第46話 「扉が開きましたら、お席まで真っ直ぐにお進みください。」

 〇二階堂 陸


「扉が開きましたら、お席まで真っ直ぐにお進みください。」


 ドアの外で、係の者に言われた。

 この辺りでも一番有名なホテルのパーティー会場。

 まさか、俺がこんな場所で結婚するとは思わなかったな。

 内々の者だけで、ささやかに…が希望だったが…



「…緊張してきた…」


 隣にいる麗が、小声で言った。


「…手の平に人って書いて飲むか?」


「効くわけないじゃない…」


「ふっ。」



 相手が麗じゃ…ここまでしなきゃな。



 親父に『七五三みたいだ』と言われた紋付き袴。

 俺と織の七五三なんて、見てもないクセに。なんて、照れ隠しに悪態をついた。

 光史の袴姿を笑ったが、俺も笑われるな、こりゃ。


 今日は、この披露宴会場ではお色直しは無し。

 麗は十二単のままで二時間余りを過ごす。

 聖子は自分だったら耐えられないと言ったが…

 すでにそれを一時間以上着ている麗は、まだまだ涼しそうな顔。


 桐生院の親父さんから、面倒臭い連中のスピーチに耐えてくれと言われた。

 他の事でも考えてるから、いいさ。

 何てことない。



 扉が開いて、ゆっくり一礼した。

 会場からは、大きな拍手。

 …自分の席の遠い事遠い事…

 席表作った時に見たけど…こりゃすげーな。

 一番端の席は、霞がかって見えねーよ。


 光史の時みたいに、BGMを選ぼうとしたが…

 ま、桐生院の親父さんの顔を立てようって事で、親父さんの会社が手掛けた映画の音楽ばかりを使う事にした。


 まずは、『聖地の果て』っていう映画のエンディングテーマ。

 あれ、凄かったよなー。

 最後、主人公が…


「……」


 ふと、麗の足取りが遅くなってる事に気付いて顔を見ると。

 麗の視線は、桐生院家のテーブルにあった。


 …写真立て…?


 ああ…麗の産みの母親か…


「…麗。」


 小声で名前を呼ぶと、麗はハッとしたような顔をして…また進み始めた。


 麗は…ひねくれた小娘だったが、今はただ、正直な奴だなと思う。

 そういう所が…俺には合ったのかもしれない。



 やっとの思いで席にたどり着いて、広い会場を見渡す。


 さて…

 長いスピーチの始まりだ。














 と思ったが。

 親父さんの会社の常務が乾杯をした後。

 俺の上司(俺はビートランド『勤務』という紹介を受けた)である高原さんが…


「若い二人に、私のような者から多くの言葉は要らないでしょう。ただひたすらに幸せを願います。以上。」


 いつもよりは長いが…『私のような者から』と言ってくれたおかげか、それに続く人達は苦笑いをしながら、巻物の所々を抜粋して読むにとどまった。

 まあ…ビートランドの会長が『私のような者』なんて言ったら。

 他の誰も、その上はいけねーよな。


 あははは。

 サンキュー‼︎

 高原さん‼︎




 〇二階堂 麗


 高原さんがありがたい祝辞をしてくれたおかげで、面倒臭いと思われてたスピーチはどれも手短で済んだ。

 まあ、この披露宴自体の時間は変わらないだろうから…まだしばらくこのままだけど…

 十二単なんて、着る機会ないから…いっかな…。



『えー…陸、麗ちゃん。結婚おめでとう。』


 SHE'S-HE'Sの余興の時間が来て。

 朝霧さんが、少し緊張した顔でそう言って。

 陸さんは『らくしねー』って笑ってる。


『二人に捧げる歌を…えー…ご本人を前に歌うのは恐縮ですが、Deep Redの『Thank you for loving me』を。』


 朝霧さんがそう言った途端、会場のあちこちから『え?誰がDeep Red?』なんて声が上がった。


 ふふっ…

 分かんないかな?

 もう、どこからどう見ても、高原さんは今もロックシンガーな風貌だけど。


 もう一人…ロックシンガーの義兄さんも居るけど。

 今日は、すごく普通の人みたい。

 元々髪の毛も黒いし、今日に合わせて切ってたから、少しオシャレな一般人って感じかなあ。

 でも、その少しオシャレな一般人みたいな義兄さんは、テレビとか雑誌にも出ちゃってるから…

 遠い親戚の人達が、さっきから指差して見てる。



 今日のSHE'S-HE'Sは、姉さんがピアノを弾いて、聖子さんと朝霧さんがギター弾きながらコーラスして。

 で…早乙女さんと、島沢さんが二人で歌ってる。

 元々全員コーラス出来るバンドだから…

 二人の歌も、すごく上手かった。


 曲が終わると、司会者が高原さんにマイクを向けて感想を聞いて。


『おまえら、うちからデビューするか?』


 なんて…


「ぷっ…」


 陸さんが、隣で笑いを堪えて…あたしも少し笑えた。

 そんなあたしを見て…高原さんが優しい顔をしてくれた。

 …もしかして…あたしが仏頂面してたの…気付いてたのかな…


 それから、少し歓談の時間があった。

 あたしの衣装が珍しくて写真を撮りに来る人と。

 高原さんや義兄さんの事が気になって来る、遠い親戚の人達。



「ねえ、麗ちゃん…知花ちゃんの旦那さんって…有名な人?」


 まだ未成年のあたしのグラスには、いっぱいに注がれたジュース。


「まあ、有名と言えば有名ですね。」


「へえ~…どこで知り合ったんだろ…」


「旦那さんが、姉さんに一目惚れしてナンパしたそうです。」


「あ…そう…」


 あたしはニコリともせず、淡々と答える。

 正直、遠い親戚の人達はみんな覚えられないぐらい平凡な顔で、つまらない事ばかりを気にする。

 あたしがお茶会で着ていた着物が、子供っぽ過ぎてダサかった。とか。

 …ほっといて。



「麗ちゃん、まだ19なのに…よく許してもらえたわね。」


 遠い親戚の姉妹は、次々とあたしの隣でそんな事を言う。


「…若い内に結婚した方が、相手にも喜んでもらえそうですしね。」


 あたしが少し見上げて言うと、姉妹はあきらかにムッとした。


「い…いくら見た目が良くても…友達もいないような性格の悪い子じゃ…」


 姉妹が陸さんに聞こえるように、わざと大きな声でそう言うと。


「あはは。俺、こいつの見た目大好きなんで、少々性格悪いぐらい、何ともないっすよ。」


 陸さんはそう言って、あたしの肩を抱き寄せた。

 恐らく、陸さんの笑顔があまりにもカッコ良かったのと。

 あまり男性に免疫のなさそうな二人は…


「……」


 無言で、赤くなったり青くなったりしながら…自分の席に戻っていった。


「…陸さん、あたしの見た目、大好きなんだ。」


 あたしがそうつぶやくと。


「おまえ、見た目以外何がある?」


 目を細めてしまうような答えが返って来たけど…

 まあ…

 あたしも、陸さんの見た目を好きになったようなもんだから…

 …いっか。




 一度中座して控室に入る。

 何も食べられなかったあたしは、そこでサンドイッチを少し食べた。


 鏡に映った自分を見て…

 テーブルにあったお母さんの写真を思い出す。


 …あたしとお母さんは…似てると思う。

 きれいに産んでくれて、ありがとう。とも思う。

 だけど…あたし、すごく恨んで…殺したいとまで思ってしまった。

 どうして上手くいかない事全てを、世の中のせいとか、人のせいにするの?って…

 …でも、あたしもそうだったんだよね…

 お母さんのせいで…って。



「麗。」


 ノックと共に、母さんが入って来た。


「……何?」


「退場の時に元気がないなって思って。お腹すいてるの?」


 何それ。

 そう言おうとしたけど、あたしは無言でサンドイッチの袋を指差した。


「ああ…食べたのね。良かった。まだ式は長いしね。」


 母さんはあたしの隣に座ると。


「…きれい、麗。」


 着物の袂を少し直しながら言った。


「…ねえ…あの写真…どうして?」


 あたしが不機嫌そうな顔で問いかけると。


「え?ダメだった?」


 母さんは…キョトンとした顔。


「…だって…あんなのあったら…みんなが誰かって気にするじゃない…」


「気にしたっていいわよ。麗の本当のお母さんなんだから。」


「……」


 あたしの唇は、尖ってしまったと思う。

 何が…本当のお母さんよ…って。


「…ね、麗。」


「…何。」


「…容子さん、絶対悔やんでると思う。」


「……」


 母さんは、あたしの手を握って。


「何か理由があって…そうしちゃったんだろうけどさ…麗を辛い目にあわせた事…悔やんでると思う。」


 静かな声で言った。


「…そんなの…分かるわけないじゃない。もう…死んでるんだから…」


 最後の方は、すごく小さな声になってしまった。

 そうだよ…

 死んでるんだもん…

 分かるわけないよ。


「…でもさ、ずーーーっと、冷たく当たってたわけじゃないでしょ?麗の事、可愛い可愛いって、言ってくれてたんでしょ?」


「……」


「あたしだって、やな事がある日は、お義母さんに意地悪して嫌味言われたりするよ?容子さんは…そういうのが上手じゃなかったから、エスカレートしちゃったのかもだけど…麗が可愛くなくて、そうしてたわけじゃないはずよ?」


 …せっかく…晴れ晴れした気持ちでお嫁に行きたかったのに…

 お母さんの写真のせいで…

 上手く笑えないあたしがいた。


「…もう席に戻ったら。」


 あたしがそう言うと、母さんは手をゆっくり離して。


「誰にだって、失敗はあるの。」


 あたしの背中、ポンポンってして…出て行った。



 …そんなの…分かってる。

 お母さんは、あたしの事…自慢の娘だ…って言ってた。


 麗は可愛いわね。

 麗だけは、お母さんの味方でいてね。



「……」


 小さく溜息をついて、唇を噛みしめた。


 …あたし…






「…何ぶーたれてんだ?」


 お化粧も少し直して会場の前まで行くと、陸さんがあたしの顔を見て言った。


「…ぶーたれてても可愛いでしょ。」


 そっけなく言うと。


「いーや、今のおまえは可愛くない。」


 陸さんは、両手であたしの頬をギュッと握って。


「ほら、笑え~。」


 何だか…すごい笑顔で…だけど…


「いー!!痛いってば!!」


 あたしが大声を出しながら後ずさると。


「しっ新郎様!!何なさるんですかー!!」


 介添えの人が、慌てて陸さんを押さえ付けた。


「だってこいつがぶーたれるから。」


「お綺麗じゃないですか。」


「笑ったこいつは、もっと綺麗なんだぜ?」


「……陸さん、酔ってるの?」


 もしかして。と思って聞いてみると…


「はあ?俺が酔うわけねーじゃん!!」


「……」


 あたし、介添えの人と顔を見合わせた。

 十分酔ってるじゃないの!!


「と…とにかく、扉が開きますので…転ばないよう、各テーブルをお回りください。」


「はあ~い。」


「……」


 酔っ払った陸さんと…各テーブルを回って、お土産を配った。


 朝霧さんの時もキャンドルサービスはなかったらしいけど…

 あたしも、それは嫌だって我儘言った。


 陸さんは、どのテーブルに行っても笑顔で。

 すごくウケが良くて。

 …ほんと、(酔ってるけど)社交的な人なんだなー…なんて、今更ながら思った。


 その隣で…

 なんて人見知りなあたし。


 長い長いお土産配りの間、会場の両サイドにあるスクリーンには、あたしと陸さんの思い出アルバムみたいな場面が映し出されてる。

 陸さんは、さすがに…織さんと写った物が多かった。

 特に、小さな頃の写真は…ご両親との物が一枚もなくて。

 どうして?って聞いたら…


「両親が生きてるって知ったの、15の時なんだよなー。」


 って、陸さんは笑った。


 …冗談?



 あたしの写真は…

 どれも、お人形さんみたいに可愛い。って言われた物だけど…

 そのどれもが…笑ってない。


 最後に…家族のテーブルにたどり着いた。

 二階堂家と桐生院家にもお土産を配った。

 自己満足だけど…あたしが選んだ手帳。

 シンプルで…幸せ感なんか微塵もない。

 ただ、色だけは七色あったから…

 両家にだけは、個々に似合う色を振り当てた。

 知らないおじさん達ともお揃いになっちゃうし、陸さんに『こんな所に金かけなくても』とは言われたけど…

 何となく…ここだけ、頑張りたかった。

 すぐに捨てられるとしても。

 誰かにポイッてあげられるとしても。



 でもって…

 すごく…悩んだ…両親への花束贈呈と…挨拶。

 陸さんは、何だかスマートにまとめてて。

 あたしもそれに便乗…させてもらうはず…だった…




 のに。

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