第10話 今日は…知花と千里の結婚式。

 〇高原夏希


 今日は…知花と千里の結婚式。

 来たくなくても…いや、来たくないわけがない。

 知花は、俺の…血を分けた娘だ。


 だが、今日は父親として来たわけじゃない。

 ビートランドの…二人が所属する事務所の会長として、来た。



 ほぼ自由参加みたいなもんだ。

 会場には、事務所で見かける輩ばかりがいる気がする。



 そんな中…

 桐生院家の人々が中庭に座っているのが見えた。

 何かの打ち合わせか?

 つい、小さく笑ってしまう。


 その中に…さくら。



 …妊娠したと聞いて…

 俺は、不思議な気持ちになった。

 知花を妊娠した事も知らなかった俺は…

 今、さくらが…

 さくらが、貴司の子供を…妊娠していると聞いて…


「……」


 貴司の子供だ。

 俺の子供じゃない。

 そう…何度も言い聞かせている。



 あの日…俺は貴司から、病院に来るよう言われて…


「…お願いします。」


 気持ちなど…何もなかった。

 ただ、もうそれに従わなければ…という思いしかなかった。

 今まで、貴司を苦しめ続けて来たであろう事実…

 俺の意に背く事ではあっても…

 貴司の苦痛を…和らげてやりたくなった。



「高原さん。」


 俺に気付いたのは、貴司の母親だった。

 珍しい洋装姿。

 一瞬…高原の母を思い出した。


「おめでとうございます。」


 軽く会釈すると、俺のそばまで来た貴司の母親は。


「…あなたの娘でもあるんですから…あなたも、おめでとうございます。」


 そう言って…少しだけ目を伏せた。


「…先日は、娘にお祝いをありがとうございました。」


 先々週、瞳が出産した。

 俺にとっては…華音と咲華が初孫だが…

 産まれてすぐ目の当たりにした孫は、なんとも…小さくてか弱く、かつ…命の強さを感じさせられて…

 そばに圭司がいたが、俺は涙を我慢できなかった。



「いいえ、高原さんにはいつもよくしていただきますから。」


「……」


 母親は…どこまで知っているんだ?

 つい、色々勘繰ってしまう。


「…洋装をされると、随分雰囲気が変わりますね。」


 間が持たなくてそう言うと。


「もう…曾孫達には、人見知りされて困りました。」


 母親はハンカチを手に、照れ笑いをした。


「ははっ。実は俺も一瞬見間違えました。」


「…やっと、笑って下さいましたね。」


「……」


「これからも、知花と千里さん…そして…貴司やさくらの事も…よろしくお願いします。」


 深々と頭を下げられて、少し困っていると。


「お父さん。」


 後ろから声をかけられた。


「瞳…おまえ、体は大丈夫なのか?」


「病気じゃないんだから。もうすっかりよ。」


「映は?」


「今は圭司が見てくれてる。パーティーの時に交代しようと思って。どうせ飲めないし。」


 瞳はそう言って、首をすくめた。


「娘さんですか?」


 貴司が歩いて来て。


「ご出産おめでとうございます。」


 俺と瞳に頭を下げた。


「あ…知花ちゃんの…?」


 瞳は俺と貴司を交互に見て。


「東瞳です。お祝いをありがとうございました。」


「いえ、これから賑やかになられますね。」


「頑張ります。」


 俺はこの時…

 視界の隅にいる、さくらの反応を意識していた。

 そして…

 さくらの存在を知っている瞳の事も。



 会話を交わす事もなく、式場へのアナウンスに歩き始めた時。

 瞳が言った。


「…お父さん…」


「ん?」


「…ごめんね…」


「何が。」


「…ううん…」


 瞳の『ごめんね』の真意は分からなかったが…

 俺は、瞳の肩を抱き寄せて、式場へ向かった。



 〇高原 瞳


「行ってらっしゃーい。」


 そう言って、圭司はあたしを送り出してくれた。


 今日は、千里と…あたしの腹違いの妹、知花ちゃんの結婚式。



 あたしと圭司は結婚して一年。

 先々週、第一子の映を出産した。

 可愛い男の子。


 陣痛が来た時、圭司はそばでギターを弾いてて。

 あたしが痛いって言ってるのに、ヘッドフォンのせいで気付かなくて。


「もー!!痛いって言ってんのにー!!」


 あたしが投げつけたティッシュボックスで、初めて気付いて。


「えー!!予定日はまだ先だよ!?」


 なんて、慌ててあたしを病院へ。



 それから、すぐに父さんにも連絡してくれて…

 あたしは、病院について三時間という安産。

 ラッキーだった。


 父さんも圭司も、泣いて喜んでくれた。



 知花ちゃんが千里の赤ちゃんを産んでたって事は…

 二人が復縁して、千里がうちに遊びに来た時に聞いた。

 圭司も知らなかったみたいで、写真を見せられた時は…


「だから!?だから、あんなにポイントカード眺めてニヤニヤしてたんだ!?」


 って。

 とても可愛い双子だった。


 あたしは…少し複雑だった。

 知花ちゃん、別れてた時とは言え…どんな気持ちでこの子達を産んだんだろう…って。

 知花ちゃんの存在を知らなかった父さんと、千里が重なって…


 だけど千里は幸せいっぱいで。

 それが…あたしの塊のような物を溶かしてくれた。

 父さんも…今からを大事にすればいいんだ。って。


 …思えば、あの頃からかな…

 父さんの事、『パパ』って呼ばなくなったの。

 …ママの事もだ。


 ママが父さんの事を責め始めて…

 あたしは、ママの事…嫌悪感でいっぱいになった。

 ママの心の中は、ずっと…ずっと憎悪に溢れてたなんて…って。

 確かに、自分と別れた直後に違う女性と暮らしてるなんて知ったら…

 結婚願望がなかったのに、違う女性にそれを求めたって知ったら…

 悲しいと思う。

 とても、悔しいと思う。


 だけど…違うよね?

 ママは、あたしを産んで…父さんを手に入れたとでも思ってたの?って。

 すごく…悲しくなった。



「…いい天気。」


 タクシーに乗り込みながら、空を見上げると…本当にいい天気。

 今日、映を置いて出かけるのは気が引けるって思ったけど…

 圭司が。


「式だけでも行っておいでよ。俺はパーティーか二次会から紛れ込むから。」


 って言ってくれて。


 …うん。

 ちゃんと、お祝いして来ようって思った。

 知花ちゃんと、千里。

 二人とも…あたしにとって、大切な人。



 会場について、庭を歩いてると…父さんがいた。

 父さんのそばには…年配の女の人。


 …誰?


「お父さん。」


 声をかけて近寄ると。


「娘さんですか?」


 父さんと同じぐらいなのかな…

 男の人が歩いて来て。


「ご出産おめでとうございます。」


 …あ。

 桐生院の…お父様?

 って事は…

 今、お父様が歩いて来られた方に座ってる…団体の中に…

 …父さんの、想い人が…いるんだ。


 あたしは複雑な気持ちになりながらも…

 そこを…見なかった。


 …見れなかった。




 〇桐生院 麗


 あたし…つい、その姿を…目で追ってしまった。


「陸、おまえスーツ着ると見違えるな。」


「ははっ。何だよ。光史こそ普段こんな恰好しねークセに。」


「センは着物だと思った。」


「…浮いてるよな。」


「そうでもないぜ。」


 SHE'S-HE'Sの面々が固まって談笑してるのを…あたしは、遠巻きに眺める。


 …陸さんのスーツ姿。

 ……ヤバい。

 カッコいい。



 本当は、ちょっと…振り袖着たいなって思ったけど。

 みんな洋装にするって言ったからと思って…あたしもワンピースにした。

 本当は…サクちゃんみたいなパステルピンクが着たかったけど、子供っぽくみられるの嫌だなと思って…


 姉さんには、明るい色を着たら?って言われたけど…

 あたしだけ浮くのもなあ。

 って事での、ネイビー。


 …でも、失敗だったなー。

 地味過ぎて、思い切り目立たない。

 …ま、主役はあたしじゃないから、いいんだけど…。



 式は、教会で…だった。

 なんて言うか…すごく…感動した。

 復縁したのに、また険悪になってた姉さんと神さん。

 だけど…何とか気持ちが寄り添えて…の、今日。


 あたしは、長い間呼べずにいた…『義兄さん』を。

 ようやく…神さんに、言えるようになった。



 式が終わって、ガーデンパーティーが始まった。

 うちの親族は、あまり会う事のない神家の人達と、ずっと同じテーブルで話してる。

 ちなみに、疎遠になってる桐生院の親戚は、招待してない。

 相手が相手だもんね…

 有名人、いっぱい来てるし。


 …姉さん、すごく幸せそう。


 今日は義兄さんの誕生日でもあって。

 サプライズで姉さんから義兄さんへ歌のプレゼント。


 SHE'S-HE'Sの生演奏が聴けるなんて。って、ちょっとざわめいたけど。

 CDで聴くようなハードな曲じゃなくて、素敵なラブソングだった。

 まさか、口にナイフを持つ男つて言われてた神千里が…

 感動して泣いちゃうなんてね。


 …まあ、義兄さんは最初からナイフなんて持ってないけど。


 いいな…

 結婚って…憧れる。



 あたしは…さりげなく陸さんを探すも…見当たらない。

 …事務所で二次会があるって聞いてたから、もうそっちに行ってるのかなあ…

 ギター弾いてる姿を生で観て…しかもスーツ姿って…反則だわ。

 カッコ良過ぎて…もう、ほんと…ヤバかった。



「…あ。」


 壁際に花を添えてると、隣に…ビートランドの会長さん。


「どうした?こんな隅っこに。」


「何だか、こういう華やかな雰囲気の中に入ってくのは苦手で…」


 首をすくめて言うと。


「何か取って来ようか?」


 高原さんは、テーブルを指差した。


「いえ、何も。」


「そうか。」


「はい。」


「……」


「……」


 …なんだろ。

 あたしに用があるわけじゃないよね?

 なんで、隣に?


「…短大に進んだのか?」


「え?」


 ふいに、そんな事を問いかけられて…あたしは少しマヌケな声を出した。


「あ…はい。短大に。」


「楽しいか?」


「ええ。」


「そうか。」


「……」


 な…何なんだろ…

 ちょっと…苦痛だよー。

 こんな有名人と、二人きりなんて。



 あたし、チラリと高原さんを見る。

 父さんより少し年上のはずだけど…すごく若く思えちゃうのは…

 やっぱ、この見た目のせいなのかな。

 外人みたいだし…

 背が高くて、姿勢が良くて、ワイルドな感じ。


 父さんも、年の割には若く見える方だとは思うけど…

 落ち着いてる分、高原さんより年上に思えちゃう。


 でも、クリスマスに高原さんがうちに来た時は…

 父さん、すごく飲んで…酔っ払って…

 普段見れない一面を見た感じだった。


「……」


 あたし、ふと…あの時の光景を思い出す。


 何だか…違和感だった。

 母さんと…姉さんと義兄さんの雰囲気。


 …もしかして…

 高原さんて…


 * * *


「…ねえ、誓。どう思う?」


 あたしは…久しぶりに、誓の部屋に入り浸ってる。

 何なら、もうこのままここで寝ちゃおうかな。


「どうって…姉さんの誕生日の事を思い出せって言われても…」


 もう。

 誓って、相変わらず鈍い。


「父さんとおばあちゃまはニコニコしてたけど、母さんと姉さんと義兄さん、ちょっと固まってたと思わない?」


「さあ…僕、ノン君とサクちゃんの写真撮ってたから。」


「……」


 あたしは小さく溜息をついて。


「あたし…今日思ったんだけど…」


 声を潜めて、誓に言う。


「高原さんてさあ…」


「そう言えば、何話してたんだよ。」


「え?」


「高原さんと。ずっと二人でいたじゃん。」


「…見てたの?」


「見えたんだよ。」


「……」


 やだな…

 あたし…

 こういうの、言われると…

 やっぱり、誓が一番だ…なんて思っちゃう。



 誓を忘れるために、彼氏が欲しかった。

 だけど、誰と付き合ってもピンと来なくて。

 今の所…一番期待できそうな陸さんは…

 今日、一言も会話出来なかった。



「妬いた?」


 うつ伏せになって漫画を読んでる誓の隣に寝転んで言うと。


「何で妬かなきゃいけないんだよ。って言うか、狭いし。」


 誓は…意外にも、冷たい反応。


「狭くないじゃない。こんなに空いてるのに、ケチな事言わないでよ。」


「…今日は疲れたから、もう寝る。麗も部屋帰って寝たら?」


 うー…なんで?

 なんで機嫌悪いのよ。


「まだ話終わってない。」


「…何だよ。」


「…高原さんて…」


「何。」


「姉さんの、実の父親じゃないのかな。」


「……」


 あたしの言葉に、誓は無言になって。

 だけど鼻で笑うと。


「まさか。」


 手にしてた漫画をパタンとたたんで。


「そうだとしたら、母さんとって事?年の差有り過ぎだろ。」


 有り得ないって顔をした。


「一回り差なんて、大したことじゃないわよ。父さんとだって、それぐらい違うでしょ?」


「まあ、そうかもしれないけど…高原さんと母さん?ピンと来ないな。」


「だって、姉さんの赤毛は?」


「……」


 それまで笑いながら反論してた誓も、あたしのその言葉に無言になった。


 ほら。

 そうでしょ?


 あたしは、そう言わんばかりに誓を上から見た。

 すると…


「…もう寝る。麗、自分の部屋行けよ。」


 誓は面白くなさそうにそう言って、布団をかぶった。


 あたしは、そんな誓を見下ろしたまま…

 唇を尖らせるしかなかった…。



 〇桐生院 誓


 僕は布団をかぶったまま…麗が部屋から出て行くのを待ってた。


 …高原さんが、姉さんの実の父親じゃないのか…って麗に言われて…


「…そんなの…」


 布団の中で、小さくつぶやいた。



 そんなの、僕だって…何となくだけど、うっすら気付いてた。


 クリスマスイヴ。

 姉さんの誕生日。

 突然やって来た高原さんは…父さんとおばあちゃまには歓迎されてたけど、姉さんと義兄さん…

 そして、特に母さんは歓迎してるように見えなかった。


 当然、勘繰るよね。

 どんな関係なのかなって。



 高原さんの髪の毛…

 姉さんほど赤くはないけど、歌ってる頃の高原さんの写真を本屋で見たら…赤かった。


 最初は父さんは、姉さんはハーフなんだって言ってたけど…

 そんなの、バレちゃうよね。

 父さんがそう言い訳みたいにするずっと前から、僕と麗には…


『知花の母親は、お父さんの人がいい所に付け込んで、好きな男の所に逃げたのよ』


『知花は、桐生院とは血の繋がりなんてないのよ』


 って…聞かされてたから。

 そりゃあ…見事な赤毛を『突然変異』なんて片付けられても…だよ。



 だけど、姉さんには罪はないし。

 優しくて、面倒見のいい姉さんを…僕はずっと大好きだ。

 小さな頃から、母さんにいじめられてた姉さんに…僕はどうしてあげたらいいんだろうって、姉さんが寮から帰って来るたびに悩んでた。

 母さんには少し嫌われたけど、僕は誰かを憎んだり恨んだりする母さんが、好きじゃなかった。


 だから…今…

 姉さんの産みの母である…さくら母さんは…

 僕の癒しでもある。

 明るくて、いつも笑ってて…

 そんな母さんが、あんな顔したんだもん…

 ただ事じゃないって、誰だって分かるよ。


 今日だって…

 パーティーの間中、母さんは落ち着かなかった。



 …もし、高原さんが…姉さんの本当に父親だとして…

 父さんは、どうしてそんな人と仲良くするんだろう?

 高原さんだって…

 どうしてうちに来るのかな。


 何か…

 何か、裏があるような気がして…



 落ち着かない。

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