第37話 そろそろ時間だと言われて、メンバーが会場に入って行った。

 〇朝霧光史


 そろそろ時間だと言われて、メンバーが会場に入って行った。

 俺は一人、ポツンとソファーに座ったまま瑠歌を待った。


 …結婚か。


 瑠歌に両親が居ない事、唯一の身寄りである丹野方の祖父母は高齢で共に施設に入った事もあり、うちでの同居が決定。

 そこから当然のように…あっと言う間に結婚が決まった。


 そもそも、俺はプロポーズなんて…してないんだよな。

 飯の最中に、親父が言った『で、いつ式挙げる?』って言葉から…なぜか、トントン拍子に話が…

 ま、うちの親は早婚だったし、これが自然な事だと思ったんだろうな。



「新郎様、お待たせいたしました。」


 呼ばれて振り返ると、介添え人がいた。


「ああ…時間ですね。」


 立ち上がって、袴の裾を軽く叩く。

 入り口に向かおうと歩くと…


「お待たせ。」


 瑠歌が、隣に並んだ。


「……あれ、何だっけ…やめたのか?」


 頭を指差して聞く。

 確か…色打掛の時は、何とか高島田…

 やたら重そうなカツラを…


「あれも良かったけど、お義母さんともう一度見に来て、地毛で結ってもらう事にしたの。」


「……」


「言わなくてごめんね。」


 そう言って、瑠歌がペロリと舌を出した。


 …いや。

 別に、全然かまわない。

 無言になったのは…

 本当、めちゃくちゃ綺麗だなと思って見惚れてただけだ。


 地毛で結われた髪の毛に、大きな赤い花。

 着物なのに、ドレスに見間違えてしまうような着こなし方。

 …色打掛…だよな?


「新婦様がアレンジされて、このようになったんです。斬新ですが、とてもお似合いです。」


 介添え人がそう言って、なるほど…と、俺も上から下まで…眺めた。

 こいつ…本当にモデルなんだな。

 って、今更ながら…

 で、ついでに…ドレスも楽しみになって来た。

 俺の嫁になる女、こんなに綺麗なんだぜ。って。

 すっげー自慢だなって思った。

 …言わないけどな。



「では、扉を開けます。」


 そう言われると、少し緊張した。

 当初、俺が前で瑠歌は後ろをゆっくり歩く設定だったが、腕を組んで並んで歩く事になった。

 BGMは瑠歌が選んだ…親父のソロアルバムからのインスト。

 少し…背筋を伸ばす。

 俺、瑠歌の隣で地味過ぎだな。なんて、少し笑えた。


「光史、笑って。」


 隣で、瑠歌がそう言って。


「…笑えるかよ。」


 俺はそう言いながら…少し笑った。

 扉が開いて、一斉にみんなの視線がこっちに集まった。

 そして予想以上に…瑠歌を見て、歓声が上がった。


「うわあ…綺麗!!」


「さすが…」


「えー?着物だよね?カッコいい!!」


 瑠歌を見ると…満面の笑み。

 …さすがだな。


 そのまま、席に向かって歩く。

 遠くないはずなのに、その距離が永遠に続くように感じられた。


「おめでとう!!」


「瑠歌、きれいやで!!」


 今日は、FACEのメンバーも列席。

 瑠歌は、複数いる父親みたいな存在から声をかけられて、ほんのり目を潤ませた。



 やっと席にたどり着いて…

 簡単に、俺と瑠歌の紹介があった後、ナオトさんの音頭で乾杯があって。

 いつもの事ではあるが…


「おめでとう。永遠に仲良くしてくれ。以上。」


 高原さんの、簡潔過ぎる祝辞。

 もっと喋れーって野次に、会場は笑いに包まれた。


 その後、歓談と…何人かにお祝いのメッセージをもらって…

 お色直し。

 俺はずっとこのままでも良かったんだが…

 新郎様、もっとやる気を出しましょうよ!!と、衣装選びの時、担当の人に言われて…

 まあ、いいか…と。


 俺はさておき、瑠歌のドレス姿は楽しみではあった。

 ちなみに、俺はこの着替えで終わるが。

 瑠歌は、このドレスの後がウエディングドレスらしい。

 瑠歌はそれだけでいいと言い張ったが、母さんが譲らなかった。

 せっかくだから、と。


 まあ…確かに。



「あ、やっぱりこっちの方がしっくりくるね。」


 相変わらず扉の前で先に待ってた俺を見て、瑠歌が笑った。

 …袴はそんなに似合わなかったらしい。

 センは、お世辞だったんだな?


 そういう瑠歌は…




 〇朝霧瑠歌


 振り袖を着て写真撮った時は、綺麗だって誉めてくれたのに…

 今日の光史は、全然あたしを誉めてくれない!!

 ちょっとムカつきながらも…でも、すごくしっかりサポートしてくれてるのが分かるから…

 まあ…いっかな。

 …急にキスしてくれたのも…嬉しかったし…


 神前式の前にキスされた事を思い出して、一人で照れてしまった。



「新郎様、絶対惚れ直しちゃいますよ…」


 カクテルドレスに着替えた所で…介添えさんとかメイク(ほぼ自分でやってるけど)の人とかに言われた。


「…そっかな…彼、全然褒めてくれない。」


 あたしが唇を尖らせると。


「照れてるんですよ!!あんまりお綺麗だから!!」


 みんな、口を揃えて言ってくれた。


「そ…そうかな…そうだと嬉しいけど…」


 カクテルドレスは…瑠璃色にした。

 サテン生地で、ライトが当たるとゴールドの模様が浮き出て見える、少しゴージャスな色合いなんだけど…

 裾のフリル使いと、バックにふんだんにあしらわれてるリボンで、可愛らしさも出してる感じ。

 髪の毛も、キッチリまとめるんじゃなくて…おろしてルーズな感じで編み込んだ。


 …可愛いって言ってくれないかなあ…



 お互い…好きかもって気持ちより先に、体の関係を持ってしまった。

 あたしはー…たぶん、光史より先に…気持ちが追い付いた。


 好き。

 光史の事…大好き。って…

 だけど光史は…

 あたしが丹野廉の娘だから。

 同情して部屋に置いてやってる間に、情に流された。って感じに思えなくもなくて…


 それから、父さんのセレモニーを開催するって話になって…

 あの頃から、光史の実家で同居する話も出て…

 一応光史は、あたしの事、彼女って紹介してくれたけど…

 光史、あたしの事…

 好き…って…

 一度しか言ってくれてない。


 本当は、それが不安だけど…

 でも、光史…言ってくれた。

 あたしに寂しい想いはさせないって。

 …すごく…嬉しかったな…


 光史は本当…いつも無口で。

 家でもほとんど喋らない。

 だけど、あたしが一人で何かしてると、気にしてくれたり…

 すごく優しい…。


 どうして今まで結婚出来なかったんだろ…


 ボーカルの知花さんの事が好きだった…とは聞いたけど…

 本当なのかな…



「さあ、行きましょう。」


 ドレスの裾を持って歩き始める。

 高いヒールも久しぶり。

 転ばないようにしなくちゃ。


 会場の前に行くと、スーツ姿の光史がいた。


「あ、やっぱりしっくりくる。」


 あたしがそう言うと。


「…センは袴が似合うって言ったが、社交辞令か。」


 光史は小さくボヤいた。


「ふふっ。袴姿も新鮮だったけどね。」


 あたしがそう言って腕を組むと…


「……」


 光史が、あたしをじっと見てる事に気付いた。


「…何?」


 首を傾げて問いかける。

 可愛いって言ってくれないかな。


「…おふくろさん、おまえのこの姿…見たかっただろうなと思って。」


「……」


 思いもよらない言葉に、あたしは…絶句した。

 申し訳ないけど…

 すごく申し訳ないけど…

 あたし、そんな事…思いもしなかった。

 母さんに…見せたかった。とも…思わなかった。


 だって…

 あたしを残して、勝手に死んだ人だよ…?



 つい…眉間にしわを寄せてしまったと思う。

 そりゃあ…母さんを追い込んだ父さんを…恨んでたけど…

 あたしは…母さんの事も許せずにいた。

 父さんが、実は母さんの事もちゃんと想ってたって知って、良かったとは思ったけど…

 それでも…あたしの中では…



「そんな顔すんな。」


 不意に、光史があたしの顎を持ち上げた。


「…光史が変な事言うから…」


 キスなんてしない。

 そんな感じで、あたしはぷいっとそっぽを向く。


「そんな顔しても無駄だぞ。」


「…何がよ。」


「…今日は、そんな顔しても美人だ。」


「……」


 えっ。

 今…光史…


「どうせ美人なら、笑ってる方が俺は好きだな。」


 あたしは…

 真っ赤になってしまったのだと思う。

 あたしを見てる光史の向こう側で、同じく赤くなってる介添えさんが。


「そ…そろそろ扉が開きますよ。」


 照れながら、そう言った。


 …やだな、もう…

 光史って…あたしの事、手の平で転がしてるよね…

 でも…嫌じゃないかも…。



 最初の入場の時は、和装って事もあって…

 光史のお父さんがソロで出したCDの中から、和の曲を流してもらった。

 あたしがそれを選んだ時、光史は『え』って目を細めたけど。

 あたしは、ギターで和を表現できるなんてすごい!!って感動した。

 お義母さんも喜んでくれたし、あたし的には、大満足。


 そして…二曲目は。


「わあ…気持ちいい…」


 扉が開いた瞬間、つい…つぶやいてしまった。

 ピアノとアコースティックギターとベースに合わせて、ボーカルの知花さんが歌ってくれてるのは…

 あたしがSHE'S-HE'Sの中で一番好きな、恋の歌。

 From the heartのショートバージョン。

 本当これ…あたしの気持ちそのまま。

 生演奏で入場って、贅沢!!

 だけど、隣にいる光史は…うずうずしてるみたい。

 ドラム叩きたいのかな?

 ごめんね。



 あたしと光史が席に着く頃、歌も終わった。

 そしてそのままSHE'S-HE'Sの余興って事で…何か生演奏なのかな?って思ってたんだけど…


『瑠歌ちゃんのリクエストに応えたら、こうなりました。』


 聖子さんがマイクを持ってそう言うと、会場が暗くなって…

 いつの間にか設置されてた、大きなスクリーンに映像が映し出された。


「ぶっ…」


 早速飲まされてたビールを噴き出す光史。

 スクリーンには、光史がドラムを叩いてる姿が…


『瑠歌ちゃん、どうかな?』


 きゃ~!!!!!!!!

 もう、あたし…心の中で大絶叫!!

 カッコいい!!

 光史、カッコいいーーーー!!!!!


「ありがとうございます!!嬉しい!!」


 両手で頬を押さえながら、立ち上がってSHE'S-HE'Sの皆さんにお辞儀する。

 そんなあたしに。


「お…おまえ、何リクエストしてんだ…」


 光史が狼狽えた様子で言った。


 でも、あたしの視線はスクリーンに釘付け!!

 スタジオで撮影されたらしいその映像は、SHE'S-HE'Sの練習風景らしい…

 固定カメラで前後左右からの光史が撮られてて、色んな角度の光史が映し出される。


 あーーー!!最高!!

 一曲丸ごと光史だらけ!!


 あたしは大満足だったけど…隣の光史はグッタリ。


『お幸せにね~。』


 満面の笑みの聖子さんに。


「おまえら…余興サボりやがって…」


 光史は低い声でぼやいた。



 聖子さんは…光史の幼馴染。

 家が真向いで、黒くて長い髪の毛がすごく印象的な…カッコいい女の人。

 すごく、真っ直ぐに目を見て話す人で…最初は少し苦手だって思った。

 だけど…あたしが朝霧で暮らし始めて、毎日のように声をかけてくれて。


「これ、内緒ね。」


 なんて言いながら、光史がソフトクリーム食べてる写真をくれたり…

 酔っ払って大口開けて笑ってる写真くれたり…

 気が付いたら、あたしは聖子さんからもらったお宝写真にも、随分励まされてた。

 いつか、あたしの前でも…こんな顔して欲しいなって、心底思う。


 うん。

 絶対、こんな顔させてやる。

 だって…

 あたし達、夫婦になったんだもん…。



 それから、ちゃんと食べれるケーキを二人でカットして。

 少し食べたり飲んだりって時間があって…

 お祝いの言葉を、各テーブルからもらったりして…

 何だか、すごくホンワカした、あったかい披露宴だなあって感激してると…あたしのお色直しの時間が来た。


 うーん。

 たくさん着替えられて嬉しいけど、ここにいたいなあ…なんて思っちゃった。

 だけど、お義母さんの希望もあったから…



 最初の衣装選びは光史と二人で来た。

 写真を撮って持って帰って、朝霧家のみんなに見せると、鈴亜ちゃんとお義母さんの反応は…すごかった。


「わー!!綺麗!!」


 どの写真を見ても、そう言ってくれて…

 嬉しかったけど、照れ臭かった。

 モデルなんてしてると…綺麗で当たり前みたいな感じで。

 カメラ構えられて、いいねー、綺麗だねー、って。

 だから…そんな風に、大声あげて言われると、ちょっと…本当かなって、嬉しかった。


 写真でこれって決めて、正式に申込みに行ったのは、あたしとお義母さんだった。

 光史は急な取材が入って、式場へ行く日程を変えるか?って言ってくれたけど…

 お義母さんがワクワクしてたし…そのまま二人で行った。



「ねえ、瑠歌ちゃん。」


「はい。」


「光史は、優しい?」


「…え?」


 すごく、意外な事を聞かれた気がした。

 そんな事…お義母さんの方が良く知ってるんじゃ?


「…あ、優しいです…」


 あたしが驚いたような顔のまま答えると、お義母さんは首をすくめて。


「ごめんね。変な事聞いて。」


 まるで、友達にするみたいに…ペロッと舌を出した。


「母親のあたしが言うのも変だけど、光史はすごく優しい子なの。」


 少し、はにかんで言うお義母さんを、可愛い人だなって思った。


「だけど…厳しい所もあってね?」


「厳しい所…」


「うん。だから、瑠歌ちゃんが嫌な想いするような事があったら、すぐに言って。」


 お義母さんは、笑ってるんだけど…どこか寂しそうな笑顔だった。



「もう…何着ても素敵です!!」


 介添え人さん達に褒めちぎられて、嬉しいけど恥ずかしい。

 あたしはカクテルドレスとは全くタイプの違うマーメイドスタイルのウエディングドレスを着て、扉の前に立った。

 髪の毛はトップで束ねた。

 小さなティアラは、昔憧れた童話のお姫様の気分にしてくれた。


「扉の向こうで新郎様がお待ちです。開いたら、隣に並んで一礼してお進みください。」


 係の人の説明を聞いて、あたしは背筋を伸ばす。

 この入場曲は…父親である丹野廉の曲を選んだ。

 母さんに…捧げたと思いたい、ラブソング。


「どうぞ。」


 合図と共に扉が開いて、父さんの歌声が響いた。

 ライトが眩しくて目を細めたけど…そこで手を出してくれてる光史が…少し笑顔で嬉しかった。


「…お待たせ。」


 小さくつぶやくと。


「…何着ても…だな。」


 よく聞き取れなくて。


「え?」


 顔を近付ける。


「…もう言わない。」


「もうっ…ずるい…」


 腕を組むはずだったけど…光史が手を繋いでくれたから、そのままでいた。

 あたしは、腕を組むより手を繋ぐ方が好き。



 親族のテーブルに近付くと、お義母さんがすごく…泣いてた。

 それを見たら、あたしももらいそうになったけど…我慢した。


 あともう少しで、この夢のような時間も終わっちゃうんだなあ…

 そう思うと、少し寂しい気もしたけど…

 ギュッと握られた手は…これからもずっと一緒なんだよね…?

 って。

 あたしは、少しずつだけど…

 初めて味わう気持ちを、噛みしめた。



 …これが、幸せ…なのかな。

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