第48話 「お帰りになられるのですか?」

 〇高原夏希


「お帰りになられるのですか?」


 披露宴の後、会場を出ていると…貴司に声をかけられた。


「ああ…この後は身内だけのパーティーだろう?」


「是非来ていただきたいのですが…」


「嬉しい誘いだが、遠慮しておくよ。周子の所にも行きたいし。」


 俺がそう言うと。


「奥様…落ち着かれましたか?」


 貴司は赤い目のまま、そう言った。


 周子は…兄貴が面会に来た後から、調子がいい。

 調子がいい間に、色々話して決めておきたい事もあって…

 最近の俺は、頻繁に周子の所に通っている。



「ああ、何とか。」


「そうですか…」


「…感動だったな。」


 少し寂しそうな顔をした貴司の肩に手を掛ける。


「麗は…おまえの娘だよ。」


「…そうですね…私は…自分を恥じました…」


「……おめでとう。じゃ、またな。」


「ありがとうございました。」


 貴司と別れて会場を出る。

 タクシーに乗ってネクタイを緩めて…一息ついた。


 SHE'S-HE'Sが余興で『Thank You For Loving Me』を歌った。

 俺が…さくらに贈った曲だ。

 …正直、桐生院家のテーブルに目を向けられなかったし…

 わざと、違う事を考えたりした。

 あれがさくらに贈られた曲だなんて、知った奴はここにはいない。

 そう言い聞かせたものの…内心穏やかじゃなかった。



「……」


 窓の外を眺めながら、最後の場面を思い出した。

 …さくらは…すっかり麗の母親として…桐生院に溶け込んでいるんだな。

 俺は、あの感動の場面を…何か映画でも見ているかのように…静かに見ていた。

 さくらは、もう俺とは別世界にいて。

 手の届かない存在だ…と。

 そんな気分で…二人を見た。


 …嬉しい事だ。

 誰よりも大切に想うさくらが、母として慕われて…

 家族として認められて…

 これからも、桐生院で幸せに暮らしていけるんだ。

 もう、俺の出る幕はない。



「高原様。」


 ふいに、運転手に名前を呼ばれて、深く沈み込んでいたシートから体を起こす。


「…誰だ。」


「失礼いたしました。わたくし、葛西と申します。」


「…葛西?」


「二人目の『サカエ』は私の妻でした。」


「……」


 つい…走っている景色を見渡した。

 俺はどこかへ…?

 そんな俺を察したのか。


「ご安心ください。言われた通りの場所にお連れ致します。」


 葛西は、淡々とした口調で言った。


「…何なんだ。」


「長い間、さくらがお世話になっていたので…さくらに関わっていた者全てから、あなたは感謝されています。」


「…ふっ…」


 小さく笑って、もう一度シートに深く沈む。


「笑わせるな。さくらの記憶が戻ったらとビクビクして、さくらから色々な物を奪い続けていたクセに。」


「……」


「二階堂は、さくらを殺したも同然だ…。」


 …本当に。

 二階堂はさくらを殺したし…

 俺をも殺した。

 今となっては…さくらの今の幸せを守りたいと願うが…

 本来なら…と。

 今もどこかで、毒気付く俺がいる。


 そんな自分を恥じたり悔やんだりしながら…

 俺は一生、生きた心地はしないままなんだ。



「…新婦様がおっしゃっていましたよね。」


「…何を。」


「セミ捕りをしたり、砂場で有り得ない物を作ったり…」


 それがどうした。と言いたい所だが…

 普通に聞くだけなら、『元気なお母さん』で済まされそうなそれは、桐生院家と俺にとっては…

『どうしてこんな事が?』と言うレベルだ。


 さくらは木に止まっているセミを捕るんじゃなく…飛んでいるセミを捕る。

 しかも、絶対逃がさない。

 そして、砂場で作る物も、城だけじゃなく…

 一度、人の形を作って、そのリアルさに子供達が泣いた。と、ばーさんから聞いた。



「さくらの本能は…あの頃のままです。」


「……」


「確かに私達は、さくらの記憶が戻るのを恐れています。」


 葛西は赤信号で停まって、少しだけ俺を振り返った。


「ですから…記憶が戻る事で、さくらの本能が間違った方向に動かないよう…見守り続けるだけです。」


「…まさか、陸と麗の結婚は故意じゃないだろうな。」


 俺が低い声で言うと、信号が変わると同時に前を向いた葛西は。


「まさか。そんな事まで操れません。それに…坊ちゃんが一般人と結婚するのは二階堂にとっては痛手です。」


 そう言って、車をスタートさせた。


「…痛手?」


「元々二階堂の者は二階堂の者としか婚姻関係を結びません。頭は…そんな古い体制を変えようとされていますが…まだ早過ぎました。」


「…どういう事だ?」


「…着きました。」


「……」


 金を払おうとすると、タクシーだとばかり思っていたその車にはメーターも何もなく。

 当然、葛西も金は受け取らなかった。


「お元気で。」


 葛西は静かな声でそう言うと、今来た方向へと車を走らせて行った。



 施設の前で一人佇みながら…

 さくらの事を…考えた。




 〇桐生院さくら


「うわあ…すごい…」


 あたし、ついキョロキョロしてしまって。


「さくら、みっともないですよ。」


 背後からお義母さんに低い声で言われてしまった。


 感動の披露宴の後、すごく簡単な結婚式があって、それから集合写真撮って…

 二階堂家のお屋敷に、バス移動。

 特殊なお仕事をされてる事で、披露宴にはご家族だけだった。

 陸さんのご両親は、それでいいって言われてたけど…

 陸さんが、どうしてもガーデンパーティーをしたいって。


 完全に庭に入った所で、ズラリと黒服の人達が並んでて…ビクッとしてしまった。


「…すげーな、こりゃ。」


 後ろで千里さんも小さくつぶやく。


「このたびは、おめでとうございます。」


 一人がそう言ったかと思うと…


「おめでとうございます!!」


 全員がそう言われて…

 その迫力に…


「こあい…」


 ノン君とサクちゃんが、千里さんに抱きついた。



 だけど、それからすぐに、黒服の人達は真顔でエプロンして料理を運び始めて…


「…ふふっ…何だか…」


 知花の隣で、聖子ちゃんが笑いを我慢してる。


 二階堂家は、配慮も完璧だった。


「正装に飽きられた方は、お着替えの部屋も用意してあります。どうぞ、リラックスできる服装にお着替え下さい。」


 そう言われて…

 あたし、実は留袖限界だなあ…なんて思ってたから、渋るお義母さんに許可をもらって、知花と、どんな服があるか興味津々な聖子ちゃんと一緒に着替えに向かった。



「…えっ…これ、着ていいって事?」


 案内された部屋に行くと、ズラリと服が並んでて…


「えー…ちょっと知花…これ見て。似合いそうよ。」


 あたしが一着取り出して言うと。


「母さんも、これいいんじゃない?」


 知花も、一着…何だか可愛いワンピースを持って言った。


「あっ、可愛い…って…あたし、40だし…」


 麗の言葉を思い出して、うなだれながらそう言うと。


「あはは。でも40に見えないし、似合いそうですよ?」


 聖子ちゃんにはそう言われて。


「これ着たら、母さんあたしの妹みたいになっちゃうかも。」


 知花が笑いながらそう言って。


「もうっ!!気にしてるのにー!!」


 あたしの頬を膨らませた。

 ほんと…一応気にしてるんだよ。

 あたし、ちゃんと母親になれてるのかなあって。

 …だから、今日の麗の言葉…嬉しかったな…



「あ、見て見て。こんなのもある。」


 知花が手にした物を見ると…


「あはは。仮装大会みたい。」


「もしかして、それが狙いだったりして?」


「そうよね。もう何人か酔っ払ってるわけだし。」


 あたし達三人、顔を見合わせた。



「あたし、これ着ちゃおっと。」


 聖子ちゃんは、楽しそうに…パンダの着ぐるみを着た。


「どう?一度着てみたかったんだー。」


 …いいのかな…?

 聖子ちゃん…来月、結婚するんだよね…?


「じゃ、先に行ってるねー。」


「……」


「……」


 思えば…

 あたしは全然飲んでなかったから、酔ってないけど。

 聖子ちゃんはお酒好きだし…

 知花は、千里さんから勧められて、少しだけ飲んだみたいだから…

 二人とも酔ってたのかな?



 庭に出ると、聖子ちゃんパンダは子供達に大人気になってて。

 他にも、きゅうりの着ぐるみ着てる朝霧君(超意外‼︎)とか…

 武士のコスプレ(チョンマゲのヅラ装着も、長い髪の毛が出てる)なんだろうけど、ハマり過ぎてる早乙女君とか…

 無理矢理させられたのかもしんないけど、女装してるまこちゃんがいた。


 …みんな…か…可愛い…


 そこへ…



「ジャーン。」


 結局、あたしは自分で持って行った服に着替えたけど…

 知花は…いわば『コスプレ』に着替えて…


「おまっ…なんて格好してんだ!!」


 ビール飲んでた千里さんが走って来たけど。


「正義の名において、お仕置きよっ。」


 知花は真顔でそんな事を言って、千里さんの胸に人差し指を立てた。


 知花が着たのは、最近サクちゃんがハマって見てる、『愛の戦士キューティーサリー』の衣装。

 千里さんは慌ててるけど、子供達は…


「きゃー!!かーしゃん、サリーちゃんー!!」


 もう…大喜び。


「…知花のバンドの人達を見て、さくらがどんな格好して帰って来るかとヒヤヒヤしてたのに…まさか知花が…」


 お義母さんは額に手をあてて、倒れそう。

 貴司さんは…


「知花にこういう面があったとは…」


 驚きながらも、楽しそうに笑ってる。

 誓は…


「…母さん、そんな目で見ても、僕はコスプレしないよ。」


 あたしの目での訴えは届かず。

 麗は…


「あははははははは!!姉さん、バッカじゃないの!?」


 …大笑いしてる。


 千里さんは、子供達がひとしきり同じポーズで遊んだ後…


「サリーはエネルギーが切れた。」


 そう言って、知花を抱えるようにして着替え室に連れて逃げて。

 数分後…

 いつもは地味目な知花が、インパクトのある花柄のレース使いのワンピースを着て戻って来た。


「…千里さんの好み?」


「そうみたい。」


 まだ少し酔っ払ってるのか…知花は、くるんと一度回った。


「よく似合ってるわよ。」


「ほんと?」


「知花、並べ。」


 千里さんに声をかけられて振り向くと、千里さんはカメラを構えてて。


「いい顔しろ。」


 あたし達にそう言った。

 それから、あたしと知花は、お義母さんを連れて麗の所にも行って。


「千里さん、撮って撮って。」


 麗を囲んで…写真を撮った。


「…桐生院の女性陣、迫力っすね。」


 千里さんが貴司さんにそう言ってるのが聞こえて。


「あっ、千里さんひどーい。」


 あたしがそう言うと。


「…地獄耳だし…」


 誓の声も聞こえた。

 もー…

 桐生院の男達…





 …大好き!!

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