第34話 「母さん、これ見て。」

 〇桐生院さくら


「母さん、これ見て。」


 あたしが聖を抱っこして広縁で庭を眺めてると、麗が写真を持って来た。


「わあ、綺麗。」


 その写真は、麗がドレスの衣装選びに行った時の物。


 あたしもついて行きたかったんだけど…

 最近、どうしたのかな…

 すごく、眠くて。

 ボンヤリしてる事が多くて。

 貴司さんに、病院に連れて行かれてしまった。


 貴司さんも先生も、あたしにはハッキリは言わなかったけど…

 貴司さんが家族にコソコソと話してるのを見てたら…

 唇が『産後鬱』って動いてた。


 …あたし、二度目とは言え、二十年以上ぶりの出産。

 でも、妊娠中はすごく楽しかったし、お産も楽だったし。

 みんなが世話してくれるから、育児だって…なんちゃってみたいで…

 ストレスなんて、溜まってないんだけどなあ。

 反対に、こんなに楽させてもらっていいのかなあ?って思うのが…ストレスになってるとか?

 …まさかね。


 だけど、いつもボンヤリしてるあたしでも、目がパッチリしちゃうほど…

 麗のドレス姿が可愛い!!


「うわ~、どれにするの?どれも可愛い!!」


 麗に一枚ずつ並べてもらって、あたしは超笑顔でそれを見た。

 本当、可愛いなあ…麗、良かったよ…


「…ねえ、母さん。」


「ん?」


「あたし、お嫁に行っても、毎日来るから。」


「…え?」


 麗の言葉に、あたしは写真から顔を上げる。


「だって…母さん大変でしょ?おばあちゃまは華月を見てるし…ノン君とサクちゃんだっているし…」


 麗が遠慮がちにそう言って、あたしは聖を見て、また麗を見て。


「えー、大丈夫よー。知花だって仕事は控え目だし…。麗は新婚生活を楽しんで。それで、たまに来て惚気を聞かせてよ。」


 あたしは笑ったんだけど…


「あたしが来たいの。」


 麗は…真剣な顔。


「…もしかして、麗…マリッジブルー?」


「……」


 綺麗なドレスを着て、ほんのり笑顔な写真の麗。

 だけど…あたしの目の前の麗は、瞳一杯に涙を溜めてる。


「あらあら…どうしたのー?ノン君とサクちゃんが来たら、ほっぺた叩かれちゃうよ?」


 あたしは聖を座布団の上に寝かせて、ティッシュを麗の目元に当てた。


「ふっ…うん…ほんと…叩かれちゃうよね…」


 最近パワーを増したノン君とサクちゃんは、誰かが泣いてると無言で走って来て。


「やっ!!」


 そう言って、頬を叩く。

 本人達は、急いで涙を拭かなくちゃ!!って気持ちなのかもしれないけど…

 ちっちゃな手の平から繰り出される渾身の一撃は、結構痛い。


 千里さんと知花にこっぴどく叱られてるんだけど、二人は自分達が叱られる事より、誰かが泣く方がイヤらしい。

 …優しさ、なんだよね。



「あたし…自分でも、こんなに急に…結婚なんて…」


 麗の涙が止まらない。


 ああ…そっか。

 お見合いの席に乗り込んできた陸ちゃんにプロポーズされて…

 まだ一ヶ月も経ってないもんね。

 あれよあれよと結納して…五月には結婚…だもん。

 本当、スピード婚。


 あたしは、麗の頭を撫でながら。


「うんうん。自分でもびっくりしちゃうよね。」


 そう言った。


「でも、カッコ良かったなあ…麗はどこですか。って乗り込んできた時の陸ちゃん。」


「……」


「麗がお見合いするって言った時から、ずっと…違和感だったから。あー!!王子様が助けに来てくれた!!って、そう思っちゃった。」


「…王子様かなあ…」


「王子様でしょ?あんなにカッコいい人に、他の役名なんてつけられないよ。」


「ふふっ…」


 麗が小さく笑ってくれて、ホッとした。


 そっか…麗も必死なんだよね…

 現状に追い付けてないんだね…。


「帰りたい時には、いつでも帰っておいでね。お茶と羊羹だして待ってるから。」


 背中をポンポンとして言うと。


「あたしはカステラがいいな…」


 麗は、涙を拭きながらそう言った。


「分かった。それと、ドレスは?どれにするの?」


 並んだ写真を見ながら言うと。


「どれがいい?」


 麗が、あたしの顔を覗き込んだ。


「え?あたしが決めるの?」


「うん。決めて。」


「……」


 あたしはもう一度、写真を食い入るように見る。


「あはは。近いよー。」


 麗は笑ったけど、娘の晴れ舞台のドレス。

 一番似合う物を選びたい!!


「このマーメイドタイプは素敵だけど…麗のタイプじゃないなあ。」


「えー、そう?あたしはいいと思ったんだけど。」


「麗、顔は可愛いけど胸が貧相だから、もっとボリュームがあるドレスの方が…」


「もー!!気にしてる事言うー!?」


 あたしと麗がワイワイとドレス選びをしてると。


「何?楽しそう。」


 知花が、ノン君とサクちゃんを連れてやって来た。


「華月は?」


 あたしが問いかけると。


「大部屋でおばあちゃまと寝てる。」


 知花は、唇の前で人差し指を立てて、声を潜めて言った。


「わー、うややちゃん、きれー。」


 サクちゃんが、写真を指差して言った。


「おひめしゃまみたい!!」


 ノン君も、バンザイしてそう言って…


「ほんと?嬉しいな~。」


 麗がノン君を抱きしめる。


「どれがいい?」


 麗が二人に問いかけると。


「しゃく、このうややちゃんがいー。」


「ろんは、このうややちゃんー。」


 サクちゃんが知花の膝でフリルたくさんのドレスを指差して、ノン君は麗の膝で光り物が散りばめられたゴージャスなドレスを指差した。


「姉さんはどう思う?」


「うーん。どれも似合うけど、マーメイドタイプは…」


「あっ、もー!!母さんにも言われた!!胸が貧相って!!」


「えっ、違うよ。光史のお嫁さんになる瑠歌ちゃんが着るらしいよって言いたかったのに。」


 知花の言葉に、麗は口をあんぐり開けて。


「…聞いて良かった…確かモデルさんだったよね…」


 続いて、ガックリうなだれた。


「あら、麗だってモデルみたいよ?このドレスなんて、ウエディング雑誌の表紙にしちゃいたいぐらい。」


 知花が選んだ一枚は、プリンセスラインのドレス。


「あたしもそれが好き。」


 その写真を覗き込んで言うと、麗はあたしと知花の顔を交互に見て。


「…あたしも、それが好きだなあって思ってたの…」


 少し照れくさそうな顔をして…笑顔になった。


「かあしゃん、しゃくもこえきゆ~。」


 サクちゃんが目をキラキラさせて知花におねだりしてる。

 うーん!!可愛い!!


「ろんも~。」


 ノン君の言葉に、あたし達は顔を見合わせて苦笑い。

 知花の結婚式の時も、そう言ってあたし達を悩ませたノン君。

 似合うだろうけど…ダメダメ!!


「華音はドレスはやめておこうね。」


 知花が笑いながらそう言うと。


「えー、しゃくとおんなじがいい~。」


 ノン君は、天使の笑顔…

 ああ…幸せだなあ~。


 すごく…幸せなんだけど…

 何か、すごく大切な事を忘れてる気がしちゃって…

 ここんとこずっと、ずっと…



 モヤモヤが取れない。




 〇桐生院 麗


「は…はじめまして。」


「…はじめまして…」


 今日は…陸さんの提案で…

 来週結婚式を控えてる、朝霧光史さんと瑠歌さんに会う事になった。


 自慢じゃないけど…女友達はいない。

 同世代の女の子には、嫌われ続けてたと思う。

 あたし…見た目だけは良かったけど、性格は悪いから。



 瑠歌さんは、あたしより一つ年下の…ハーフ。

 モデルっていうだけあって…あたしなんて比べものにならないぐらい…綺麗!!

 見た目しか自信なかったのに…

 これは…自信喪失しちゃうよ…

 結婚前に会うんじゃなかった…



「会った事はあるけど、話すのは初めてかな。」


 今日は朝霧さんのおうちにお邪魔してる。

 朝霧光史さんは、SHE'S-HE'Sのドラマーで…

 だから、姉さんの出産の時とか、結婚式で会ってはいるけど…会話はなかったはず。

 それどころか…

 正面切って目を合わせるのも初めて‼︎


 緊張するよー‼︎



「はい…その節は…」


 あたしがガチガチに緊張してると。


「何だよ、その緊張っぷりはよ。いつもみたいに毒吐いていいんだぜ?」


 陸さーーーん!!

 バカーーーー!!


「まさか、陸が知花の妹と結婚するとはね。」


「まさかで言ったらおまえもだろ。」


「ははっ、間違いない。」


 陸さんと光史さんは、いつも通り…なんだろうけど。

 あたしと…瑠歌さんは…


「……」


「……」


 笑顔の二人を前に、目も合わせられない。

 ああ…断れば良かった。


 少しだけシュンとしてしまってると。


「麗ちゃん、今日はお願いがあってさ。」


 光史さんが、あたしに言った。


「…お願い?」


「今日、午後からうちで家族写真を撮るんだけど、瑠歌の着物の着付けをお願いできないかなと思って。」


「えっ。」


 そんな大事な写真なのに、あたしが着付けって…


 あたしが少し難しい顔をすると。


「おまえ、いつもちゃちゃっと着てるじゃん。」


 って…陸さん、すごく自慢気。


「自分で着物が着れるなんて…すごい。」


 それまで無言だった瑠歌さんが、首を傾げて言って。


「あ…それは…そういう家に生まれたからで…」


 何だか…嬉しくなってきちゃった…


 着物は好きだけど、桐生院に生まれた事を呪った事は何度もあった。

 だけど…今は…

 桐生院の家も、家族も…大好き。



 それから、あたしと瑠歌さんは別室に。

 するとそこには、すでに色々用意されていて。


「わあ、素敵な着物!!」


 あたし、吊るしてある着物を見て、つい大声を出してしまって…慌てて口を押える。


「ふふっ…着物を着る人にそう言われると嬉しい。実は…直感で選んで、だけどこれで良かったのかなって悩んでたから…」


 瑠歌さんは、あたしの隣で着物に触れて言った。

 鮮やかな赤地に、束ね熨斗や縁起のいい植物や花の文様が、すごく豪華!!


「絶対似合うと思う!!この帯だって、わあ…すごく素敵~!!」


 あたしなら選ばないと思う文様だけど、こうして間近で見てみるとすごく素敵で。

 選り好みするんじゃなかったなあ…なんて、今更ながらに思った。



「これは?こう着るの?」


「うん。そっちを前にして…そう。」


 着付けを始めて、一気に距離が縮まった。

 お母さんの着付けをしたりもするから、初めてじゃないけど…

 他人のは初めてで…ちょっと緊張…

 上手く出来るかな…。


「結婚式の日にも着るの?」


 腰紐を締めながら問いかける。


「ううん。成人する前に結婚しちゃうから…記念にって言われて。」


「あっ、そっか…」


 瑠歌さんは、あたしより一つ年下…今年19歳。

 もう、すでにこの家で朝霧さんのご家族と同居中。


「いきなり同居って、嫌じゃなかった…?」


 さりげなく…聞いてみる。

 あたしは…とりあえず、陸さんが今住んでる部屋で暮らすけど…

 もし、将来…陸さんが二階堂の仕事に関わりたいって言ったら…

 長男だし…どうなるのかなあ?

 なんて、漠然と…思わなくもない。


「んー…ずっと一人だったから、最初は人が多いのとか賑やかなのが苦手だったけど…」


 あ。

 そうだ…

 陸さんから、前情報として聞いてた…

 ご両親を早くに亡くされた…って。


「朝霧家、みんなすごくフレンドリーで、もう本当の家族みたい。」


「…そっか…いいな。あたしも、陸さんの家族と、そんなお付き合いが出来るといいんだけど…」


 正直、自信ない。

 織さんには…実はまだ少しコンプレックスがあるし…

 ご両親も、特殊な仕事をされているだけあって…少し近寄りがたい。


「家族はどうか分からないけど、陸さんはあなたにベタ惚れみたいね。」


「…えっ?」


「光史が言ってた。『あんな陸、初めて見た』って。お見合いをぶち壊しに行ったんでしょ?ふふっ。ドラマチックだわ。」


「あ…あれは…」


 すごく恥ずかしくなってしまって。

 グイグイと、帯を締めてしまった。


「うっ…こ…こんなにきつく締めちゃうの?」


「はっ…ご…ごめん。締めすぎた…」



 何だか、照れ臭かったし…くすぐったかったけど。

 あたしに、同世代の…女友達と言うより、仲間が出来た感じ。



「おー…すげーな。」


 着付けが終わって、陸さんと光史さんの待つ部屋に行くと。


「…やべ。人がいるのに、メロメロになりそうだ。」


 光史さんがそう言って、瑠歌さんの腰を抱き寄せた。


「あーあー、好きにやってくれ。」


「あたしは義兄さんのを見慣れてるので、お構いなく。」


「ははっ…神さんの事、どうにかなんねーのかって言えなくなるな。」


「全くだ。」



 それから…

 庭で、朝霧さんのご両親と、光史さんと瑠歌さん。

 妹の鈴亜りあちゃんと、弟のわたる君…家族6人で写真撮影が行われた。

 あたし達は、それを二階の窓から眺めた。

 すごく…幸せそうな、家族写真。



「麗。」


「ん?」


 呼ばれて陸さんを見上げると。


 チュ。


 唇が来た。


「…なっ…何よっ…人様の家で…」


 あたしが動揺して離れると。


「俺の親友の頼みを聞いてくれて、サンキュ。」


 陸さんはそう言って…離れたあたしの腕を取って引き寄せると。


「俺も…神さんの事、言えなくなりそーだ。」


 耳元で…


「おまえの事…可愛くてたまんねーや。」


 甘い声で…言ってくれた。

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