第47話 『えー…本日は、わたくし二階堂陸と麗の結婚披露宴にお集まりくださり、誠にありがとうございます。』

 〇二階堂 麗


『えー…本日は、わたくし二階堂陸と麗の結婚披露宴にお集まりくださり、誠にありがとうございます。』


 陸さんの言葉と共に…あたしはお辞儀をした。

 お辞儀をして…顔を上げると…

 そこに…ちょうど、お母さんの写真が見えた。


『まだまだ若輩者な私達ですが…』


 陸さんの挨拶は、まだ続いてる。

 たぶん…三行分ぐらいのセリフの後で…花束贈呈。

 本当は、そっちが先だったのに。

 なぜか…陸さんが挨拶を先にやらせてくれって。


『……今後とも、よろしくお願い致します。』


 陸さんの挨拶が終わって、もう一度お辞儀をして顔を上げると…


『それでは、これより…妻の麗が。』


 隣で、陸さんがそう言って。


「……えっ?」


 あたしは驚いて、陸さんを見た。


『妻の麗が、どうしても、家族に伝えたい事があるそうです。』


「なっ………」


 口を開けて、陸さんを見た。


 な…ないないないないないない!!

 そんなの、何もないってばーーーー!!


 目を見開いてるであろうあたしを見ても…陸さんは真顔で。


「ほら。」


 マイクを…


「……」


 周りを見渡すと…何だかみんな、興味津々な顔…

 これが、場を盛り上げる新婦から両親への手紙とか何とか…って、すでにハンカチを用意してる人も…


 じょ…冗談でしょ…

 そんなの…あるわけないじゃない!!


 うちのテーブルでは、みんながビックリした様子で顔を見合寄せたり…

 だけど、姉さんと…誓が同時に。

 が・ん・ば・れ!!って…大きく口を動かした。

 が…頑張れって…


「……」


 あたしは…戸惑いと…ちょっと怒りと…よく分かんない感情で…震える手で、マイクを持った。



『……家族に…』


 そこまで言うと…もう、言葉が詰まった。

 だって…

 家族に伝えたい事って…何よ…

 陸さん、いつからそんな事…企んでたのよ…

 ただのイジメじゃないの…


 見ると、父さんと母さんが、ヒヤヒヤした顔であたしを見てる。

 …何、その顔…

 母さんはともかく…父さんのそんな顔…初めて見た…

 ……ふふっ…。



『あたしは…この通り、見た目だけは…十分綺麗に産んでもらいました。』


 そこまで言うと、義兄さんが吹き出して…姉さんに叩かれた。


『だけど…すごくひねくれてて……家族の中、一人だけ…浮いてました…』


 両手でマイクを持って…あたしは息を吸う。

 そして…顔を真っ直ぐに上げた。

 もう…こうなったら…

 こうなったら、全部…


 言ってやろうじゃないの…。




『あたしの、産みの母は…あたしが10歳の時に亡くなりました。とても美人でしたが…桐生院の厳しい生活が合わなかったのだと思います。』


 おばあちゃまが額に手を当てて、それを姉さんと誓がなだめてる。

 だって…本当の事だもん。


『あたしだって…生まれた時から育ってる家なのに…厳しくて…何だか…家族がバラバラで…居心地悪かった…お嫁に来た母は、さぞかし…苦しい想いをしたに違いありません。』


 会場は…静まり返ってる。

 感動を期待してたはずの人達も、ハンカチはおさめたに違いない。


『あたしは……自分が大嫌いで…こんな、見た目だけな自分が…大嫌いで…赤毛のせいでいじめられてたのに、結局はみんなから愛されてる姉をひがんで…ひがみまくって…』


 立ち上がりかけた義兄さんを、姉さんが止めた。


『だけど…そんなあたしのひがみなんて…全然気にしない姉は…ほんっと…嫌になるぐらいお人好しで…』


 陸さんが…あたしの肩を抱き寄せた。


『あたしの嫌いな物…たくさん使って美味しい料理作ってくれるような人で…』


 あー…あたし…何でこんな事…みんなの前で喋ってるんだろ…


『その姉が…ナンパされて結婚して…もう…子供三人もいるのに…今も目も当てられないぐらい、イチャイチャしちゃって…』


 少し…笑いが起きた。


『…でも、すごく…愛に溢れてて…』


 あ…ダメだ。

 姉さんが泣いてるのが…視界に入っちゃった…

 もらっちゃいそうだ…


『…あたしも…そんな家庭…に…憧れて…』


 うん。そんな家庭にしような。

 陸さんが…すごく小さな声で、耳元で言った。


『…今、そこに立ってる母は…あたしにとっては新しい母で…こう見えても、40歳です。』


 あたしが母さんを見てそう言うと、泣いてた母さんはハンカチを握りしめて。


「もー!!何で歳まで言っちゃうかなあ!?」


 大きな声でそう言って…会場が笑いに包まれた。


『…その、40歳の母は…もう…なんて言うか……』


「……」


 母さんは、あたしが何か余計な事を言うんじゃないか…って、唇をへの字にしてみてる。

 …もー…

 そんな顔するから…


『すごく…ビックリするぐらい…明るい人で…おばあちゃまも…父さんも…今まで見た事ないぐらい…振り回されてて…』


 おばあちゃまは…両側に、ノン君とサクちゃんを抱きしめて泣いてて、二人が心配そうに見てる。

 父さんは、ハンカチで目頭を押さえたまま…顔を上げない。


『…姉さんの子供と庭でセミ捕ったり…砂場で…有り得ない物作ったり…もう…なんて言うか…ほんと……』


 少し間を空けて…


『あたし……母さんがうちに来てくれて、家に居るのが楽しくなった……』


 あたしが、母さんの顔を見てそう言うと…母さんは、すごく驚いた顔をした。


『家族のみんなの事…大好きになった……』


 もう…限界だった。

 あたしはマイクを陸さんに渡して。

 テーブルの…母さんの写真を持って。


「…あたしの母さんに…優しくしてくれて…ありがとう…」


 母さんに…抱きついた。


「麗…」


「…大好き…母さん…」


「…麗…もう…っ…」


 抱き合ってるあたしと母さんの肩を、父さんが抱き寄せて。


「…麗…もっともっと、幸せになるんだぞ…」


 まさか、父さんがそんな事言ってくれるなんて…って…

 あたし、もう…涙で前が見えなくて…


『元々、本当に誰よりも美人な妻ですが、今は感動の涙のせいでひどい状態になってます。』


 陸さんが…あたしの顔を覗き込んで言った。


「はっ…」


 あたしが顔を上げると、母さんもあたしの顔を見て…


「だ…大丈夫!!まだ…まだごまかしきくよ!!」


 慌ててそんな事言ったもんだから…大笑いされて…


『…でも、俺としては…今のおまえ、めっちゃきれーって思う。』


 陸さんはそう言うと…マイクを誰かに渡して…両手であたしの涙を拭って…


「マジで。」


 そう言ったかと思うと…

 おおおおおおおおおおおっ…て、歓声がわいた。

 陸さんは…あたしの頬を両手で持ったまま…長いキス…


「…これ、陸。いつまでするんだ。」


 陸さんのお父様が、苦笑いしてる。


「しょーがねーだろ。こいつが可愛くて仕方ねーんだから。」


「…こんな息子ですいません…」


「いえ…娘を大切にしてもらえそうで…何よりです。」


 自然と…両家の親が並んでて。

 あたしは、きっと…ぐしゃぐしゃな顔のまま、花束を両親に渡した。


 …化粧は…酷かったけど…



 きっと、笑顔は…良かった。



 と、思う。





 〇二階堂 陸


「…きれいじゃん。」


「あたりまえでしょ?誰だと思ってんの?」



 普通と順序は逆なんだが…披露宴の後、式場の隣にある教会で、超簡単な結婚式。

 と言うのも、この式の後、俺達はバス移動して二階堂でガーデンパーティーだ。

 それには、桐生院家の家族と二階堂の内々の者と、バンドメンバーだけ。

 本当に、気の許せる奴らだけだ。


 十二単からウエディングドレスに着替えた麗は…

 冗談抜きで、綺麗だった。

 内に秘めてた気持ちを吐き出した事もあったせいか…清々した顔だ。



 中座した時…控室から、麗とおふくろさんの会話が聞こえた。

 そこで俺は急遽、麗にマイクを持たせる事にした。

 …一生恨まれるかなー…なんて思ったが…

 結果、麗は退場した後。


「…ありがと、陸さん…」


 小さく…そう言った。



「こっち向いてくださーい。」


 カメラマンが手を上げながら言った。


「はーい、花嫁さんもう少し顔あげてー。」


 教会の前、記念撮影はにぎやかな笑顔の中で行われている。


「はい、いきますよー。」



 俺の隣で、麗は極上の笑顔。


 …麗の告白を聞いて…

 本当に、大事にしてやりたいと思った。

 俺達は、お互いの気持ちに気付いて…結婚までの道程が早過ぎた。

 まだまだ知らない事の方が多い。

 …日々勉強だな…こりゃ。



「麗。」


 ふいに、後ろから聖子が顔をのぞかせた。

 麗が首だけ振り返ると。


「これ、返すわよ。」


 聖子の手には、フラミンゴのキーホルダー。


「あ…」


「何が友達にもらった、よ。しらじらしいったら。」


 聖子の嫌みに言い返すこともできなくて、俺たちは顔を見合わせる。


「俺も返すぜ。」


 続いて、神さんがペンギンのキーホルダーを…


「な…何も今返さなくっても…」


 麗は唇を尖らせたが。


「そんな、大事なもん、いつまでも人に預けてんじゃないわよ。」


 聖子に、ピシャリ。

 聖子も神さんも、ほどよく酔っ払ってるからな…

 こりゃ、おとなしく頷いておいた方が、身のためだ。

 俺と麗は顔を見合わせて首をすくめた。


「…ちゃんと大事にしろよ?」


 俺がキーホルダーを見ながら言うと。


「ちゃんと大事にしてよ?」


 麗は俺の顔を覗き込んで、自分を指差して言った。


「…わあってるよ。」


「何、その言い方。」


「そんなに顔近付けたら、またキスするぞ?」


「…もうっ…」


 俺達がそんな会話をしていると…


「あー、ごちそうさま。もう早く移動しようぜ。」


 神さんが、麗の頭をポンポンと叩いて言った。


「…何よ。いつも自分はところ構わずなクセに。」


 麗が嫌味を言うと。


「おまえ、嫌がってたクセに。今日は同じ事してるんだぜ?」


 神さんは、ニヤニヤして麗に突っ込んだ。


「あっ…あれは、陸さんが…」


「はいはい。俺らみたいな愛に溢れた家庭を作りたいなら、所構わずやる事だな。な、知花。」


「うんうん。そうね。」


 知花に話しかけたつもりの神さんだが…返事をしたのは聖子で。


「…なんでおまえが返事する?」


「知花、ノン君とサクちゃん連れてトイレ行きましたよ。」


「ちっ…」


 そう言いながらも、知花を探して行ってしまう神さん。

 …本当に、知花にデレデレだよなあ…



 正直…俺には神さんみたいにデレデレになる自信はないが…

 俺は、俺なりに…

 俺の愛し方で、麗を大事にしたい。




 …とは、思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る