第7話 「…おまえ、なんで?」

 〇桐生院 麗


「…おまえ、なんで?」


 陸さんが、部屋のドアを開けて驚いた顔をした。


 陸さんは…一人暮らし中。

 織さんに教えてもらった住所に、あたしは一人で…突然訪問。

 スケジュールは…なんとなーく…調べがついてしまった。


 姉さんに堂々と聞くのは嫌だったから…回りくどくリサーチして。

 織さんからも…色々聞いて。

 今日、陸さんは部屋に居る。

 そう確信して…母さんを振り切って出て来た。



「暇だったから。」


 ドアの前でそう言うと。


「…だからって、何でここに?」


 陸さんは、頭をポリポリとかきながら言った。


「暇かなと思って。」


「……」


「暇でしょ?」


「…まあ、暇っちゃー暇だけど…」


 陸さんて…

 休みの日に、どうでもいい格好してても…カッコいい。


 やだな。

 こんな、ヨレヨレのTシャツにスウェットって。

 あたし、誓がこんな恰好してたら、着替えてよ!!って言っちゃうかも。


 だけど…何でかな?

 陸さんだと…別にいいやって思っちゃう。



「ね、この映画観た?」


 あたしがカバンからビデオを取り出すと。


「は?」


 陸さんは、ポカンとしてビデオとあたしを交互に見た。


「観た?」


「…いや、観てないけど…」


「じゃ観ようよ。お邪魔しまーす。」


「って、おい。」


 無理矢理玄関に押し入って、靴を脱ぐ。

 色んな期待をして上り込んだけど…


「…殺風景な部屋。」


 ほとんど、物がない。

 でも、散らかってる。

 ギターは床に置いてあるし…

 雑誌も、なぜか数冊があちこちに開いたまま。


 あとは…


「昼間っから飲んでるの?」


 ビールの空き缶が、三本。


「休みの日は昼間から飲むって決めてるからな。」


 陸さんはそう言うと、空き缶を片付けて。


「何か飲むか?」


 冷蔵庫を覗きながら聞いてくれたけど…


「ビールしかねーや。」


 結局、自分のを出して…四本目を開けた。


「…あたし、自分のは持って来たから。」


 あたし、何もない床の上に正座して、カバンから水筒を出した。


「遠足かよ。」


 陸さんは笑ったけど、あたしは最近、姉さんが事務所の帰りに買って来てくれる『稲田』というお店のお茶が大好きで、こうして水筒に入れて持ち歩いてる。

 少しクセはあるんだけど、少しの甘味の後に来る漢方っぽい味が…たまらない。

 お肌にもいい気がして、このお茶はあたしだけじゃなく…桐生院家の女性陣には大人気なのよ。



「…足、治ったのか?」


 正座をしてるあたしを見て、陸さんが言った。


「え?ああ…だってもう何か月前の話?」


 あれぐらいの捻挫、何か月も痛まないわよ。


「ちょっと立て。」


「え?」


「そんな所で正座するな。」


「大丈夫よ。慣れてるし。」


「ダメだ。ほら、この上に座れ。」


 そう言って、陸さんは隣の部屋から…


「…枕の上になんて正座出来ない。」


「座布団ねーから、これで我慢しろ。」


「だから、要らないってば。」


「じゃあ、せめて正座はするな。」


「習慣なんだから仕方ないじゃない。」


「……」


 観念したのか、陸さんは枕を隣の部屋に投げると。


「よし、ここに座れ。」


「…えっ?」


 突然…あたしの腕を引っ張って…


「きゃ!!」


 え…

 えええええええええ!?

 あたし…あたし!!

 陸さんの膝の上に座ってる!!


「なっ…!!」


「ビデオ貸せよ。」


「……」


 震える手で、ビデオを渡す。


「ふーん。おまえ、古い映画好きなのかよ。」


 パッケージを見て、陸さんが言ったけど…

 り…陸さんの腿の上に…座ってるあたしは…


「あははは。そりゃないよなー。」


 映画を見て笑ってる陸さんとは裏腹に…

 頭の中…

 真っ白になっちゃってた…。



 〇二階堂 陸


「意外と面白かったな。」


 そう言うと、俺の腿に座ったままの麗は…


「……」


 無言のまま、部屋の外を見てた。


 結局、麗が持って来てた映画を二本観た。

 映画もなかなかいいもんだな。なんて、マジで思った。


 麗はずっとおとなしかった。

 そんなに映画が好きとは…


 俺はビールを飲みながら、時々文句も言いながらの映画鑑賞。

 麗は持って来た水筒を開ける事なく…ずっと無言の映画鑑賞だった。



「…おまえ、映画観てたのかよ。」


「…観てたわよ?」


 難しい年頃だなー。

 自分から来たクセに、このおもしろくなさそうな顔。

 やれやれ…



「そろそろ退けろ。足が痺れた。」


 そう言いながら、麗の腰を持ち上げようとすると…


「なっ何すんのよ!!」


 麗が勢いよく立ち上がった。


「…何って、立ち上がる補助的な?」


「いっ…」


「えっ?」


 突然麗が足を触ってしゃがみ込んで。

 俺は驚いて麗の足に触る。


「おま…やっぱ治ってなかったんじゃ…」


「あいーーーーっ!!」


「は?」


「触らないでよー!!」


「……」


 この悶絶具合は…


「…(ツン)」


「きゃー!!バカ!!陸さんバカ!!バカー!!」


「あっははははは!!」


 おもしれえ!!(酔っ払い)

 だいたい、何でおまえの足が痺れてんだよ。

 俺のが痺れてるはずなのに。


「もうー!!陸さん悪魔!!」


 麗がそう言って、俺の脚を軽く叩い…


「いーーーー!!」


 今度は…俺が悶絶!!


「ふふ…」


 麗が不敵な笑いを見せながら…近付いてきた。


「おま…やめろよ…」


「仕返し!!」


「さっ…させるか!!」


 俺と麗がガシッと腕を組みあって、引いたり押したりして。


「力で俺に勝とうとするとは…おまえ、いい度胸してんな。」


 ぐぐぐぐぐぐぐ。


「な…何よ…酔っ払いのクセに…女子高生の…パワー…なめないでよね…」


 ぐぐぐぐぐぐぐ。


 う…


 くそっ…


 普段はもっと力もあるのに…

 た…確かに…少し飲み過ぎた…

 こうなったら…奥の手だ!!


「う…麗。」


「な…何…」


「………ふっ。」


「!!!!!!!!!!」


 俺は、麗の耳目掛けて、息を吹きかけた。


「な…何すんのよーーーーー!!」


 麗は大きな声と共に、組み合った指を無理矢理外すと。


「バカバカバカバカ!!」


 俺の頭をポカポカと叩いた。


「あたっ!!やっやめ…」


 そして、俺が怯んだ隙に…ビデオをバサバサとカバンに詰め込んで。


「バカ!!バーカ!!」


 そんな事を言いながら…痺れたままの足を引きずって、玄関に向かった。


「…帰んのかよ。晩飯食いに行こうと思ってたのに。」


 何となく流れでそう言うと。


「こっ今夜は、あたしの好物だから、かっ…帰って来いって母さんに言われたんだもん!!」


 麗は、苦しそうに靴を履いた。


「好物?何が好物なんだよ。」


 はー…やっと痺れが取れた。

 ゆっくり立ち上がって、玄関に向かう。


「た…鯛飯よ!!じゃあね!!」


「え?おい。ま…」


 パタン。


「て…。」


 途方に暮れて、閉まったドアを眺めて。


「…鯛飯が好物な女なんて、初めて聞いたぜ…」


 小さくつぶやきながら、空き缶を片付ける。


 全く…

 何考えてんだ…

 織の奴。



 よくも…俺の城を、あいつに教えたな…?





「坊ちゃん。」


 麗が帰って一人になった俺は、散歩がてら歩いて二階堂に帰った。

 そこで…沙耶さやに声をかけられる。


「おう。」


「おかえりなさい。」


 沙耶の腕には…息子の志麻。



 15の時に、両親が生きてると知って…ここに来た。

 あの時、俺と織の面倒を見てくれてたのは…万里まり沙耶さやたまきだ。

 俺の兄貴のような三人。

 少なくとも、俺は…三人の事を家族と思っている。



 ずっと、俺と織のそばにいてくれた三人。

 万里は大人だと思う。

 俺の中では、イメージ的に…光史と万里が同じ括りかな…


 沙耶は誰とも被らないイメージ。

 明るくて、賑やかで、楽しい。


 環は…

 いつも一歩退いてみんなを見てて、物静かでクール。

 三人の中でと言うより、二階堂の中でかなり目立つ存在だ。



 万里は、事件に関わって記憶を失くしたこうと結婚した。

 沙耶は、俺と織の幼馴染でもある舞と結婚した。

 環は…織と。


 三人の結婚は、何となくだけど…意外でもあった。

 何でだろーな…

 俺が全然『結婚』にピンと来ないからか?

 三人は、未来に向けて進んでるんだな…なんて、大げさにも思った。



 俺は…

 今が楽しい。


 光史と飲んだり、センと時間を忘れてギターを弾いたり…

 まこと聖子と知花と、くだらねー事で笑って。

 真剣に音楽をやって。

 こんな毎日が、ずっと続いたらいいのになー…なんて、漠然と思ってしまう。



「今日は彼女と一緒だったんですか?」


「彼女?」


「麗ちゃんですよ。」


「……」


 なぜか…麗が俺の女って事になっている。

 そう言っておいた方が、色々便利だとか楽だとか、麗に言われたが…

 どうも…あいつに対しては、女を感じないっつーか…

 …ガキなんだよな。

 まだ。


 だから、つい膝に座らせたりも出来たし。

 これ言ったら絶対本人怒るだろうけど、俺から見たら麗も海も変わんねー。

 だいたい俺は年下の女に興味ねーし。

 いつも引っ掛けて遊びに行くのは年上の女。

 ましてや、麗なんて知花の妹だぜ…


 ないない。



「志麻、おまえはクールだな。親は二人ともうるせーのに。」


 沙耶の腕にいる志麻にそう言うと。


「あっ、坊ちゃん。何をっ。」


 沙耶が眉間にしわを寄せた。

 志麻は本当におとなしい。

 海と空なんて、志麻ぐらいの時にはギャーギャーうるさかったけどな。



「うー…」


 ふいに、沙耶の腕の中の志麻が泣きそうな顔になった。


「ん?どうした?お腹がすいたか?」


 沙耶が…志麻の顔を覗き込む。


 …大事な存在があるって…幸せだな。

 ………いやいや、俺にもいるじゃないか。

 大事な仲間たちが。


 そう思うのに。


 沙耶の、志麻を見つめる目を見て…羨ましいと思った。


 俺にも…いつか、そんな存在が…できるのか…?

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