第11話 「……」

 〇ルカ・ホーキンス


「……」


 あたしは…颯爽と一歩を踏み出した…


 のは、いいけど。


「うーん…ぜんっぜん分かんない…」


 あたし、ルカ・ホーキンスは…計画を練りに練って来た割に…


「…地図…めちゃくちゃだよ…」


 いきなり、つまずいてる。

 何、この細かい路線図!!



 長い髪の毛をかきあげて、そばを通った男に声をかける。


「ごめんなさい。この場所分かる?」


「え…えっ?」


「教えて?」


「は…はい…」


 早く教えろよ。

 あたしは地図を手渡しながら、笑顔の裏で毒を吐いた。


「き…君、モデルか何か?」


「ふふっ、どうかしら。」


「すごく…可愛いね。よく言われない?」


「そんな事ないわよー。」


 早く教えろっつーの。



 …あたしの母親は、ベーカリーの店員だった。

 だけど、あたしはその母親に抱かれた記憶さえ、ない。

 母は…あたしが幼い頃に亡くなった。

 信じて待っていた人を失って…絶望のあまり…


 あたしを残して、死んでしまった。



 16になってすぐ…母の遺書と…遺品である日記をもらった。

 あたしは、毎日毎日…それを繰り返し読んだ。

 初めて、あたしの父親と出会った日の事。


『今日来た日本人に一目惚れ!!神様!!出会わせてくれて、ありがとう!!』


 そして…初めて言葉を交わした日の事。


『彼があたしのネームを見て、『いつもありがとう、ダイアナ』って言ってくれた!!』


 それから…デートに誘われた日の事。


『神様…夢じゃないかしら?夢だったら覚めないで欲しい…彼に…デートに誘われるなんて…』


 デートの日、意外にシャイな彼に…ますます惹かれた事。


『見た目、すごく遊んでるのかと思ったのに…手を繋いだだけで真っ赤になってた。あたし…彼の事、すごく好きになりそう…』


 日記には…母の想いがたくさん綴られていた。



 間もなくして、二人は付き合い始めて…母は、あたしを妊娠した。

 だけど…


『信じられない…廉には…好きな女がいた…』


『娘の名前は瑠歌…廉の好きだった女…瑠音から取ってたなんて…』



 …本当に…信じられない…



 あたしの父親である丹野廉は…

 銃弾に倒れた。

 今となっては、過去の人。

 誰も…あたしが、悲劇のボーカリストと言われた男の娘だなんて…知らない。



 あたしは…母を苦しめた女を…

 不幸にしてやる。

 そんな気持ちで…日本に来た。



「…ここか。」


 あたしは地図を片手に、そのお店に入る。

 思ったより大きなお店…


「いらっしゃ…」


 カウンターに近付くと、中に居た男の人が…


「…廉…」


 あたしを見て、いきなり…そう言った。


「あ…あ、すまない。女の子なのに…」


 あたしを廉って呼んだって事は…

 丹野廉を知ってる。

 あたしは、悔しい事に…父親に生き写しらしい。


「…宇野…誠司さんですか?」


「…え?」


 あたしの問いかけに、その人は目を丸くした。


「どうして…俺を?」


「…父と…仲が良かったんですよね?」


「…って事は…廉の…娘さん?」


「はい。」


「ああ…まさか…廉が結婚してたなんて…」


「…結婚は…してませんでした。」


 あたしは荷物を置いて、カウンター席に座る。


「結婚…するはずだった日に…」


「……そうだったのか…」


 あたしは、母が父の後を追った事。

 それから、親戚もなく…施設で育った事。

 そして。

 あたしの名前の由来を…話した。



「まさか、好きだった女の名前からだなんて…思いませんでした。」


 あたしの言葉に、誠司さんは苦笑い。


「君…行くところはあるのかい?」


「…父が好きだった人に…会ってみたいと思って…」


「……会ってどうするんだい?」


「……」


 そんなの…言えるわけないじゃない。

 あたしは…

 今でこそ、『父』なんて言ってるけど…

 丹野廉を父親だなんて思った事は、一度もない。


 母を…不幸にした男。

 あたしを…不幸にした男。

 そして…

 武城瑠音。

 彼女が大事にしてるものを…


 壊してやりたい。



 ♪♪♪


 ふいに電話が鳴って、誠司さんがそれを取る。


「もしもしダリア…ああ、何だ。うん。ああ…」


 誠司さんは話し中にチラリとあたしを一度見て。


「おう。待ってる。」


 そう言って、受話器を置いた。

 そして…カウンター越しに、あたしに。


「今から、るーの息子が来るよ。」


 柔らかい笑顔で言った。


「…『るーの息子』…?」


「君が会いたがってる、廉の想い人だった人…の、息子。」


「……」


 こんなに早くチャンスが!?

 あたしは丸い目をしてしまったかもしれない。

 そんなあたしを、どう解釈したのかは分からないけど…


「とりあえず、あの奥の方の席に座っててくれるかな。」


「どうして?」


「悪いようにはしないよ。」


「……」


 あたしは…この時気付かなかった。


 この、誠司さんが。

 あたしより、一枚も二枚も、三枚も四枚も…うわてで。

 一瞬にして、あたしの思惑とは別な事を思いついてた事に…。



 〇浅香京介


「……」


 俺は今…めちゃくちゃ…緊張している。

 と言うのも…


「んー…」


「…(ゴクリ)…」


 目の前で…寝返りを打ってるのは…


 七生聖子。


 SHE'S-HE'Sのベーシストで…

 とびきりの、いい女だ。


 だが…

 超おカタい女だ。


 その、おカタい女を落とせるかどうか…なんて、アズと賭けた事もあって…

 俺はさっきから、両手を震わせている。

 七生聖子…



 今日、神の結婚パーティーの二次会で、意気投合した。

 実際俺は…こいつのベースが好きだ。

 朝霧のドラムと一糸乱れぬリズム。

 そのベースワークは、SHE'S-HE'Sの他の面々の派手さに隠れてしまってはいるが…

 俺の中での評価は、めちゃくちゃ高い。


 この俺、F'sドラマー浅香京介が。

 一度…お手合わせ願いたい腕前だ。



 その…俺の中で女としても、ベーシストとしても評価の高い七生聖子が…


 は…

 裸で…寝てるんだぜ!?

 据え膳くわぬは男の恥だよな!?

 七生聖子!!

 俺は…

 おまえを…いただいてやる…!!



「んー…」


「……」


 な…

 何なんだよ…

 そんな…

 そんな無防備な顔したら…


「くー……」


 ち…ちくしょー…

 や…


 ヤ…ヤリたい…

 で…でも…


「んん~…」


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~!!!!


 おまえ!!

 何で脱いだんだ!!

 何で脱いで…寝ちまうんだ!!

 襲えって言ってんだよな!?

 そうだよな!?


 ……よし。

 ヤル。


「……」


 七生聖子の首筋に、顔を近付ける。

 …う…な…なんか…いい匂いだ…


「ん~…」


 はっ…


「…知花…」


「え。」


 七生聖子は、神の嫁さんの名前を言ったかと思うと…


 ギューッ!!


 !!!!!!!!!!!


 俺を…抱きしめた!!


 がーーーーー!!

 これは!!もう!!

 やるしかねーだろーーー!?

 いよいよ俺の実力を発揮する時が来た!!

 見てろよ七生聖子!!

 おまえを天国に連れてってやる!!

 そして、俺無しではダメな女にしてやる!!



「…ふふっ…良かった…」


「…は?」


「…知花…幸せそうで…」


「……」


「…良かった…」


「……」


 俺はしばらく呆然とした。

 そして、七生聖子の寝顔を…眺めるにとどまった。



 …なんで…


 神の嫁さんが幸せそうで…

 良かった…って…

 泣いてんだ?



 そのまま…気が付いたら朝が来た。

 裸の女が隣にいたのに…

 しかもそれが七生聖子だっつーのに…

 ヤラねーとか…




 恥ずかしくて人に言えねー。




 〇ルカ・ホーキンス


 ダリアの奥の席に一人で座るあたし。

 そして…カウンターには、誠司さんの言った『るーの息子』と…もう一人の男。

 何やら親密そうに飲みながら話してた。



 二人はダリアに来た時には、すでに酔っていて…

 なのに、誠司さんはどんどんお酒を勧めた。

 そんなわけで、当然…



「さ、連れて帰れ。」


「……はっ?」


『るーの息子』じゃない方は、途中で一人で飲んでた女の人をナンパして出て行った。

 で…

 残された『るーの息子』はと言うと…


「んー…もう…無理っす。」


「……」


 すごく…酔っ払ってる。

 で…

 誠司さんは…その酔っ払いを…あたしに…


「…連れて帰れ?」


 あたし、眉間にしわを寄せて問いかけた。


「これ、書かせたから。君も名前書いて。」


 誠司さんがそう言って目の前に差し出したのは…


「…婚姻届…?」


「廉とるーはかなわなかったけど、君と光史が結ばれれば…廉も喜ぶと思う。」


「……」


 この人ー…何か勘違いしてるよね?

 あたしは、父親の無念を晴らしに来たわけじゃないのよ?

 …だけど…

 婚姻届を見てたら、ちょっと…いいかもって思った。

 たぶん可愛いであろう長男を、あたしに奪われるとかさ…


 …うん。

 いいかも。



 あたしは、そんな思いつきみたいな感覚で。

 婚姻届に名前を書いた。

 そして…誠司さんが紙に書いてくれた住所を手に、タクシーに乗って。

 あたしの荷物と共に…移動した。


 一人暮らしか…

 ますます好都合。



 運転手さんに手伝ってもらいながら、光史の部屋に。



「さ、光史。服脱いで。」


「んー…」


「よっ…しょっ…」


 …パンツは…いっか。



 酔っ払って、されるがままの光史をベッドに寝かせて…


「……」


 しばらく…部屋の中を散策した。

 ま…特に面白そうな物は、何もなかったけど。



 無造作に置いてあった写真を手にすると、そこには家族写真もあった。

 …これが…父親が好きだった女…

 この女のせいで…母は…


 憎しみが蘇った。

 とりあえず、この女を苦しめるためには…


「……」


 あたしは、ベッドで眠る光史を振り返る。


 …この男を…

 壊してやる…。



 あたしは…裸になって、ベッドに入った。

 そして…


「……」


 間近で…光史を見つめて…


 ……なんだ。

 カッコいいじゃん…。


 …はっ。

 なっ…ダメダメ!!


 ……(ゴクン)…

 いや…でも…



 やだな。


 この人…




 もろ、あたしの好みだわ…。

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