第16話 「こちらが完成品です。」

 〇桐生院貴司


「こちらが完成品です。」


 試写室で、深田の説明を元に映像の鑑賞を始める。

 そこには、高原さんもいる。


 近々、ビートランドでは。

『丹野廉』という、昔亡くなったボーカリストのセレモニーが行われる。


「俺の企画が急過ぎて、映像の制作が間に合いそうにない。」


 高原さんからそう聞いた私は…


「うちでやりましょう。」


 即、引き受けた。



 間に合いそうにないと聞いていたが、ビートランドの映像制作班もかなりの凄腕揃いなようで。

 今回は共同制作という形で、少数精鋭の社員で極秘に進められた。

 どちらの社員も刺激し合えたらしく、完成品はかなり精度の高い誇れる物となった。



「…素晴らしい。本当に、よく頑張ってくれた。なんて礼を言っていいか分からない。」


 映像が終わった所で、高原さんが立ち上がって拍手をすると。


「あ…ありがとうございます!!」


 どちらの社員も、涙を流して喜びあった。


 …こういう現場を、私は目の当たりにするのが初めてで…

 たまには、こうして社員達の頑張りを褒め称え、労う事をしなくてはならないな…と考えさせられた。


 私は、文句は言わないが、褒める事もしない。

 与えられた仕事をやるのは当たり前だと思っているからだ。


 …幸い、社員は着いて来てくれているが…

 それは、それなりの報酬を得られる事と、居心地の悪さがないだけで。

 達成感と居心地の良さを問われると…希薄だったかもしれない。



「…高原さん。」


 私はゆっくりと立ち上がって。


「今後も、こうした共同制作をお願いできませんか?」


 高原さんに申し出た。


「え?」


「うちには、専門分野の中でも秀でた機械が揃っています。」


「……」


「そういう物を駆使すれば、今後のビートランドの映像は、ますます輝きを持てるはずです。」


「…なるほど。意外なところで業務提携の話になったな。」


 高原さんは小さく笑って。


「よし。契約しよう。」


 まさかの即答。

 そして。


「おまえらも、ここでの編集作業には度胆抜かれたんだろ?」


 ビートランドのスタッフに、そう言って笑いかけた。


「あ…あー…まあ…」


 スタッフ達が顔を見合わせて笑うと。


「よし。俺は一旦帰るから…あ、映像忘れずに持って帰れよ?」


 高原さんはそう言って、試写室のドアを開けた。


「あ、貴司。契約書を送ってくれ。」


 高原さんが振り返ってそう言うと。

 深田を始め…うちの社員三人が顔を見合わせた。

『貴司』が不思議だったらしい。


「分かりました。すぐに用意します。」


「ありがとう。じゃ、またな。」


「はい。ありがとうございました。」


 ドアに向かって頭を下げると、社員たちも慌てて立ち上がって頭を下げた。



「…社長、高原さんと懇意だったんですね。」


 深田が興奮した様子で近付いて来た。


「ああ…まあ、色々世話になる事が多くて。」


「俺、ずっと緊張してたんですよ~。あのDeep Redのナッキーですからね~。」


「…彼を知ってるのか?」


「えっ、社長。Deep Redを知らずに付き合ってるんですか?」


「……」


 深田の言葉に、少しだけ目を細めて笑うと。

 深田は口を開けたまま首を傾げて、情けなさそうな顔で私を見て笑った。


「そうだな。失礼だな。早速何か聴くとしよう。」


 私がそう言うと。


「あっ、それでしたら、すぐに用意します!!」


 深田はそう言って。

 私が社長室に戻って間もなく…


「これ、Deep Redのベスト集です。かなりツボですので、是非!!」


 そう言って、近くのCDショップで買って来たと思われる三枚組のCDを差し出した。



 三枚組のCDを深田から渡された時は…正直、こんなに聴けない。と思った。

 なぜなら私は、あれ以来…あまり音楽に触れなくなった。


 …あれ以来。

 さくらが、歌えなくなって以来。



 千里君がTOYSにいた頃のCDと、知花の一枚目のCDは聴いたが…

 どうも私には『ハードロック』は合わないのか…数回聴いて、今では書斎に並んでいるだけになった。


 だが…

 深田が強く推奨してきた三枚組は…

 いきなり、懐かしい匂いを運んでくるようなサウンドで始まり…

 それは、今私が苦手としているハードロックでも、耳当たりの良いものだった。



 さくらがステージに立った『プレシズ』を思い出した。

 なるほどな…

 サウンドが『現在』じゃないから…耳当たりがいいのかもしれない。

 私もまだ若く…会社では尖っていなくてはならなく…

 飄々とした笑顔の裏で、いつも唾や毒を吐く毎日だった。

 父親と同世代の役員達の僻みを買いながら、日々闘いだった。



 そんな私の楽しみは、海外出張だった。

 仕事から解放されると、私は一人であちこちに何か新しい物と出会うために出向いた。

 新しい物。

 何でも良かった。


 仕事からも、桐生院貴司という自分からも、解放されたかった。



 そこで出会ったのが…カプリで歌うさくらだった。

 元々、歌を聴く習慣はなかった。

 桐生院にはテレビもラジオもなかった。

 映像の仕事をしていると言うのに、私は本当に無知だったと思う。

 むしろそれで良かった事も多々あったのだが。


 カプリで見たさくらは…今まで私が見て来た誰よりも、目を輝かせていた。

 その輝きに、私は惹かれた。

 あの瞳は、何を夢見て輝きを放っているのだろうか。と。

 すぐに…さくらのトリコになってしまった。


 楽しそうに歌うさくら。

 耳に優しく残る、さくらの歌声。

 頬を赤らめて、拍手に手を振って応える姿。

 全てが…今までの私の生活にない物で、新鮮だったのも確かだ。



 …今も…さくらが大事でたまらない。

 だが、私には多くの贖罪が有り過ぎる。

 それを背負ったまま…さくらを幸せにし続けなくてはならない。


 そのためには…

 私は、一生嘘を突き通す。

 すでに…千里君にも、嘘をついてしまった。

 私には、精子があった、と。

 誓と麗は私の子供だった…と。

 勘のいい彼なら、もしかしたら疑うかもしれないと思ったが…

 勘のいい彼は…私の予想以上に、純粋だった。



「……」


 三枚組のCDの中に…何度もリピートしてしまう曲がある。

『All About Lovin' You』と『Thank You For Loving Me』だ。

 恐らく…高原さんが、さくらに贈った曲だろう。


 それを聴く時、私はヘッドフォンをして…深く椅子に沈み込み、歌に集中する。

 そして、高原さんの気持ちにリンクして…涙を流す。


 …高原さん…あなたの想いを…こんな形で引き裂いてしまって、申し訳ない。

 心の中での謝罪は…尽きる事がない。



 だが…

 私は一生を懸けて。

 さくらを大事にし…

 知花の幸せを願い…

 そして…さくらのお腹に宿った、冬には産まれてくる子供に…全てを託す気持ちでいる。




 高原さんの、子供に…


 全てを、託すんだ。




 〇桐生院 麗


「は…あ。」


 空を見て、ため息。


 あたし、自分で余計な事言った…って分かってる。

 織さんに、陸さんが好きなのは織さんだ…って、言ってしまった。

 それがキッカケで、陸さんから二度と来るなって言われた。

 …言われて当然だよね。


 あたしだって、第三者から誓への気持ちを伝えられたら…腹が立つに決まってる。



 だけど、あたしは言ってしまった。

 織さんが、やたらと…あたしと陸さんの事を喜ぶから。

 あたしが勝手に彼女だって名乗ってただけなのに…すごく喜ぶから…

 本当は、織さんだって…陸さんの事好きなクセに。って。

 …言わずにいられなかった。


 子供なんだよね…



 あの日は、家に帰りたくなくて。

 ずっと、あちこちウロウロして…気付いたら夜中で。

 でも、涙が止まらないままだったから、家にも連絡できなくて。

 そうしてたら、高原さんにバッタリ会った。

 マンションにも泊めてくれて…次の日は、エステや買い物にも連れて行ってくれた。


 …こう言ったら悪いけど…

 お父さんがしてくれたらな…って思うような事、高原さんがしてくれた。

 頭を撫でながら、軽く説教したり…

 ほんと、高原さんっていい人だなって思った。

 もう、姉さんの本当の父親だとかどうとか…どうでも良くなった。


 何となくだけど…あたしの事、理解してくれる人だって思えて…

 その存在を、すごく大事だって思った。



 あたし、陸さんの事好きだったんだなあ…って気付いたのは、それから数日経ってからだった。

 同類だから。

 ただ、それだけ。なんて…言い聞かせてたのかも。

 最初から意識してたんだもん…すぐ好きになっちゃったんだよね…きっと。



 だけど、二度と来るなって言われて。

 最近は顔を出してなかった、あたしの高いプライドが傷付いた。

 何よ。って。

 何よ。本当の事言っただけなのに。って。


 …いけない事なのに。



 どうせ、あたしなんか…って。

 また、そう思った。

 陸さんを思い出させる物は、全部捨てちゃおうって。

 …そんなに、持ってないけど。

 陸さんからもらったキーホルダー…お気に入りだったけど…

 姉さんの親友でもある、七生さんにあげた。

 ずっと欲しいって言ってたみたいだし。


 それと、一緒に水族館に行った時に買ってもらった、ペンギンのキーホルダーも。

 義兄さんに、あげた。


 …それだけだったんだよ、あたしと陸さんの繋がりなんて。


 その二つを人にあげたら…あたしは、また元の麗に戻った。

 誓と彼女の仲がいいのを、知らん顔してやり過ごす。


 あれから一ヶ月。

 本当は…すごく寂しいって…思ってるのに。



「……」


 学校帰り。

 カバンを抱きしめて歩いてると…公園に…陸さんがいた。


「…よ。」


 一度足を止めたけど…あたしは無言のまま、陸さんの前を通り過ぎる。


「…おい、待てよ。」


 なんで?どうして?

 あたし、頭の中がパニック…

 だって…陸さん…

 あたしの顔なんて、二度と見たくないって…



「待てってば。」


 肩に手をかけられて、驚いてその手を振りほどいた。


「あ…悪い。」


「……」


「でも、呼んでるんだから、答えるぐらいしろよ。」


 あたしはカバンをギュッと抱きしめたまま…そばにあるベンチを見た。


「…二度と顔見たくないって言ったのは…陸さんじゃない。」


 小さくそう言うと。


「…それを、謝りにきた。」


「……」


「悪かった。」


 陸さんは、あたしに頭を下げた。


「何か、言えよ。」


「……」


 何か言えって…何なのよ。

 あたし、傷付いたんだから…



 あたしが無言のまま立ちすくんでると。


「おまえ、よくも大事なキーホルダーをこれ見よがしに人にやってくれたな。」


 陸さんは嫌味っぽく、笑いながらそう言った。


 …なんで笑えるの?


「…人に捨ててもらうなら、いいかなと思って。」


「いらねぇんなら自分で捨てりゃいいものを…わざわざ俺の目につくような人物にやらなくてもさ。」


「あたしに捨てられると思う?」


「……」


 言ってしまった後で悔やんだけど、陸さんは何も分かってる感じじゃなかった。



「吸殻…」


「え?」


「タバコの吸殻。ちゃんと捨ててきて。」


 さっきまで陸さんが居た場所を見ると、タバコの吸い殻がたくさん。

 …いつから待ってたの?


 あたしは、渋々とタバコの吸い殻を片付けに行く陸さんの後姿を見て…駆け出した。




 …嫌い。


 陸さんなんて…



 大嫌い。

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