第17話 朝から…いや、夕べ…

 〇浅井 晋


 朝から…いや、夕べ…

 いやいや…

 もう、三日ぐらい、こんな状態や。

 緊張して、眠れへんかった。


 今日は…廉のセレモニー。

 めちゃくちゃ…久しぶりにテンパってる自分に気付いた。

 …ははっ。

 今更やなー。


 けど、今日は特別な日やねん。

 緊張なんか、して当たり前やんな。

 そう思うたら、スッと楽んなった。


 …この緊張の理由は…

 アレや。

 …涼が…

 来る…かも…しれへんからやな。


 来るとは決まってない。

 あいつは…あの頃の誰とも、付き合いをやめてるらしいし…

 …俺との事も…もしかしたら、汚点や思うてるかもやしな…



 俺らが渡米するて決まった時。

 涼も付いて来る言うてくれた。

 もう、未来の事しか考えてなかったで…俺は。

 涼と一緒んなって、家族んなって…って。


 けど、涼は…

 早乙女を捨てられへんかった。


 …仕方ないんや。


 頭ではそう思うても、辛かった。

 そして、そんなにも涼が俺にとって大きな存在やった事にも…驚いたし、打ちのめされた。



 あれから、死にもの狂いで頑張った。

 廉と…絶対ビッグになってやるで。って…頑張り続けた。

 せやのに…廉が…死んで…

 俺はまた、身体のどこかを切り取られた気になった。


 もう…頑張れる気もせえへんかった。



 …そんな時やった。

 誠司から、連絡があったんは。


『…涼ちゃん、おまえの子供産んだんだぜ』


 あの時は…言葉が出えへんかった。

 俺の子供?

 俺の…


 て…


 何でや。

 なんで、俺に内緒で…



 …そっか。

 涼は、もう…俺とは別々に生きる道を選択したんやもんな。

 そら…俺が知る権利もないな。



 しばらくは、ヤケ酒の日々やった。

 すると…ある日突然届いたエアメイル。


『はじめまして。早乙女千寿といいます。8歳です。浅井晋さんが、僕のお父さんだと聞いて、手紙を書いています』


 何度も…何度も読み返した。

 8歳とは思えへん、しっかりとした文章と文字。

 それだけで…早乙女で厳しく育てられてるんやろな…て、感じた。

 そして…

 こんな俺を、父と認めてくれてるんが…嬉しかった。


 …こんな俺じゃ、あかんよな。

 ホンマ、あかんよな。


 俺は…千寿の手紙に奮起して、ギターを弾き始めた。

 ライヴやスタジオで出会った奴らと、TRUEを結成して…バンド活動を再開した。


 千寿が10歳のお茶会サボって、誠司とギター買いに行ったとか。

 ダリアのスタジオで、初めてアンプ繋げて弾いてビビったとか。

 ええんかいな…早乙女君。て言いたくなるような手紙が、千寿から届く。

 それが俺の励みになった。


 俺の…俺と涼の息子が、ギターを始めた。

 早乙女の息子として、それは許されへん事やないか思うても、俺には…それが糧でしかなかった。


 涼に辛い選択をさせ続けた、身勝手な俺は…

 ホンマ…とことん身勝手やな…て、何回もへこんだ。



 千寿とは、会わんまま…時が流れて。

 千寿がギタリストになる、て早乙女を勘当されたって話は、誠司から電話で聞いた。


 アホな。

 何、アホな事言うてんねん。


 もう、すぐにでも帰国して、やめさせたかった。

 けど、誠司に。


『父親として、見守ってやれ』


 そう言われて…

 俺は踏みとどまった。


 が…

 涼や、早乙女の家族には…申し訳ない気持ちでいっぱいやった。

 俺と関わらへんかったら…

 千寿には、家元っちゅう将来が約束されとったはずやのに…



 勘当された千寿からも、連絡はあった。


 バンドに入った。

 すごいメンバーだ。

 毎日が楽しくて仕方ない。


 今までの千寿からの手紙とは、まったく違う文面やった。

 音楽の事ばかりが書き綴られた手紙。

 それは、俺をも笑顔にした。

 ホンマ…俺の息子やな…て。



 それから、千寿はSHE'S-HE'Sてバンドで渡米した。

 そこで…


「千寿!!」


「親父!!」


 家の前で…抱き合った。

 なんや…二人して大笑いして…泣いた。

 長い長い文通を経て、ようやく会えたんやから。


 そこから、二人での生活が始まった。

 二人で料理したり、ギターを弾いたり…

 毎日、ホンマ…夢みたいやった。


 一緒に暮らし始めて一ヶ月経った頃やったかな…

 千寿が。


「…実はさ…これ…早乙女の誰にも話してない事なんだけど…」


 ビールを片手に…うつむきながら言った。


「…俺…子供がいるんだ。」


 それを聞いた時、俺は…ビールを口につけたまま、しばらく動けへんかった。


「…えーと…世貴子ちゃん…?」


 その時、すでに婚約中の相手がおった千寿。


「いや…違う。でも、世貴子は知ってる。」


「……」


「…高等部の時に知り合った女の子で…妊娠を知って、家にも行ったんだけど…彼女は俺を受け入れてくれなかった。」


「……」


 お互いの家柄と、千寿の夢を思って、相手が身を引いた。

 そして、それは同じバンドのギタリスト、陸の双子の姉やったと聞いた。

 彼女が同業者と結婚をした事。

 どうしても、会う機会があって辛かった事。

 それらを千寿は、飲みながら…淡々と話した。


 …そうして、最後には…


「…親子して、避妊下手やな。」


 俺がそう言うと。


「…そこかよ。」


 千寿は呆れた顔をした。



 …涼にも、涼の再婚相手にも。

 それだけやない。

 早乙女の一族にも。

 そして…一番、千寿に。

 どんなに辛い想いをさせたんやろ…て。

 後悔せん日はなかった。


 俺が、後先考えんと…涼を自分の物にしたがった罰や。

 涼は俺を選んでくれるはずや。って…

 何も疑う事もせんと…



 一緒に暮らしとる間の千寿は、音楽と彼女の事で幸せいっぱいやった。

 躓く事が多少あっても…そこから目を背ける事なく、真っ直ぐに立ち向かった。

 そんな千寿に…俺は、恥じん親父でおりたい…て、奮起させられた。

 …ホンマ、救われた。



 全て、俺が壊してもうた。

 そう思い続けたまんまやったけど…



『父の…素敵な仲間に拍手をお願いします。』


 セレモニーが始まって、廉の娘、瑠歌が一人ずつをステージ上に呼んだ。


 俺、臼井、八木、誠司、勇二、るー。

 そして…涼。


 涼は、なかなかステージ上に上がって来ぃひんかった。

 会場が少しざわつき始めて…瑠歌が客席の一点を見つめて。


『お願いします。早乙女涼さん…前に来て下さい。』


 そう言うた所で…着物姿の涼が、ゆっくりと歩いて来た。


 涼が来てたんは…誰に聞かんでも、分かった…言うか…

 何となくやけどな。

 何となくやけど…

 あー、あの辺におるんちゃうかな。

 そんな感じで、俺は振り向かんといた。


 その、何となく…あの辺かな思うてた所から、涼が歩いて来たもんやから…

 俺は、いっぺん下向いて笑うた。


 臼井以外には、ホンマ…めっちゃ久しぶりに会う。

 そん中でも…

 涼とは、あの日…あの日以来や。



 着物姿の涼は、当然やけど振り袖やない。

 俺が見た、キラキラしたような綺麗な振り袖やなくて…

 上品な奥様いう感じやった。

 まあ…当然やな。

 早乙女を継いでるんや。


 …ホンマ…俺ら、住む世界違い過ぎたんやなあ…



「それでは、ここで曲を聴いていただくんですけど…」


 俺らが一列に並んだ所で…瑠歌が言うた。


「実は、浅井さんたちにも秘密にしてたことがあります。」


「…秘密?」


 俺はキョトンとしたまま瑠歌を見て、隣の臼井を見た。

 臼井は首をすくめて『聞いてない』と一言。


「父は、曲に併せてプロモーションビデオも作っていました。」


 会場から、歓声が上がった。


 が…

 俺は…口が開いたままやった思う。

 廉が…プロモーションビデオを…?



「それでは…ご覧下さい。I WISH」


 瑠歌の言葉と共に、ステージのスクリーンに映像が映し出された。

 曲は…瑠歌のリクエスト通り、俺と臼井でギターとベースのパートを録音して。

 ドラムは、あれ以来叩いてない言うた八木の代わりに…瑠歌を連れて来た責任として、光史に叩いてもろた。


 ステージの端に移動した俺らは…戸惑いを隠せんかった。

 涼と俺が終わりを迎えて以来…誰も繋がらんかった。

 その仲間が、今…廉のセレモニーに、こうして集まった。


 スクリーンに『I WISH』の文字が浮かんで…曲が始まった。




 いつでも笑っていたいって

 そりゃあみんな思うさ

 だけどそうもいかないのが人生ってやつでさ

 悲しかったり 苦しかったり

 行き詰まったり 立ち止まったり

 もがいてばかりの時 俺は思い出すんだ

 あの笑ってばっかだった自分と

 その時間を共にした仲間たちを



 思い出にしがみついてるって?

 そうかもしれないな

 でもそんな人生があったっていいだろ

 これから輝くために

 過去に励まされる事があっても



 なあ笑ってくれよ あの頃みたいに

 少しずれたオルガン みんなで首傾げてさ

 明日がどうかなんて誰にも分からないから

 せめて今日は最高の笑顔で

 みんなが幸せでいられるように

 俺は祈るよ 俺は祈るよ


 またそうやって笑える日を

 俺は祈るよ




 歌と同時に…スクリーンに映し出されたのは…制服姿の、みんなやった。


 …そういや、廉の奴…

 いっつもビデオカメラ片手に、部室の様子を撮ってたもんな…


 涼がオルガン弾いて、八木と臼井が腕組みして首を傾げる。

 俺はそれを見て笑う。

 アップを撮られたるーが、眉間にしわを寄せて逃げる。

 それでも追いかける廉に、るーがカバンを投げつける。


 …なんや…あの頃の俺ら…

 ホンマ…


「……」


 廉の歌声は、何回も聴いたはずやったのに…

 この映像は…反則やで。

 唇を噛みしめても、涙は止まらへんかった。

 隅っこにおる涼は…両手で口を覆って泣いとる。

 その隣の…るーも。


 最後のサビの繰り返しで…このプロモーションビデオを作った当時の廉の姿が登場した。

 木の椅子に座って、アコギ弾きながら…歌う廉の姿。

 たぶん…事件のあった頃やろな。


 …俺が…最後に見た廉の姿は…

 どうやったんやろ…

 事件のあった日の事は…今でも、ハッキリ思い出せん。

 ただ…何回も廉の名前を叫んだ…そんな気はする。



 廉との思い出は…悲しいままになっとった。

 廉は…こんなに優しい笑顔の持ち主やったのに…



「明日がどうかなんて誰にも分からないから」


 …なんや、おまえ。

 身をもって教えてくれんで、ええわ。


 スクリーンから、俺らに届けられたメッセージは…ホンマ、最高のプレゼントやった。


 やっと…

 俺ら、やっと…


 前に進めるんちゃうかな…。





「なんや、おまえ…いっそ変わってへんやん。」


 俺がそう言うと、涼は少し唇を噛みしめた後で。


「…失礼ね。晋ちゃんこそ、相変わらず落ち着いてないのね。」


 あの頃と…あんまり変わらん声で言うた。



 セレモニーが終わって、ビートランドの別会場で宴が始まって。

 思いがけず…涼と話す機会が。



「…ええ旦那やん。」


 その機会をくれたのは、涼の…旦那やった。

 千寿からも、話は聞いとった。

 ホンマ…ええ男やなって、心底思うた。



「安心した。」


「…え?」


「おまえが、ずっと罪を背負うて生きてたら…なんて。」


「……」


「でも、あの旦那なら、安心やな。」


「…ありがと。」


 会場には、臼井も八木も、誠司も勇二も…るーもおって。

 なんや…同窓会みたいやな…て思うた。


 廉が…幹事やな。



「やっと、楽んなれるな。俺も…おまえも。」


「そうだね…」


 俺の呟きに、涼が少し泣きそうな顔をした。

 なんでやねん。

 俺は、昔みたいに涼の頭、グリグリして。


「これで、俺も肩の荷がおりた。そろそろ結婚でもしよかな。」


 言うてみた。


「……相手、いるの?」


「俺が全然モテんみたいな言い方やな。」


「あ…それは失礼しました。」


「ふっ。ま、モテてないんやけど。」


 実際、相手はおらん。

 ま、モテてはおったけどな。



 今までずっと…涼の事しか頭になかったせいで、色恋沙汰に走るような事がなかった。

 …これからは、アンテナ張って…嫁さん探しでもしてみよか…



 そして俺は、このセレモニーから一ヶ月後。

 20歳年下のセリーヌと、結婚した。

 ……親子ほどの年の差が恥ずかしい気がして、俺からは誰にも言わんとこ思うたのに…



『晋。記事見たぞ。』


『おまえ、結婚したの何で言わへんねん!!』


『親父、20歳年の差婚て本当か?』


『浅井君、おめでとう!!』


 …俺は…自分が有名人やって事…


 忘れとったわ…。

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