第45話 「おめでとう。」

 〇二階堂 麗


「おめでとう。」


 顔合わせが終わって、一度控室に戻ると。


「あ…高原さん。ありがとうございます。」


 その姿に、あたしは…笑顔になった。

 高原さんは、あたしの姿をじっと見て。


「十二単なんて、なかなか見る事ないから貴重だな。」


 優しく笑ってくれた。


「最初はドレスだけの予定だったんだけど…こんな時しか着れないからって、おばあちゃまが言い張るから…」


「いい思い出になる。」


「そっかな…」


 …照れ臭い。

 あたし、赤の他人なのに…この人の前で大泣きしたり、我儘言ったり…

 …でも、姉さんの父親…だよね。

 あたしとは血の繋がりはないけど、姉さんの実の父親だとしたら、あたしにとっても…そう思ってもいい所はあるって事で…


 父さんの事、昔ほど苦手じゃなくなった。

 ずっとほったらかされて…愛されてないって思ってたけど…

 姉さんが寮から戻ってからというもの、桐生院には色んなドラマみたいな事があって…

 家族になれたと思う。


 その中で、父さんも…あたしと誓に歩み寄るために頑張ってくれた…とは思う。

 だけど…何だろう。

 ここ数年、父さん…すごくあたし達に遠慮してる部分があるように思う。


 …もう、その距離感は変わらないのかな…



「この前、貴司と飲みに行った時に…」


 高原さんが、紙コップにお茶を入れてくれた。

 あたしはそれを手に持って、ゆっくりと…口をつけた。


「麗の小さい頃の話を、延々とされたよ。」


「…え?」


 意外な言葉に、顔を上げた。


 …父さんが?


「珍しく饒舌だったな。誓より先に麗が歩き始めて…って、懐かしそうに話してたよ。」


「……」


 何でかな…

 ちょっと…嬉しくてドキドキした。


「…あたし…」


 あたしは、紙コップをテーブルに置いて…ゆっくり話し始める。


「父さんに…嫌われてるって思ってた。」


「…どうして。」


「嫌われてるって言うか…興味がないんだろうなって。」


「……」


 本当に。

 元々無口な人だけど…

 それにしても、絶対今日は叱られるよね。って事を誓としたとしても…

 父さんは、あたし達を叱りもしなかった。

 いつも、その役目はおばあちゃま。

 父さんは…いいとも悪いとも言わない。



「あたし達って…本当に父さんの子供なのかなあ…って、誓と悩んだ事もあったの。」


 あたしの言葉に、高原さんは小さく笑って。


「俺から見たら、二人とも貴司にそっくりだけどな。」


 そう言った。


「どこが?全然似てるとこないよ。」


「似てるさ。言いたくても言えない性格とか、勝手に嫌われてるって被害妄想する所とか。」


「え…」


 高原さんは紙コップのお茶を飲み干して。


「貴司も、色々怖かったんだと思う。仕事仕事で家に居ないクセに、って言われるのは堪えるだろうしな。」


 あたしの顔を見た。


「あたし、そんな事一度も言った事ないよ?」


「だから、貴司も被害妄想が酷いって事だよ。」


「……」


「言った事はなくても、思ってたんだろ?」


 …図星だった。

 あたし…態度に出てたのかな…



「今日は、本当…とびきり綺麗だ。」


 高原さんはそう言って、あたしの肩に手を置いて…ポンポンってした。


「今より、ずっとずっと幸せになるんだぞ?」


「……」


 そう言われたあたしは…無意識に…高原さんに抱きついてた。

 なんだろ…

 あたし、こういうの…苦手なんだけど…


「…大サービスだな。」


 高原さんは、あたしをゆっくりとハグして…


「じゃ、式場でな。」


 笑顔で、控室を出て行った。


 ……あたし、気付いた。





 すごく、すごく…

 あたしって、幸せだったんだ。って…。




 〇桐生院さくら


「…大丈夫か?」


 親族の顔合わせの後、貴司さんがそう言ってあたしの顔を覗き込んだ。


「え?どうして…?」


「いや…顔色が良くないから。」


「……」


 あたし…聖を産んでからずっと、みんなに心配かけっぱなしだよね…

 もう五ヶ月も経つのに…

 さっきだって、控室でボンヤリしちゃって、千里さんに心配かけたし…


 ダメダメ!!

 しっかりしなくちゃ!!


「大丈夫!!あたし、みんなが思ってるより元気!!」


 そう言ってガッツポーズしてみせると…


「あたっ。」


 後ろにいた誓の顔に、手が当たってしまった。


「あっ…ご…ごめん。大丈夫?」


 誓の顔を撫でて言うと。


「も~…母さん、そんなテンションで最後まで持つ?」


 誓は眉間にしわを寄せて、渋い顔をした。


「も…持つわよ。あたし、体力には自信あるから…」


 …とは言っても…

 本当、ここ数ヶ月は眠気に負けて、すぐ寝ちゃってたからなあ…

 今日、パーティーの最中に眠らないか心配だよ…



「…さくら、これは…?」


 あたしが披露宴会場に持って行こうとしてる容子さんの写真。

 今朝、千里さんが雑貨屋さんできれいな写真立てを買って来てくれた。


「だって、麗の結婚式だよ?容子さんも見たいに決まってるじゃない。」


「……」


「……」


 貴司さんと誓は…少し複雑だったのか。

 顔を見合わせて…そして、写真をテーブルに置いた。


「何でそんな顔するのー?」


 あたしがそう言うと、誓はその写真を手にして。


「…うん。これ、綺麗な写真だし…いいんじゃないかな…」


 そう言ったんだけど…

 貴司さんは、相変わらず複雑な顔のまま…お茶を入れに部屋の隅っこに行った。


 …気に入らないのかな?



 あたしは貴司さんに近付くと。


「相談しなくて…ごめんなさい。」


 小さく謝った。

 すると、貴司さんはしばらく何か考えてるみたいだったけど…


「…いや、麗の晴れの日だからな…」


 まるで、自分に言い聞かせるみたいに言って…


「私は先に写真をテーブルに置いてくるよ。」


 写真立てを手にして、会場に向かった。


「……」


 あたしは、その後ろ姿を見ながら…何となく、気持ちが沈んだ。

 貴司さん…相変わらず思った事を口にしてくれないよね…

 あたし達、家族なのに…。




 〇高原夏希


 今日の俺の席は、貴司の会社の上層部と同じテーブル。

 SHE'S-HE'Sと同じテーブルに座りたかったが、立場的にここにしてくれと貴司に頼まれた。

 …ま、仕方ないか。



「高原さん。」


 会場の入り口で光史と話してると、貴司が来た。


「ああ、おめでとう。」


「ありがとうございます。朝霧君も、今日はどうもありがとう。」


「おめでとうございます。」


 そんな挨拶を交わして、自然と…貴司と並んで会場に入った。


「…それは?」


 貴司が手にしている物を指差すと。


「…さくらが、麗の晴れの日だから…と。」


 貴司が手にしていたのは写真立てで。

 くるりと写真の面を表にして見せられたのは…


「……」


 それは…貴司の亡くなった前妻、容子さんだったが…


「…本人が、この写真を気に入っていたようで…アルバムの一番後ろに貼ってあったんです。」


 その写真は、遺影で見る冷たさを感じさせる美しい女性とは違い…俺の兄との密会で撮られた笑顔に近い。

 リラックスした笑顔の、可愛らしい女性に思えた。

 そして、その写真を撮ったであろう場所は…


「…さくらは、何も気付いてないんだよな?」


 俺は小声で貴司に問いかける。


「…恐らく。私も決して口外はしていませんし…するつもりもありません。」


「……」


 貴司を疑う気はない。

 本当に…貴司はさくらを大事にしているし…桐生院の家族を守ろうと必死だ。

 その点では…俺達は共通している。


 ホテルでの密会写真を見せられて、外でしか会っていないのだと漠然と思っていたが…

 この写真の背景は…今はもうない、高原家の…兄の部屋だ。

 懐かしいカーテン。

 当時は豪華に思えたが、今となっては時代錯誤に思える壁紙の模様…



「…貴司。」


 写真立てをテーブルに置く貴司に問いかける。


「…何でしょう。」


「容子さんに興味はなかったと言うが…多少なりとも、気持ちはあったんだろう?」


「……」


「おまえと付き合って来て…最初に抱いた印象とは違う事が色々分かって来た。」


 俺の言葉に、貴司は小さく溜息をついて。


「…会社を守る事を優先していたので…小さなことには目を向けまいとしていました。」


 容子さんの写真を見ながら…そう言った。


「私がさくらを忘れられなかったのは事実です。容子を愛せなかったのも。ですが…全く気持ちがなかったかと聞かれると…それには自信がありません。」


「…当然だ。家族になれば、色んな意味で情は湧く。」


 俺にとっての周子がそうであるように…

 さくらの幸せを強く願う傍ら、俺は周子の幸せも願う。

 愛の形は、歳を取ると共に変化がある事に気付いた。

 それは、自分によって…深さも大きさも変わる。



「…辛かったな。あれだけの会社を一人で。」


 貴司の背中をポンポンと叩いて言うと。


「…あなたは今も一人で、あれだけの会社を守っておられるでしょう?」


 貴司はクスリと笑って言った。


「俺は一人じゃやってない。とてもじゃないが、無理だ。みんなの助けがあってこそだぞ。」


「…そうですね…私も…もっと部下を信用しなくては…」


 貴司はそう言いながら写真立ての縁を指でなぞって。


「…面倒臭いテーブルかもしれませんが、宜しくお願いします。」


 俺の顔を見上げた時は…少し笑顔だった。

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