第12話 「か…」

 〇桐生院 麗


「か…」


うららちゃん、口が開きっ放しよ?」


 しきさんが、そう言って笑った。


 だ…だって!!

 仕方ないよー!!


「可愛い~…やだもう…あたし、ここに住みたい~…」


 あたしがメロメロになってる理由は…目の前に並ぶ…赤ちゃんたちのせい。

 それぞれ豪華な揺りかご(初めて見た)で眠ってる、その赤ちゃん達は…


「えっとね、こっちからしょーかいするね。ボクの弟みたいな、しゅんぺーと、くんぺーと、こっちは、ボクの二人めの妹の、いずみだよ。」


 七歳になったうみ君が、四歳のそらちゃんと二歳の志麻しま君を従えて、得意顔になった。


 一時期みたいに『オレ』って言わなくなった海君は、すごくちゃんとしてる子で…

 でも、かと言って子供らしくないのかと言えば、そうでもなくて…

 みんなに愛されて育ってるなあ…って。

 羨ましくなっちゃう。


 それは空ちゃんも同じで。

 お兄ちゃんの海君が大好きなのか、海君の行く先々について行っては、転んだりして…

 そのたびに、海君が空ちゃんを抱き起すという微笑ましい場面を目の当たりにして…

 すごく、あったかい気持ちになる。


 で…


 二歳になっても、志麻君はクールな子だ。



 ここ、二階堂は…

 ヤクザ。

 って…知ったのは、つい最近。


 あたしのイメージしてたヤクザは…こんなにイケメン揃いじゃない。

 双子の瞬平しゅんぺい君と薫平くんぺい君のお父さん、高津たかつ万里まりさんは…あたしが捻挫した時に負ぶって帰ってくれた人で。

 優しそうな笑顔が素敵なイケメンで。


 志麻君のお父さんのひがし 沙耶さやさんは、少しキツネ目の…涼しげな目元がカッコいい人で。


 そして…なんたって…


「あ、いらっしゃい。」


「はっ…お…お邪魔してますっ…」


 織さんの、旦那さんの…たまきさん!!

 も~…すごくカッコいい!!

 キリッとしてて、だけど笑顔が素敵で…

 織さんや子供達に触れる手は優しくて…


 どうしてヤクザなの!?

 おかげであたし…二階堂家に子守に来てる事、誰にも言えずにいる。

 だって、絶対反対されるよね。


 …でも、りくさん…

 実家がヤクザって、隠してバンドマンやってるのかな…



「……」


 ふと気が付いたら、志麻君がじっとあたしを見てる。


「…な…何かな?」


 あたしが志麻君の顔を覗き込むと…


「…あら、珍しい。」


 織さんが、志麻君を見て笑った。

 志麻君…突然、くるっと向きを変えて、正座してるあたしの膝の上に座ったのよ。


「志麻はなかなか女性に懐かないんだけどな。」


 そう言って、環さんも笑ってる。


「あはは…女に思われてなかったりして…」


 あたしが苦笑いすると。


「麗ちゃん、すごく可愛いから、きっと志麻も麗ちゃんを大好きなんだよ。」


 そう言ってくれた海君が…

 あたしには、天使に見えた。



 〇神 千里


「…何してる。」


 俺はその光景を見て、わなわなと震えてしまった。

 知花が…


「え?何って…お米運んでるんだけど…」


 俺はツカツカと知花に近付いて。


「こんな重い物を持つな。何考えてんだ。」


 知花の腕から、米を奪い取った。


「大丈夫よ。大袈裟ね。」


 知花はそう言って笑ったが…何が大袈裟だ!!

 大袈裟なぐらいにしないと、知花はすぐに何でも出来る気になって無茶をする。

 この前も、裏庭で義母さんと華音かのんと知花が野球をしていて。

 知花とさくらさんは…


「オーライオーライ。」


「すべれ~。」


 んっ…!?


「バカか!!すべるなよ!?」


 俺は、部屋の窓から叫んだんだ。



「頼むから、もっと大事にしてくれ。」


 俺が知花の腰を抱き寄せて、腹に触れて言うと。


「心配かけてごめんね?」


 知花は、俺を見上げて言った。


「……」


 ちっ。

 そんな可愛い顔したってなあ…

 俺は…


「…まったく…頼むぜ?」


「ふふっ…気を付ける。」


「…ほんと…」


「……」


 唇を近付けて、ついばむようにキスをする。


 あ~…幸せだ…

 こんな可愛い嫁がいる俺は…

 間違いなく、世界一の幸せ者だ。


「とーしゃん、しゃくにもちゅして。」


 気が付くと、足元に咲華さくかがいて。

 俺の脚に抱きついてそう言ったが…


「…咲華…残念ながら、俺のちゅは知花だけの物だ。」


 俺が咲華を見下ろして言うと。


「…とーしゃん…しゃくのこと…しゅきじゃないの?」


「……」


 俺は咲華の目線までしゃがみ込んで。


「よし。ここにならしてやる。」


 そう言って、咲華の前髪をかきあげて、額に軽くキスをした。


「とーしゃん、ちゅしてくえた~。」


 俺にキスされた咲華は、笑顔で変なスキップをしながら、廊下を走って行った。


「…悪いな。」


 立ち上がって、再び知花の腰を抱き寄せて言うと。


「ん?何が?」


「おまえ以外の女にキスして。」


「ふふっ。子供達には、もっとしてやって?」


「…妬かねー?」


「妬かないわよ。」


「俺はおまえが華音にキスしたら妬く。」


「もう…」


 知花が少し目を細めた所で…


「…く…くだらない会話…」


 いつの間にか後ろにいた麗が、腕組みをして言った。


「それと、イチャつくなら部屋でしてよね。こんな所でみっともないったら…」


 麗は低い声。

 俺は知花の腰を抱き寄せたまま。


「俺は俺がイチャつきたい時に、イチャつきたいだけイチャつく。」


 麗にそう言った。


「…姉さん、それでいいの?」


 麗の問いかけに、知花は…


「……」


「あっ、おまえ何だよ。何で目を細めて苦笑いだよ。」


「苦笑いなんてしてないわ。」


「嫌なのかよ。」


「んー…事務所ではちょっと困るかなあ。」


 俺と知花がそんな会話をすると。


「何、事務所でもこんな感じでやってんの?バカじゃない?」


 麗は呆れた顔でそう言った。


「何がバカだ。愛情表現は必要不可欠だっつーの。」


「よく言うわよ。義兄さん、『愛してる』も言えなかったクセに。」


 麗の言葉に、俺が。


「今は言える。知花、愛してる。」


 そう、知花の耳元でささやくと…


「…千里…嬉しいけど、こっそりでいいから…」


 麗は首をすくめて呆れ顔のまま、どこかへ消え。

 知花は真っ赤になって、困った顔をした。


 …ちくしょー!!

 おまえ、困った顔も可愛いとか…反則だぜ!?

 めちゃくちゃ愛しいじゃねーかよ!!



 〇島沢真斗


 ドキドキドキドキドキドキ…


 僕は今…一大決心をして、ある人を待ち伏せてる。

 ある人…

 それは…


「あっ…朝霧あさぎりさん。」


 二階のエレベーターホールで朝霧さんを見付けて、声をかける。


「おう、まこ。なんや。」


 朝霧さんは…いつもの笑顔。



 朝霧さん…光史こうし君のお父さんは、世界のDeep Redと呼ばれるバンドのギタリストで…

 今は、F'sのギタリストでもある。

 ギターキッズはこぞって朝霧さんのギタープレイに酔いしれたし、今も朝霧さんがギターテクニックをレクチャーしてる雑誌なんかは、バカ売れする。


 陸ちゃんだって、朝霧さんのギタークリニックを受けて。


「どーしても朝霧さんがやってるライトハンドのもう一つ上のやつができねーんだよなー!!」


 って、悔しがるぐらい。

 独特のテクニックを持った人。


 朝霧さんが髪型を変えたら、それを真似したり。

 朝霧さんがカッコいいシャツ着てると、それを探して買ったり。

 そんなギターキッズは、本当に世界中に居るんだよ。



「えっと…ちょっと話が…」


「ん?なんや珍しいな。」


 朝霧さんはニコニコしたまま、僕の前に立ってるんだけど…


「…ちょっと、会議室で…いいですか?」


 僕は遠慮がちにそう言った。



 光史君も僕も…アメリカで生まれた。

 Deep Redが向こうを拠点として活動してた頃だ。

 だから…朝霧さんは、いわば僕にとって身内みたいな感じでもある。


 今となってはおこがましい思いかもしれないけど、高原さんも…僕にとってはそうなんだよね。

 だから、高原さんが知花のお母さんに長年寄り添ってたのに、色んな経緯があったとは言え…別れたっていう事…

 何となく、最近高原さんに陰があるのはそのせいなのかな…って、余計な気を回してしまうんだ。



「…ここまでの内容っちゅう事なんか?まさか、バンド抜けたいとかやないよな?」


 会議室に入ると、朝霧さんは声を潜めて僕に言った。


「い…いえいえ、まさか。」


「なら、なんや?」


「えーと…」


 僕はゴクンと唾を飲んで…


「実は…」


「ああ。」


「…朝霧さんの、娘さんとお付き合いさせていただいてます。」


 いつもより、少し早口で言った。


「………はっ?」


 朝霧さんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔で。


「………はっ?」


 もう一回…同じように言った。


「…隠して付き合うのはどうかと思って…報告…を…」


「………」


 朝霧さんは口を開けたまま、僕を見る。


 …変な汗が…背中をツー…っと…。


「…俺の娘って…」


「はい。」


「…鈴亜りあ…か?」


「はい。」


「鈴亜と…付き合うてる…って?」


「……はい。」



 …そう。

 朝霧さんの娘…鈴亜と僕は…先月…

 恋に落ちた。




 〇朝霧真音


「ま…待て…」


 俺は額に手を当てて…眩暈を抑えた。


 今…

 今、まこは…なんちゅーた…?

 り…鈴亜と…

 鈴亜と…付き合うてる…言うたよな…



「つ…付き合うてる…って…」


「だ…大丈夫ですか…?」


 まこが俺の肩を支えようとして、手を出した。

 が、俺はそれを制する。

 …まこ…お…おまえ…

 付き合うてるって…



「ま…まこ…」


「…はい…」


 俺は、机に手をついて…ようやく立っとられる状態や。

 可愛い娘に…

 そら、いつかは…男が出来る事ぐらい…



「り…鈴亜は…まだ…17やで…?」


「……」


「17…」


「……」


 まこが、じっ…と俺を見とる。


 …17…

 はっ。


 俺がるーと付き合い始めたんは…

 るーが16ん時や!!


 いやいやいやいやいやいやいや!!

 それとこれは…


「朝霧さん。」


 俺が変な汗をかいとる言うのに、まこは冷静な顔や。

 なんや…ちいと泣きそうになってきたで…俺は…


「僕…朝霧さんから見たら、すごく子供で頼りないかもしれません。」


 俺が泣きそになっとる所に、まこが真顔で一歩近付いて来て言うた。


「でも…鈴亜…鈴亜さんの事、本当に好きだし…大事にしたいって思ってます。」


「……」


「どうか…交際を許可して下さい。」


 まこはそう言うて、俺に深々と頭を下げた。



 それでなくても光史が一人暮らしする言うて家を出て…

 なんや、うちの中、寂しなったなあ思うてる所なのに…

 鈴亜は、去年ぐらいから…家族離れっちゅうか…

 特に俺に対して…

 冷たい。気がする。で。


 るーが言うには、年頃の女の子はちいとばかし…父親が苦手になる時期がある…らしい…

 …ここで、もし俺が…交際を反対したら…

 鈴亜は…


「何なのよ!!お父さんのバカ!!」


 ……うわああああああ!!

 いやや!!

 そんなん、いややーーー!!



「…まこ…」


「…はい。」


「…門限は…五時や…」


「……」


 まこ…今、変な顔したな?


「それが守れへんなら…」


「分かりました。五時ですね。」


「……」


「それじゃ…」


「待て。」


 会議室を出て行こうとしたまこを、引きとめる。


「…俺に…話した事は、内緒や。」


「…え?」


 門限五時なんて条件、俺が出したって知ったら…

 鈴亜、もっと俺に冷たくなるに決まってるやん!!


「…ええな?門限は五時。それと、俺は…まこと鈴亜が付き合うてるなんて知らん。」


「……」


「分かったな?」


 丸い目をパチパチと瞬きさせて、まこが俺を見る。


「どうなんや?」


「……分かり…ました…」


 まこは小さい声でそう言うと、少し猫背んなって、会議室を出て行った。



 ……はああああ…


 るーの親父さんに…

 謝りたい気分や…。

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