第38話 瑠歌は何を着ても安定の美しさだった。

 〇朝霧光史


 瑠歌は何を着ても安定の美しさだった。

 普段、家ですっぴんのまま、部屋着でストレッチしてる姿なんか見ると…


 19歳。


 と思えるが…

 こうして着飾ると、聖子はともかく…知花よりは年上に見える。

 知花は…ふわっとしてて三児の母とは思えない。

 歌うと豹変するけど、いつもは…そこにいるだけで癒しになる。

 …俺にとっては、だけど。


 ノン君とサクちゃんと、知花と暮らしていた頃は…

 本当に、神さんに近付いたような錯覚もあって…幸せだった。

 歪んだ気持ちでのそれだとしても…ずっと、妙な怒りの塊を抱えて生きている俺には…

 あの三人との生活は、ここ数年の中で一番…心が穏やかだったように思える。


 だが、知花は神さんと復縁した。

 俺も、知花への気持ちも、神さんへの気持ちも…消化と言うより、昇天させる事が出来たと思う。

 それもこれも、瑠歌のおかげだ。

 まだどこか不確かな部分はあったが…

 かき乱されて、少しムキになって…笑えた。

 俺の新しい面を引き出してくれた気がして。



 さっきのドレスとは違って、身体の線がハッキリ分かるウエディングドレス。

 どうだ。

 羨ましいだろ。

 野郎どもには、そんな優越感が湧いた。


 丹野さんの歌が流れる中、俺と瑠歌は各テーブルに寄って、全員で写真を撮った。

 本来はキャンドルサービスを勧められたが…

 瑠歌が『めんどくさいから、写真でもいいですか?』と。

 …俺も、そっちの方がありがたい。



 みんなが笑顔で嬉しかった。

 そうやって、全部のテーブルを回って、席に着いた。

 さあ…後は、Deep Redからの恐れ多いお祝いの曲と…両親への、花束贈呈。

 内心すごく嫌だったが、やると決めたからにはちゃんとやる。

 …瑠歌のためだ。



『光史、瑠歌、おめでとう。』


 高原さんが、マイクを持った。

 ドラムセットの持ち込みはOKだったが、あえてのアコースティック。

 ミツグさんはカホンという木箱のような物の上に座って、ポコポコと温か味のある音を出した。


『二人が…』


「…?」


 高原さんが言葉に詰まって、みんなが注目する。

 ギターを担いでる親父も、驚いた顔で高原さんを見た。


『…俺も歳だな。人の幸せが、こんなに沁みるとは思わなかった。』


 その言葉に…隣にいる瑠歌はうつむいて涙を流して、俺は…


「…ほら。」


 ハンカチを手渡した。


「…ありがと…」


『二人が、ケンカをしながらでも…永遠に小さな幸せに気付ける夫婦でいられるよう、捧げます。』


 祝辞より長い言葉に、各テーブルから少しの野次と大きな拍手。


『All about lovin' you』


 ああ…あの名曲を歌ってくれるなんて…

 これは、まずい。

 泣かないと賭けた俺でも…これは…



「……」


 瑠歌が、テーブルの下で俺の手を握った。

 見ると、瑠歌は涙を止められない。

 …高原さんの歌もだが…

 親父のギターソロは、普段のそれと違って…優しかった。

 …とても。


 さすがに胸に響く物が多々あったが…

 俺は…

 俺は、親父を許せない。


 母さんがあの日…どんなに苦しんで、どんなに心細かったか。

 なのに…ギターを直してた?

 気が付いたら夜中だった?


 …ふざけんな。


 人助けだったと後で分かっても。

 それは…親父がそこまでしなくちゃいけない物だったのか?

 母さんは、命を懸けて…渉を産んだのに。




 〇高原夏希


 光史と瑠歌の結婚披露宴で、歌を歌って欲しい。

 そう言って来たのは…マノンだった。

 若い二人の宴に、俺達がしゃしゃり出る幕なんてないだろう。と答えたが…

 マノンが提案して来て数分後、光史にも頼まれた。


『恐れ多いですが…自分へのプレゼントとして、お願いしたいです。』と。


 小さな頃、俺達のリビングセッションで育った光史。

 そんな光史の頼みとなると…断る理由がない。

 もう、しばらく歌ってなかった俺は、スケジュールの合間をみてスタジオに入った。


 …気持ちを込めようとすると、何度も詰まった。

 誰にも見られていないのに…緊張した。



 さくらのために書いた曲。

 だが今ではもう…ただのラブソングにしか過ぎない。

 それでも、気持ちを込めようとすると…あのトレーラーハウスの日々が蘇って…切なくなった。

 しっかりしろ。と言い聞かせては…マイクを持ち直した。


 そんな、ささやかな特訓を重ねて迎えた…今日。

 俺は…心を込めて、歌った。

 光史と瑠歌が、どうか…永遠に幸せであるように。


 途中、何度も泣きそうになった。

 …ははっ。

 本当に、歳だな。


 F'sに加入した今、マノンのギターテクニックはさらに上向いた。

 千里や圭司と新曲を作って、レコーディングをしてライヴをする。

 それが、どんなに刺激か…俺には分かる。

 それによって、マノン…だけじゃない。

 ナオトも。

 二人は、くすぶっていた才能を開花させ、さらにまたつぼみを作り続けている。

 …全く、楽しみな奴らだ。


 そんなマノンが引くギターソロと、それに絡むナオトのピアノは…かなり胸に響いた。

 そんな奴らの演奏に恥じないよう、ちゃんと歌わなくてはと気合が入る。


 着飾った瑠歌は、涙で目を赤くして。

 それを…光史が少し笑いながらハンカチで目元を拭う。

 どうか…

 どうか、光史の心の中にある塊が。

 今日、この後のサプライズで…とける事を祈りたい。



『本当に、おめでとう。』


 歌い終わってそう言うと、光史と瑠歌は立ち上がって拍手してくれた。

 二人だけでなく…会場中が、立ち上がっての拍手。

 見ると、SHE'S-HE'Sのテーブルは、全員が泣いている。

 …おいおい。

 光史だって泣いてないのに。



「ナッキー、さすがだな。グッと来たぜ。」


 席に戻りながら、ナオトが言った。


「あ?俺はおまえの鍵盤に泣きそうになったけどな。」


「いやー…マノンに引っ張られた。あいつのソロ、今までで一番だったな。」


「…確かに。」


 マノンは親族の席に戻って、鈴亜と渉とハイタッチをしていた。

 その隣で、るーちゃんは…涙。


 …さあ、サプライズだ。



『それでは、これから、新郎新婦様による花束贈呈です……が。』


 席を立ちかけた光史と瑠歌が、ん?と司会を見る。


『サプライズ映像が…用意されている…と言う事ですので…皆様、ご覧ください。』


 会場中が、ざわついた。

 そりゃそうだ。

 これを知ってるのは、俺とるーちゃんだけだ。

 司会者も、今スタッフから原稿を渡されて、戸惑いながら読み上げたぐらいだ。



 この会場にいるほとんどの人物が…

 マノンと光史の少しの険悪さに気付いてる。

 それが…今日。

 なくなる事を、信じて止まない。



 入り口に再びセットされた大スクリーン。

 そこに映し出されたのは…アメリカのマノンの家。


「うっわ~…懐かしいな!!」


 ナオトとミツグとゼブラが、指を差して笑った。

 そして、場所は外からリビングへ。

 そこでは、リビングセッションをしている俺達がいた。


『日本からやって来たDeep Redという若者達は、あっと言う間にスターダムにのし上がり、今では全米どころか、世界のロックスター。世界のDeep Redです。』


「あ~…確かこんな番組作られてたな。」


「あの頃、こんな撮影ばっかだった気がするけど、本当に放送されてたのか?」


「ゼブラ若いな。」


「おまえが言うかよ。」


 俺達は、それぞれがそんな事を言いながら、画面を見入った。


 その、リビングセッションの場面で…


『息子の光史でーす。』


 マノンが、光史を抱き上げて言った。


『めっちゃ可愛いやろ?絶対将来は男前やな。あ?もちろんギタリストやろ。』


 マノンに抱かれてる光史は、まだ二歳ぐらいか…

 丸い目をカメラに向けて、キョトンとしている。


「わー!!光史可愛い!!」


 SHE'S-HE'Sのテーブルから声が上がって、光史は頭を抱えている。

 …ふっ。

 まさか、だろうからな。

 こんな映像。


 この映像は、お蔵入りした物だ。

 放送される前に…さくらが出て行ってしまって、俺の声が出なくなって…

 Deep Redは終わった。と、色んなメディアで叩かれた。

 その後、返り咲いた時には内容も古くなっていて。

 もはや、その存在すら誰も覚えていなかった。


 るーちゃんは、その放送をとても楽しみにしていたらしく。

 撮影クルーに連絡を取って、金を出して買ったらしい。

 もちろん、誰にも内緒で。

 本来、売ってはくれない物だ。

 いくら出したか気になるが…そこは聞かずにおいた。


 るーちゃんは、その映像を、いつか…Deep Redのために。と、取っておいたらしい。

 マノンにも秘密にしたまま。

 だが、今回…どうしても、と。


 編集前の映像は、家族の場面が多く撮影されていた。

 光史はずっとマノンの膝の上。

 時々光史が何か言葉を発すると、それだけで…


『聞いたか!?今の光史の声、めっちゃ可愛い!!』


 そう言って、光史を抱きしめる。

 マノンの腕の中の光史は、マノンの頬に手を当てながら、破顔で笑っている。

 …たまらないな…本当に。

 こんな映像見せられちゃ…


 親族の席で、マノンは画面を見入ったまま号泣。

 その隣のるーちゃんが、少し笑いながら…マノンの涙をハンカチで拭う。




 一方、光史は…

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