第8話 「るんっるるるんっ♪」

 〇桐生院さくら


「るんっるるるんっ♪」


「ゆんっゆゆんっ♪」


「あははっ、ノン君、上手に歌えてるー。」


「じょうじゅー!!」


 あたしが誉めると、ノン君はバンザイをして喜んだ。

 も~…ほんっと天使!!


 以前から、ノン君はあたしにくっついてる事が多かったんだけど。

 最近は特に、ノンくんがあたし、サクちゃんがお義母さんって感じで。

 だから二人別々な時間を過ごす事も増えてて…

 …いいのかな?って思ってたんだけど。

 三時間ぶりに二人が会ったりすると…


「しゃく~!!」


「ろ~ん!!」←呼び方変わった


 って、劇的な再会みたいなハグをして…

 もう、それがまた…


「可愛い~…」


 って、あたしとお義母さん、メロメロになっちゃうのよー。



「しゃくりゃちゃん、こえにゃに?」


 ノン君が、あたしが作ってる物を指差して言った。


「これ?これはねー、赤ちゃんがねんねしてる近くに置いてたら、安心な物。」


 そう。

 あたしは今、赤ちゃんのための安心装置を作ってる。


 桐生院家は広いけど、人数も多いし、きっと赤ちゃんを見えない場所に寝かせておくなんて事は…

 …ううん、でも…お客様が来られてる時なんかは、分かんないよね…

 って事で。

 別室で寝てる赤ちゃんが泣いたりしたら、誰かが持ってる小型通信機がバイブでお知らせしてくれるやつか…

 先々月(あたしが作って)取り付けた、家中のインターホンに優しい音楽が鳴るようにしようか…

 それとも、とりあえず泣き止むように家族誰かの声があやしてくれる機能を固定機につけようか…


 色々悩みながらも、とりあえずは赤ちゃんの泣き声に反応する発信機を作ってる。

 それを興味津々な目で見てるノン君。



 インターホンを作った時に。


「母さん、なんでそんな物が作れるの?」


 って、知花は言ったけど…


 …うーん。

 なんでだろ?

 って言うか…


「知花、これどうやって作ったの?」


 あたしが知花の手元にあった小さなアンプを持って言うと。


「アルミ缶の中にイヤホンを入れて、それから…」


「えー、なるほどー。でも、端子がミニじゃないと繋がらなくない?」


「ギターサイドは変えたくなかったから、ここで変換してるの。」


 そう言って、知花はアコースティックギターから出てるコードの先を見せた。


 うーん!!

 知花こそ、なんでそんな物が作れるのー!?


 って、あたしと知花が技術を教え合ってると…


「…母さんと姉さんて、男の子みたい。」


 麗が冷ややか声で、興味なさそうに通り過ぎるのよ。

 こんなに面白いのにー!!



「あかちゃん、くゆの?」


 ノン君が、目をキラキラさせた。


「そうよ~、赤ちゃん、来るのよ~。」


 そうなの!!

 知花が妊娠した!!

 三人目の赤ちゃん!!


 そして…

 あたしも、妊娠した!!

 貴司さんの赤ちゃん!!


 これで…

 これで、家族になれるー!!



「さくら…おや、また何か作ってるのかい?」


 お義母さんが、サクちゃんと部屋に来た。


「しゃくりゃちゃーん、ろーん。」


「しゃくー、おおばー。」


 ノン君とサクちゃんから見たら、あたしは『おばあちゃん』なんだけど…

 冬の出産までは、『しゃくりゃちゃん』のままでいて欲しいかなって、お願いした。



 ああ…早く会いたいな。

 あたしと、貴司さんの赤ちゃん。

 桐生院家の、赤ちゃん。


 あたし、これで…

 …これで…


 なっちゃんとの関係…

 断ち切れるよね…。




 〇高原夏希


「…キー。」


「……」


「ナッキー。」


「……」


「おーい。」


「……」


「ナッキー!!」


 ドン。


「うおっ…な…何だよ。」


 椅子から落ちかけて、驚いて顔を上げると。


「それはこっちのセリフだ。何度呼ばせりゃ気が済むんだ。」


 ナオトが眉間にしわを寄せて、腕組みをして言った。


「…呼んだか?」


「何度も。」


「…それは悪かった。」


「…何かあったのか?」


「あ?」


「周子さん、調子悪いとか。」


「…いや、大丈夫だ。」



 周子は…良くなったり悪くなったり。

 最近、さくらを殺すとは言わなくなったが…

 瞳の事が分からなくなったり…

 俺の事も、分かったり分からなかったり。


 それに慣れてくると…自然と、分からないままでもいい。と思い始めてしまう。

 周子が誰かを憎んで殺したいと叫ぶより。

 何ももか忘れて…穏やかに笑顔を出せる日々の方が…周子にとっても、幸せな気がしてしまう。


 …そこに、自分はなくても。



『さくらが妊娠しました。』


 貴司から電話でその報告を受けた時…俺は、不思議な気持ちになった。

 さくらは…人のものなのに。



 貴司から、人工授精の話を持ちかけられたのは…去年の春だった。

 それ以降、貴司は何も言わなかったし、諦めたのだと思っていたが…年が明けてすぐ、マンションに一人でやって来て。


「…私が治療を受けても無駄な事が分かりました。」


 うなだれた様子で言った。


「…そうか…」


 コーヒーを淹れながら、沈んだ貴司の様子を眺めた。

 残念だったな…などと声をかける気にもならなかった。

 それほどに貴司は落ち込んでいたからだ。


 なのに俺は…

 心のどこかで、さくらと貴司の間に子供が出来ない事を…ホッとしていたのかもしれない。


 …なんて男だ。

 さくらを大事にしてくれている貴司が、こんなに落ち込んでいるのに…



「…高原さん…」


「なんだ。」


「…あなたの精子を…くれませんか?」


「……」


 貴司の前にコーヒーを置いて、俺は向かい側に座った。


「…前にも言ったが、応えられない。」


「なぜ…」


「さくらにちゃんと話せ。そして、今の家族を大事にしていけばいい。」


 諭すように、ゆっくりと…そう言ったが…

 貴司は。


「…さくらに…償いたいんです…」


 ますます、うなだれた様子でそう言った。


「償いたい?」


「…醜い嫉妬で嘘をついて追い出して…知花を育てさせなかった…」


「……」


「そして…あなたから引き離した…」


「…それは、でもさくらが決め」


「さくらは。」


「……」


「さくらは…あなたを愛しています。そして、それでも私は…そんなさくらが愛しい。」


「…おかしなことを言うな。」


 俺は小さく笑うと。


「もう、俺達の間には何もない。さくらはおまえの妻だし、俺には周子がいる。」


 キッパリと、そう言ったが…


「お願いです。さくらに、子供を作らせてやって下さい。」


 貴司の耳に、それは届いてないようだった。

 頭を低く下げて…それは少し嫌な光景にも思えた。



「…もし、また赤毛が産まれたらどうするつもりだ?おまえはさくらの信用を失うんだぞ?」


「…覚悟はしてます。」


「…おまえだけじゃない。俺だって、周りからの信用を失う。」


「…私が…脅したと言います。」


「何言ってんだ。」


「…高原さん。」


 貴司は顔を上げて俺を見据えると。


「あなたには…私の願いを叶えてもらいます。」


 今までになく…低い声で、早口に言った。


「…おまえに脅されて屈するようなネタは俺にはない。」


 そう言ってコーヒーを飲む。


「…これを。」


 ふいに、貴司がカバンから書類を取り出した。


「…?」


 首を傾げてそれを受け取り…


「……え?」


 俺は書類から、貴司に視線を移した。


「こ…これは…」


「…真実です。」


「……」


「それを公表すると、きっと…大変な事になりますよね。」


「…貴司、おまえ…」


 俺は…書類を手に…震えた…。

 まさか、まさか…こんな事が…


「これだけは…使いたくなかった。だけど…仕方ないんです。」


「……」


「高原さん…お願いします…」


 貴司は再び俺に頭を下げて。


「あなたの…精子をください。」


 絞り出すような声で…そう言った。



 〇桐生院貴司


「人工授精?」


 目の前のさくらは…キョトンとした顔だった。

 誓と麗もそれで出来た子供だとは話したが…あれ以降、子作りの話には触れなかった。

 いきなりこんな話をして…さくらは…



「子供、作ってくれるの!?」


 さくらは、私の予想外の反応をした。


「…それでよければ…だが…」


「いい!!貴司さんの負担にならないような方法で、貴司さんが作ってもいいって思ってくれるなら、それがいいー!!」


 さくらはそう言って、正座していたベッドの上で飛び跳ねた。


「……」


 私が罪悪感から無言でそれを眺めていると…


「あっ…ごめん…はしゃぎ過ぎだよね…」


 さくらは動きを止めて、首をすくめた。


 …さくらは、私の気持ちを読み取っているのかもしれない。

 さくらに…触れたいが、触れられない事。

 昔は…抱きしめる事は出来た。

 高原さんの所に迎えに行った日も…私の胸に飛び込んできたさくらを抱きとめる事は出来た。

 だが…今は…それさえ出来ない。

 恐らく、さくらは高原さんのもの。という…私の思い込みがそうさせているのかもしれない。


 高原さんに気持ちがあるさくらが、もし…私を求めてしまったら。

 私は、さくらに幻滅してしまうだろう。

 今、高原さんを想っていてこそのさくらを…私は大事にしたいと思う。


 …あの時は、醜い嫉妬で追い出してしまったというのに…

 今では、高原さんの人柄や人望、さくらを献身的に守り支えてくれていた愛…

 それら全てに…惹かれてやまない。



「それで、病院なんだが…私が決めていいかい?」


「うん。決めていい!!」


「じゃあ…そういう事で…いいかな?」


 私がそう言うと、さくらは目を潤ませて。


「貴司さん…ありがとう…」


 …胸が…痛んだ。



 だが…

 子供が出来れば…

 さくらはもっと喜ぶ。


 私は、そのさくらの笑顔で…

 全てを許される気分になってしまうんだ。


 これで良かったんだ…と。



 その翌日、私は早速病院を選んだ。

 父が愛人を作るたびに、世話になっていたらしい産婦人科。

 当時の院長はもう他界しているが、娘が継いで大きく人気のある病院になっていた。

 …父は、何人の女に…ここで子供を産ませたのだろうか。


 今はクリーンな病院となっているが…

 当時の院長が脱税をしていた事。

 それを知りながら、黙認して多額の寄付を続けていた父。

 私とさくらの人工授精に関して…何か口出しされようものなら…

 すぐに、その事実を突きつけてやろうと思ったが。

 女医は…私の父の事を覚えていたのか、私に対して同情的だった。



 かくして私は…

 誰にも知られず。

 さくらにも、病院側にも、何も不審に思われる事なく…



 子供を授かる事が出来た。

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