第24話 今日は…なっちゃんが来てて。

 〇桐生院さくら


 今日は…なっちゃんが来てて。

 おまけに、あたしのお腹を触って。

 お腹の子が…なっちゃんの手に反応するように動いたもんだから…

 …目が合った。


『動いた。』


 そう言ったなっちゃんの…声の高さとか…開いた目とか…

 …無駄にしっかり覚えてる。


 だけど…

 なっちゃんは、あたしの事なんて、もう吹っ切ってるんだ。

 って…

 仕方ないし、どうにもならない気持ちがフツフツとわき出てしまって。

 なっちゃんが帰って、貴司さんとお義母さんとでお茶を飲んでる時も…

 二人がしっかりタッグを組んで、なっちゃんを桐生院家に受け入れる態勢を作ってる事に、改めて…悶々とした。


 そんな気持ちをどうにかしたくて、庭に出た。

 今年は雪が降らなくて、ノン君とサクちゃんもつまんなさそうだけど…

 あたしも、ちょっとつまんないんだよね。

 とは言っても、今はお腹も大きいし…

 雪遊びなんてしたら叱られちゃうだろうけど。



 あたしはゆっくりと門まで歩いて、郵便受けを開けた。

 貴司さん宛てのエアメイルや、誓と麗が通ってる塾からの封書。

 千里さんが子供服を買い過ぎちゃうカナリアから、何かキラキラした模様のDM…

 花屋さんから、お義母さんと知花宛ての優待券…えー!?あたしにはないのー!?


 少し唇を尖らせながら、数歩進んだ所で…

 あたしは…立ち止まった。


 …一通だけ、何も書いてない手紙がある。


 宛先も、差出人も…ない。



 …なんて言うか…

 こういうのって、何だか…

 懐かしい気がした。


 なんだろ。

 昔…こういうの、経験したような…?

 何も書いてない封筒は、まず匂って相手を確かめる……って、誰に習ったんだっけ?


 それを持って、しばらく庭で立ちすくんだ。

 これ…誰宛てだろう?

 じっ…と封筒を見る。

 …これ、一度開けられてる。


「……」


 封筒を鼻に近付けると…


「…知花?」


 知花の匂いがした。

 それよりも前に…松の木の匂いも…。



「……」


 キョロキョロと辺りを見渡して…あたしは、玄関に入ると、大部屋に行かずに中の間に入った。

 そして…封筒を開けた。



「………え?」


 あたしはその手紙を読んで…唖然とした。


 この差出人…て…

 庭師の…チョウさんの…息子さん?


 あたしがあだ名を付けた、チョウさん。

 無口で…優しい人だった。

 あたしがここに来た頃…貴司さんとお義母さん以外に。

 そのチョウさんと…お手伝いの中岡さん。

 二人が…来てた。


 だけどあたしは、たぶん…これを書いたであろう人物の事を知らない。



「……」


 あたしはその手紙をくしゃっとして…だけど伸ばして。

 あたしが大好きな人体の図鑑に挟んで。

 他の郵便物を持って大部屋に行った。


 …嘘だよ。

 容子さんの事、チョウさんと中岡さんが殺したって…

 そして…うちの誰かが、その首謀者だ…って。

 差出人は、『あなたですよね』って、書いてた。


『あなた』って誰よ。



 あの手紙、きっと初めてじゃない。

 差出人には、分かってるんだ。

 何も書かずに郵便受けに入れると、差出人が首謀者だと思ってる人物が読むって。


 だけど…

 それを、知花が読んだ。

 …きっと…読んだ。


 知らん顔して大部屋に郵便物を置いて。

 キッチンにいるお義母さんに並ぶと、お義母さんは『ここはいいから座ってなさい』って。

 …何だか、お腹が張って来ちゃった気がして。

 あたしは、言われるがままにソファーに座った。



「…知花、帰ってるの?」


 あたしが誰にともなく問いかけると。

 難しそうな英語の雑誌を読んでた貴司さんが顔を上げて。


「ああ。ちょっと疲れたから横になると言ってた。」


 そう言って、首を傾げた。



 …あんな手紙読んで…

 知花、大丈夫かな…



 知花の部屋に行こうか悩んでると。


「さくら。」


 貴司さんが、あたしを見て。


「…ん?」


「ベビーベッド、買ってもいいか?」


 少し目を細めて言った。


「えー…もっと早く言ってくれたら…」


「早く言ったら作ると思って、今言ってるんだよ。」


 クスクス笑う貴司さん。


 もうっ。


「知花の子とお揃いのベッドでどうかな?」


「えっ!?」


 やだー!!それ嬉しい!!


 あたしが笑顔になると。


「ああ、良かった。千里君と二人して、もう目を付けてるのがあるんだ。」


 貴司さん…珍しく、はしゃいだ声。

 そして、茶箪笥からパンフレットを取り出して…


「ほら、これ。」


 あたしの隣に座って言った。


「わあ…可愛い!!」


「千里君が見付けてね。」


「わ~…」


 あたし、パンフレットを手にして、そのベッドを見入る。

 ふむふむ…ここのフックが…


「…ほら。」


「…え?」


 貴司さんがじっと見てると思って顔を上げると。


「自分でも作れるって思って見てるだろ。」


「…あー…はは…」


「だから、今まで内緒にしてたんだよ。」


 貴司さん、そう言って…あたしの頭をポンポン…


「……」


 嫌じゃないけど…

 貴司さん、ずっとあたしに触れなかったのに…

 今日…もしかして、なっちゃんが来たから?

 …って、また…あたし、堂々巡りだよ。こんなの。



「しゃくりゃちゃ~ん。」


 あたしと貴司さんがパンフレットを開いてると、ノン君が走ってやって来た。


「あっ、おかえり~。」


 座ったままでそう言うと。


「たやいま~。」


 サクちゃんも、走ってやって来た。


「二人とも、先に手を洗いなさいよ。」


 お義母さんにそう言われた二人は。


「はぁい。」


 声を揃えて返事をして、バタバタと洗面所に向かった。


「帰りました。」


 千里さんも大部屋に顔を覗かせて…


「知花は?」


 すぐに、ここにいない知花を気に留めた。


「おかえりなさい。今日検診で少し疲れたみたいで…」


 お義母さんが手を拭きながらそう言うと。


「様子見て来ます。」


 すぐに、部屋に向かった。

 と思ったら。


「それ、もう配達してもらっていいっすか?」


 くるっと振り返って、あたし達の手元にあるパンフレットを指差した。


「えっ、もうオーダーしてたの?」


 あたしが貴司さんと千里さんを交互に見て言うと。

 貴司さんは目を細めて千里さんを見て。

 千里さんは申し訳なさそうな顔で、前髪をかきあげた。



 * * *


「…入院?」


 あたしは丸い目でお義母さんを見た。


 だって…

 部屋に居たはずの知花が…いつの間にか病院に行ってて。

 さらには…入院って…

 て言うか、いつ病院に連れて行ったの?



「さっき一度千里さんが帰ってらして…今日の検診の時に行った時から寒気がしてたらしいって。」


「…風邪?」


 やだ…あたし、知花が帰って来てすぐ顔を見れば良かった。

 あの手紙の事も…気になってたのに。

 千里さんが部屋に行ってくれたから、安心しちゃってた。



「あたし、病院に…」


 あたしがタオルで手を拭きながら言うと。


「さくらまで風邪ひいたらどうするんです。千里さんが行ったから任せましょう。」


 お義母さんは少し落ち着きのない様子で、お茶碗を水屋におさめた。


「でも…」


「自分も大事な時って自覚をしてちょうだい。」


「…うん…」


「大丈夫…良くなりますよ…」


 お義母さんは溜息をつきかけて…ノン君とサクちゃんがそこに居る事に気付いて、やめた。


「おや、まだ起きてたのかい?もうねんねの時間はとっくに過ぎてますよ?」


 お義母さんが二人の前にしゃがんで言うと。


「…おおばー…かーしゃん…ねんねできゆ?」


 サクちゃんが、目をうるうるさせて言った。


「…ねんねできますよ。さっき父さんも言ってたでしょう?サクちゃんとノン君がいい子にしてたら、母さんは早くおうちに帰れるって。」


 お義母さんの言葉を、二人は唇をへの字にして聞いてる。


 …泣きたいんだろうな…

 知花と千里さん…二人共いない夜なんて、復縁してからはめったにない事だし…


「ノン君、サクちゃん、早くねんねして、いい夢見ようよ。」


 あたしも二人の前に、よっこいしょっとしゃがみこんで言う。


「いい夢見て、明日絵に描いて父さんに配達してもらお?」


 あたしの言葉に、二人は出かけた涙を小さな手で拭って。


「うん!!ろんかく!!」


「しゃくもかく!!」


 口元を、ぷるぷるさせながら…言った。

 …いじらしいよ…本当…


「じゃあ、早くねんねしよ?サンタさんが来る夢かな?それとも、赤ちゃんに会える夢かな?」


 あたしがゆっくり立ち上がって二人の手を取ると。


「ろん、あかちゃんと、じんぐうべう、うたうー。」


「しゃく、あかちゃんと、しゃんたしゃんと、にかいになゆー。」


 二人はそれぞれ夢を語ってくれた。


「あはは。サクちゃん、まだ二階になりたいのー?」


 振り返ると、お義母さんが無言で頷いてる。

 あたしもそれに頷いて応えて、二人の手を引いて寝室に向かった。


 二人は横になると、まずは…いつも即寝のサクちゃんが、安定のおやすみ三秒。

 笑いが出ちゃうよ…この寝つきの良さ。


「…しゃくりゃちゃん…」


 その隣で、まだ目がパッチリのノン君…


「なあに?」


「…かーしゃん…あしたかえゆ?」


「うーん…明日はどうかなあ…でも、元気になって帰って欲しいでしょ?」


「…うん…」


「ノン君達が元気ないと、きっと母さんも元気出ないよ。毎日いっぱい寝て、いっぱい食べて、いっぱい笑って待っていよう?」


 そう言いながら、ノン君の頭をゆっくり撫でてると…

 ノン君の瞬きが、ゆっくりになっていった。


「…う……ん…」


「…おやすみ。」


「……しゅ…み…」


「……」


 すー。



 寝た。



 あたしはゆっくりと立ち上がって、部屋の照明を落とす。

 そして、少し落ちた気分を奮い立たせようと…


「…よし。」


 背筋を伸ばして、大部屋に向かって歩き始めた。



 そして、知花の入院騒動で…

 あたし…

 手紙の事、忘れてしまった…。

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