第25話 「しゃく、あかちゃんとおはなししゆー。」

 〇桐生院さくら


「しゃく、あかちゃんとおはなししゆー。」


 いつもみたいに、サクちゃんがそう言ってあたしのお腹に耳を当てた。


 もう、ほんと…知花の子供達、愛しくてたまんない!!

 あたしにとっては孫なんだけど…孫なんて思えない。

 知花の事も、あたしの娘って言うより、あたしと双子?なんて思えたりして。


 ずっと離れてたから?

 それとも、あたしに母親としての自覚がなさ過ぎるのかなあ…



 知花が入院して五日。

 風邪をこじらせただけ…って聞いてたけど、結構長引く入院に、子供達はもちろん…あたしまで不安になってた。

 千里さんは、もういっその事産まれるまで居ればいいんじゃないっすかね。なんて言うけど…

 そうなんだけど…

 寂しいな…


 あたしと知花の子供達は、お見舞い禁止令が出てて。

 せめて…と思って、一緒に描いた絵を、千里さんに渡してもらってる。



 明日はクリスマスイヴ。

 知花の誕生日。

 母さんの誕生日を祝いたがってた子供達は、少し残念そう…



「サクちゃん、赤ちゃん何か言ってる?」


 あたしのお腹に耳を当ててるサクちゃんに問いかけると。


「いってゆよー。」


 サクちゃんは、そう言って顔を上げた。


「ほんと?何て言ってる?」


 あたしが笑いながら問いかけると。


「ぼく、あしたうまえゆよーって。」


「……ぼく?」


 実は…

 あたしも知花も…性別は聞かずにおこうって、聞いてない。

 貴司さんは知りたがってたけど…抜け駆けはしないはず。


「…男の子なの?」


 テーブルを拭いてた麗が遠慮がちに聞いてきた。


「あたしは聞いてないんだけど。」


「サクちゃん、赤ちゃん男の子なの?」


 麗がそう問いかけると。


「うん。」


 サクちゃんは、得意げに、そう言った。


「ろんもおはなししゆー。」


 それまでツリーのオーナメントに夢中になってたノン君が、思い出したようにサクちゃんに並んで。


「しゃくりゃちゃんのあかちゃん、いちゅあえましゅか。」


 って、あたしのお腹に問いかけて…

 じっ…と、あたしのお腹に耳を当てた。


「…何か言ってる?」


「…ねんねしてゆ…」


「ふふっ。ノン君には聞こえなかったみたいね。」


 麗が笑いながら、キッチンに歩いた。



「ただいま。」


 大部屋の入り口で声がして、顔を上げると…千里さんがいた。


「とーしゃん!!」


「とーしゃーん!!」


 ノン君とサクちゃんは跳ねるように千里さんに抱きついて。


「かーしゃん、ろんとしゃくのえ、みた?」


 甘えた声でそう言った。


 あ~…もう。

 声だけでメロメロになっちゃう。

 この子達って、ほんと天使…


「ああ。見て喜んでたぜ?絵が上手くなったなーって。」


「しゃく、もっとかくよー!?」


「ろんもー!!」


「ははっ。そりゃ喜ぶな。ああ…ツリーの前に並べ。写真撮るから。」


 千里さんは二人をツリーの前で下すと、少し下がってカメラを手にした。


「さ、一番いい顔してみろ。」


 千里さんにそう言われた二人は…


「わー…ダメだ…可愛すぎる…」


 あたしの隣に来た麗と二人、もうとけちゃいそう。

 二人は頬をくっつけて…まさに天使の笑顔。


「よし。もう一枚。」


 千里さんが笑顔の二人を写真に撮るのを眺めながら、あたしは大部屋を出た。


 うーん…

 サクちゃんが言ったの、本当かな?

 何だか…お腹が痛くなってきた。

 ちょっと横になろうかな…



 中の間に入って、ストーブをつける。

 あー…陣痛って…どんなんだったっけ…


 しばらく、静かに来る痛みを我慢しつつ…横になったり起きたりしてると…

 中庭の向こう、さっきまでノン君達の写真を撮ってた千里さんが、すごく急ぎ足で出て行くのが見えた。


 …何か…あったの?



 大部屋に向かおうとすると…貴司さんに出くわした。


「あっ…ねえ、今千里さんが…」


 あたしが貴司さんにそう言うと。


「…知花の容態が良くないらしい。」


 貴司さんは…信じられない言葉を口にした。



「…え?」


 貴司さんが次の言葉を言うより先に…あたしは駆け出してた。


「千里さん!!待って!!」


 裏口から出かけようとしてた千里さんを捕まえて。


「知花…大丈夫なの?」


 低い声で…問いかけた。


「…詳しい事は分かりません。とにかく行って来ます。」


「あたしも行く。」


 あたしがそう言うと。


「さくら、待ちなさい。」


 追って来た貴司さんに止められた。


「ここは千里君に任せよう。すぐに母さんと誓にも行ってもらう。私達は、麗と一緒に子供達を不安にさせないようにしていよう。」


「でも…」


「着いて状況が分かり次第連絡します。」


「……」


 娘が…大変な時に…

 あたし、どうして行けないんだろう…

 妊娠なんて…


 あたしが泣きそうになってると。


「…子供達を、よろしくお願いします。」


 千里さんが、そう言って頭を下げた。


「……うん…」


 知花のそばに付いていられない自分を呪いながら、千里さんに…


「絶対よ?絶対…すぐ連絡してね?」


 両手で大きなお腹を触りながら、そう言った。


「必ず。」


 強い目をして言ってくれた千里さんを見送って大部屋に向かってると…


「……」


 この、痛みって…


「さくら?」


 立ち止まったあたしに、貴司さんが声をかける。


「…産まれるかも…」


 小さくそう言うと。


「えっ!!びょっ…病院に…誓!!車を出してくれ!!」


 貴司さんは大きな声でそう言ったけど…


「ダメ!!」


 あたしはお腹を押さえて、貴司さんに言う。


「中の間…中の間で、産む…」


「な…何言ってるんだ…」


「だって、千里さんから、連絡が来るんだもん!!」


「……」


 貴司さんは少し呆れたように食いしばると。


「千里君から連絡があったら、病院に電話してもらうように麗に頼むから。」


 そう、言い聞かせるように言った。


「ダメ!!誓には、知花の所に…行ってもらって…麗は、子供達を見てて…」


「さくら…」


「お義母さんと、貴司さんは、あたしについてて!!」


 力を振り絞って、中の間に移動した。


 貴司さんは…きっと、かなり無理をしたのだと思う。

 あたしの腕と、腰を持つようにして運んでくれて…

 部屋にたどり着くと、真っ青になってた。



「…一応、病院に電話を…」


 そう言う貴司さんに。


「…絶対…ここで産むから…」


 あたしは、譲らなかった。



 それから間もなく破水して…


「さくら、もうすぐ先生が来て下さるから。」


 お義母さんが、あたしの手を握ってくれた。


 えっ…先生、わざわざ来てくれるの?

 …弱味でも握ってるの?

 なんて、ちょっと思った。



「僕、姉さんの所行ってくるよ。母さん、頑張って!!」


 そう言う誓の手を握って。


「…よろしくね…誓、頼むわよ…」


 あたしは、願いをこめた。

 千里さんだって…一人じゃ心細いよ…


「…うん。」


 握った手に力を込めて、誓は頷いた。


「…あたし、あっちで電話待ってるから…」


 麗は…控え目に…そう言った。


 子供達は…寝てるのかな。

 良かった…。


「…連絡あったら…絶対、すぐ…」


「うん…分かってる…すぐ知らせる…」


 これで…準備は出来た。

 そう思った。

 知花の時は…あたし、若かったし…初めての事で…

 頭の中もパニックだったけど…

 今度は…

 大丈夫。



 …すぐ、会えるよ…。



 * * *


『わーあ。』


『わーあ。』


 中庭側の廊下から、ノン君とサクちゃんの声が聞こえる。

 ゆっくり目を開けると、二人は雪見障子のガラスの所から、中の間を覗いて声を上げてた。



 夕べは…日付が変わって、間もなくして。

 あたしは、男の子を出産した。

 知花と同じ誕生日だ~…って、嬉しくなってる所に、麗が子機を持って来て。

 あたしは…誓に『しっかりね』って、伝えた。


 …知花…あれからどうしたんだろう…

 あたし、すごくぐっすり眠っちゃってた…


 ゆっくり身体を起こすと、障子の向こうの双子ちゃんは、遠慮がちにあたしを見て。


『しゃくりゃちゃん、いたい、ない?』


 二人でそう言った。


「大丈夫よ。入っておいで。」


『おおばー、そとからみゆだけよー、ゆった。』


 あら。

 二人とも、ちゃんと言う事聞いてえらいなあ。


「じゃあ、おおばー呼んで来てくれる?」


『じぇす!!』


 ふふっ。

 二人ともよく言ってるけど、じぇすって何なんだろう。

 ラジャーみたいなのかな?



「……」


 隣で眠る赤ちゃんに…触れてみる。

 …ちっちゃい。

 知花も…これぐらいだったのかな。

 黒い髪の毛はまばらで…あはは…ちっちゃな手…



「さくら。」


 お義母さんより先に、貴司さんが…満面の笑みでやって来た。


「貴司さん…仕事は?」


「休むに決まってるだろう?こんな特別な日に…」


 すごく…意外な気がした。


「素晴らしいよ…完璧な赤ちゃんだ…」


 貴司さんが、赤ちゃんの頭を撫でながら言う。


「…完璧な赤ちゃん?」


 何となく違和感で、問いかけると。


「…さくらによく似ている。」


 貴司さんは、優しく笑った。


「えー?あたし、こんなにサルみたい?」


「失礼なお母さんだなあ?将来ハンサム間違いないのに。」


「もう……ところで…」


「知花か?」


 顔を上げた貴司さんは、笑顔が引っ込んでて…

 それで、ちょっと心臓が変な音を立てた。


「…何かあったの…?」


「女の子を産んだよ。」


「えっ?知花も産んだの?」


「ああ…だが…ちょっと調子が良くなくて、退院まで少しかかりそうらしい。」


「……」


 産まれたって聞いて…ちょっと浮かれかけたのに。

 調子が良くないって聞いて…すごく…沈んだ。

 あたしはこんなに元気だし…赤ちゃんだって…


「さくら。」


 あたしが沈んでるのが分かったからか、貴司さんは赤ちゃんを抱き上げると。


「名前、勝手に決めてしまった。」


 愛しそうに…赤ちゃんの顔を指で触りながら言った。


「…名前?」


「付けたかったか?」


「う…か…考えてなかった…」


「知花の娘は…華月って名前らしい。」


「華月…」


「千里君が付けたそうだ。夕べは満月で、とても華やかな月に見えたらしい。」


 そっか…

 あたしには夜空を見上げる余裕なんてなかったけど…

 千里さんは、色んな思いを持って見上げてたんだね…きっと。



「それで…この子には…聖と名付けたよ。」


「きよし…」


「聖なる夜に産まれたからね。」


「…聖この夜だね。」


「ははっ。麗にも言われた。」


 貴司さんが…すごく幸せそうで。

 あたしも、温かい気持ちになった。

 これで、あたし達…やっと…本当の家族になれるのかな…。

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