいません。」


 そう言って、陸さんの父に近寄ると。


「ああ…盛り上がってるようで、いいですね。」


 陸さんの父は、庭を見渡して笑った。

 着ぐるみが増えてるのは…誓かな。

 それにしても…

 警察の秘密機関だよね?

 あの着ぐるみって、普段何かで着てたりするのかな?

 何のためにあるんだろう?



「あの…奥様は?」


 父が一人なのが気になって問いかけると。


「普段飲まないのに飲んだせいか、少し横になりたいと。失礼をしてすいません。」


 申し訳なさそうな顔。


「あっ、いいえ、そんな…大丈夫ですか?」


「ええ。普通に眠っているだけですから。」


 …陸ちゃんの父…

 いい声してるなあ。

 ふと、そんな事を思いながら声を聞いてると。


「さあ、たくさん食べて下さいね。係の者が張り切って焼き過ぎてるようなので。」


 父は、バーベキューのコーナーを指差して言った。


「あ、はい。全力を尽くします。」


「…ふふ。」


「?」


 笑われた…と思って目を丸くすると。


「ああ…失礼。では、ごゆっくり。」


「はい…」


 歩いてく父の背中を見て…


「よし。」


 あたしは、バーベキューのコーナーに向かった。



 お皿を手にして、美味しそうなお肉を眺めてると…視線を感じた。


「……」


 顔を上げて、辺りを見渡す。

 …気のせいかな…

 ここに来てからずっと…感じてる。

 誰かが。

 あたしの事…見てる。

 …気がする。



「お肉いただきまーす。」


「どうぞ。」


 お皿一杯にお肉を入れて、誓がいるテーブルに戻ろうとすると…

 また…視線を感じた。


「……」


 何だろ。

 すごく…鋭い視線。


 あたしはテーブルにお皿を置いて。

 ゆっくりと麗と陸さんの方向に歩いて行く…と見せかけて。


「あの。」


「は…っ…」


 陸さんの斜め後ろにいた男の人の前に立った。


「…はじめまして。」


 そう挨拶されて…


「…はじめまして。桐生院麗の母です。」


 あたしは、そう挨拶した。


「…え?」


 その人は、麗を見て、あたしを見て。


「…新婦様の…お母さまでいらっしゃいますか…」


 少し元気のない声で…言った。


 …誰だろう。

 顔は…見覚えない。



 だけど…この…この、声。

 …ずっと昔から知ってる…

 この…声。




 …誰?




 〇山崎浩也


 なぜ…

 なぜ、さくらがここに…?


 今日は坊ちゃんの結婚式で。

 まさか…二階堂から、一般人と結婚する者が出るとは…

 しかもそれが坊ちゃんとは…


 頭はずっと二階堂の古い体制を変えたくて頑張って来られた。

 だが、ただでさえ…子供は死産した。と公表されていたのに、15歳になったお二人、坊ちゃんとお嬢さんを連れ戻されて…

 頭は一時期、子供可愛さのためなら組織に平気で嘘をつく。と、大きく口に出して言われなくとも…そういった空気を出す輩がいなくはなかった。

 続いて…坊ちゃんが二階堂を継がず、外の世界に夢を持って出て行かれた事。

 これも…二階堂の中に、大きなわだかまりを作った。


 …夢を持つ事の何が悪い?

 闘うために育てられてきた私達でも…

 夢を持つ者はいる。

 …さくらのように。



 頭を、坊ちゃんが夢を追う代償とまではいかないが…

 そのケジメとして、拠点をアメリカに移された。

 長年離れて居た二人と、また離れる決意をされた。

 可愛いお孫さんも生まれて…どんなに一緒に居たいか…

 だが、トップに立つ自分の甘さを露見させ過ぎた。と…

 さらには…坊ちゃんの、一般人との結婚。


 この敷地内で暮らしている者にとっては…坊ちゃんもお嬢さんも、とても素晴らしい人間で。

 坊ちゃんを祝福する声も当然のように上がったが…

 さすがに、ずっと古い体制でやってきた先代の元で幹部をされていた面々からは…

『反逆者』との声も上がっている。


 …頭を支持する者が多い中、その古い人達の育てた戦士達は、今も古い頭のまま育ち続けている。

 頭が目指す、新しい二階堂は…なかなか認められようとしない。



「どうぞごゆっくり。」


 頭は、さくらと…まるで他人のように会話をしていた。

 どういう事だ?

 さくらは…記憶を消されているのか?

 高原さんは?

 あのトレーラーハウスの後、いったい何があったんだ?


 混乱した私は、つい…さくらの姿を目で追った。

 …変わらない。

 あの頃のままだ…


 すると…


「あの。」


「は…っ…」


 さくらが…私の前に立った。


「…はじめまして。」


 かろうじて…平静を保ってそう言うと。


「…はじめまして。桐生院麗の母です。」


 さくらは、私の顔をじっと見て…そう言った。


「…え?」


 今…さくらは…

 …桐生院麗さんの母親だ…と?

 いったい…どういう事だ?


「…新婦様の…お母さまでいらっしゃいますか…」


 動揺しながらも、作り笑顔で。


「本日は、おめでとうございます。わたくし、こちらで働いている者です。」


 そう言った。


 …私は、捜査のために二度顔を変えた。

 分かるはずもない。

 分かるはずが…


「…あの。」


「はい。」


「どこかで…お会いしましたよね?」


「……」


 …落ち着け。


「いえ、初めてお会いいたしましたが?」


「あれっ…そうですか…ごめんなさい。」


 さくらは首をすくめると。


「娘を、よろしくお願いします。」


 深々と頭を下げて…歩いて行った。




 〇二階堂 翔


「…ヒロ。」


 私が背後から声をかけると、ヒロは驚いたように肩を揺らせた。


「あっ…か…頭………おめでとうございます。」


 こんなに驚くほど…私の気配に気付かなかったとは。

 よほど…さくらを夢中で見ていたのだろう。



 …陸と、麗さんの結婚に…私と妻は動揺した。

 織が環と結婚したように、いずれは陸も誰かと結婚するであろうとは思っていても…

 それを二階堂の中に望むのは難しいと、薄々気付いてはいた。

 もし一般人と結婚したいと言ってくれば…それはそれで、喜んで祝福してやるしかない。とも…。



 だが…

 まさか、相手が…さくらの…



「あの…」


 ヒロが言いにくそうに私を見る。


「…さくらの事か。」


「……」


 ヒロは…さくらが丹野廉の事件に関与した事に憤慨した。

 二階堂を抜けたさくらが、友人を目の前で射殺された事によって…テロ組織全員を一人で瞬く間に…

 私は、さくらの記憶を一部消した。

 だが…人の記憶の削除など…完璧にできるはずもない。


 もう一人…

 事件を目の当たりにした、丹野廉の友人、浅井晋。

 彼の記憶からも…事件とさくらを…葛西が消した。



 しかし、さくらの『忘れてはいけない』という意識が強いせいか…

 さくらの状態は、私達が望んだそれとは大きく違っていた。

 そして、それを知ったヒロは…

 高原氏がさくらを連れ帰った屋敷に忍び込んで…さくらの記憶を取り戻そうとした。


 …戻してどうしようと言うのだ。

 さくらは…自責の念に駆られて、何をしでかすか分からない。


 幸い、サカエがヒロを見付けて…ヒロの記憶を消した。

 本来ヒロは…

 さくらの存在さえも、記憶から消されたはずなのに…



「どうして…高原氏と…一緒になっていないのでしょう…」


 ヒロは、両手を握りしめて…私の足元を見て言った。

 ヒロも、また…

 忘れたくないという気持ちが強かったのだろう。



「…さあな…さくらは…二階堂を抜けた人間だ。外の世界では、恋愛など自由に出来る。」


「……」


「ただ…赤毛の娘さんは、高原氏との娘らしい。」


「えっ…」


 私の言葉にヒロは庭を振り返って。

 陸のバンドでボーカルをしている知花さんを見た。


「…私達には知り得ない世界に、さくらはいるんだ。」


「……」


「今が幸せなら…そっとしておいてやろう。」


「…そう…ですね…」


 ヒロは小さくそう言うと、何か言いたそうな顔はしていたが…それ以降何も口にはしなかった。



 …心の中で、ヒロに謝罪する。

 さくらとは家族のように育って来たヒロ。

 きっと…さくらの幸せを誰よりも願っているだろう。


 …すまない。


 本当に…



 すまない。

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